200.ヒリャンからレッドへ

 砦内に押し込めた敵の相手は、ペディアに一任した。敵に『像』がないという前提にはなるが、対籠城に対してペディアは強い。

 ……まぁ敵に勝たねばならないなら、たった八千近くしかいないペディアの隊では不可能もいいところなのだが。敵を砦から出さなければいい、というだけならば十二分の戦力である。

「トージの“流星一閃”が怖かったといえば怖かった、が……ニーナがやってくれたからな。」

トージの捕縛。『跳躍兵』の仕事を十全に果たしてくれた彼女には頭が上がらない。……ペディアの“絶対防御”であれば“流星一閃”くらいなら相殺出来る筈だが、問題はタイミングの読み合いになるはずだった。

 それを避けてくれたのなら、これほどありがたい話もなく。


 レッドを任せたコーネリウスの部隊の姿が見える。交戦は、時間稼ぎにしては少しばかり烈しく、それはレッドに「時間稼ぎであること」がバレたことを意味している。

「ふむ。伝令兵、コーネリウスに伝えろ。もう十分だ、と。」

口にしながら思う。コーネリウスが撤退を始めれば、レッドは恐らくその意を察するだろう。ならば選ぶのは前進か、撤退か。

「前進であろうな……。」

おそらく、ピピティエレイに向かうだろう。予想ではなく、確信だ。


 今から撤退すれば、しばらくは戦争が続く。試行錯誤、勝利に向けた悪足掻きの時間が取れるだろう。

 が……総大将直々に出てきたのだ。戦果を挙げずに逃げ帰った。その言葉がどれほど将の求心力を落とすか、知らないレッドではないだろう。

「ピピティエレイに向かうだろうが……正面から行くとも思えん。」

遠回りするだろう。しかし、そう遠回りもするまい。

「仕掛けますか?」

ジョンが問いかける。一瞬、迷う。


 攻勢に出るか。しかし、出て打撃を与えることは可能だろうが……逃げない方がいいと、逃げるしかないでは、選択肢が異なる。

「仕掛けない、いや、違うな。仕掛けられない。」

「仕掛けられない?」

「『攻撃』をすると、なりふり構わず逃げる可能性がある。ピピティエレイへの移動の道を塞ぎつつ、同時に攻勢には出ない。並走する。」

ピピティエレイから援軍はない。そう判断すれば、レッドは逃げるだろう。レッドが逃げれば、帝国軍は彼らを追わねばならず……後詰が完全にないペディアの軍では、ヒリャンたちの攻勢を一週間程度しか耐えられまい。

「コーネリウスは?」

「帰ってこい。包囲戦はあまりよくない。」

あのままの位置に陣取ってくれれば、挟撃にできるのではないか。ジョンのそう言いたげな表情。それ自体は既に考えた後なのだと、デファールは軽く頭を振る。

「そうすれば逃げるぞ。レッドは強力な旗印だが、優れた指揮官であるが、だからこそ敗色しかない戦は出来ない。」

二割の確率で勝てる。そんな戦であれば、彼は乗らざるを得ない。ペガシャール帝国に対するレッドという名の旗印はそれくらいには重い。


 だが、逆に言ってしまえば。勝率が二割を切るようなら、実にあっさりと逃亡を選べるのだ。死なないために。

「エルヴィンに伝令。並走しろ。攻める必要はない。」

「は。」

伝令兵が駆けていく。その後姿を、目を細めて眺めながら俺は思う。


 さて。レッド=エドラ=ラビット=ペガサシア。彼をどうやって料理するのが、アシャト王の意に添うだろうか。




 幾度目の衝突だろうか。槍を握り締めて、突き出す。

「敵は及び腰だ、手を抜くな!かかれ!」

レッドという相手は、現時点で己と同格の相手である。それを嫌でも認めさせられている。

 押している、という確信があった。拮抗が辛うじて維持されているという理解があった。

 その全て、クリスとスティップという名の傑物たちによって作り出されたものだった。


 個が戦況をひっくり返すことはない。個の武力が軍勢をひっくり返すほどの能力を持つことはないと、『護国の槍』は知っている。

 だが、それでも小さな影響はある。その小さな影響を積み重ねたのだ。今の優勢は妥当なところであった。

「システィニア=ザンザス男爵軍を動かせ、そのまま突っこめと伝達しろ!アミアクレス=ペダソス騎士爵軍に伝令、敵後陣に向けて“既定の矢”及び“火球魔術”!狙撃する必要はない、弾幕を張る事だけを意識させろ!」

