現代版チート美女は地味に生きたい

むいみちゃん

第1話 月曜日の朝のルーティーン

日曜日の夜、先週の同じ時間に塗ったつま先のマニキュアを落とした。そしてまた、同じ赤いマニキュアを塗る。この時間がただのOLの私にとって何物にも代えがたい大切な時間だった。


赤い、まだ乾いていない爪先を見ながら髪を乾かす。

これが私の日曜日の夜のルーティーンだ。

そしてその赤をみて思うのだ。


――あぁ、今日も“ちゃんといる”


両親譲りの白い肌。そこに映える赤いマニキュア。不健康なほど白い自分の肌には似合っていないことこの上ないのは分かっているのに、その“赤”が私がここにいることをしっかり教えてくれるのだからやめられない。


髪が乾いた頃にはすでに爪先の赤も乾いていて、そのままベッドへ寝転がる。

何の変哲もない白い天井を見ながら思うのは、次目が覚めたら月曜日、という事実。そしてやっぱり月曜日はやってくる。


本当はオーク系の小ぶりな目覚まし時計がほしいと思っているのに、これだ、というものに出会えず、とりあえず、と利便性抜群の以前使っていたiPhoneが私に朝を知らせてくれる。


昨年思い切って買い替えたセミダブルのベッドと奮発したマットレスのおかげで月曜日の憂鬱度合は1割減。やっぱり買ってよかったなぁなんて毎日思いながら軽くベッドを整えて毎朝のルーティーンを行う。


浄水器の水をケトルにセット。コロナ前最後の旅行先の北海道で買ったお気に入りのティーポットにはネットで買った紅茶セットの中から適当に一つ取ってセット。お湯はまだ沸かないからその数分で軽く洗顔をしてオールインワンでお肌を整える。


カチッと音がしたらお湯を注ぎ、蓋をして2分蒸らす。少しだけ香る紅茶の匂いでようやく3割覚醒。


紅茶ができるまでは軽くストレッチをすることにしている。誰に教わったわけでもなく、ただその時に気持ちいいところを伸ばすだけのやつ。やらないよりかはマシ、みたいな程度。ふと目に入るつま先は赤い。


出来上がった紅茶を飲みながらお弁当を作り始める。冷蔵庫を開ければそこには昨日作ったお弁当用の小分けのおかず。炊飯器の中ではタイマーセットでお米は炊きあがっている。


「卵焼き焼くくらいでいいか……」


独り言がつい出てしまうのは長い一人暮らしの賜物だ。


小ぶりなお弁当箱の半分をお米。あとは作り置きのおかずから今日の気分で好きなものを2つと、昨日の晩御飯の残りの炒め物、あとはさっき焼いた味付けは塩だけのシンプルな卵焼き2切れ。うん、お弁当の出来上がりだ。


お弁当の中に入り切らなかった卵焼きと紅茶の残りのお湯で作った超絶簡単お味噌汁。あとは米。質素な朝ごはんのお供はニュース。


毎日感染者数ばかりが報道されて、何人と言われてもそれが昨日より増えたのか減ったのかよく分からなくなってきた。日に日に感覚は麻痺していく。


食べ終わった食器は洗うのがめんどくさいので水につけて取り合えず放置。


歯を磨きながら今日何を着ていこうかと会社用の服が入っている引き出しを開けて悩む。今日の予定を頭に思い浮かべながら、会社から出ず、誰にも会う予定はないので、カッチリしすぎない程度に黒のテーパードパンツと白いブラウスに決めた。


それを引き出してベッドの上に放り投げておいて、洗面台へ戻って口をゆすぐ。


テレビを見ながら化粧をしたいので仕事用メイクの時に使うコスメは大きめのポーチにまとめてある。そのポーチを持ってリビングへ戻り、最近衣替えで引っ張り出してきたお気に入りのラグに座り、これまたお気に入りの楕円形のリビングテーブルにコスメを広げる。


日焼け止めは絶対。下地は皮脂崩れ防止下地。コンシーラーはクマを隠すだけ。あとはBBクリームを薄くつけてパウダーで仕上げ。アイシャドウは単色のブラウンを薄く筆で塗り広げて目の際に少し濃い色を付けた足すだけ。まつげはビューラーであげるのがめんどくさくなってきたのでそのうちマツパに行こう。マスカラはブラウンでボリュームよりは長さ重視。眉毛はこの前行った眉毛サロンで整えてもらったから少し眉尻を書いて、眉マスカラをするだけ。涙袋はもう書かない。ものの10分で出来上がった自分の顔はまさしく普通。


特別美人でも可愛いわけでもないのは分かっているし、目立ちたいわけでもない。承認欲求がないわけではないが、それに固執する気もない。


これでマスクをすれば目立たない普通のOLの出来上がりなのだ。


朝にいれた紅茶はもうぬるい。


その紅茶を飲みほして時計を見ればいつもより少しだけ余裕がある。

帰ってきた時の自分のためにと、先程あきらめた洗い物をパパッと済ませて洗面所でアイロンを温め始め、その間にベッドに放り投げた服に着替える。


洗濯は二日に一回だから今日はたたんでそのままベッドに置いておく。その後は寝癖お直すようにアイロンをして、最後毛先だけくるっとワンカール。いつもの黒いシュシュで一つに結んでOLの私のできあがりだ。


腕時計はアンティークのカルティエ。女性ものの時計なんて誰も見ていないから少し値段が張るけどいいものを。この腕時計をするようになって1年は経つがいまだに誰にも時計について触れられたことはない。分かりやすくブランド物のカバンを持つなんてことはしない。ただ、私がときめいたものに囲まれていたいだけ。


玄関のシューズボックスの上のマスクケースからマスクを取り出してつける。その横には車のカギもあるが社員の8割が電車やバス通勤の都内で車通勤なんてことはしない。会社は私が車を持っていることも知らないだろう。


寝坊したときに近くまで車で行って、知り合いの店の駐車場に止めさせてもらっているのは内緒だ。


電気もテレビも消した。うん、大丈夫。

パンプスを履いた私のつま先の赤はもう見えていない。


今日も地味なOL、社会の歯車になってきます。




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