第二十七話 数字の無い男
アルバートさんはそのまま屋根上から手にした刃を振りロしながら男に飛び掛かる。
男はその虚ろで覇気のない佇まいとは裏腹にすぐさま握っている剣でその攻撃を受け止める。
彼は攻撃が防がれたのみて苦い顔を浮かべると後ろに飛び相手と一度距離を取とり剣を構えなおした。
(なんなんだろうあの剣、突然手の中から現れたように見えたけど)
彼が持つ赤と黒の刀身を持つ一人振りの剣。
幾何学模様の刻まれたそれは、見るからにただの武器の類には見えない。
今までのみたいろいろな魔法の道具、そして対峙する男が持つ武器、それから推測するにおそらくあの剣も魔装具なのだと考えられる。
(アルバートさんも確か魔法使い……、ならあの剣にも何か魔法が)
そう考えながら二人の様子を上から眺めていると男が握っている剣の周りに謎の輪を描いた文様のようなものが浮かび上がる。
そしてその瞬間、男が動いた。
先ほど私の前に突然現れたようにアルバートさんの前へ一瞬で移動した男は刃をそのまま振り下ろす。
無論それに反応して彼も攻撃を刃で受け止め何とか受け流すが男はなおも剣をふるい彼をどんどん壁際へと追い詰めていく。
だが彼もそれだけではなかった。
途中どうにか大きく相手の攻撃を弾くとその空きをついて透かさず剣を振り下ろす。
だが、再度剣の周りに謎の輪が浮かび上がると一瞬にして大きく後ろへと移動し、その攻撃は空を切ってしまう。
どうやら剣の周りに輪が出た後、おそらく内蔵されている魔法が発動し瞬間的に移動する事ができるのだろう。
(でもそんな事はアルバートさんもわかってるはず。それにわかったところで止める術が……)
今度はアルバートさんから相手に切りかかる、がやはりその攻撃が通ることはなく容易に防がれてします。そうやって何度かの鍔迫り合いの中、相手のとの距離が大きく離れた後、突如アルバートさんは高く飛び上がると私の横へと降り立った。
「アルバートさん、そのだいじょうで……」
「一時撤退です、逃げますよエーナさん」
私が心配の声をかけるまでに彼は私をまた片手で抱きかかえるとそのまま、発言通り、屋根上を逃げるように走り離脱を開始する。
「え、ほっといていいんですかあれ!?」
「元々ここら付近の住民には危険という事で離れて貰っていますしあの手のタイプは経験上近くにターゲットいなければその場から動くことはないはずです。
それに私にはアレを抑えられるほどの決定打がありません。何分剣術は軽く習った程度で素人のようなものなので」
「えぇぇぇ!?、なのにあいつに切りかかったんですか?」
「勝てずとも負けない自信はありましたから。いやしかし、慣れない事はする事じゃないもんですね」
ははは、と笑う彼を見て私は呆然とせざるを得ない。
「とはいえ一度あなたを安全な場所まで送り届けた後、援軍を連れて再度現場へ戻り……」
そう彼が言いかけた時だ。
一瞬何かが覆いかぶさったかのように、月明りが遮られたのだ。
それに気づいて後ろを思わず背後を振り向こうとするが、その前に私は強い横方向経の慣性がかかり、次の瞬間には再び轟音が鳴り響いたのだった。
そうして音が鳴り響いた場所には、先ほどまでアルバートさんと攻防を繰り広げていたあの男が屋根に刃を叩きこみ、大きく粉砕している姿だったのだ。
「嘘でしょ、私達の後追ってきたって事!?」
「ええ、まさか追撃まで行えるとは……。
すいません、エーナ様。どうやら私の予想が大きく外れたようです。
アレは私が知っている闇市場に流れているような安物ではないようですね……」
アルバートさんが先ほどと違い強く警戒心を露わにしたその直後
「その通り!!それはそこんじょそこらにあふれているような安物ではないですよ!!!」
ハッハハハという高い笑い声と共にそんなセリフがあたりに木霊した。
そしてその声の主は、追撃者の横に降り立私達の前に姿を現したのだ。
月明りに照らされたその姿は、濃い紫いろのローブととんがり帽子、いろいろな機材なを腰のベルトに備え付けた眼鏡をかけた男の姿であった。
「何者ですか、あなたは?」
「私ですか?私の名はそう、人呼んでノン・ヌメロ。この国、いやこの世界一の大・天・才・魔法使いです!!!」
そういって謎の決めポーズを構える男。
顔のつくりが無駄にいいせいか見ていてなんか少し複雑な気持ちになる。
「そうですか。私の名前はアルバート・カトル、魔法協会、執行機関所属の執行者です。それでノン・ヌメロ、あなたは何者で、何が目的なのですか?」
「ほう、名乗りを返すとは。どうやらそこらへんにいる有象無象とは違い礼儀は心得ていると見える。それにその名前……、もしや数字持ちの血筋かな?であればその真摯な態度にも頷けるものだなぁ」
「回答になっていませんよ。しかし先ほどの話しぶりからして、その魔装具はあなたが制作したものという事になるのでしょうか?」
「イエス!その通り!これは私が制作した新型魔装具、その試作品のひとつです。どうですか戦ってみて?凄いでしょう?今ままでの魔装具とは比べられない、質、出力、強度。単調の魔法のみだった今までのものと違いさらに長い術式……、つまりは魔法の発動だけでなく、状況によって発動する魔法の判断までもこなすことのできるすっばらしい一品。まさにオリジナルに近づいたと言えますなぁ……、あなたが握っているそれに」
そういって男は視線を、アルバートさんが持つ赤と黒の刀身を持つ剣へと向けた。
「そこまでお分かりですか。なるほど、確かにただ者ではないようですね。それではもう少し私の質問に答えていただけますかね?」
「私が答えられる範囲でならいいですよ?」
「その剣を握っている男、その男を殺したのはあなたですか?」
私はえ、と思わず声をあげた。
あの男が殺されている?動いているのに?
