202.レッド戦の終幕(1)
それからの戦争の推移を、簡潔に語ろう。
結局レッドは、コーネリウスを抜くことが出来なかった。ピピティエレイに行かなければならない、とわかっていながら、コーネリウスに足止めされ続けた。
一部の部隊を分けた迂回……失敗。“狂走馬”クリス=ポタルゴスの騎馬隊が悉く阻んできた。
撤退に見せかけた罠……失敗。システィニア=ザンザスの軍勢が一度引っ掛かりはしたが、グラスウェル個人の奮戦とコーネリウスが早急に気づいたことによって援軍が来た。
総力戦に見せかけた各部隊の孤立包囲からの各個撃破……失敗。スティップ=ニナスが引っ掛かりかけたが、エミル=バリオスによって救助されてしまった。
「時間稼ぎに徹されると本当に隙がないな……!」
回を重ねるごとに自軍側の被害数が減っていっている、とレッドは知る。回を重ねるごとに敵側の被害数が増えている、とレッドは感じている。
だが、それでも、コーネリウスは致命的に敗戦を出さなかった。
どれだけ押しても、こちら有利の痛み分け、という状況から動かしては来なかった。
だが。こちら有利の痛み分けということは、長期的に見れば勝っているように見える。が、それは錯覚だ。
「指揮官が、いない!」
レッド派は、戦争に出るたびに指揮官を一人ずつ失っていた。
クレッド=モニカ、“狂走馬”クリスと戦い、戦死。
ニコライ=ククティリス、スティップ=ニナスと戦い、捕縛。
キシュリール=ガネール、ペアトロ=アミアクレス=ペダソスによって捕縛。
マージャス=ラビット、グラスウェル=システィニア=ザンザスと戦い戦死、
ガスティア=コモドゥス、グリード=エミル=バリオスの手で瀕死の重傷。
グファード=ゼラード、キュリオロス=ワン、ディックス=ジン、クリス=ポタルゴスに挑んで捕縛。
敵将をほとんど討ち取っていないにも拘らず、こちらの将校は四分の一近くが捕縛されている。兵卒の討伐数が多かろうとも、こちらが負けているとすらレッドが感じる理由がそれだ。
総合的に見れば確かに大したことはない、が……それを差し引いても無理が過ぎる。
「これは、撤退するべきだな。」
ぶつかり合う両軍を眺めながら、レッドは確信する。
このままの流れでは勝てない、と。
だが、それを判断するまでに約7日の時間が過ぎて……
『元帥』が、やってきた。
早すぎる、とレッドは思った。
コーネリウスの時間稼ぎに付き合わされているのは承知の上で、まだ猶予はあると踏んでいた。あと三日か、四日。それくらいはあってほしいとすら思っていた。
しかし、それがない。今の、数の上では勝っているとはいえ趨勢を見れば負けている状況で戦うわけにはいかなかった。少なくとも、ヒリャンと合流し大駒を確保する必要があった。
「ピピティエレイへの進軍は……いや、無理だな。」
コーネリウスと戦っている現状で、強引に突破はまず無理だ。迂回路は潰されるとみていいだろう。
ならば、出来ることはきっと一つだ、と確信する。
もっと勝てていれば、自分たちはここに留まった。拮抗していたなら、撤退は許されていなかった。
だが、これは負け戦だ。例え私しか気づいていなかったとしても、これは紛れもなく負け戦なのだ。
「マティアスを殿軍、私が中軍。ブエンは左翼、ボツメンは右翼!ボクテンは先鋒をきれ、ついて行けないものは……置いて、行く。」
吐き出した。もう、それしかない。デファール=ネプナスは恐らく、こちらがいきなり逃げるとは考えていまい。そのうちに逃げて、態勢を整えなおして、将校を補充してからでなければ挑めない。
残る将校は捕縛・戦死した彼らと比べれば一段落ちる。数で誤魔化す方向で行くしかない。しかし、先のことより今のことだ。
「逃げ切る。」
全軍の転進。隊列を整え、指示がいきわたり、準備が整ってからになるため、すぐにとはいかない。
時間にして、約五分。撤退の準備が完了し、動き始めて。
「敵後方に動きあり。敵騎兵隊、こちらに向けて進軍中。雷の縁と赤い棒、そして青い馬……クリスです!“狂走馬”が来ています!」
「……殿に、任せろ!」
最大の副官、己の師にして執事たる男に丸投げして、私は逃げるを選ぶ。それしか選択肢がない、それ以外を選べば自分が捕縛ないし戦死してしまう。それは、この状況下では、紛れもなく詰みだ。
「了解!」
かくして私は、味方を置いてまでの逃走をここで選んだ。
コーネリウスの端的な情報提供、「勝ちすぎた」という言葉。それを聞いて、頭を押さえそうになった。
時間稼ぎを要求したはずだ、その程度で済むような戦力しか与えなかったはずだ。
デファールという男は、コーネリウスを過小評価することはないが、過大評価もしていない。それは、レッドに対しても同様だ。
「それ以外に何か変わったことは?」
「クリス殿に、“狂走馬”という二つ名がついた、と。」
暴走したのはあいつか。そういえばあいつはヒュデミクシアの出だった、あれほど理知的で互いの意思疎通につつがないように見えても、狂人の国の男であった。
「まあ、問題ない。やりすぎたというなら、確かにレッドは逃げるだろうが……。」
「コーネリウス殿はクリス殿を先鋒に突撃。体勢が整い次第、己も続く、と。」
「まあいい、やらせておけ。ニーナとズヤン、あとジェンディーを呼べ。」
ならば次の手だ、と切り替えた。現在進行形で逃げるレッドに並走するエルヴィンは、放置でいい。並走する部隊があるという一事が、レッドに対するけん制になる。
