第14話 オズマ視点3

「案外簡単だったわ」

「おぉ……これがワインド家の財産……」


 見たこともないくらいの金貨の山。

 そして換金したら相当な額になりそうな金やプラチナ、宝石類まで大量だ。


 さすがミーナだ。


「これ金庫から半分くらいくすねて……預かってきたのよ。もう、重くて大変だったんだからね!」

「ご苦労。舞踏会の直前でよかった。毎回何か不祥事があると舞踏会で公表することが多かったからな。それにしても凄い額だ。これだけあれば一生困らずに過ごせそうだな……」


 欲が出てしまう。

 だが、これはあくまでワインド家の財産だ。

 勝手に使ってなくなってしまったらそれこそ犯罪者なのである。

 俺だってそれくらいの常識は持っているのだ。


「あくまで預かっているだけでしょ? これ全部返すのよね?」

「当たり前だ。この後ワインド家がお取り潰しになってしまって財産差し押さえがあるかもしれないんだろ? それが終わってほとぼりが冷めた頃に、実は預かってたんですって言えばどれだけ感謝されることか……」


「その時に謝礼でいくらか貰えばいいってわけね」

「そういうことだ。これはあくまでビジネスだ。だが……凄い金額だな……」


 ちょっとだけ金貨と貴金属に触れてみる。

 金貨はともかく、プラチナや金といった鉱物や宝石に触れるのは初めてなのだ。

 だが、触った瞬間ミーナに思いっきり手を引っ叩かれ怒られてしまった。


「ダメ!! こういうものは直に触っちゃダメなの!」

「なぜだ?」

「手についている油で色が変形してしまう可能性があるの。しっかりハンカチやタオルで触るようにして!」


 さすがミーナだ。

 こういう高価な物の扱いに慣れている。


「で、これだけの宝石で時価いくらになる?」

「うーん……。少なく見積もっても五億は下らないでしょうね……」

「億!? 宝石類だけでだぞ!?」


 なんということだ。

 これを全部売ったとしたら一生働かないで過ごせるぞ!!

 売っちゃダメなんだが。


 脳裏ではわかっていても、誘惑がどんどんと襲ってくる。

 だがまだ耐えられる。


 もう少し我慢するのだ。


「ねぇオズマ……これって結局私の家の財産なのよね……?」

「当然だろう。ミーナのご両親が稼いで手に入れた財産だ。国などに差し押さえられてたまるものか」

「黙ってさぁ、ほんのちょっとだったら使ってもいいんじゃない?」

「はい!?」


 ミーナがとんでもないことを言いはじめた。

 そりゃ言いたい気持ちはわかるけどさぁ。


「だって、どっちにしたって差し押さえられるお金でしょう? 全部で二十億はあると思うの。これのほんの一部……、そうね、百万くらいかな。金貨十枚分だけこっそり使ってもバレないと思うのよ」

「まぁそりゃそうだろうけど」

「金貨十枚あれば、オズマだって一週間くらいはぐーたらして過ごせるでしょう?」

「は!?」


 今、俺は聞き間違えたか?

 百万相当の金貨を一週間で使い切るだって?

 いや、俺が節約を極限にまで頑張れば一年は保つぞ。


「一ヶ月に金貨五十枚くらい消費するでしょう?」

「アホか!!」

「なんですって!?」


 ミーナが金貨を投げつけてきそうな状況になってしまっているが、俺は悪くないだろう。


「落ち着け! そもそもミーナの金銭感覚が麻痺している」

「仕方ないじゃないの! ずっとそうやって育ってきたんだから!」

「今はそうじゃないだろう? 准男爵家とはいえ、せいぜい年間に金貨五十枚が相場だ。そんな大金をわずか一ヶ月で消費してしまうのが当然だと思っている以上、一緒には住めんぞ」


 珍しく冷静になってミーナを説得しようとした。


 だが……。


「はぁ、どうしてこんなことになってしまったのかしら……お父様が変なことするからいけないのよ!」

「同感だ。ミーナのご両親さえしっかりしてくれれば金で揉めることもなかったのだ」

「ねぇオズマ。もう預かるのはやめにしない?」

「は?」


 ミーナのとんでもない発言に耳を疑う。


「よく考えたけど、元々家にはそれしか財産はなかった。差し押さえになったら、そもそも残りはどこだって聞かれてもどーでもよくなっちゃうと思わない?」


「……そうかもしれんな」

「でしょう? どうせ奪われてしまうお金を必死に探すなんてありえないじゃない。だから、このお金は、私たちへの結婚祝いってことにして」

「ネコババする気か?」

「どう思う?」


 甘い誘惑だ。

 俺も今後のことがあるからな。

 必死になって考えてみた。


 言われてみればわざわざ報告しなくてもいいのかもしれない。


 元々ワインド家は差し押さえを喰らう。

 金貨で百枚取られても五十枚とられても最終的にはゼロ枚になる運命。

 むしろ、俺たちが幸せに暮らしていた方が喜ぶかも知れない。


 そうだ!


 親は子供の幸せを願うのが当たり前なんだ。


「いいと思う」

「決まりね。じゃあこの金貨や宝石は全部結婚祝いということでいただいてしまいましょう」

「だが、気を付けろ。いきなり大胆に使えば国の奴らに目をつけられてしまうだろうから、慎重に使うのだ」

「わかってるってー」


 ミーナの発言がどうも胡散臭い。

 俺も少しは対策を立てておいた方がよさそうだ。


「そういえばね、家に帰ったときお父様から舞踏会のこと聞いたんだけど……」

「随分と笑みを浮かべているな。何か良いことでもあるのか?」

「ライアンが早速婚約者を連れてくるんだって」


 少しだけ嫉妬心が出てしまった。

 別れたとは言っても、まだライアンとそういった行為はしていなかった。

 それが他の男がやらかすと考えたらあまり良い気分ではない。


「相手は誰だ?」

「そこまでは。でもね、ちょっと前にライアンが男と歩いているって情報があったのよ」

「ほう。詳細は知っているのか?」


 ライアンのことが気になってしまう。

 まぁライアンだったら大物と婚約できるような魅力は持っていないから俺よりも格下だとは思うが。


「それがねー、とんでもなくひっどい外見だったそうよ」

「ほう!!」


 内心、大喜びだ。

 そうかそうか、そんなレベルの低い男相手でも良いから無理したというわけか。

 これで一安心した。


「明日舞踏会だし、きっと連れてくると思うのよ。婚約発表なんてしたら笑ってしまいそうで……」

「あぁ、だが大笑いは我慢しろよ。こちらの印象が悪くなってしまうからな」


 舞踏会が楽しみで仕方がない。

 ライアンと話す機会があったら思いっきりバカにしてやるか。

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