197.黒秤将の記憶
打ち手が変わった。まずトージが思ったのはそれであり、次に思ったのが「打ち手が増えた」であった。
コリントの魔術戦は続いている。その上で……“鋼鉄要塞”からの“黒き天秤”などという、暴力的に過ぎる攻撃を加えてくる魔術師など、トージにとっては一人しか知らない。
「なぜ……なぜだ!なぜ奴がここに……!」
言葉にならない呻きを添えて、トージは思いだす。
あれは、秋。痩せた田畑でかろうじて出来た収穫物たちを集める中で襲い掛かってきた盗賊たち。彼らを迎撃するという任務の中で、トージはそれと会った。
コリント伯爵家は魔術の名家である。正確には、『魔術戦争』の名家である。彼らには、一族としてやらねばならない義務が、いくつかある。
コリント伯爵家に限らない。ミデウス侯爵家、テッド子爵家、ニネート子爵家……数多ある部門の名家の中でも、特に優れた一族は、他の貴族家の出動依頼に応じ、盗賊を迎撃する義務があった。
もちろんだが、ただ働きではない。武の名門というだけあって、金額だけで言えば三千の私兵を一年養える程度の賃金が要求される。
だが、それほどの高額を支払ってでも彼らに出動を要請する貴族の数は少なくはない。当たり前だ、自分たちの私兵を減らさずして、盗賊を追い払うことが出来るのである。
そもそも私兵の練度が、その桁がてんで違うのだ。討伐成功率という点で見ても、彼らを雇わない理由はない。
当然その分、貴族が課す税金は増え、盗賊は増えるのだが。そんな理屈、搾取される側になったことも、なる気も、理解する気もない彼らにわかるはずもない。
……余談だが。武の名家たちは、盗賊が出ることはほとんどない。他所から逃げてきた者たちが時々現れることこそあるが……。他の貴族から得るカネをもって生活し、貴族として最低限の贅を用意している。
税金を増やす必要はなく、最小限の税でよく、ゆえに農民たちに負担が少なく逃げる者が減る。
結果として、盗賊が増えず税収は減らず。他の貴族家の多くが負の連鎖に陥る中、比較的マシだった。
余談はさておき。その義務の中、出陣した別貴族の領地で、トージは初めて『黄飢傭兵団』と相対した。
魔術同士の撃ち合いが行われているはずだ。
襲い来る火球、吹き荒れる風、冬と紛わんばかりの霰。ありとあらゆる攻撃が、魔術のそれと語っている。
違和感があるとすれば。敵は、魔術と歩兵の連携が、あまりにも拙く。そのくせ、見事に合致した連携を取る。
魔術師部隊が強い。なのに、魔術師部隊が歩兵部隊に合わせて魔術を使っている印象を受ける。そんな戦い方は知らなかった。兵科ごとに独立して動くべきだ、なんて考えはトージにはなかったが、せめて同じ次元の練度であるべきだろうと思っている。
なのに。なのに、である。魔術師部隊と歩兵部隊ではあまりにも練度が違うのだ。
「これが盗賊の戦い方か……?」
呟きに、違うだろうと首を振る。それはそうだ、練度の次元が違うと言葉にするが、言い換えるなら多少の連携はあるということ。盗賊にしては、歩兵、魔術師共に統率が取れすぎている。ただの盗賊にしては、強すぎる。
「傭兵……?」
当時、ほとんどいなかったソレの存在を思い浮かべた。同時に、それも違うだろうと思っていた。
彼の知る傭兵は、連携など取れない。基本的に少数での活動が主である。それに……
「ナイト=アミレーリアの残党と比べれば、弱い。弱すぎる。」
未だ“百芸傭兵団”という名を名乗らぬ彼らと比べれば、弱すぎる。大規模な『傭兵団』というものがほとんどないがゆえに、彼は基準値を誤っていたし……何より、練度を無視する『ソレ』の存在を知らなかった。
「注進、注進!味方中央、抜かれます!」
「はぁ?」
大量の魔術を撃たせ続けていた。勝てる戦のはずだった。油断はしていなかったが、かといって過大評価もしていないつもりの相手だった。
「なぜだ!敵の魔術師部隊は歩兵に意識を割いている、中央に手を出す暇などないはずだ!」
「は、はい!あ、いえ!魔術師部隊の支援など、あってないようなものです!」
「何?」
「一人!たった一人の兵士相手に、歩兵部隊が抜かれそうになっております!」
あ?という言葉を飲み込んだ。“遠視魔術”を発動させて、歩兵の戦場を覗き込む。
そこには、化け物がいた。
「死ぃねぇやぁ!!」
口の形からそういっているんだろうと予想できる、目をらんらんと輝かせた、大量虐殺者がそこにいた。
斧が一閃されるたびに人が死ぬ。一度で一人ならまだいい、一振りで三人四人の命が実にあっさりと落とされる。
アレは、なんだ。
「……スゥ。」
動揺を口の中に呑み込んだ。魔術書に手が伸びる。
「第一、第三、第二十一部隊!“既定の矢”を用意!目標、味方中央……暴れまわるあの怪物だ!」
あれを放置すれば、最前線が秒で崩壊する。それくらいのことは、見れば分かった。だから、味方側の被害を考えず、奴を殺すための攻撃を始めようと……。
「敵、魔術師であろう部隊、味方中央に接近!」
「はぁ?」
魔術師が、接近?しかも。暴れまわるあの化け物がいるところに?なぜ?
