178.アルス=ペガサスという公爵家
そろそろ焦点を当てねばならない男が一人いる。
いいや、男ではない。おそらく、はっきりと語っておかなければならないのは『家』についてであろう。
レッド=エドラ=ラビット=ペガサシアから書状を受け取り、見事アダット軍とレッド軍の戦を強引に治めた御年26の青年……パーシウス=アルス=ペガサスについてである。
アルス=ペガサス公爵家の異質性を語る前に、一つ述べておかねばならないことがある。
それは、ペガシャール王国にいる貴族は、おそらく私属貴族を含んでもほとんど全員が、ペガシャール王族の血をひいている、ということだ。
直系ではない。傍系も傍系、歴史書を紐解かないとわからない次元の話ではあろう。だが、必ずと言っていいほど、『王家の血』はひいている。
その理由は、ペガシャールの血縁制度……というより『王像』と選定される王様の制度にある。
『ペガサスの王像』は、必ず先代『ペガサスの王』の子供の長男の裔に訪れる。『王像の王』が、国がどれだけ裕福であったところで、子が出来るたびに新たな貴族家を作るなどしていられない。
5公5候10伯14子29男34騎。その法則が立てられて、はや1000年。いや、もう少し長いかもしれないその歴史にあって、一度たりとも法則が破られたことはない……50年前、エドラ=ゼブラ公爵が離反するまでは。
では、どのようにして、子供たち……次期『王像』候補たちを守りつつ、貴族たちの数を減らさなかったか。とても簡単だ。王像の王の直接の子供たちは、『継嗣像』を継いだ子を除いた全てを臣籍降嫁……いや、臣籍降婿したのだ。
そして、その子供の一族は副姓に必ず『エドラ』……即ち、その代の王の名前を冠する。そうすることで、誰が先代『王像』の子供たちかをわかりやすくし、臣下をむやみに増やさない、という手をとれたのである。
ちなみに、元来の貴族家の後継ぎたちは私属貴族になる。公属貴族から落ちぶれたと嘆くか、己の一族から次期『王像』が排出されると喜ぶか。それは人それぞれであろう。
だがどちらにせよ、ペガシャールは
ディールと会った時、アシャトは妙にディールとの「血縁関係」に喜んだが、よく考えれば貴族は皆一族である。……アファール=ユニク家の最後、語尾につく『ペガサシア』という名を見て見ぬ振りをすれば、彼らの喜びようは異質なものとなる。
そんな中、アルス=ペガサス公爵家はとても特殊な公爵家である。
この家は、誕生してから今に至るまで、一度たりとも王族から婿を迎えていない。
嫁なら何度か迎えた。だが、決して、婿を取ることだけはなかった。アルス=ペガサス公爵家が誕生してから……1500年もの間、ずっとである。
ゆえに、アルス=ペガサス公爵家が持つ貴族的権力は非常に高い。他の生み出された王の分家たちとは違い、かの家は唯一、初代から続いていると断言できる家門だ。
ペガシャール初代国王の名はアルス=ペガサス。彼の父が立てた家であり、彼の弟が継いだ一門。ペガシャールという国にあって、争いをしない兄弟のような関係性を築き上げた一族である。
「パーシウス。我らはペガシャール帝国……『王像の王』との戦に臨まんとするもの也。即我が軍から抜けよ。」
アルス=ペガサス公爵家は、その家の特性上、『王像』を巡った権力争いが発生した場合何があっても『王像』の麾下となる。彼らの家に課せられた、ある種盟約に近い伝統だ。
パーシウスもあの家の一族である以上、その倣いを避けることは出来ない。
「勿論。私兵2000、残らずこの軍から引き上げさせた。ここに残っているのは俺一人さ。」
「貴殿がひきあげなければ意味があるまい。」
「まさか!じゃあなんで俺はここに来たのさ!『護国の槍』クシュル=バイク=ミデウスの指揮をその傍で見聞きして、力にするためだ!今の量じゃ全然足りていないよ!」
ほぼ一年、クシュルの許に居候した青年が即答する。ベネットの頬が一気に引き攣った。
「どういう意味ですか!」
「クシュル殿なら理解しているよね?」
もちろん、わからないわけではない。その程度理解できなければ、クシュルは元帥など出来ていない。
「戦場にいながら戦わない、と。」
「戦う力もない青年だよ、閣下。それにね……アルス=ペガサスが『王像の王』の下に行っていない。」
後半は、とても暗い声だった。ことと次第によっては話が大きく変わる、とでも言いたげな声だった。
「それが、どうした。」
「きな臭い。いいや、そんな可愛い話じゃない。あれは、アルス=ペガサスの名を汚そうとしている。」
憤懣やるかたない、と言いたげな主張だった。誰がどういう風に見ても、「怒っています」とわかる口調だった、憤りだった。
「よって今戻るわけにはいかない。わかるな?」
「わかるか!」
「委細承知した。」
ベネットが理解できないと叫ぶ。反してクシュルはパーシウスの意見を聞き届けた。あまりの即答にベネットは主の正気を疑い、しかしクシュルは泰然として表情すら動かさず。
