第13話 顔を見ただけで……

「明日の舞踏会には私も出席することにした」

「サバス様がですかぁあああ!?」


 王宮内にあるサバス様専用部屋。

 いつものようにここでお菓子を作っている最中に、私の大声が部屋中に響き渡る。


「うむ、変装もしない」


 ちょっとちょっとちょっとぉーー!!


 変装もしないで舞踏会に出たら鼻血出ちゃう女性が続出してしまうでしょう!?

 結構ガチで。


 今の私だってサバス様のお顔を見ていられる時間は一秒未満。

 それ以上見ていたら気絶してしまう可能性があるくらいに刺激が強い。


 前にマーレット様が壁ドンされたとき、よく意識が保ったなと思ってしまうくらいだ。

 未だに羨ましいと思うし、少し根に持っている。

 それくらい舞踏会が心配になってきた。


「みなさんハンカチくらいは持っていますよね……。ドレスに血がついたらとれないかも……。ひょっとして気絶する人がいたりして……」


「何をブツブツ言っているのだ?」

「あ、申し訳ございません。少々心配事があったものですから」


 不思議そうな表情をしていたのだろうか。

 それにしても私ってばさっきからサバス様に対してかなり失礼な気がしている。


 冷静に考えれば侯爵跡取り息子が舞踏会に出席することは極々当然のことである。

 だが、サバス様は今までまともに出席したことがない。

 舞踏会どころかお茶会、パーティー、ありとあらゆる行事になど滅多に姿を表さなかった。


 故に、サバス様の素顔を知っている人間は少数だ。

 それでも外見の美しさがぶっ飛んでいる噂がどんどん広まり、伝説となっているらしい。

 お母様はそういうふうに言っていた。


「今回の舞踏会には国王陛下も出席なされると聞いている。だからこの日にライアンとの婚約を発表しようかと思っているのだ」

「ほー……」


 あれ、今クッキー焼いている時間って何分だっけ……。

 あーもうっ! 頭の中が鼻血対策と婚約発表のことで埋め尽くされているから、お菓子作りに集中できない。


「それから……」


 サバス様がそれっきり無言になってしまったので、無意識にサバス様のお顔をジッと観てしまった。


「ふぁぁああ!?」

「どうしたのだ!?」


 ぎゃあ!

 サバス様が心配してくれているようで、キッチンの方まで走ってくる。


 これはまずい!

 サバス様のお顔を拝見して、興奮してしまって変な声が出たなんて、死んでも言えない。


「クッキーの焼き時間忘れてしまいましたの!!」


 誤魔化した。

 悪女で申し訳ございません。


「そうだったのか……全く、脅かすでない」

「申し訳ございません」


 これだけで終わらず。

 私の超至近距離まで迫ってきて、焼いているクッキーの方を真剣な顔で覗き込んでいた。

 私の心もコゲコゲになってしまう。


「問題ない。たとえ生でも焦げてしまってもライアンの作ったものなら食べるから安心したまえ」

「はぁ……ありがとうございます。しかしながら、美味しいものを提供できなくなってしまう可能性が……」

「全くもって問題ない。このまま続行してくれ」


 なんという優しさだろう……。

 食にうるさい人であれば、少しでも失敗したらやり直しさせられるものだと思っていたのに。


 そんなことを考えていたら、サバス様の顔を見なくともドキドキが溢れて止まらなくなってきてしまった。

 私の心臓よ、もっとタフになってくれ!


 クッキーが焼き上がる。

 見た目だけで判断して感覚で時間調整をした。


 サバス様はまず、見た目をしっかり見た上で匂いを嗅ぐ。

 その後にゆっくりと口の中へと頬張る。

 毎回やっているので、ソムリエかよと思ってしまう。


 ちなみに、私の作ったものに関しては毒見役はスルーしてくださっているのだ。

 食材自体にもしものことがあると危険なので、コッソリと味見をしてから提供している。


 クッキーの焼き加減は奇跡的に普段と同じだったので問題なく提供したというわけだ。


「先程言いそびれたのだがな……」

「何か言いかけていましたよね。舞踏会で何かあるのですか?」

「ミーナ=ワインドの件だ。ライアンは彼女と幼馴染なのだろう? 驚かせると悪いので先に起こることを告げておく」


 ミーナの父親が何か不正をやらかしてヤバいことになっているとは聞いていたが、未だに何をしたのかまでは知らない。

 サバス様は把握しているのかもしれないが、私が聞くことでもないだろう。


 ただ、これだけは気になっていた。


「貴族剥奪されてしまうのですか?」

「いや、法曹と陛下の話し合いの結果、そこまではしない。ただ、不正した分の代償と賠償としてワイルド家にある財産は全て差し押さえとなった。あくまでワイルド家の財産だし、ミーナの嫁ぎ先までは関与しないこととなった」


 それを聞いてホッとした。

 ミーナの派手な生活は今後出来なくなるかもしれないが、起死回生の見込みはあるのだろう。


 チャンスがある以上は、もう一度頑張っていけばいいのだから。


「先に教えていただきありがとうございます。もちろん他言は致しませんので」

「うむ。付け加えると、差し押さえと言っても如何程の資産を持っているかまで予め把握してあるらしい。更に何かしら不正を働くようならば容赦しないと言っていた」

「さすがにそこまでバカな真似はしないでしょう……」

「当たり前だ。爵位を残すだけでも奇跡に近いというのに」


 ミーナも今回は大人しくしていて欲しい。

 幼馴染だからなのか、情が出てしまうのも困ったものだ……。

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