194.陽、燃ゆる

 傭兵、離反。

 その恩恵を最も受けているのは、エルヴィン=エーレイ=ビリッティウスである。

 彼は『隊長像』だ。かつては小隊長像とすら呼ばれたその像は、指揮する部隊の最大人数が四千人であることが前提に任命される『像』である。


 言い換えよう。『隊長像』に任命される部隊長は、万単位の軍を指揮するには能力が足りない者だ。

 ゆえにエルヴィンがいかに一騎当百くらいの猛者であったとしても、万単位の敵に突っ込んでいくには指揮総数が足りない。兵士の数が足りない。

 混乱も、援軍も、望むところであった。


 対して、デファール=ネプナスが直接打って出た南東方面は、恩恵がほとんどない。

 ああ、ほとんどないと言えば語弊があろう。傭兵たちは全てが別方面に回っている。デファール曰く、「北東と北西に回せ、他はいらない」である。

 南東方面は、デファールの部隊が突っ込んだ。

 元の陣に帰るつもりのない全軍による突撃。その総数、一万五千。

 相対するヒリャン軍は、貴族連合だけでの対処は不可能と判断。ヒリャンが傭兵部隊の相手をしている以上、後方から指揮官を呼び寄せる必要があり、救援要請。


 魔剣と策謀のテッド子爵家当主、カンキ=ガネール=テッド、出陣。

 徹底抗戦の構えを示し、戦況は完全に膠着した。

「カンキ様!伝令、伝令!」

「どうした!」

「ヒリャン様からの連絡です!『敵の狙いは我らを砦の中に押し込めること!なるべく現地で耐えよ』と!」

「無理を言うな!」

カンキの叫びはほとんど反射であった。可能か不可能か。それだけで言うなら、ああ、確かに不可能である。


 デファール=ネプナスの絶えることない波状攻撃は、数の有利と地の利だけでは止められない。

「弩!放て!」

敵が部隊を後退させるタイミングで放たれる、弩も問題だった。

 矢と比べて威力が高い。矢と比べて射程が広い。鎧で防ぐことが叶っても、衝撃だけで痣が出来る。そんな攻撃が、間断なく放たれる。

「ああああ!もう!伝令、ヒリャンに伝えろ!一時間は耐える!それまでに打開策を打ち出しやがれ!」

ほとんど破れかぶれに彼は叫ぶ。ヒリャンの悟ったことが何かを理解した男に、それ以外の選択肢はなかった。




 トリエイデスはそこまで大軍を率いることが出来ない。

 せいぜい、五千。ネツルの山でも、それ以上の部隊を一人で指揮することはなかった。

 どうせ総大将だったから必要なかった、といってしまえばそれまででもあるが。北西方面に突貫した彼は、苦境に立たされていた。

「放てぇ!」

微かに聞こえてくる合図とともに放たれる矢。おかしい。あれは弩ではないにも拘らず、弩の基本射程である400メートルを優に超える長距離を射てくる。

 剣で応対する。勢いをつけて突っ込みたいのだ。敵部隊に、容赦なく躊躇いなく。だが、あの弓矢部隊がそれを許さない。

「これが、ニネート……!」

鍛冶と弓術のニネート子爵家、その本領。500メートルにわたる長距離を、身体強化魔術を用いた上で弓矢で埋める、異様なる弓の使い手たち。


 こういう場合、数に頼って犠牲を厭わず突っ込むのが正しい。なるべく広範囲に広がって射線を特定させないのがいい。だが、今の帝国派にそれだけの数の利はない。

 結果として。矢を凌ぐために立ち往生するという、なんとも情けない事態に陥っていた。


 とはいえ、これはトリエイデスのミスではない。彼がやらかしたわけではない。ある種、仕方がないことである。

 数が少ないのは重々承知、もともと20万対10万であったところを、さらに3万減らしている。デファールやコーネリウス、ペディアやグリッチ……彼ら規模の大指揮官がゴロゴロしているならさておき、そうでもないなら余計に……数の不利はそのまま戦局の不利だ。

