第10話 侯爵様に挨拶した
「父上。こちらが以前お話ししたライアンです」
「おおーーーー! ライアンと聞いていたからもしかしたらと思っていたが、やはり其方であったか」
「ご無沙汰しております。侯爵様」
「そんなに緊張する必要もあるまい。楽にしたまえ」
いや、無理ですって。
ダイル=トリコロエル侯爵様とはパーティーや社交界で挨拶をしたことはある。
そのときとは状況がまるで違うのだから。
侯爵様が私の方へと近づき、膝を立ててしゃがみ込む。
とんでもない事態に驚いたまま固まってしまう。
「其方のお父様にはいつも感謝している。もちろん時々手伝っているライアン殿の素晴らしい料理にも感服しているのだ。息子が惚れるのもよくわかる」
「そんなもったいないお言葉……顔をあげてください。私はあくまで好きで料理をしているだけですから……」
男爵家令嬢が侯爵家の頭首に頭を下げられるなど前代未聞だ。
慌ててふためいている私を横からサバス様がじっと見てきている。
クスクスと笑っているようだが、相変わらず顔は直視できない。
「本来ならばライアン殿の歓迎会をやりたいところだが、私はこの後大事な用事が入ってしまっている。使用人たちに後のことは任してあるので自分の家のようにしてくれて構わぬ。とは言ってもここは王宮の侯爵室ではあるが……」
「滅相もございません!」
「今度我が家にも家族揃って来るが良い。そのときはしっかりと時間を作っておこう」
侯爵様はなんて優しいのだろうか……。
格下の私にここまで手厚くしてくださるなんて……。
「父上、例の件ですか?」
「あ、あぁそうだ。ついに証拠を掴んだのでな。まぁあの男爵家は追放はさせぬが財産は全没収といったところだろう」
「父上、ライアンの前ですぞ。あまり詳細まで語らずとも」
「いや、この件はライアン殿の近しい人間だからな。今知っても問題はあるまい」
話を聞いているだけだと何かよからぬ出来事があったらしい。
私の周りで思い当たる節はあの家しかない。
「もしかして……ミーナのところ……ワインド男爵家ですか?」
「そうだ。あの男爵、裏で脱税と詐欺を働かせていたのだがなかなか証拠を掴めなくてな。当然裁判になるので私たち王族も始末をどうするか話し合っているところなのだ」
さすがに同情してしまう。
腐ってもミーナとは幼馴染だ。
おそらく見栄っ張りで金遣いが荒すぎた彼女の人生も激変するんだろうな。
肩を持つわけではないが、オズマとミーナがスピード結婚したのはある意味正解だったのかもしれない。
オズマのところに嫁いでいる状態ならばミーナへの仕打ちが少なくとも……。
いや、彼女は親の財産をかなりあてにしている感じだったし変わらないか。
「脱線してすまなかったな。ライアン殿よ、息子サバスと幸せになってくれたまえ。私は全力で応援させていただく」
「ありがとうございます!」
侯爵様が部屋から出ていった。
残った使用人がテーブルに沢山の料理や飲み物を用意してくださっている。
いや、こんなに食べれないんだけど……。
さすがにこの歓迎は大袈裟では?
「心配するな。余っても使用人がしっかりと食べてくれる」
「そうですか……。私のためにこんなにしてくださるなんて」
「それだけ父上の目にも叶ったのだ。謙虚になる必要もあるまい」
正直なところホッとしている。
いくらサバス様が心配無用と言ってくれていても、実際に侯爵様と挨拶してみるまでは不安だったのだ。
もしも結婚など認めぬとか言われたらどうしようかと心配で、あまり寝れていなかったのだから。
「侯爵家の方々は皆優しいのですね……」
「ふ……表向きには威厳があるからな。ある程度芝居が必要なのだ。だがライアンとは今後家族になる。本来のトリコロエル家で接しても問題はあるまい」
「知りませんでした。正直、侯爵様はもっと怖いお方だと思っていましたので」
「そうでなくては困るのだ。表向きにはな」
そう言いながら、私にグラスを渡してきた。
本来は私がサバス様にやらなければいけないのに……。
いや違うか、毒味役に渡さなければいけない?
あれ、どうしたらいいんだっけ。
「挙動不審になる必要もない。王族のテーブルマナーなど一緒にいれば時期に覚える」
「はい……」
料理に夢中でテーブルマナーの方は全くもってダメなのだ。
そのことを一瞬で見抜いてしいまうサバス様も凄いが。
「ところで、ワインド男爵家のことだが……」
「なんでしょうか?」
「あの家の娘はライアンの幼馴染なのだろう? 不正に対しての処罰をヒイキすることはできないだろうが……」
私のことを心配してくださっているようだ。
そりゃ親の不祥事で幼馴染であるミーナが大変な目になりそうな状況だけどね……。
「ミーナはオズマ=フレイヤ準男爵と婚約していますからね。いや、もう結婚しているのか……。お金に執着が激しい彼女ですが、オズマとうまくやっていけるのでは?」
「ライアンを捨てたあいつか……。いや、おかげで私は幸せを手に入れたのだから礼を言うべきか、いや、それではあまりにも嫌味が」
サバス様が珍しく小声で独り言をブツブツ言っている。
一瞬顔を見てしまったが、真剣な表情になっているサバス様も神々しい。
「ミーナとやらも一文なしになるだろう。直接話したことなどないが、聞いている話だとうまくやっていけるとは思えんが」
「まぁそこは彼女次第ということで」
今後はあまり関わり合いをもたないほうが良いかも知れない。
こちらにまでタカられたらたまったもんじゃないからな。
彼女たちは今後本当に大丈夫なのだろうか。
なんだかんだで心配になってきてしまったのだ。
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