203.レッド戦の終幕(2)

 外の軍は乱れに乱れていた。

 事前に伝えられていた通りに逃走することを選ぶ派閥と、レッドを救いに行くべく駆ける派閥。先鋒を務めるボクテン=ショモクキ、右翼を務めるボツメン=テイショモクは逃走を選び、左翼を務めるブエン=リョウは救援を選んだ。

 なお、殿を務めるマティアスはそれどころではない。クリス=ポタルゴス相手にそんな迷いをしている余裕は彼にはなかった。

「何としてもレッド様を救うのだ!」

「レッド様の命は逃走だ、従え!」

別々の命令が別のところから発される。幸いにして率いる軍が別だから統率が乱れることはなかった。


 が、救援側は言うまでもなく戦力不足に追い詰められる羽目に遭う。

 10万のうちの約5万が離脱。一万ほどは閉じ込められ、二万ほどが救援、残りが殿軍。

 しかし……敵が追いつくまでに、“鋼鉄要塞”を使う術者を殺せばいい。

「させるわけがねェだろうが。」

術者を見つけて近づく軍に、矢が進呈される。その矢は100もの遠間から人を射貫く。辛うじて矢を防いだブエンは、その射手を睨み据えた。

「そこをどけ!」

「いいや、断る。」

「傭兵風情が!」

私属貴族の誇りをもって、主を救うという気概をもって、ブエンはその槍に手をかける。だが。


 そこにいるのはニーナ=ティピニト。個人の武においてペガシャール全土を調べても類を見ない強さを持つ、槍術師である。

「遅いよ。」

槍で槍をはじき返し、宙を一回転して馬の背に乗る。そのまま心臓を一刺ししようとして。

「愚か者。」

馬ごと、横転させたブエンに慌てて馬から飛び退る。

「ブエン様!」

「次の馬!」

「は!」

斃れた馬を放置して、交代した馬に乗る。次から次へと『替え』を用意できることが、ブエンの唯一の強みだろう。少なくとも、わずか二人でこの場を足止めしなくてはならない二人に対しては。

「レッド様を救う!全軍、壁に向けて攻撃を開始しろ!」

魔術が舞い、鋼鉄を砕かんと剣が、槍が、己が舞う。


 それは本物の鋼鉄ではない。本物の鋼鉄ならば、この程度で砕ける幻想は誰も抱かない。

 だが、それは極めて優れた魔術である。八段階魔術“鋼鉄要塞”である。

 それがあくまで魔術で、その魔術が魔術陣の記載に依存する以上。本物の鋼鉄より硬さは勝る可能性があっても、必ず耐久力に限度があるのだ。

 そこまで削れば、という考えだろう。が。

「ズヤン。いつまで持つ?」

「このペースなら、二時間。」

斧を担いだ男の問いに、端的に魔術師が答える。ブエンがギョッとして目を見開いた。二時間もこうして削っているうちに、敵はこちらに辿り着いてしまう。


 ズヤンの言葉が事実か嘘か。それは、ブエンに知れたことではない。彼は魔術師ではないからだ。

 だが、嘘だと断言するにはズヤンがあまりに冷静すぎた。淡々と事実を言っているだけの口調だった。

「……あの魔術師を討て!」

ゆえに、彼はその言葉を放つしかない。

 相手はズヤン=グラウディアス。“黒秤将”。

 ブエンなどとは比較にならないほどの修羅場を潜り抜けてきた傭兵に、彼はあっさりと騙された。




 意外と粘る。振り下ろされる剣を迎撃して、石突でレッドの肩を狙いながら思う。

 生捕をするというのは、圧倒的な実力差がある時にだけ言えるセリフだ。その点、コーネリウスとレッドの間では成立している。

 レッドは確かに強い。だが、あくまで七段階格の域を出ない。八段階格のコーネリウスに敵う道理はない。

「フッ!」

息を吐きだしながら、突きの連打。その全てを、レッドはすんでのところで躱しきる。

 その圧倒的格差を埋めるために使われている名剣が、クリファードだった。

 その剣に刻まれた魔術陣は、身体能力強化、及び纏炎と赤光。

 その身体強化倍率は高く、格上のコーネリウスについて行けるだけの力に変える。また、纏炎もまた厄介だった。触れれば火傷する、それほどの高熱の炎が剣に宿る。


 まだ『護国の槍』の魔術陣を使用していない。ゆえに、コーネリウスの持つ『護国の槍』は、破損の危機を孕んでいる。

 使う気もなかった、が。これでは、生捕は難しい。

(デファール様!)