 エルヴィンほどの個人の武はあっても、身分も勇気も足りないトリエイデスは、余計に往生を強いられていた。


 なお、傭兵たちは足踏みしている。

 裏切って突っ込んだところで、帝国派の軍が呼応してくれなければ勝機はない。傭兵たちはまだ帝国派に定住していないだけに、命を簡単に投げ出すことが出来なかった。

「……!」

覚悟を、決められない。突っ込めと命じたいが、それで出る被害を重々承知している。動けず、だからこそじりじりと時間が過ぎて……

「三分待て、トリエイデス殿。私が道を開きましょう。」

そんなことにはならない。時間が無為に過ぎることを、帝国派は許さない。現状、この戦場で最も強い男が声を出す。


 500を超える距離を飛ばしてくる矢を正面で受けて弾き、トリエイデスたちの部隊の前に躍り出た、補給部隊の隊長。

「『ペガサスの兵器将像』よ!」

巨大投石器のレプリカの上に乗り、筒状の杖を構えた『像』が光り輝く。それは訪れる神の権威。軍団に能力強化を与えることはなく、しかし軍の武器防具の全てを支える、軍の基盤たる『像』が立つ。

「“兵器召喚”!!バリスタ広域展開、補給部隊員、矢を番えよ!」

弩より射程も威力も強力な兵器が唐突に出現する。それらを補給部隊が迅速に使えるように整える。

「放てぇ!」

ここまで、実に二分。放たれた矢が、敵陣の中央で炸裂する。


 レッド派の軍が大混乱に陥る。今なら攻められる、と喜んで立ち上がったトリエイデスを片手で止め、ミルノーは再び叫ぶ。

「“兵器召喚”、『鉄球』!」

流れるように、三つほど巨大な鉄球を出現させる。それは、ゼブラ公国アバンレインで出現させた虐殺兵器。

「魔術を起動させろ!」

ミルノー直々に魔術の手ほどきを受けた兵が、それらに魔力を通していく。それを尻目に、ミルノーは己の主武装たる杖の内に魔力を通す。


 太陽が照る。その光がミルノーの大筒に……『砲』と呼んでも過言ではないそれに光を当てる。

「放て!」

合図とともに、バリスタの矢、その二射目が放たれる。僅かに遅れて、『鉄球』が敵の方向へ流れるように滑っていく。

 バリスタの巻きが少なかった影響か、矢の飛距離はそこまで伸びない。とはいえ、砦の敵兵の元までは届き、多くの兵が貫かれて落ちる。


 続いて、鉄球。兵士たちが慌ててその射線から逃れる。腰が抜けた者、押し飛ばされた者たちはそのまま下敷きになり、鉄球に付いた紅い染みがその危険性を際立たせる。

「全員!目を瞑れぇぇぇ!」

「“陽連砲”!」

トリエイデスが叫ぶ。その攻撃を見たことはなくとも、聞いたことはあった。それゆえに、全員に注意を促す。

 間髪入れずに、ミルノーが叫ぶ。彼がレオナ=コルキスとマリア=ネストワの助言をもらいつつ完成させた七段階魔術“陽連砲”、その光が敵の元へとたどり着く。


 その効果は光の殺人線。『光』というより『熱』の効果を重視したそれは、人の命を実にあっさりと奪っていく。

「……眩し、」

ほぼ真隣にいるトリエイデスが思わず口に出す。目を瞑り、その上を両手で覆ってなお遮ることの出来ない魔術の光が敵を焼く。

 光が収まって、目を上げた時。ミルノーの正面には、大地が焼け焦げた跡が綺麗に残っていた。




 ヒャンゾンはその光景に唖然としていた。

 魔術で来るにしたって、この光景はあまりにもない。いきなり正面が光ったと思えば、こちらに向かって熱が押し寄せて、兵士たちを根こそぎ焼いて行った。

「被害は!」

「兵士……50は、今の光で持っていかれました。」

「はぁ?」

七段階魔術並の攻撃だ。しかも、広範囲型ではなく直線型。

「直線型の魔術であれほど攻撃範囲が広いものなどないだろう!」

直線型の攻撃魔術を撃つ場合、「どの地点から」「どの距離を」「どの広さで」撃つか定める必要がある。また、今の魔術の方式……数秒単位で持続する魔術であったなら、「効果時間」まで指定していなければいけない。


