204.レッド戦の終幕(3)

 三日後。レッドは玉座の前まで引っ張り出された。

「久しいな、レッド=エドラ=ラビット=ペガサシア。」

「……。」

睨み据えるようにこちらを向くレッド。しかし悲しいかな、下から上を見上げる様相では、いくら睨みつけていても可愛らしく見えてしまう。

「思えば、『神定遊戯』が始まってほとんど二年になるか。フィシオ砦近傍で出会った頃、余はそなたと比べ弱小勢力であった。」

覚えている。僅か三万にも至らないペガシャール帝国軍は、あまりにも即座にアダットと同盟を組んだこいつに敗北しかけた。


 鬼札二枚エルフィとディールがいたから、そしてエリアスに『砦将像』を授与できたから逃げおおせたのであって、なければ自分たちは無残に散っていただろう。

「逆転出来たのは、アダットが愚者であったから。そしてお前が、アダットの愚物の程度を読み損ねたからだろう?」

「いいや。クシュル=バイク=ミデウスを引き込み損ねたこと、ただその一点だ。」

見下ろす己と、見上げる彼。

 しかし、『王像』が降りる場所が違えば、きっとその立場は逆だっただろう。いや。俺が彼の前に立つことすら、なかったかもしれない。

「俺は心配性でね。お前が神輿に担ぎ上げられて国が二分することが真底怖い。」

「……。」

一度統一してしまえば、『王像』が持つ神威の前に国中がひれ伏すだろう。理屈ではわかっている。


 だが、国とは人の寄せ集め。基本的には理屈で動くが、時に大きな感情の波が世界を動かすこともある。

 神への信仰が国を支え、薄れれば国が荒れたのと同じように。国とは、徹頭徹尾なまものである。

「ゆえに、レッド。ゆるせとは言わん。地獄の底で好きに憎むと良い。」

神の降臨先に異を唱えた彼が、天国に行くことはあるまい。ゆえに、出る言葉はただ一つ。

「二時間後、彼の処刑を行う。余自らの手でくびねてやる、感激にむせび泣きながら待っていろ。」

宣告する。そして二時間後。


 処刑台の上には、彼が戦場で来ていた戦装束を身に纏い、両手を拘束され、目の死んだ男が一人、いて。

「言い残すことは、あるか?」

「『王像の王』には、私こそが相応しい。そう思わないか、アシャト王。」

否定はしない。王であることに拘るなら、確かに。

 自分より彼の方が、望ましいのだろう。

「もう終わった話だ、レッド。……さらば。」

見苦しい最期ではなかったのではないか。彼らしい、最後まで足掻く『王』の最期だったのではないか。そう思いながら、剣を振るった。

 血が宙を舞い、同時に首が遠くへ、飛ぶように落ちる。


 こうして、レッド=エドラ=ラビット=ペガサシアは死に。


「これでいいな、ペテロ、……セキト。」

「は。」

後方にたたずむ男を……いや、男たちを見る。


 『宰相像』ペテロと、そして今死んだはずのレッドと同じ声をした、顔の違う男がいた。




 話は三日前まで遡る。

 俺はズヤンと話を付けた後、お忍びで地下牢へと向かった。

「よう、レッド。元気か?」

「ああ。元気だよ、誰かさんたちの丁寧な護送のおかげでな。」

ぐったりとした姿のレッドが映る。両腕には鉄の枷、両の足には鉄の鎖。この状態で市中引き回しの上で地下牢に入れられたのだ。

 体力も精神力も尽きただろう。ニーナの護衛が必要だったか。

「第一、 お前、護衛要らないじゃないか。」

「何を言っている。俺は五段階格の剣術師だぞ。」

レッドに対して勝負になるわけがないだろう。そう言うと、呆れた目を返された。

「まあいい、何の用だ?」

「お前、俺の下に付かないか?」

「はぁ?お前頭湧いているのか?」

ひどい言い草だ、と思う。そう言いたい気持ちを、理解できないわけでもないが。


 しかし、考えて出した結論だ。レッドが俺に負けたことは、市中引き回しで伝わっただろう。三日後になれば、必ずこいつは死亡する。

 それは、確定事項だ。だが、逆に言ってしまえばそれだけである。

 「レッド」は死ぬが、それがこいつである必要はない。

「お前は優秀だ。ディアに、『王像』に選ばれる可能性が俺の次にあった、と言われるほどに。」

「だろうよ、俺は天才だ。天才に胡坐をかいて、お前に負けたんだ、王サマ。」

いい皮肉だ、と思う。自分を客観的に見据えられている。そして、心が折れていない。

「わからないのはエルフィという才と努力を持ち合わせた化物を見ていて、なぜ焦らなかったのか、だが。」

「そりゃそうだ、あいつは女だぞ。」

抜かれる心配などしていない。過去一度たりとも、『王像の王』に女性が選ばれたことはない。……倫理や社会の問題を脇において、生物的な見地から見れば、女が王になれないのもならせるはずがないのも当然だ。レッドの慢心もまた、当然だろう。


