第3話 緊張のしすぎでやらかす

「ももも……申し訳ありません。失礼いたしましゅる」


 頭がパニックになっていて、何を言っているのかよくわかっていない。

 このまま変なことを言わないでくれよ私!


「楽にしてとりあえずそこの椅子に座ってくれたまえ、何か飲むか?」

「はははいっ! えーと、えー、オレンジジューチュで」

「よし、いったん落ち着こうな」


 あぁ、もうダメだ。

 大パニックの中、脳裏に出てきた飲み物は何故かジュースだった。

 確実に呆れられていきなり嫌われてしまったに違いない。

 さようなら私の夢物語。


 などと放心状態になっていたら、いつの間にかテーブルの上にオレンジジュースが置かれていた。

 しかもご丁寧にストローまで挿してある。


「あの……え、えーと、これは一体」

「しぼりたてオレンジジュース果汁百パーセントのやつだ。ライアンが固まっている間に私が現物を絞ってジュースにしたのだ」


 侯爵家ともあろうお方に作業をさせてしまった!!

 だが、有り難くいただくとしよう。

 そのへんは図太いのだ。

 ほんの少し落ち着いてきたので部屋を見渡してみると、私の住んでいる家の敷地面積と変わらないくらいの大きな部屋で、様々な食べ物や果物、野菜、それから食器類や衣装まで何から何まで揃っている。

 概ね、部屋というよりも調理場というイメージだな……。


「どうやら落ち着いたようだな。それではひとまず乾杯としようか」

「は……はい」


 私の子供用の黄色いプラスチックのコップと、サバス様の持つワイングラスが混じり合う。


 かんぱい。


 一口だけ飲んだが、甘味がギュッと詰まっていて、オレンジそのものである。

 あまりの美味しさに感動してしまった。

 同時にようやく冷静になることができた。


「あ! サバス様! 申し訳ございません!! 私ライアンと申します。このたびはお招きいただき大変感謝──」

「気になるな、そういう硬い挨拶もなしとしよう。もっと楽にしてくれたまえ」


 そんなこと言われても、サバス様の声を聞くだけでもドラゴンでさえ魅了してしまいそうな音なのだぞ。

 顔など見ただけで気絶してしまいそうなのだ。

 こういうときは緊張をほぐすためにも、慣れるためにもたわいもない会話が必要だ。


「サバス様? 私のことはどこで知られたのですか?」

「会ったことは初めてだ。知っているのはライアンの作った料理だ」

「え、料理ですか?」


 徐々に落ち着きが出てくる。

 緊張よりも疑問の方が優ってくれたおかげでもあるが。

 まだサバス様の顔は直視できないが、それでも胸元あたりまでは視線を上げることに成功した。


「うむ、以前、と言っても三年前のことだが。王宮でのパーティーに出されたアップルパイという料理。其方の父方が開発したものであろう? パーティーの時にはその娘のライアンが作ったという報告がある」

「あぁ、そういえばその頃のパーティーで用意するデザートは私が作ったような……」

「食に対して究極にうるさい私が、あの味に感動したのだ。小さき頃から私は、婚約者は料理の天才でないと嫌だというこだわりがあった。だからこそ今まで何千という婚約希望を全て断ってきていたのだが……その甲斐もあり、ようやく天才級の料理の才能を持つライアンを知ることができたのだ。聞くところによると王宮の調理師として働いている娘と聞いてな、すぐに会いたいと思った。だがしかし……、ライアンには既に婚約者がいたのでな。好機を待っていたというまでだ」


 私の料理はお父様から厳しく指導されて覚えたのでそこそこはできるとは思っている。

 しかし、味に対してもこだわりがある人にそこまで評価いただけることがとても嬉しかったのだ。


「ありがとうございます。光栄です」

「結論を先に言わせていただく。私の婚約者になってはくれぬか? そして毎日手料理を作っていただきたい」

「むしろ歓迎です。料理は私の趣味でもあり生きがいでもありますから!」


 緊張しすぎていた気持ちが、サバス様のお気持ちの言葉で一気になくなり、嬉しい気持ちが圧倒したのだ。

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