「……撤退の銅鑼を鳴らせ!」
「はい?」
「早く!鳴らせ!」
焦りがあった。何が起きるか、わかっていたわけではない。だが、このまま放置すればまずいということだけは勘でわかった。
銅鑼の音が鳴り響く。最前線で戦う味方たちが、戸惑うように後退を開始するのが見て取れた。
間に合ったか。そんな安堵を感じる間もなく。ソレは、起きた。
急激に立ち上がる鋼鉄の壁。こちらの視界を妨げるように立ち聳えたものは、よく見ると円形をしているのがわかる。
「“鋼鉄要塞”だと?」
それは元来、大規模な魔術や奇襲から部隊を守るためにある魔術だ。おおよそ大軍同士の戦争の中で、抗魔対軍両面に秀でた魔術の最高峰とも謳われる魔術である。
……それ以上の魔術はあまりに理論値のため論外、という意味合いもあるが。ともかく、魔術としての最高峰にあるのは間違いない……そう、防御魔術。
防御魔術、ということは元来、敵と味方のあいだに障害を設けることが目的である。
なのに、このタイミングで、敵味方構わず“鋼鉄要塞”で閉じ込めるとは。防御魔法の意味がない。そして、閉じ込めた内には、あのギャオランがいる。
「それは、『武術将像』がいる時の『魔術将像』の戦い方だろう!」
『神定遊戯』ではない。圧倒的武術の腕と、それを底上げする神の加護がある『武術将』を放り込み、蹂躙させるときの戦い方のはず。それをやってくるとは。
「いや、そもそも知っていてやっているのか?」
一人で一軍を殺しつくせる怪物がいる時の作戦だ。最前線を一人で突破してきたあの勇将が、それを完璧に成し遂げられるのかはさておき……いや、限りなく近い成果を、もうほとんど出しているのか。
「仕方がない。近衛魔術師部隊、防御魔術陣を用意しろ。あれは、私が潰す。」
「ほ、本気で言っておられますか?」
「敵味方関係なく、という点を批判されるだろうがな。あの勇将ごと閉所に閉じ込められた時点で、味方に生存者はいるまい。」
“流星一閃”を使うつもりだ。それを悟った兵士たちが慌てて問いかける声に、平然と返す。
あまり好みのやり方ではない。だが、やるしか……
「報告!敵、大幅弱体化魔術を発動!魔術式分析……おそらく、“黒き天秤”の廉価版であろうと思われます!」
「……はぁ?」
黒き天秤、廉価版であろうと九段階魔術に属する強烈な弱体化、というより肉体干渉型魔術……それを、あの化け物がいる環境で、撃ってきた?