 だが、これからのペガシャールは、その女のエルフィが持つ権力が、俺に伍するようになるだろうと思う。

「もうお前の名声も、才覚も。俺にとってはそこまで脅威ではなくなった。『死んだこと』にさえしてしまえば、お前を神輿に担ぎ上げられる者はいないほどに。」

断言する。レッドがどれほど足掻こうと、一度処刑して首を晒してしまえば、こいつに出来ることは何もない。

「なに、を、」

「お前の力を貸せ、レッド。俺は王としては優れているかもしれない。人を見る目はある。自負がある。だが、政治も、軍学も、俺は部下がいなければ何もできん。」

そして、それはこれからのペガシャールで帝国を張るには足りないのだ。


「もう一度聞く、レッド。俺の下に付き、その才能を俺の為に使え。」

「質問じゃなくて、命令だろうが。……俺に、何か利益があるんだろうな?」

「お前は一生俺の侍従として生きてもらうし、官位も爵位もやらないが。お前の子孫は、必ず何かしらの役職を持たせてやる。」

即ち、一族の存続を許すという約束。子孫を残す、生物として生まれた俺たちにとって絶対を持つ義務。

「いいのか?」

「お前が俺を裏切らぬ限りは、な?」

レッドの顔色がわずかによくなる。そこまで待遇が悪くないと気付いたらしい。


「もちろん、エドラ=ラビットにその生存を伝えるのは禁止するが。」

「だろうな。そこは承知している。呑もう。……が、どうやって、俺の死を偽装する……?」

それが、あの日のレッドとの会話である。

 この日、ペガシャール王国エドラ=ラビットの次期当主は死んだ。『王像』を信じる狂信者に言い聞かせてレッドの代わりに死んでもらった。

「『エンフィーロ』の密偵技術が役に立ったな。」

レッドによく似せた化粧をさせた。逆にレッドには整形を施した。間違っても偽物だと思われないように、間違っても本人だと悟らせないように。


 こうして、俺の懐刀にして知恵袋、侍従セキトが誕生したのである。




 さらに、三日後。

 ペガシャール全土が震えあがるような、異常事態が、起きた。


「『王像』を巡る争いは終結した。これを以て、神は『ペガサスの王像』及びそれに選ばれた『王』の行う欺瞞を裁かねばならぬと判断した。」

俺の目の前に、そして帝都ディマルスの上空に浮かび上がる謎の方板。そこに浮かぶは、一人の老いた男の顔。

「『ペガサスの審問像』に選ばれし者、ペガシャール王国現国王アグーリオ=エドラ=アゲーラ=ペガサシアが、三国統合ならずして『帝国』を詐称する勢力の者どもに告ぐ。」

彼の言葉を聞く限り、エルフィは勝ったらしい。おそらく、アダットも死んだ。


 なのに、こうも嬉しくないのはなぜだろう。最悪の予感に身体を震わせるのはなぜだろう……。わかっている。全ては、あの方板が告げる言葉があるゆえだ。あれが、何を示すのか……俺が無断で、派閥争いに見分けをつけるためという建前でつけた『帝国』に、否を唱える『神』がいるからだ。

 ペガシャールは、『神定遊戯』で成り立つすべての国は、神への信仰で成り立っている。レッドのフリをして死んでいった彼も、神の威なくして進んで死ななかった。


 ゆえに、アレは、その前提を崩しかねない存在である。

「貴様らが主に、『皇帝』たる是非を問え。我らは王国。貴様らの主が『王』であるならば、我らはその道の邪魔はせぬ。しかし、『皇帝』足らんとするのならば。」

一つ、息を止められた。国民たちが、貴族たちが、その意識を引き寄せられているのが感じられる。恐ろしい。心底恐ろしい言葉が、その口から紡がれる。


「余が、『王』として、『皇帝』の覇道を阻んでやろう。」

それが、俺、いや、俺とエルフィの、覚悟の軽重を問う、明瞭なる覇道への障害だった。







―――――――――――――――――――

これにてレッド戦は終了!次は時間が遡り、アダット戦へと移ります。

ぶっちゃけ書きやすいですが面白味もまたないです。いや好きな人にはめっちゃ好きでしょう。一方的な蹂躙劇。

次回投稿は5/11(土)となります。

そういえば少し前の話ですが、感想付きレビュー?言葉付きレビュー?を戴きました。とても励みになります。ありがとうございます。


そういうわけで。感想、ブックマーク、レビュー等、お待ちしています。

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