第3話月曜日のお昼のルーティーン

午前の仕事がひと段落ついたころ、いい時間になっていてフロアからチラホラお昼に出て行く人が見えた。


私も開いていたファイルを上書き保存して閉じて自分のお弁当を持って食堂へ。


デスクでは軽食はOKされているががっつり食べるのは禁止されている。昔持っていたスープをこぼしてPCをぶち壊した人がいるらしい。噂だけれど。


そのためお弁当を食堂で食べている人も多く、ここで一人でゆっくり食べていても特に目立たないのだ。


いつもの端の席。別に決まっていないのに勝手に私の席だと思ってしまっているそこは実は食堂全体が見渡せる場所だったりする。


「いただきます」


小さな声で、手を合わせてからお弁当を開ける。

自分で詰めたのだから中に何が入っているのかなんてわかり切っているのになんとなくわくわくしてしまう。


うん、今日も普通の味だ。


「高槻っていつも弁当なの?」


自分に影が落ちて、え?と思ったと同時に声をかけられた。そしてその声は先程聞いた声。

見上げればお盆を持った同期の彼。


「え、田口君……?」


「お疲れ、あ、ここ座っていい?」


だなんていいながら、すでに椅子を引いているし、持っていたお盆はテーブルに置かれている。


「ま、もう座ってるんだけどさ」


やばい。

なぜそこに座る。反射的に周りを見渡して、誰にも見られていないかチェックしてしまった。


「うわ、うまそうな卵焼き。俺のから揚げ一個と交換しない?」


キラキラしているその目を私に向けるのはやめてくれ。いっぱんぴーぽーの私には浴びることないものなんだから。そんな目を向けられてしまったら、


「……どうぞ」


そういってお弁当を差し出すことしかできないんだから。


「マジで?ありがとう。あ、俺の箸まだ口付けてないからこれで取るね」


そんな気遣いまでできるのか、田口よ。


そうして動揺しているうちに返された自分のお弁当の中には朝入れた卵焼きが一つ消えて、代わりに揚げたてのから揚げが代わりにそこに居座っていた。


ごめんな、君も田口君に食べられたかったよな。私で申し訳ないな。なんてからあげに心の中で話しかけてしまうほどには動揺している。


彼を食堂で見かけたことはこれが初めてではないし、何ならよく見る。でもこうやって同じテーブルで食事をするのは初めてだ。


「うまっ」


たまごやきをおいしそうに食べる彼を見て本当にやばいと感じた。いくらこの場所が一目につきにくい端だとはいえ、彼と2人で長くいるのは私の地味OLライフのシナリオからはかけ離れている。


「そっか、良かったです」


それだけ返事をして、私はおかしくない程度に少し早くお弁当を食べて素早くこの席から立ち去ろうと試みる、つもりだったのに。


「ってか何で敬語なの?同期じゃん」


「いつも弁当なの?」


「料理得意なの?」


「俺料理苦手なんだよね」


めっちゃ話しかけてくる。

その一つ一つに、「うん」とか「そうだね」とかたった一言で返す。

我ながら態度悪すぎてびっくりする。


「高槻はさ、俺のこと苦手?」


口に運ぼうとしていた最後のお米、その箸が止まった。

思わずそのまま彼の顔を見た。


「……」


その表情は今まで見たことのないような真剣で、少し悲しそうなそれで、なんていったらいいのか私の頭では一瞬で導き出してはくれなかった。


「苦手、ではないです」


「ずっと敬語だし、なんか俺といてもすぐ離れようとするし。俺なんかした?」


「何もしてない、よ。あんまり人付き合い得意じゃなくて。嫌な思いさせてたらごめんなさい」


正直にあなたといたら目立つからだよ、なんていえるわけもないので、あくまで原因は私にあって、あなたじゃないよ、と伝える。


そうしてやっと最後の一口を口に入れられた。


「なら良かった。まぁよくはないけど」


お弁当の蓋を閉めた。彼のお盆の上にはから揚げ定食。

私と食べ始めたのはほぼ同時だったはずなのに、彼のお皿の上にはまだ残っているから揚げ。

ただ、量の差もあったのかもしれないがそれだけでは片づけられないほどの違い。


「また、話しかけてもいい?」


どうせ、会うことはたくさんではない。この計算はすぐにできた。だから私はこう答えるのだ。


「もちろん」



これが間違いで、ひどく後悔することになるのはもう数時間後だ。






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