第2話 縁談のお話

 サバス様といえば侯爵家の長男である。

 その容姿に惚れ込んでダメ元で縁談を送る者が後を絶たないことでも有名だが、未だに婚約の発表もない。

 貴族界ならば知らない人はいないだろう。

 お父様が楽しんで焦らしていた理由もうなずける。


「先に言っておくが、俺は何もしていない。むしろ侯爵家の方から仕事中の俺にその話を内密で振ってきたのだからな」

「お母様、私の頬をつねってもらえます? ユメならば早く現実に戻りたいです」

「私もよ。じゃあ、お互いにつねり合いっこしましょうか」


 私はお母様の頬を、お母様は私の頬をグーーーーッと引っ張る。

 いたたたたた!!!


 痛さは本物のようだ。

 どうやら現実で間違いないらしい。


「お前ら、ふざけている場合ではないだろう」

「申し訳ございませんが、未だに信じられません。ただでさえ人気のあるサバス様からの縁談ですし、そもそも男爵家が侯爵家に嫁げるなど前代未聞です」


 しまった。

 つい本当のことを言ってしまって家のことを悪く言ってしまったような気がする。

 興奮が止まない状態で口が滑ってしまったのだ。

 それでもお父様は笑いながら優しく私の方を叩く。


「確かに前代未聞だな。だが、俺の年収も男爵家の中では前代未聞だろう。それにライアンよ、これはお前自身の努力が身を結んだものだと断言しておこう」

「はい?」

「本人に会えばわかるだろう」


 私、サバス様に対して何かした記憶すらないのだが。

 それでも自信満々に答えているお父様の表情を見ている限りでは私が何かしていたようだ。


 なんだろう。

 料理は趣味だし、他に特技と言ったら、貴族令嬢の割にはサバサバしていることくらいか。

 そもそもサバス様とお会いしたことも話すらしたことだってないんだけど。


「ともかく、明日婚約解消の手続きを終えた足でそのまま王宮に行ってサバス様と会ってこい」


 急すぎる。

 まだ心の準備が全くできていない。


「後ろ盾にお父様がいてくれないのですか?」

「そうだな。せめて明日、娘が会いにいくと言っているから時間作っといてくだされとだけ伝えておくか」


 いや、そういうことじゃないでしょう。

 あぁ、もうダメだ。

 ただでさえ婚約解消を言われて浮かれ上がっていたのに、それに上乗せしてサバス様とお話ができるなんて……。

 こんな状況じゃ間違いなく興奮して一睡もできない自信がある。


「もう! 絶対寝れないじゃないの! こうなったら朝までゴロゴロして起きているしかない!」


 だが、布団に入るとしっかりと寝れていた、すやー、すやー。

 気がついたら朝になっていたのだった。



 婚約解消の書類にお互いの名前等を書いて、提出するだけでアッサリと終わった。

 これでオズマとは何の関係性もなくなったのだ。


「ライアンには悪いとは思っている。俺だけ先に新たな婚約者がいるのだからな。だが、仮にこの先婚約相手が見つからなかったとしても俺を責めないでくれよ?」

「ご心配なく」

「ミーナは良いぞ。金銭面でもしっかりと援助してくれると言っているし、共有資産にしようという話まで出ているのだからな」

「よかったですね」


 どうぞミーナとお幸せになってください、と心の中で伝えておく。

 まぁミーナの性格だから、独断で勝手に決めて言っていることなのだろうけれど。

 長い付き合いなのにそれに気がつかないオズマもどうかと思う。


 本人に悪気とかの自覚はないんだろうけれど、彼の天然で連発してくる皮肉めいた言葉を聞くのも嫌なので、さっさと別れて私は馬車に乗り込む。


 さて、馬車で王宮へ到着したものの、オズマ様がどこにいるのかわからない。

 何しろ、私用で王宮へ来ることなんて初めてなのだ。


 一旦お父様が働いている厨房へ行ってみるか。


「おぉライアンよ、婚約解消は済んだか?」

「えぇ、あっさりと終わりました」

「そうか。おめでとう」


 会話としておかしい。

 もしも第三者が聞いたらとんでもない家族だと思われてしまうだろう。


「サバス様は既に自室でお待ちになられているぞ。早く行ってくるが良い」

「自室ですか!?」


 いきなりとんでもない場所へ行くことになるとは……。

 王子達それぞれが一部屋ずつ所有する自室と言えば、本来よほどのことがなければ立ち入りなどできない聖なる領域のような空間だ。

 各王子それぞれが重要な要件がある時に本人が認めた者のみ、その時間だけしか誰も入ることのできない決まりがある。

 それは最高権力者の国王陛下といえども例外ではない。


 お父様は平然と仰っているが、本当に意味わかって言っているのだろうか……。


 緊張が最高潮の中、覚悟を決めてサバス様の自室へと向かった。

 永遠と緊張しながらもドアの外にいる警備兵に声をかける。


「ライアンと申します。本日は──」

「お待ちしておりました。ドアを開けさせていただきます。この先にもドアがありますのでご自身でノックしてください。私どもも立ち入りが出来ない決まりですので」


 二重ドアだったのか!

 警備兵達がドアを開けた先に一つの小さな部屋があり、その先にまた厳重な扉がある。

 すでにこの小さな部屋ですら誰も立ち入ることが許されない空間らしい。

 恐る恐る奥のドアをノックする。


「ライアンです」

「待っていた、すぐ開ける」


 カチャッと鍵が開く音が微かに聞こえ、ドアが開く。

 その先の光景は……。


「どうした? 入るが良い」


 一瞬だけだが、声をかけてもらうまでの間、立ったまま気絶してしまったような感覚だった。

 サバス様が神々しく見えてしまって直視ができない。

 それはもう、私がゴキブリくらいの大きさの顔面戦闘能力だとしたら、サバス様は星そのものと言っても過言ではないくらいだ。


 見ただけで気絶させるだけの容姿能力、恐るべしだ。

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