第二十六話 忘却と黒い魔装具

結局私はビスカと名乗る少女の店で、少しお茶をする事になった。


『ごめんなさい、地図なんてめったに使わないからどこにしまったかわからなくて。ちょうど紅茶を入れたところだから、飲んで待っていてちょうだい』


そこまでしなくていいと伝えたが、そんな私の呼び声など聞こえないと言わんばかりに店の奥へと潜っていってしまったのだ。


私は店のカウンター付近に用意された読書用の机と椅子らしきものに腰を掛け注がれたばかりティーカップに口をつける。

美味しい、飲んだことのない味だ。

私好みの甘い香り、渋みも少ない。

後で茶葉の種類でも聞いてみようかな。

そうやってカップの表面に映ったゆらゆらと動く自分の顔を見ながらじっと待っていると、店の奥から何やらいろいろなものを持って現れた。


「お待たせ、地図あったわよ、持っていくといいわ。それとランタン、もう完全に日も落ちちゃってくらいからこれもないとね」

「そんな、道教えてくれるだけで十分なんでそんなもの用意してもらわなくても」

「いいのいいの、私はもうこの辺りの地理は全部頭に入っちゃってるし、夜道は危険だから明かりくらいもっていないと」


そういってランタンの中にを軽くふき取りながら蝋燭をいれている。


「この蝋燭、ちょっと特別で普通のものより明るく光るから夜道も安心よ」

「いえだから、そんな気を使っていただかなくても……」


もはや私の声など気せず着々とランタンの準備をし、地図を広げ私から来た道の情報を聞き出すとこの場所から戻るための線を引いてく。


(なんていうか、キャトとは別の意味でぐいぐい来る子だなぁ)


そうしてひと段落した後、ふぅと一息ついた後彼女は私の目の前の席に座る。


「いやー、久々に人とお話ししたから一人で勝手に盛り上がっちゃったわ」

「久々なんですか?さっき本の貸し出ししてるっていってましたっけど」

「それがね、全然なの。最近の子って本に興味がないのか、ここ数年人が訪れた事はないわ」

「数年って……、全然人来てないじゃないですか!?それでお店持つんですか?」

「まあこの店は私が趣味でやっているようなものだからそこらへんは大丈夫よ。まだまだ貯蓄はありますから」

「あの、本職、というか前職はなにをされていて……。ぱっとみ私と同い年くらいに見えるんですけど」

「私?私はそうね……、生まれた日をどうするかだけど、大体850歳くらいかしら?」


生まれた日をどうするか?

850歳?

余りにも返答が荒唐無稽すぎて、真面目に相手をするのがよくないタイプな人のように思えてきた。


「でもね、本当に久々なの、人と会うのは。だから道を聞きに来ただけとはいえ久々に人と話せてうれしいわ」

「そんなに人が来ないのよく店を続けられますね」

「さっきも言ったけど、店を開いてるのは趣味だし、一応開いている理由もあるの。

まあとある親友との約束もあるんだど」


そう口にしたとき、今まで笑顔だったビスカの顔には暗い影が……見えたようなきがする。


「ところでエーナ、エーナって今魔法学校に通ってるんだよね?最近の調子はどう?学生生活は楽しい?」

「え?」

「多分そろそろ魔装具を選ぶ時期だよ、好きな職人とかいる?何ならカタログも私もってるけれど」

「ちょ、ちょ、ちょっとまって!私まだ魔法学校に通ってないわよ!?」

「あら、タリアヴィルの魔法学園に入学したんじゃないの?」

「入学の権利は貰ったけどまだ通ってないです!それよりもなんでそんな事しってるんですか!?」


それを聞いて、あれー、と顎に手を当て彼女はおかしいなーと口走りながら何かを考え始める。

そして唐突に手をたたいて


「そっか、私が知っている入学時期と今回の入学はずれてるのね。そうよね、確かエーナは16才だから本来なら去年入学してるはずだものね。通りで汎用の魔装具持ってないし魔力全然感じられないわけだわ」

「ちょっと、一人でさっきから何言ってるんですか?」

「ごめんねエーナ。私の早とちりでいろいろ現在の状況がずれてるみたい。いろいろ言っちゃダメな情報も与えちゃったかな……。しょうがない、、また次回初めて会いましょうか。あ、地図とランタンとこのおすすめの本は上げるから」

「勝手に話をすすめないでよ、一体あなたは何者なの?


