第3話 コロナ禍は未だ終わらず

「医療関係者が濃厚接触者となった場合は、毎日チェックして勤務するのはどうか。って話がありましたよね」


「抗原検査、だね。ただ検査キットの数の問題とか、運用面での問題もある」


「言うはやすし。行うはかたし」


「発言は実際の医療従事者の人だからね。ワクチンも打っていて重症化リスクも低い。感染対策も明らかになっている現状、なんとかしなきゃというのはわかる。医療従事者も無限に湧いてくるわけじゃないだろうし」


「そもそも感染しない対策ができていれば、感染もさせないわけですもんね」


「でもみんな、感情が先走っているから」


 小須戸の言い方に、みさをは少しムッとする。


「かからないときは、ただの風邪とか言って小馬鹿にして、いざ自分がかかったらああだこうだと大騒ぎして迷惑かける。どういうつもりなんやろね」


「誰のことを言ってるの」


 小須戸は苦笑する。


「いっぱいおるやないですか、騒いでいる人。だからウチはもうテレビなんか見ません」


「あんなにドラマが好きなのに? 昨日だって遅くまで見てたじゃない」


「いけずな言い方。あれは〝配信〟だってケンジくんも知ってるやろ」


「ま、そりゃそうだけど」


「だってひとりで見るより、ふたりで見た方が楽しいやないの」


 毎日ラブストーリーはちょっと。喉元まで出かかったその言葉を、小須戸は土壇場瀬戸際崖っぷちでなんとか抑え込んだ。


「もうテレビは〝見せられる〟ものじゃない。うちらから選んで〝見ていく〟時代になったんですから」


 言って、みさをはカモミールを口にした。

 ネットのコンテンツをテレビで視聴する。

 コロナ前とコロナ後で一番変わったのはそこかもしれないと、小須戸は感じる。

 会社の会議もアプリでカメラを通して行われる時代。

 テレビのドラマもその時間にテレビの前に座るのではなく、自分の見たい時間に見る。相手の都合ではなく、こちらの都合で見る見ないを決めることができる。

 実際には何年も前から可能ではあったものだが、多くの人々にとってはそれでもまだテレビは時間を合わせて見る習慣が一般的だった。

 それがコロナ禍によって一変した。できないと思っていたことができるようになった。できることを知った。

 自分達は今、まさに時代の変革期を生きているのだと小須戸は感じるのだった。


『高齢者施設とか、あるいは医療機関では、今の対策はやはり続けていくべきだろうと。ただ、そこと一般社会は別に考えるべきではないかというのは、もう僕の中で胸にストンと落ちたご意見だな、というふうに思っています。』


 議事録の中に記載されている、その知事の意見には小須戸も同感だった。


*****


 二点目はオール医療体制構築に向けて必要な事項について。

 まずは入院以外の部分、検査やあるいは治療薬の普及、病院・診療所の状況。


「『府の考え方としては全ての病院の 10%の病床を確保してくれ、そして検査も非常に増えてくる可能性があるので、もっとたくさんの検査医療機関を増やしてくれということになると思います。』」


「インフルエンザの話ですよね、問題は」


 小須戸の読み上げに、みさをが返す。


「『オーストラリアでは季節外れにインフルエンザが急激に増加してきています。アメリカでも季節外れにインフルエンザが出てきている。』」


「『ラグビーのワールドカップのときも 9月にインフルエンザがちょっと流行ったのですね。あれもやはり南半球からのインフルエンザシーズンから日本の北半球に来て、でもその時は季節性のこともあって大きくは流行りませんでした。』」


 小須戸の読み上げを、みさをは読み上げで返す。


「『特に1月2月は第3波、第6波の山を作りましたので、これがインフルエンザのちょうどシーズンですので、もしインフルエンザシーズンに重なってもう一度あの山が来たら、おそらく府ではインフルエンザ4万人とコロナ2万人位以上、だいたい6万~7万の発熱患者が、起こるわけです。』」


 そして、さらに返されたのは小須戸の読み上げ。


「今年の冬はいよいよコロナとインフルエンザのタッグマッチになるんやね」


「プロレスじゃないんだから」


「でもケンジくん、好きやん。ときどきうちに隠れて観てるやないの」


 ニヤニヤしながらみさをに指摘を受けた小須戸はゴホンと咳払い。


「今は仕事中じゃないか、みさを」


「はぁーい」


 みさをはカエルの口の中で子供のように口を大きく返事を返すのだった。


*****


 現状の問題点としてはやはり2類5類問題。


「『インフルエンザ並みの対応でよければもっと多くの診療所が対応できるということだと思うんですね。』」


 今回から初顔の教授の発言。


「昔はというか過去、インフルエンザでも今のコロナみたいなこと、してへんよね」


「僕の記憶でも休校はあったけど、こんな感じじゃなくて学校休めてラッキーって感じだったな」


「そうそう! そうですよね。何してあそぼっかなって」


 みさをは子供のようにはしゃいで、過去に思いを馳せる。

 小須戸もインフルエンザになっても、普通に診療所ではマスクをして受診を受け、今のように他の患者から隔離される形で別室で待機をしたという記憶は特に思い当たらなかった。


『患者さんにもしうつしてしまったらどうなるかというのが我々にとっては一番不安なことなので。それがやはり単純な診療所で診れない一番の原因なんです。』


 医療に従事している当事者の発言。


「要は、他の患者にうつしても問題ないなら5類にしていいってことなのかな」


「それは身も蓋もなさすぎやない?」


「でも結局はそこなんじゃないかな。完全にコロナ専門病院で診れるんならともかく、それはもう現実的じゃない。それにインフルエンザもコロナも議事録で言われてる通りなら、実際に検査してみなければ判別がつかない」


「『確かに 2019年までのインフルエンザ診療はかなり混雑した外来で待っていたりとかという状況だったと思うんですね。そのときのような状況にするのがいいかって言われたら、このコロナ禍でせっかくできた感染対策っていうのは、やはり維持していくべきだと思いますし、時間的空間的に分けるっていうのは、やっぱり今後もやっていかないといけないのかなと思います。』」


 みさをは読み上げで返事を返した。


「『本当に医療機関でゾーニングしろというのは出入り口が一つで無理なんですね。中で部屋を分けるなんて絶対無理なので、この日は発熱の人しか来たら駄目ですよって言うてやらないといけない。だけど何か緊急で起こった人が来たときとかありますのでね、なかなか難しいんですよね、そこは。』」


 それに合わせて、小須戸も返事をした。

 そして、ふたりで一緒にため息をつく。


「結局、まだまだコロナ禍は続くんやね」


 みさをのつぶやきに小須戸は同意するしかない。

 そもそもとして、駐車場がある病院などはともかく小さい町医者、診療所などは今回の新型コロナのような感染症に対応できる作りになっていないのである。

 それらはきちんと議事録では議論をされており、その上で小須戸の読み上げの返事につながる。


「少し休憩しよっか」


「うち、おやつ持ってきます」


 小須戸があっ、と止める間もなく、みさをは会議室を出ていった。

 もちろん上半身はカエルのままである。ついでにマスクも忘れていた。

 しばらくすると誰かに見られたのか、顔を真っ赤にしたみさをがカエルのジッパーを外しながら戻って来て、そのままパーカーを小須戸に押し付けて、マスクをシュパッと手にして会議室を出ていったのだった。

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