ゆえに。“軍像感応”の力を切る。『護国の槍』の力を使わず、レッドを仕留めるには、少なくとも力量差をコーネリウスが若干の優位、から圧倒的に優位、までもっていかなくてはならない。

(『将軍像』の力を使う許可を!スティップとグラスウェルも厳しいようですので。)

(まあこれが決戦だ、構わないが……待て、お前今どこに。)

慌ててデファールが“軍様管理”を使おうとする気配。それを無視して、コーネリウスは叫んだ


「『ペガサスの将軍像』よ!」

コーネリウスが叫ぶ。槍を振り回しながらゆえに、『像』を引っ張り出すことも、それに祈ることもしない。

 『像』に任命された時点で、『像』はその人の肉体に宿る。『像』を出してまでその存在を主張するのは、士気を上げるためのわかりやすいパフォーマンスでしかない。

「身体能力1.5倍化。配下には1.6倍化。これで等価です、レッド殿!」

槍が、振るわれる。速度がわずかに上昇した、一撃一撃の威力がわずかながらに上昇した。

 今この瞬間、単純な身体能力の差が元に戻り。ゆえに、武器の能力の差では覆しきれない技量の差が露呈する。


 レッドが耐えきれたのはわずか10秒、8合程度。

 剣が落ちる。魔剣の力が消え去る。そして、レッドの身体が馬から落ち、コーネリウスがその体を手ずから拘束する。

 総大将レッド=エドラ=ラビット=ペガサシア、捕縛。

 中にいる将兵が武器を下ろしたのを確認し、コーネリウスは“軍像管理”によって外側で戦うニーナに“鋼鉄要塞”解除を乞う。


 戦争が、終わった。




 レッド、捕縛。実際に縄に捉えた彼の姿をピピティエレイが門下で、ヒリャンに見せた。

 結果、ピピティエレイで籠城する四将は降伏する。彼らに付き従っていた貴族たちの一部は隙を見て脱走した。

「いいのですか、デファール様?」

「構わない。すぐに終わるとはいえ、再び戦争が始まるからな。」

「はい?」

コーネリウスが目を剝く。あり得ないだろうと言いたくなるセリフだが、言ったデファールは確信しているようだった。


 実際。レッド捕縛の報を聞いても、エドラ=ラビット=ペガサシアは降伏の意を示さなかった。当主が、未だに負けを認めていなかった。

「なぜです?これは後継者戦争でしょう?『王像の王』になりたいというレッドの我儘を通すための戦でしょう?」

コーネリウスが軍議で問う。ジョン、ペディア、クリス、ミルノー、エルヴィン、スティップ、ニーナ、ジェンディー、リーナ。イーディス=フィリネス侯爵までもが首を傾げる中、ただ一人政治を見ている男は首を振った。

