173.略奪部隊の撤退
ペディアたちはあっさりとリブラに帰還したらしい。スティップは風の噂で、それを聞いた。
聞いた、というのは、あれからずいぶん経ったからだ。『赤甲連隊』と名を改めた彼らがリブラ入りしたのははや4か月は前、出て行ったのもまた4ヵ月前だ。私たちはまだ、在野で食糧の分捕りを続けている。
「流石に輸送部隊の防御が固くなってきたな。」
トリエイデスがぼやく言葉に、辛うじて頷きを返した。辛うじて、なのは、食糧を奪う彼の代わりに護衛部隊の相手をしていたのが、私だからだ。防御が固い、なんて代物ではない。あれは、百戦錬磨の指揮官が率いる百戦錬磨の兵士どもの部隊だった。
逃げ延びられたのは単純に。トリエイデスが、『像』の力を使っていたからでしかない。兵士の基礎能力が、わずかに向こうより勝っていた。それだけで、ゴリ押せたから生き延びられたのだ。
「もう十分だろう、トリエイデス。引き上げよう。アダット派の輸送部隊を襲うのは、もう無理だ。」
少し前からその片鱗は見えていたが、今回で確実に無理になったと私は思う。今でこそ被害なく物資を奪えているが、これからは被害が出るだろうという確信があった。
「俺、思うんだよ。輸送部隊がこれだけガチガチになったってことは、倉庫自体は守り薄くなっているんじゃねぇかって。」
代わりに返ってきたのは、より多くの食糧を奪える場所への襲撃の提案。
上手くいきすぎて、傲慢になっている。そうならないよう釘は刺されていたはずなのに、もう忘れたのか。
「……一度だけだぞ。」
痛い目に遭わないと学ばないのか、痛い目に遭っても学ばないのか。どちらにせよ、言うことを聞く気はなさそうだ、と表情から察した以上……全滅しないよう細心の注意を払いつつ、彼に従うしかなかった。
アダット派が持つ食糧庫は10ヵ所ある。正確には、倉庫地帯が10ヵ所あるらしい。そのあたりの事前情報は、デファール様が襲撃前にあらかた伝えてくれていた。
「やっぱり。無理じゃないか。」
息を潜めて倉庫地帯を窺う。守っている兵士の数。兵士の質。どれをとっても、襲撃しようとしている私たちより強い部隊だ。あれ相手に戦うくらいなら、私は逃げる。
「……なぜだ?」
トリエイデスが言葉を発する。何がだ、と問いかけそうになって、ハッとした。そりゃそうだ、アレは、「なぜ」案件である。
アダット派は今、レッド派と最前線で戦っている。おそらく、精鋭を連れているはずだ。なのになぜ、元盗賊……しかも割と強豪だった盗賊たちより強い兵士が、倉庫番をしているのか。
「そりゃあ、守り手がクシュルの好きに出来る兵じゃねぇからさ。」
背中から声をかけられた。ギョッとして振り返ると、男が一人、堂々とした態度で立っている。
体格のいい男だ。放つ雰囲気は周りの空気を飲み込み、周囲をひれ伏さんばかりの圧を放っている。
「誰だ、貴様!」
「ほう。俺の顔を知らねぇか、“盗掘王”。」
「……あぁ?」
「随分記憶力の低い男だな?こんな奴を採用しにゃならんとは、『王像の王』も随分切羽詰まっていると見える。」
「ふざけるな!」
挑発に乗ってトリエイデスが剣を抜く。あまりに無防備に立つ男の姿に、私でも「これは取れただろう」という思いが過る。……だが、その男の無防備さは、そうしていても大丈夫だという自信の表れでもあったらしい。
「父上に手を出すとは……愚か者め。」
唐突に横から飛び込んできた影に、トリエイデスが吹き飛ばされる。あまりにも唐突な第三者の乱入に、私の反応も間に合わなかった。
「誰だ……はぁ?なんで貴様がここにいる?」
「父上がここにいるのだ。俺がここにいてもおかしくなかろう?」
槍持つ男が断言する。その男の名を、トリエイデスは知っているらしい。驚愕に目を見開きつつ、その名を大声で叫んだ。
「“全方無双”ビリュード=ナイト=アミレーリア!」
再びトリエイデスが剣を構えなおす。だが、飛びかかりはしなかった。
傭兵界における、最強。八段階格の中でも特に上位に位置していた“黄餓鬼”ギャオランをして、勝てなかった傑物。全武術九段階格の天才、“全方無双”ビリュード=ナイト=アミレーリアを相手に、トリエイデスでは勝負にならない。
「そいつが父と慕う、ということは……そうか。あなたが、“白冠将”ペレティ=ナイト=アミレーリアか。」