そんな私の質問は無視といわんばかりに彼女は唐突に謎の言葉を口ずさむ、同時に当たりには謎の魔法文様……魔法人のようなものがちょうど私の周りを包むように展開されはじめた。


「さて、久々に話せてうれしかったわ。

また次の初めての挨拶でお会いしましょう。それじゃあ、ね」


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気づけばいつの間にか、見知らぬ路地に立っていた。

右手には一冊の本は入った手提げの紙袋、左には地図とランタン。


(あれ、私さっきまで何してたんだけ……)


道に迷い歩き回っている所までは記憶があるのだが、その後暫くの記憶が綺麗に抜け落ちている。

どこかで誰かと話していたような、そんなあやふやな記憶、妄想、そんなイメージだけが頭をよぎる。現に、私は今知らない荷物を数点持っている。これはキャトの家を出たときはもっていなかったはずなのだ。


(何か大切な話をしていたような気がするのに、なんだろう思い出せそうで出てこないこの気持ちの悪い感じ、一体何なの……)


どうにか思い出そうと暫く頭を回してみたが、結果は変わらず思い出す事は叶わなかった。


「とりあえず一度キャトの家に戻ろう。街に着てからいろいろあったし、今日は疲れてるのかもしれない」


そう呟いて私は見知らぬ路地を進んでいく。

手に持っていた地図は先ほど私がいた場所からキャトの家までの帰り道が赤く線で引かれておりやはり私はあの場所で誰かにあっていたようだ。

元々記憶があやふやになる事が多いが、ここまで綺麗に直前の事を忘れているとなると心配になってくるはずなのだが、不思議とそうはならなかった。

手に持っている本も地図もランタンも確かに誰かから私が貰ったものだ。

その核心だけは心にのこっている。


(もしかして私、誰かに魔法でもかけられたのかな?)


村の一件を思い出す。

世の中には他人の記憶を改変する事ができる魔法が存在する。

私はつい最近その魔法の暴走に巻き込まれ多少ではあるが記憶があやふやになってしまっている。

そう考えていると、比較的明るい道へとでた。ここは見覚えがあり先ほど歩いた通りなきがする。

ふと、後ろを振り返る。

完全に日も落ち、明かりさえない薄暗い細道。

いま、元の場所に戻ればこの消えた記憶の謎の原因、いや手掛かりくらいは残っているだろうか。

戻った方がいいのだろうか。

心の中をで葛藤が起こる。

けれど私一人で戻ったところで魔法を使った痕跡などを見つける事もできるはずがない。

せめて一度キャトに相談して……。

その時だった。

突如として近くの建物の壁が轟音と共に爆発してあたり瓦礫が飛び散ったのは。

巻きあがる土煙と破片から顔守るため、とっさに腕で顔をかばう。

そしてその土煙から黒い物体、いや人影が勢いよく飛び出してきた。

収まる煙から露わになるその姿は見覚えのある男性の姿であった。


「アルバートさん?」


声に気づいて振り向く人影、アルバート・カトルの顔が露わになる。


「エーナ様?どうしてこんなところに?」

「いやちょっと街を散歩してたんですけど、アルバートさんこそどうしてここに?」


そう声をかけたときアルバートさんとは別の、黒い影が壊れた建物の中から何かが現れた。土煙が晴れたときに、そこに現れたのは一人の男の姿だ。

身なりはよく、見てすぐわかる程度に手や首には貴金属をつけており裕福そうな雰囲気を受ける。

だがその顔は普通ではなかった。

焦点の合わない虚ろな瞳、よだれを垂らした口、笑みを浮かべ、へへと笑い声をあげている。

だがそれよりも、最も注目すべきは。

手に持った剣のような何かだ。


(何あれ剣?剣にしては何かおかしいような……)


その剣は見た目こそ普通の件に見えるが、刀身は薄黒く、剣の表明には謎文様が書かれうっすらと発光している。そして柄の部分は衛兵たちがよく携帯してる一般的なものより不自然に大きい。

そうやって男を観察してると、男と視線が合った。

男はにっこりと歪な笑みを浮かべた後、剣の周りに謎の文様が浮かびあがる。

そしていつの間にか……男は私のすぐ目の前にいた。

剣を振り上げた状態で。


「え?」


再度轟音があたりに響く。

私が先ほど板であろう場所は地面がえぐれ大きくへこんでいる。

そしてそんな私はいつの間にか、アルバートさの片脇に抱えられていた。


「エーナ様、ケガはありませんか?」

「は、はい大丈夫。というか今あの人私を明らかに狙ってましたよ!?」

「ええ、おそらく近くにいる人間すべてがターゲットなのでしょう。

まさこれほどのレベルの魔装具まで出回っているとは、迂闊でした」

「魔装具?もしかしてあの剣が……」


と私が質問を言い終わる前に男は人が出せるとは思えないほどスピードでこちらに向かってとびかかってきた。

アルバートさんが私を抱えたまま飛び上がり建物の上に逃れる。


「エーナさん、ここでじっとしていてください。少々これからは荒療治になるので」


そういって私をその場に降ろした彼は、胸に下げていた剣の形をしたペンダントを引きちぎるとそれを握る。


「第一拘束開放、形を成せ、執行の刃イグゼキューター!」


そう叫ぶと同時に握ったこぶしがまばゆく光輝く。

その光景に思わず目を瞑ってします。

そして光が収まり再度瞳を開いたとき、そこにあったのは。


幾何学模様で埋め尽くされた黒と赤の半々刀身を持つ、一振りの剣であった。

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