確かにそういわれて場目の焦点は会っていないし、口からはやはり唾液が垂れていて見る限り正常ではないのは感じられる。
「ノー。私はやったわけではありません。私はこの男に試作品の魔装具を提供しただけです。もちろん、この魔装具は普通の魔装具ではなく、魔法適正が低い者使えばその処理で体に負担がかかり、最悪死に至る可能性もあるという子も伝えさせていただきましたよ」
そういってにっこりとその容姿に似つかわしくない気味の悪い笑みを浮かべる。
「そこまで教えたのに彼がそれを使用したと?」
「イエス、まあ何か使わざる得ない状況が発生したんじゃないのかなぁ?」
「あなたがそう仕向けたのでは?」
「ノー。残念ですが私はそれについては何も知らない。元々彼は私にとっていいお客だったのですが、正直に申し上げてこれについてはノータッチと言わざる得ない」
「ではその状況を作り出した犯人に心当たりは?」
「イエス。ありますとも、まあ誰かを申し上げるわけにはいきませんがね……。
さて、もう質問はそろそろいいでしょう。初対面だしね、だいぶ譲歩したつもりだよ」
「では最後に一つだけ質問を」
「いいでしょう」
「あなた……、いえお前たちは何者だ?」
その言った彼の目は……、いつもと違う明らかに怒りに満ちた目だった。
「んー、いい殺意と洞察力だ。その覚悟に免じてお答えしましょう……、と言いたいところなのですがまだ、まだそれについて答える事はできない。いやぁ許してください、私の一存ではどうしても……」
「そうですか、ありがとうノン・ヌメロ。では……あなたを檻に送った後、ゆっくりとそれを聞き出すことにしましょうか」
アルバートさんは抱えていた私をゆっくりと降ろした後、持っていた剣を構える。
そしてその後、剣の周りに文様の書かれた光の輪が複数展開され、私にも感じられるほどの、ぴりぴりとしたおそらくは魔力、その流れのようなものが感じられる。
「第二拘束、開放開始。我が振るうは、覚悟という名の漆黒の……」
そういってアルバートさんが何かを詠唱し始めた時、空気が重く感じるような何かがあたりを包む。
「いいのかな?まあ死んでいる彼はまだしもそこに嬢さんがいる状態でそれを振るっても?」
ノン・ヌメロは余裕といわんばかりの態度でそう指摘する。
「やめたまえ。それを振るうなら私も手加減抜きで君を相手にせざる得ない。
そうすれば近くにいる彼女もただでは済まないよ?」
「脅しですか?」
「いや、注意喚起だよ。安心してほしい、私の目的は君と争う事じゃない、この試作品の回収だ。流石にこれをそうやすやすそちらに流すわけにはいかないからね。それに、この体ももう限界だ。見た前、先ほどの攻撃の後から動いていないだろう、死体に残っていた魔力の枯渇だ。これ以上動くことはないよ」
死体が握っていた剣を奪いながらそう語るノン・ヌメロ。
暫くの間、アルバートさんとヌメロの間でにらみ合いが続く。
束の間の静寂。
そしてその静寂を先に破ったのは……アルバートさんだった。
構えていた剣を降ろし、展開していたであろう魔法は霧散していった。
「賢い判断だ。まあ私が仕向けたわけではないが、彼の暴走は本当に私とっては不本意だったからね。それでは私はこれで失礼するとしようかな……、ところでそこのお嬢さん?」
「え、私?」
突然声をかけられ同様してしまう。
「君、先ほどから様子を見ていたけどもしかして……いろいろ見えちゃう方だったりする?」
「へ?」
「例えば、こんなのとかこんなのとか?」
そういって彼は手や腕などいろんな箇所に魔法発動させようと色とりどりの光の輪を出現させる。
「その赤とか青とかの……」
「エーナ様!答えてはいけません!!」
光の輪の事ですか?と答えようとしたその時、アルバートさんが大声でその発言に割って入った。
私は思わずびっくりしてしまい、突然の大声で身をすくめて固まってしまった。
「はっはは、なるほどなるほど。どうやら彼女はかなりの逸材のようだね。君ともじっくりお話をしたいけど、それはまた別の機会かな。それではまたいずれ……また逢う日まで」
そういってノン・ヌメロと名乗る謎の男はまさに溶けるように、夜の闇へと消えていった。
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