第8話 王都内でのデート(前編)

「おはようございます」

「うむ、待たせてしまってすまない。それではここからは歩いて出かけるとしよう」


 私の家にサバス様が馬車で迎えにきてくださった。

 変装をしているので、命の危険は少ないものの、念のため護衛が後をつけてくるという形で概ね二人きりのデートだ。


 お母様が是非とも挨拶をしたいとのことだったが、サバス様の偽の姿で会わせるわけにもいかないので、今回はナシとなった。

 サバス様とゆっくりと街へ繰り出す。



 やはり抵抗がある。

 サバス様だと分かっていても、ギャップの激しすぎる外見で、困惑している。

知り合いにこの現場を見られたくないし、ドキドキ感も少ない。

 サバス様の人柄だって好きになっているのに、なんでこうなってしまうんだろう。


「ライアンよ、実はこの先にあるレストランは私の行きつけの店なのだ。行ってみるか?」

「是非」


 幸い、会話は緊張がない分、普通にできるようになっている。

 食にうるさいサバス様が足を運ぶくらいだから相当美味しい店なのだろう。

 私は、気持ちを切り替えて変装したサバス様、もといダサス様との一日を楽しむことにした。


 レストランは老舗で今時のオシャレ感な店ではない。

 だが、本日のコースというメニューをオーダーし、出てきた前菜やサラダ、メインの肉料理を食べてみるとどれも美味しい。

 この味は私も盗みたいと思えるほどだった。


「ダサス様、素晴らしい店を紹介していただきありがとうございます」

「うむ、ここで食べにくるときはいちいち変装しなければいけないのが難点だがな。その分来る価値がある程美味しいだろう?」

「はい!」


 ダサス様と一緒にご飯を食べてみたが、サバス様の時となんら変わらないではないか。

 一緒にいてただ楽しいし美味しい料理をシェアできる幸せ。

 私は何を気にしていたのだろうと、恥ずかしくなってきてしまった。


「どうした? なぜ笑っている?」

「いえ、サバ……じゃなくてダサス様とこうやっているのも楽しいなと思いまして」

「そうか。むしろすまないと思っている。婚約をいずれ大々的に発表し、変装しないでも出歩けるようになれれば一番なのだが」


 ダサス様の容姿で外を歩いていた方が騒ぎにならなくて良い気がするのではと思うようになっていた。

 決して見た目はカッコいいとは言えないが、雰囲気も口調も仕草もサバス様に変わりないのだから。


「すまない、少々花摘みに行ってくるからまっていてくれ」

「あ、はい」


 サバス様がお花摘みという単語を使うとは……。

 美意識が全く無いのに言葉の美意識は高いらしい。

 サバス様が席をたって見えなくなったとき、今度は私の知っている女性がこちらへ向かってきた。


「ライアンさん、ごきげんよう」


 うわ……できれば会いたくないお方だった……。


「マーレット様、なぜここに……?」


 彼女は子爵家令嬢のマーレット様だ。

 お茶会や舞踏会ではいつも私のことを馬鹿にしたり嫌がらせをしてくる女だ。

 だが、我が家は稼いでいるとはいえ男爵家。

 上位階級の子爵令嬢には何も言い返せないのだ。


 脳裏では、『あんたなんか一度ゴキブリの大群と一緒に水浴びでもしていなさい!』と思っている。


「ここ、親戚が経営している店なのですよ。とは言っても貴族じゃないんですけどね」

「そうでしたか。驚きました」

「驚いたのは私の方ですわ。ライアンさんったら、婚約解消されたからって、あーーーーーんなにキモい男とデートしているのですか?」


 それを言いたいだけのためにわざわざ出てきたのか。

 一発引っ叩いてやりたいくらい頭にきているけど、逆らえない。


「私はあのお方を慕ってますので……」

「あらそう……。ま、所詮は親が稼げていても男爵家。その娘があれくらいダッサださのキモ男と一緒にいるくらいがお似合いですわよ」


 マーレットが馬鹿みたいに大笑いしている。

 私のことを酷くいうのは構わない。

 だが、変装しているとはいえサバス様の悪口を言われるのがどうしても許せなかった。


「見た目が全てではありませんから」

「まぁ! 減らず口を叩くつもり? それとも、負け惜しみ? ま、所詮は男爵家の考えることなんて子爵家令嬢の私からしたら理解不能ですわ」


 いつまでも大笑いをして馬鹿にしてくるからサバス様がトイレ……こほん、お花摘みから戻ってきてしまったではないか。

 しかも相当怒っているようだ……。


「話は全て聞こえていた……」

「まぁ、ごめんなさーい。あんた貴族じゃ見かけない顔ね。私は貴族令嬢なのよ。どんなにアンタが怒っても私にたてついたらお父様がアンタの住んでいる領地から追放することだって簡単なのよ」

「ほう、それはどの土地に住んでいてもそうなるのか? 貴様は普段からそういう態度をとって民衆を脅迫しているのか?」


 ちょっとちょっと……サバス様の口調、変装の意味なくなるから!

 マーレットも動揺していた。


「まるで私よりも上の人間が言っているような口振りね。えぇそうよ。ライアンさんだって私の前じゃペコペコ頭を下げることしかできないの! 靴の裏でも舐めなさいと言ったら従うしか無い程度の女なの。そんな女と一緒にいるなんて……って、……!?」


「確かマーレットと名乗っていたな……。そして子爵家か。身元を調べればすぐにわかることだが……」


 うわーーーーダサス様が変装を解いてサバス様になってしまった!

 嫌な予感しかしないんですけど。

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