「しかし、パーシウス殿。」
「なんだろう、元帥閣下。」
「いずれ袂を分つ。それを宣言する理由は如何に?」
今すぐ斬られる覚悟もあろうな?と言わんばかりの……否、クシュルがパーシウスの同行を認めないならば、斬るしかなかった状況での問い。それに対する返答は、パーシウスの目論見とそっくりそのまま。隠し立てすらする気のない一言。
「時代の育成。それを担うのは、元帥の仕事ではないのか、『護国の槍』よ。」
瞬間、クシュルは笑った。その厳めしい面に、ほんのわずかではあるが笑みを浮かべた。
「我らは負けぬ。」
「負けるさ。『神定遊戯』に最も長く触れていた家の者だから断言する。君らは、負けるよ。」
「それは……。」
「次も、必ず負ける。ペガシャール王国に、帝国相手の勝機はない。」
青年と壮年の男が睨みあう。だが、それも長くは続かなかった。
「よい。パーシウス=アルス=ペガサス。ついてこい、相手はエルフィール=エドラ=ケンタウロス=ペガサシア、“最優の王族”と言われる天才だ。全く不足のない戦術の冴えというものを見せてやる。」
クシュルの口調が砕けたのを、ベネットは久しぶりに見た。それは、過日敵対する以前のデファール、傭兵だと知る以前のペレティにしか与えられなかった栄誉。それだけ、彼はパーシウスを認めたということか。
「我らには劣ろう。秘めた才能だけで言うなら、コーネリウスにも劣ろう。しかし貴様は万を優に率いる将器であろうな。」
ベネットがギョッとする。それは己にも与えられていない惜しみない賞賛だと、副官である彼だけが知っている。
「そりゃ、そうだろう。俺は、アルス=ペガサスの次期当主なのだから。」
しれっと、父と兄を押しのけることを宣言した。
その顔は、ベネットがクシュルの副官であることを誇る時の顔より、数倍幸せそうだった、とクシュルの手記には綴られている。
アルス=ペガサス公爵家は、絶対中立である。
何があっても、『王像の王』に従わねばならない。貴族どもの勢力争いにも、決して関与しない。必ず、『王像の王』の派閥にはいらねばならない。
それが、初代様の弟の一族として、何としてでも守らねばならない鉄則である。
「ばかばかしい。兄弟喧嘩などよくあることであろうに、ましてやもう血が離れすぎた公爵家など。」
アルス=ペガサスから王が欲しい。初代の栄光を忘れたわけではないが、『神定遊戯』の恩恵を最もよく知る一族なだけに、『神定遊戯』の『王像』の力が決して得られないという境遇にいらだつものもあった。
ああ。最も古い貴族としてたたえられるのはいい。特別扱いされるのは嬉しい。そして、公爵位が叛逆レベルの罪でも犯さない限り担保されているというのは安心できる。
だが、現当主モーリッツ=アルス=ペガサスはそれで満足できる正確ではなかった。
我儘で、考えなしのアダットを支持している以上、それはよくわかろうというもの。
「私は『王像の王』から離反したい。準備を始めろ。」
小さな声で、誰にも聞こえないように。アルス=ペガサスは、1500年の歴史を踏みにじる。
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さて。ちょっとパーシウス=アルス=ペガサスについて解説しましょう。面倒なのでQ & A方式で。
Q1 パーシウスはなぜアシャトの許に行かないの?
A. 彼はあくまでアルス=ペガサス公爵家の次男坊です。家の全権はモーリッツが握っています。彼が方針を宣言しない限り、パーシウスは旗幟を鮮明には出来ません。
Q2 じゃあなんでクシュルの陣営にいるの?
A. アダットとレッドの戦争はぶっちゃけ『王像』を巡った権力争いとは関係ありません。そんなわけないだろと思うかもしれませんが、アシャトの派閥と直接対峙しない以上、無関係と言い張ることは出来るのです。
Q3 じゃあなんでアシャトと敵対するのにクシュルの陣に留まるの?
A. 私兵を全部引き上げさせ、己は何があっても剣を抜かないつもりだからです。そうすれば、アシャト派を殺さない以上敵対もしていない。ただ、クシュルの下で用兵を学びに来ただけの青年になります。屁理屈と思うかもしれませんが政治なんて六割がた屁理屈です。つまり彼は何もおかしなことはしていない。
Q5 パーシウスの目的って?
A. 出来る上司からスキルを盗んで元来収まるべき場所に収まることです。アルス=ペガサスの一族について長々と話をした後です、意味は分かりますね?
……まあ話せる内容はここまででしょうか。他に何かあれば感想欄等で聞いてください、応えられる範疇なら答えましょう。……パーシウスに限った話じゃないですよ?
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