「そう。そして今上陛下の10ヵ所の倉庫を守る役割を担っているのが、俺の部下『百芸傭兵団』の面々だ。」
ああ、それは無理だ、と思う。10ヵ所全てが彼らの手によって守られているなら、突破の糸口はどこにもない。私は、即座に判断した。
「逃げろ!」
大剣を抜く。師が双剣として扱う極大剣を肩に担いで、殿を務めんと心に決めた。
今守り抜かねばならないのは、トリエイデスだ。『ペガサスの糧食隊長像』の力を持ち、大量の奪い取った食糧を抱える彼を逃がしきれるかどうかは、これからの帝国派の動きの全てを左右する。
私が構えたのを見て、何人かも剣を抜いた。逆に、トリエイデスの部下たちは今にも飛びかからんとする彼を引っ張って逃げ始める。
それでいい。『像』持ちが死ぬのは、まだ早い。それならば、まだ『像』が与えられていない自分が死ぬべきだ。
「時間稼ぎに徹しろ!命の安売りは許さんが惜しむことも許さん!」
踏み込んだ。己が向き合うべきはただ一人、“白冠将”ペレティ。例えその間にビリュードが挟まっていようと、ペレティさえ殺してしまえれば時間稼ぎとしては十二分のはず。
「出来るわけがないだろ。お前じゃ力不足だよ。」
振り下ろした大剣が阻まれる。重量的にこちらの方が重いはずなのに、軽々と槍の柄で受け止め切ったビリュードは、ニヤリと笑って見せた。
「俺と戦いたいなら、エルフィール様を連れてこい。彼女でなければ、俺と戦いにはならねぇよ。」
余裕綽々で受け止めるどころか、弾き返してきた。腕力の差、技量の差。どちらをとってもビリュードの方が上で、ペレティを討つにはなんとしても彼を抜けなければならない、という事実を突きつけられる。
「スティップよう。」
「……なぜあなたが私の名を知っているのですか?」
「そりゃお前、ギュシアールの弟子の名前なら知っているさ。怖いからな。」
意味がわからない。だけど、本気で言っているのはわかった。
師匠の弟子は、確かに実力者が多い。『英雄量産師』の二つ名は伊達ではない。怖いのも当然か、と気づいたのは、随分後のことだった。
「お前、こっちに寝返れよ。『王像の王』がどんだけ優秀かは知らねぇけどよ、俺とクシュルの相手じゃねぇだろ。」
「お断りします。あなたが仕えるアダットに、王たる資質はありませんから。」
即答する。師匠を殺そうとしてのけたあの愚物に仕える気などさらさらない。答えを受けて飛びかかってきたビリュードの突きを辛うじていなす。
早い。強い。しかし、ディール様や師匠の槍に慣れた私であれば、避けるだけなら何とか出来る。
「おれぁアダットになんぞ仕えちゃいねぇよ。」
は、と一瞬呆けた。何を言っているのか。ここはアダット派が使う食糧倉庫だ。それを守っているというのに、アダットには仕えていない?
「……まあいい。ビリュード、槍を下ろせ。」
「しかし、父上!」
「問題ない。トリエイデスもこれで懲りただろう。俺たちの食糧がこれ以上狙われることはない。」
な?と言わんばかりに私に向けて片眼を瞑って見せる。いかつい顔の男がそんな可愛らしい動きをしたところで不気味なだけだ、という言葉は、辛うじて口の中に封じ込めた。
「ええ。勝てない敵から食糧を奪おうとは、陛下は思っておられません。」
重要なのは、トリエイデスが、ではなく「陛下が」である点。それを確認すると、ペレティは頷いて手を振った。
「ほら行け。さっさと行け。てめぇら相手にするのは戦場だ、こんなくだらねぇ倉庫戦なんかじゃねぇよ。」
釈然としないものいいだった。「くだらない倉庫戦」を行わなければならないほど切羽詰まっている私たちを嗤うかのような一言に聞こえた。
歯を食いしばって背を向ける。彼らに攻撃の意図がないことは明白だった。それほど余裕を見せられるという事実が、私と彼らの間の力量差を示していた。
「行くぞ。」
全兵士たちに声をかける。馬に跨って、背筋を伸ばして。精いっぱいの虚勢を張りながら、馬を進める。
兵士たちはこちらを見ないようにしてくれた。気が利く奴らだ、と思う。
視界がにじんでいるこの姿を、私は見られたくはなかった。
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