 この、「どの広さ」が問題なのだ。普通、杖に魔術を刻印する場合「杖の先端から」を魔術陣に描けばいいが、「杖以上の広さ」を……円にするなら半径を指定する場合、その記述だけで魔術陣の相当量の範囲を使うことになる。

 杖とは、細いものだ。七段階レベルの魔術陣を杖に描き使用するなど正気の沙汰ではない。


 魔術が記載された『魔剣』の類が珍しいのは、保存が難しいからとかではない。……いや保存も大概難しいが、それ以上に、求められる鍛冶の技量が尋常でなく、また魔術陣の知識も要求されるからだ。

 鍛冶と弓術。かつて『鍛冶』の名家であった身として、あの魔術を行使する武器が如何な技量をもって作られたものか。ヒャンゾンは、身震いが止まらない。


 ちなみに。それが『武器である』と判断した理由は弓術の名家らしい遠視の才能によるものである。それが大筒であるかどうかまでは見えないが、『何か』を向けてそこから『発動した』ということくらいはわかるのだ。

「……ああ、とりあえず矢の手は止めるな。」

唖然とする思考を首を振って切り離し、敵を観察する。動き出した帝国派の軍勢。こちらに向かってくる敵に及び腰になる兵士たち。

「もし次に向こうが撃ってきたら、『大盾魔術』を仕込んである魔剣兵で止めろ。」

「出来るのですか?」

「剣は十振り。正面から同じ座標に展開して受ければ、受け切れる。」

砦の壁に焼き跡をつけている。そこから読み取れる、あの魔術の威力。貫通するだけの威力は流石にない。


 聞いて、副官が頷く。これでいい、そう思ってヒャンゾンが再び魔術の使い手の方を見ると。

「何、嘘だろ!」

着ている重厚な鎧がなんだと言わんばかりの勢いで……駆ける軽装歩兵以上の速度をもって突っ込んできていた。




 なんで私がこんな前線働きばかりやっているのだろうか。

 ミルノーは溜息をつく。『兵器将像』は基本的に後方で、消耗した武器等を新品に変えたり修復したりするのが基本的な仕事のはずだ。

 とはいえ、まあ。私は私の実力を知っている。『超重装』を纏わない私はあくまで他より一歩抜きんでている程度の兵でしかない。が、『超重装』を纏ってしまえば話は別だ。帝国派内で、おそらく五番目に強いだろうという自負がある。


 一番強いのは言うまでもなくギュシアール様で、次点にエルフィール様とディール殿、レオナ嬢。これに関しては文句のつけようがない。

「ゆえに、仕方がないことではあるのだが!」

左手で握り締めた杖を振るう。何人かの兵士が吹き飛んだ、そのまま“火球魔術”を杖から吐き出す。右手の剣でこちらによせてくる兵の攻撃をいなし、身体ごとぶつかる。完全に使いこなした時の『超重装』は騎馬をも凌駕する圧で動き回る鈍器である。

 肩で当たられただけで、おそらく何本か骨が逝っただろう。

「私の名はミルノー!『ペガサスの兵器将像』ミルノー=ファクシ!」

気分が高揚する。これだけ派手に暴れれば、全身の血のめぐりも上がるだろう。……興奮せぬはずもなし。

「死にたい奴からかかってこい!」

叫びながら、思う。ディール殿に負けたことで、強さというものの探求をやめた。陛下と出会ったことで、誰のために力を振るうかをようやく決めた。


 この『超重装』は己が設計し、設計図に従ってバーツが作りあげた至高の鎧。この鎧を纏って戦果を挙げぬなど、私は考えたくもない。

「俺は!強いぞ!」

鎧ごと太陽の光を受ける。きっと周りには、この鎧は太陽の加護を受けているようにすら見えるのだろう。


 客観的にそう判断しつつ、ミルノーは踏み出す。

 敵が及び腰になったのが、わかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る