「上位互換ではないか!!」
反射で叫んだ。『神定遊戯』で度々使われる、圧倒的強者を活かすための戦術。さらに上位互換が、『神定遊戯』でもない時期に生み出されたとは考えたくもない。が。
「好機だ。流石に、もう魔力切れだろう。」
“流星一閃”を発動する用意を整え切って、もう発動間近のタイミングで、トージは言う。それもそのはず。
あの頃はまだ、世界はレオナ=コルキスを産み落としていなかった。ジョン=ラムポーン=コリントは産まれていなかった。個における魔術の最高峰は、九段階魔術“流星一閃”を一度打てば魔力切れ間近になるトージ=ラムポーン=コリントだった。
「“流星一閃”!」
「“火球魔術・連打”!」
二つの声が響き渡る。トージが放った魔術は鋼鉄要塞を打ち壊すべく真っすぐに下に落ちて行った。同時に、どこからか撃ち出された“火球魔術”が近衛魔術師部隊の“抗魔結界”と衝突する。
“鋼鉄要塞”の割れる音。“抗魔結界”が辛うじて“火球魔術”を防ぐ音。その全てを耳にして、トージは接近してきた魔術師を見た。
若い男だった。どう考えてもトージと同じころの年代の。……彼は知らない。九段階魔術と、おそらく八段階魔術まで行使した上で、六段階格級の魔術を行使できるだけの魔力量を誇る人間を、彼は知らなかった。
「お前!」
魔力がほとんどないのに、反射で魔術を使おうとして、立ち眩む。あぁ、この時の私は若かった。
「ギャオラン様。失敗しました。撤退してください。」
「い、や、だ!まだ貴族どもを殺していねぇ!」
「このままではギャオラン様が死にますよ!生きたいと願うことが正しいのだとおっしゃるなら、ご自身が死に急がないでください!」
“遠話魔術”。また、戦場では盗聴の恐れがあるから使わないものを。戦争の素人か?あんなに立派な『戦術』を使ってきておいて?
「化け物め。」
「おい!お前のそばにいる奴、貴族だろ!殺せ!」
「不可能です、私一人でこの数を捌いて敵将は討てません!それより、傷は!」
傷?と首を傾げる。大将との通信、ということは後方にいる盗賊どもの頭領だろうか。
「大丈夫だ、やたらでっかい大岩が落ちてきたときはびっくりしたけどな……。お前の魔術のおかげだ、助かったぜ。」
は?と思った。聞こえてくる言葉を解釈するなら、この大将はあの“鋼鉄要塞”の中にいたことになる。まさか。
「それは助かりました。派手に暴れて、多少は満足したでしょう?逃げましょう、私はまだ死にたくありません。」
「お前がそう言うなら、逃げるかぁ。」
派手に、暴れる。ああ、敵側でそんな派手だったのは、一人だけ。一人だけ、嫌でも目に付く化け物がいた。
「では、」
「待て、そこな魔術師!」
声をかけたのはとっさの反応。ここまで追い詰めておいて、『大将と自分の命が落ちそうだから逃げる』なんていう誇りも何もない真似をする男への、興味。
「お前、名前は?」
「ズヤン。ズヤン=グラウディアス。」
冷たい目をしていた。何かに絶望しているかのような瞳だった。同時に、何かを欲しているような熱があった。
それが、私の初めての敗北。結果として、彼らが再び戦場に現れなかったからこそ盗賊討伐は成し遂げられたが……それでも、敗北。
その二年後。八段階格斧使い“黄餓鬼”ギャオランと、八段階格魔術師“黒秤将”ズヤン=グラウディアスの名が世界に響き渡って。
私は初めて、敗北を私に与えた者の所属が、当時無名だったろう『黄飢傭兵団』だと知ったのだ。
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ちなみに、ズヤンはこの“流星一閃”を受けて“鋼鉄要塞”の防御性能を上げました。“流星一閃”三発くらいなら耐えられる“鋼鉄要塞”の開発を行いました。五年くらいかけてます。
が、それ程の魔術でも実にあっさりとあの時破られたんですよね。レオナは単純な魔術行使に限ればズヤンを遥かに凌ぎます。まさかあの“流星一閃”を十連打出来る怪物を想定するなんて常人には出来ないんですよ。なにせそんなことが出来る前例が『神定遊戯』発生時期以外にはあまりいないので。
やってのける人物自体は何人か過去にはいたんですが……『像』の恩恵ありきだということと、そもそも“流星十閃”自体の難易度を魔術師たちがよく理解しているのもあって、神話扱いされています。大げさに語られているだけ、とも。
多分、状況次第では『像』の恩恵無しでもやってのけられる人間は(ペガシャールでは)レオナ=コルキスくらいです、まじめに。
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