槍を一回転。敵陣がわずかにぶれたように、見えた。

「何が……?」

勘に過ぎない。何か敵にとって困ることが起き、方針を転換したような、敵の『間』。


 コーネリウスの、『護国の槍』の持つ観察眼。敵はこれから戦場を離れる、その予兆に感じた。

「クリスを下げろ!追撃の為に距離を取らせる、信号弾!スティップは継続、最前線でエミル=バリオス子爵軍に合わせて防衛陣を維持!」

繋ぐ言葉は単純。人を介する伝令でしか命令通達方法がない以上、コーネリウスとしては如何に最後まで変化のない言葉を使えるかが大事になる。


 それから五分。敵が明確に戦場から離脱する動きを取っているのを見て、コーネリウスは何が起きているのかを理解した。

「元帥閣下が、来たのか。」

時間稼ぎは二週間の予定だった。数日早いが、逆に早く終わらせたのだと思えば頼もしいことこの上ない。

「緑の信号弾を五つ放て!元帥閣下のご到着をお知らせしろ!」

五つの光が空で光る。あまりにも圧巻の光景だった。青い空に緑の大光球が輝くのだ。


 その意味を知る諸侯が、奮い立たないわけがない。

「おおおおお!」

士気は過去最高に盛り上がっている。このまま突っ込めば、敵に大損害を与えることが出来るだろう。

「逃げるな。」

呟く。そんなことをしたら、奴は逃げる。大損害を被っても負けないならばレッドは戦うだろうが……今の大損害は敗北に直結するだろう。レッドは、まず間違いなく、逃げる。


 だが、兵士たちの盛り上がりを見れば撤退させることも出来ない。今か今かと突撃命令を待ち望む、戦功に逸る貴族たちを足止めすることは出来ない。

 そして、貴族たち……指揮官たちだけではない。戦場の興奮に中てられて、戦いを望むのは兵たちも同様だ。

 さて。どう止めるか。

「伝令!元帥閣下から伝令!コーネリウス以下兵士三万はデファール様の下へと撤退を開始せよ、とのこと!」

指示を出そうとする口を、噤む。一部の練度が低い貴族軍を2、3突っ込ませて迎撃されることで強引に士気を落とそう、それくらい考えていた思考を中断する。


 おそらくデファール閣下は、こちらの状況を見て、戦いの状況を一目見てからその命令を下した。精密な情報を得ているとは考え難い。

 では、当初の閣下の戦略目標から考えて、何を望んでいるか。想像がつく、レッドを逃がさないこと。そのために、私たちを下げようとしている。

「いや、本末転倒だ、それは。」

レッドをここに留めたいのであれば、戦わないのではなく、負けなければならない。だが、それは、こと『元帥』がいる戦場ではまずい。今後に響く。

「元帥閣下に伝令しろ!全軍に突撃命令、この場で決着をつけるように、と!」

目を瞑る。槍を握る手が大きく震え、心臓が動悸を大きくする。


 その報告は、おそらく元帥閣下も唖然とするだろうと思う。自分も、これを予想していなかったのだから。こうなると、思っていなかったのだから。

 だが、これは明確な『計算外』である。怒られ罰を与えられても、言い訳が出来ないほどの、計算外だ。

「閣下に、報告。私たちは、勝ちすぎました。」

それは、デファールたちと別れた後。レッドと軍を合わせた7日前まで遡る。



―――――――――――――



はい。随分お待たせいたしました。申し訳ありません。

お待たせした割に短文じゃねぇか、と言われても……まあ、文句を言えないくらいに短文です。むしろ必死に延ばそうとしたから余計に時間を食ったというかなんというか……


ですが、人には便利な機能があります。そう、諦めるという機能です。

……まあ、戯言はこの辺にして。


短すぎることに少し罪悪感があるので、ここで設定ポロリをしておきます。安心して下さい、未来への布石ではありますがこんなん見たところで何になるんだ、レベルの設定です。