ジョンの部隊も動かしたい、というのが本音だ。が、逃げるレッドを追うのに、ジョンの部隊は機動力に欠けている。なら、最初から動かさない方がいい。
「参りました。」
三人が膝をつく。この中で『像』を持つのはニーナだけ。だが、この三人は個人の武という意味で非常に頼りになる。
「ニーナ、この二人を連れて逃走するレッドの近くまで『跳べ』。」
「……“長距離転移”は一日に一度しか使えないのをご存じですか?」
「知っている。お前がまだ使っていないことも知っている。使え。」
「承知いたしました。」
『元帥像』が像として持つ固有能力は、主に五つ。
“軍様管理”。“全像感応”。“像能把握”。“徴収命令”。そして“強制命令”。
『元帥』という職能が持ちうる、軍事における王に最も近い全ての権限を有している。
「ズヤン。お前は敵にレッドがいるのを確認し次第、丸ごと“鋼鉄要塞”に閉じ込めろ。」
「アレはそういう魔術ではないんだが。あと、俺が貴様の命令に従う理由がない。」
「何を今さら。お前が正規の用途で“鋼鉄要塞”を使ったことなどほとんどないだろう?一応知っている。それに……ここで命令を聞いておけば、陛下への心象もよくなるだろう。」
「それに何の意味がある。」
「陛下の近くで仕えられるかはお前の働き次第だという意味だ、ズヤン=グラウディアス。」
何もかもを見透かしているような目だった。誰にも、身内の一人にすら語っていない内心を悟った上で話をされている気分だった。
ズヤンにとっては、気持ち悪いことこの上なく……
「承知した。やろう。ただ、万が一“鋼鉄要塞”が破られる可能性を考慮しろ。」
「安心しろ、お前に求めるのは時間稼ぎだ。外が片付くまで、敵を内に入れたまま捕えていてくれたらいい。」
しかし、選択肢は残念ながら一つしかない。ゆえに、重ねてズヤンは問いを投げる。
「なら、私が外側の敵に包囲されそうな場合は?」
「安心しろ、そのためにニーナとジェンディーがいる。」
ズヤンは目を瞑る。わずかな逡巡の後、目を開いて。
「承知した。その二人なら、腕を信じることは出来る。守り切れよ、お前ら。」
「見下してんなぁ、てめぇ。まあ、いいけどよ。」
ニーナがズヤンの態度に腹を立てながらも頷いた。ニーナ、ジェンディー共にデファールの指揮に反する理由がない。
そうして、傭兵三人衆は動き出し。
レッドは膝から崩れ落ちていた。
魔術師を使って“鋼鉄要塞”を攻撃させてはいる。破壊は出来るだろう。一時間ほど後に。
だが、その頃には味方はほとんど全滅しているだろう、とも思う。この軍の要が己であることも、その己がいなくなればレッド軍が立ち行かなくなることも、彼は把握しきっているのだから。
「お前たちは、“鋼鉄要塞”解除終了次第帝国派に降伏しろ。」
「え?」
自軍を含めて兵士の……人の数を殺すことが目的ではなかったのかと、副官たちがこぞってレッドを見た。否定はしない。帝国を認めないためには、帝国化の思惑を阻むためには、一番長期的に被害を与えるためには、戦い続けることが大事だった。
だが、今となっては話が違う。もう敗北が確定した。少なくともレッドはそう思っている以上、敗北した後の『エドラ=ラビット=ペガサシア』について考える必要がある。
「公爵という地位こそ保てなくとも、権力を一定以上維持するためには、戦力を残しておく必要がある。お前たちは、降伏しろ。」
「レッド様は?」
「私は……戦うよ。これは、私の我儘が引き起こした戦争だ。」
「ああ、そうだな。」
副官との会話に割り込む声。振り返ると、未だ“鋼鉄要塞”が破れていないのに入っている二人の戦士。
「久しぶりですね、レッド殿。」
「コーネリウス=バイク=ミデウス……『護国の槍』!」
なぜここに、とは問わなかった。がむしゃらな逃走劇とは言え、軍を率いて駆けたのだ。単騎で突っ込んできたのであれば、こちらより早く駆け、紛れることは出来ただろう。
そして敵地の中で一人、こうして“鋼鉄要塞”に閉じ込められ、
「一人ではありませんよ。」
「レッド様、お久しぶりです。」
慇懃な礼。敬意を示している割には、下馬もしない。まあ、それは当然か。
「スティップ=ニナス……それに、グラスウェル=システィニア=ザンザス。」
三将。僅か三将とはいえ、空気が変わる。これが、死地というものか。
「なるほど。だが……。」
剣を握った。ただで負けるわけにはいかない。敵に一矢報いずして、何がエドラ=ラビットの次期当主だ。『王像の王』が認められず叛乱した以上、勝たねば。
「まとめてでもかかってこい。一人は必ず撃ち殺す。」
「スティップ、グラスウェル。護衛を任せます。彼は私が『護国の槍』の名に懸けて必ず生け捕りますので。」
コーネリウスが槍を抜く。ペガシャールで最もその名を轟かす魔槍『護国の槍』が光を反射してその威を魅せつける。
対して引き抜いた剣は、華美な装飾が付いた、実用足りうるとは思えない剣だった。だが、それがどのようなものか、コーネリウスは見たことがある。
「『
それは、アシャトが持つ剣と似通っていた。
アシャトが翡翠をあしらった宝剣であるのに対し、彼は紅玉をあしらった名剣だった。
それは、先代『王像』エドラ=オロバス=フェニス=ペガサシアの子供たちの長子……『王像』資格を有する子供たちだけに与えられた特権であった。
「やろうか、コーネリウス!」
「全く……結果は変わらないというのに。」
黒と金の槍が、赤い剣と激突する。
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