第2話 月曜日の午前のルーティーン
会社ではなるべく目立たないことを目標としている。
良くも悪くも。仕事はできすぎても、できなさ過ぎてもいけない。まぁ、できすぎることはないのだけれど。
目標はモブ。
今日も私は自分の仕事を時間内に終わらせるためにおとなしく頑張るのだ。
「(あ、間違えてる……)」
事務処理をしていると見つけたのは営業課から提出された経費の書類のミス。
このくらいのミスならいつもはこちらで訂正して、本人に事後報告なのにこの間違い方は事務方が勝手に直したらいけないやつだ。
提出主を見ると同期の名前。
同期とはいえ、正直かかわりはあまりない。同期の数が多いことも理由の一つではあるが、最大の理由は本人にある。
人目を惹く容姿もそうだし、なんとなく可愛がりたくなるようなそのコミュニケーション能力。仕事面では優秀なのに、何もないところで躓いたり、カバンに間違えてリモコンを入れてきたり、ちょっと抜けたところがある。そしてそれがまた彼を人気者にさせるのだ。社内では年下から同年代にはかっこいいと人気で、年上のお姉さま方にはかわいいともっぱらの噂だ。
そんな人気者チート同期に絡んで目立ちたくない私は意識してか彼から距離を取ってきた。
最低限の会話のみ。
正直自分から彼に絡みに行くことは避けたいのが本音だけれどこればかりはそうはいっていられない。
社外に出ていることも多い営業課。階も違うので無駄足は避けたい。そんな思いから内線で営業課に電話をかければ、
「田口です」
まさにその人が出た。
「営業事務の高槻です」
「あぁ、高槻さんか」
私だと分かった途端、彼の声が和らいだ。
敬語から、砕けた口調にもなっている。
彼に私が同期だという認識されていることを感じる。まぁ、さすがに同期であることくらいは知ってるよな、なんて。
「田口君の書類で訂正していただきたいものがありまして。今からそちらに伺ってもいいですか?」
「え、ごめん。今日はずっと社内にいるからいつでも大丈夫」
敬語の私と、砕けた口調の彼。まるで同期とは思えないこの距離感は私の防衛ラインだ。
「分かりました、では今から行きます」
「はーい」
電話を切った後、書類とお気に入りのフリクションボールペンを持って立ち上がる。
「すみません、書類のミスの修正をしてもらいに営業課行ってきます」
上司に用件を伝え、席を外す。こういうことはよくあるので上司も軽い。
私のいる営業事務課は営業と名前がついてはいるものの、その業務に営業らしさはほとんどない。そのため営業と名前はつくものの、営業課とは島が離れているどころか階まで離されている。困ることはほとんどないが。
最近食べ過ぎで緒ちょっと太った自覚はあるので、一つ上の階の営業課までは階段で。
何度来てもここの空気は少し苦手に感じてしまう。いかにも陽キャ、っていうこの雰囲気は天地がひっくり返っても自分には手に入れられないものだからだろうか。
「すみません、田口さんいらっしゃいますか」
いることは分かっているのに、彼がいるのは入り口から少し奥まったところ。大きな声で呼ぶ勇気はないので、近い人に小声で声をかけるとその人は笑顔で席を立ち、彼を呼び行ってくれた。
さすが営業課。親切でかつ愛想もいいなんて学生時代に同級生にいても関わることなさそうだな、なんて考えていれば、奥の方から少し申し訳なさそうな田口君がやってくる。呼びに行ってくれた人に会釈だけして、彼に書類を差し出す。
「ここなんですけど、この数字だとここが合わなくなってきていて。多分更新を押してないだけだと思うので、データの更新押していただいて改めて2枚目と4枚目から8枚目まで印刷かけなおしていただきたいです」
「うわ、ほんとだ。すぐ修正するから待ってて。あ、これお詫び」
そう言って手渡されたのはチョコレートのお菓子。それに驚いていれば彼はその間に席に戻って作業を開始してしまった。
取り残されてしまった……。
「それ、あいつの最近のお気に入りらしくて、誰にほしいって言われてもだめって言ってたやつだから相当お詫びの気持ち入ってるよ」
お菓子を見つめて呆然と取り残された一般人の私を見てにこやかに話しかけてきたのは先程田口君を呼んでくれた人。
ようやくしっかりと顔を見て“やっぱり”と思った。
この人も陽キャだ。
「そうなんですね。では大事にいただきます」
「そうしてあげて」
当たり障りない返事で会話は強制終了。とっつきにくい人だと思ってほしい。
なんとなく爪先を見つめた。その仕草はうつむいているようにしか見えないだろう。ついでに言うとパンプスを履いているのだからあの赤は見えない。
しばらくしてまたこちらに近寄ってきた彼の手元には書類がしっかり握られている。
「悪い、確認してもらえる?」
貰ったお菓子は服のポケットに入れて、彼からの書類を受け取る。
ミスしていたところを見れば、うん、しっかり直っている。
「大丈夫です、お手数おかけしました」
「いや、お手数をおかけしたのは俺だわ」
そういって笑う彼に私は何も返さなかった。会釈だけをしてこのフロアに背を向ける。
後ろで「同期?」と声をかけられているのが聞こえた。
それに彼がなんて返したのかは、聞こえなかった。
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