ペガシャール王国内傭兵の個人的武の腕前(魔術含む戦闘技能)の強さランキングです。

この物語、よっぽどじゃないと個人の腕前に明確な優劣をつけません。コーネリウスとクリスみたいに。差があったところで環境で変わったりする程度の差にしていることの方が多いです。例外は……ギュシアール、ディール、エルフィールくらいでしょうか、現状。


ですが、傭兵界は違います。いくら団という形をとっていようが、弱肉強食の色が濃い。黄飢傭兵団なんてわかりやすかったでしょう。

傭兵たちは、大体これくらい、というおおまかな武の差が周知されているのです。とはいえ、多くは「多分この程度」なのに対して、たった二人だけ明確に「この番付」がありますが。言うまでもなく一位と二位です。


では見ていきましょう。


一位 “全方無双”ビリュード=ナイト=アミレーリア “百芸傭兵団”次期団長(正式役職)

二位 “黄餓鬼”ギャオラン(故) “黄飢傭兵団”団長

三位 “白冠侍”トンジュン=アスリューロ “百芸傭兵団”団長付近衛

四位 “白冠槍”デュアン=アンウェン “百芸傭兵団”第二部隊副隊長

五位 “白冠馬”ユース=ブロトロイ “百芸傭兵団”第八部隊斬り込み隊長

六位 “白冠剣”シャイラン=アミーア “百芸傭兵団”第三部隊副隊長

七位 “白冠天”ゴーヴィ=ナクライ “百芸傭兵団”第一部隊隊長

八位 ビーデュ=アファルト “百芸傭兵団”第三部隊副隊長

九位 “放蕩疾鹿”ニーナ=ティピニト ソロ

十位 ドガレザ=ゲルケイ “百芸傭兵団”第五部隊副隊長

十一位 “黒秤将”ズヤン=グラウディアス “黄飢傭兵団”副団長

十二位 “副白冠”ゲウリュス=アミストリア “百芸傭兵団”副団長

十三位 “斧酒鬼”ジェンディー ソロ


上記は八段階格オーバー。下記、七段階格アンダー


十四位 アムロス=カタスティティス “百芸傭兵団”第四部隊副隊長

十五位 リンチョン=バタイア “百芸傭兵団”第十部隊隊長

十六位 ヤン=チミージョウ “百芸傭兵団”近衛兵団兵卒

十七位 “雷馬将”グリッチ=アデュール “青速傭兵団”団長

十八位 ヴェーダ=ディミグラフ(故) “青速傭兵団”斬込隊長


以下、部分的に省略


二十六位 “赤甲将”ペディア=ディーノス “赤甲傭兵団”団長

二十八位 アデイル=ヴェドス(故) “赤甲傭兵団”参謀

三十三位 ジェイス=ヴェドス “赤甲傭兵団”部隊長

三十四位 サウジール=グレイドブル “青速傭兵団”副官

三十五位 イディル=アメリニア “青速傭兵団”副官

三十八位 ポール=ヴェドス “赤甲傭兵団”部隊長


百位圏外 “白冠将”ペレティ=ナイト=アミレーリア “百芸傭兵団”団長


論外 アシャト(純粋に腕が足りない)

   ディール(痕跡を消された)

   エルフィール(誰もが傭兵でないと知っていた)


以上です。件の傭兵団が如何にぶっ壊れているかがよくわかると思います。どうやって勝つっちゅうねん


あと、次回投稿は27日(土)です。

実はレッド編よりアダット編の方が書き進んでます。

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