「それは、レッドの大義だ。エドラ=ラビットの大義は別……『帝国』の否定だ。」

断言、即答。軍議に集う面々が、揃って間抜け面を晒す。

「そうだろう。エドラ=ラビットは公爵家、『神定遊戯』が終わる可能性がある『帝国化』は、その恩恵を受け取れなくなるかもしれないそれは、認められない暴虐だろうよ。」

唖然とする心とは別に、全員が気を引き締めなおした。


 彼のその言葉はつまり、これから侵略を開始するという言葉でもある。

 その前に。コーネリウスには聞いておきたいことがあった。

「なぜ叔父上は、以下三将は、私たちに降伏したのですか?」

ピピティエレイに籠っていれば、ヒリャンたちはデファールを苦しめることが出来た。そう言いたげな彼に、頷きながら、笑う。若い。本当に、若い。

「彼らは、エドラ=ラビットにより招集された将校ではない。レッドによって召集された将校だ。わかっていても、そこまでする義理はない。」

言ってから、軽く机を三度叩く。


 全員の気が、命令を受ける将兵の顔に戻る。雑談に興じる軍議から、実務を司る人事へと。

「ペディア。お前はピピティエレイに残り、ここで捕縛している四将や貴族たちの接待をせよ。」

「承知しました。」

その一言で、全体にデファールの戦略の基本が伝わった。ペディアが外に出るなら、慎重に堅実に、というのが基本になっただろう。

 だが、彼は留守番。つまり要求される戦争は、電撃戦。


「エルヴィン、スティップ、ジョンは西へ。クリスはジェンディーと東へ。私とコーネリウスは南へ走る。」

「ニーナ、お前は捕縛したレッドとズヤンを連れて帝都へ。アシャト様に謁見し、処遇を尋ねろ。」

一息に、全て言い切った。何故かそこにいたイーディス=フィリネス侯も、クリスたちと同行するよう命じられる。


 彼らの歩みは、止まらない。




 俺はすべての報告を読み終えた。

「功績第一がデファールなのは問題ないとして……」

「ですね。私個人としましては、もう少しコーネリウス様を育ててほしかったな、とは思いますが。」

「言うな、ペテロ。デファールはよくやってくれたさ。それに、別働隊を任せられるのも彼しかいない。エルフィはことコーネリウスの育成に関しては任せられん。」

ペテロが深々と溜息をつく。それに対して、軽く慰めを入れてから、報告書を持ってきた彼女を見る。

「レッドは地下牢へ。いきなり対面では程度が知れるからな、一週間……と言いたいが、二、三日置く。ズヤンは?」

「連れてきても?」

「頼む。」

一応、体面というものがある。どれだけ誤魔化そうと自分は『王』だ。興味に惹かれて会うわけにもいくまい。

 剣を撫でる。自分に与えられたソレの効果を初めて知った。翠玉で飾られた己の剣が纏うのは、きっと風だろう。


 次だ。ズヤン。俺の降伏勧告を蹴って、その上で俺のもとに馳せ参じた魔術師。

 無礼を咎めるつもりはない。“黄餓鬼”との約束だ、それがズヤンの意思だというのならば受け入れる。

「久しぶりだな、ズヤン。……少し老けたか?」

「一年近くぶりでしょうか。老けたというなら、おそらくギャオラン様がお亡くなりになった心労が原因でしょう。」

引き攣りそうになる頬を必死に抑えた。こいつ、俺の配下になるという気概が全くない。

「余を見定めに来たか。」

「それが、私の残りの人生でしょう。」

割り切った返事は、好いと思う。俺の下に立つ気はない、というわけでもあるまい。

「なら、好きにしろ。ただし、『像』はやれん。好き勝手しすぎだと今でも言われる故な。」

「承知いたしました。私のこれからの役職のみをお教えいただければ。」

「ペガシャール帝国軍魔術第二部隊部隊長。第一部隊は魔術師を基本とするのに対し、第二部隊は魔術部隊を主力とした混成部隊である。」

第一部隊は基本的にデファールの麾下として動くのに対し、第二部隊はエルフィールかマリアの麾下として動くことになるだろう、とまでは言わずにおいた。これからどうなるかわからない。


 それに、彼はその人選が何を狙ったものか、悟っているだろうと思う。

「承知いたしました。」

「下がってよい。」

「失礼いたします。」

ズヤンが下がる。チラリとペテロを見ると、彼は軽く頷いて、玉座の間を後にする。

「ニーナ。」

「は。」

「供をしろ。行くところがある。」

「わかった。」

残る全員を放置して、俺は玉座の間から退出した。

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