171.顔合わせ

 五千人の兵を擁する部隊を二つ、相手取った。

 弱い、というのが率直な感想だ。統率がないわけではない。士気が低いわけでもない。だがどうしてだろう、弱い。

「あっさり追い返せましたね。」

「そう、だな?あれが敵の標準なら、負けることはまずない、と思うが。」

「どうしました?」

「いや、敵の中にニーナがいた気がして。」

具体的には、ルードレスト=ナクヴィラの軍に、だ。例の離反計画だろうか。

「こちらの被害は?」

「軽傷が四名。重症が八名。いずれも『超重装』に慣れぬ上での自傷です。」

「やはり重さが問題だな。毎度毎度10人も自傷していたら、これから厳しくなる。」

急に隣にミルノーが立った。ビックリした。鎧を脱いだ彼は意外と、気配を消すのが上手いのだ。



 ニーナの手引きによって俺の元まで連れてこられたミルノーは、俺たちに『超重装』を与えてくれた。おかげで、その圧倒的な防御力を基盤にした戦が出来たが……やはり、この鎧は扱いが難しすぎる。

「何とかならないか?」

「魔術陣の見直しはマリアさんとレオナがやっている。が、物質を軽量化する魔術陣はどうしても難しいんだ。」

記載内容が多いからな、というミルノーに、納得するしかない。元よりこちらは頼む立場だ。魔術の扱いをもっと上手にする以外に、今手っ取り早く強くなる術はない。

「“清掃魔術”。」

俺の背に手を当てて、ミルノーが呟く。全身を魔力が覆う感覚と、鎧からなんとなく感じ始めていた蒸れの消失を理解した。

「便利だな。」

「レオナが教えてくれた。他にも洗濯やら汚物処理にまつわる魔術もあるらしい。これ、魔術師部隊の重みが変わるな。」

「違うだろ、雑用部隊の人員が減ってその分糧食と処理用の物資が減る方が重要だろ。」

戦争をするにあたって、魔術師部隊がいる戦争といない戦争では大変さが全然違う。その上こうした雑務を魔術師に任せることが出来るとなれば……国は魔術師の育生と保護に力を入れるだろう。


 まあ、国としての方向より、俺の方だ。『超重装』の整備が魔術で出来る、というのはありがたい話だ。

 進軍時間が一時間、伸ばせる。一時間あれば、3キロは進軍できるのだから。

「さて……天幕は張った。飯の煙も出ている。俺はしばらくやることがないな。」

「ちょうどいい、こいつに挨拶してほしい。」

ミルノーが誰かの襟首を引っ張ってよこす。その姿を見てギョッとした、なんでこいつがここにいるのか。

「“盗掘王”!」

「今は名前を公開してんだ。名前で呼んでいいぜ、“赤甲将”。」

トリエイデス。ネツルの山の山賊の主が、首を掴まれた猫のような姿勢で笑顔を見せた。なんで笑えるのかはわからないが……まあ、こいつはこんな感じの男だった気もする。


 そういえば、陛下が直々にネツルに出た、という噂くらいは聞いたことがある。生きていたのか。

「『糧食隊長像』になった。よろしくな。」

「……どういう経緯でそうなった?」

ミルノーの方を向いて問いかける。


 ミルノーは、俺が休暇をもらってからのペガシャール帝国の動き……主に、なぜネツルに出兵することになったのかという経緯を聞いた。

「アシャト様への求心力の為にネツルに攻めこむ、という理屈は納得できる。」

必要かどうかはこの際置いておく。『神定遊戯』によって環境の変化が激しすぎるのだ、と呻いていた王の姿をペディアは見ている。思った以上に、俺の王は方針の変化を余儀なくされているらしい。

 一週間に一度くらいの頻度で変わっているのではないだろうか。そんな気がした。


 とにかくも『糧食隊長像』である。

 彼が、これから、俺たちが繰り返していく戦争の、一番重要な役割を担うことになるのだ。


「よろしく。……お前に糧食握られているって考えると怖いんだが。」

こいつは食糧の、というか物資の管理には厳しかった。規律第一とまでは言わないが、少しの計算の誤差を許さないような人間だ。……本当に、賊徒なのかと疑うほどに。

「帳簿のミスはするなよ?食糧は俺が握っているんだから。」

「うぐ……善処する。」

その辺はアデイルが多くの割合を握っていた。彼がいない状況は、厳しいと思う。

「新しい奴を誰か作らないとな。」

アデイルがいなくなった。ヴェーダをその手で殺した。人材不足は、否めない。

「じゃ、行くぜ。」

「ああ。せいぜい陛下のために働け。」

「随分楽しそうに言いやがるな、ペディア。……傭兵よりそっちの方が向いているんじゃねぇか。」

ポツリと落とされた言葉は、途切れ途切れにしか聞こえなかった。だが、何を言ったのかは、なんとなく分かった。


「ああ。俺は、ディーノスだったよ。」

だから、俺も。一言だけ、落とした。




 二部隊で合計一万人だった。

 一人ひとり数えたわけではない。だから、絶対の保証はない。

 だが、生き残った敵の中で、おそらく役人階級以上の身分であろう男を拷問して口を割らせた感じでは、まず間違いなく一万人だろう。つまり……残り六千人が、今リブラで攻城している部隊だと思う。

 ニーナが言っていた、五千規模の部隊が三つという予想は当たっていたわけだ。そして彼らは、統率がない。

「役割は決まっていた、と言っておりましたね。」

ポールが確認で問いかけてくる。元々この役目はアデイルのモノだった。長男が継ぐのは、不思議な話ではない。

「五千の部隊がそれぞれ、南と東門を対応し、六千人の部隊が二手に分かれ北と西を攻撃する。……先行する部隊の爵位が一番高いらしい。」

二つの門を同時に攻める栄誉を与えられる、という意味合いではない。単純に兵数の多さでそう判断しただけ。


 実際そういう兵数配分になっているから、ペディアの推測は的外れではないが。本来兵数は爵位を示すものでは断じてない。

 爵位が高い者ほど兵数が多い、という感覚は、あくまで見栄が先走った結果だ。見栄で貴族が兵数を増やしまくった結果、爵位が高い者ほど兵が多いという認識が根付き……貴族たち自身の首を絞めている。

「つまり、今は南門と西門は敵がいない、と。なら間に合うな。」

「ですね。」

完全包囲されているようなら、リブラ救援は容易ではなかっただろうと思う。敵に戦闘の想定がされていない道中での攻撃だったからこそ、二つの部隊は逃亡していったのだから。


 これからペディアたちは、万全の戦闘態勢を整えている敵軍と戦うのだ。今までの戦とは異なるだろう。

「気を引き締めて行こう。……進軍開始。」

リブラに向けて、進軍を開始した。




 投槍機に番えられた槍と、黒い薔薇の紋。それがこの街に迫ってきていると聞いて、リーナは死を覚悟した。

 家を出てここにいる。アシャト派と合流するために、数多の貴族令嬢を引き連れてここにいた。


 このままでは、リーナは殺されかねないと身を震わせている。リブラの代官は、リーナたちが敵を引き入れるつもりではないかと恐れているに違いない。

「……代官様。私を北門まで連れて行ってくださいませ。」

「なぜです?」

「私の身の潔白を証明いたします。」

それしかない、と彼女は覚悟を決めていた。己の命は己で守る。父の庇護から外れた以上、彼女が己でやるべき責務である。


 逆に代官の方はと言えば、それは必要ないと思っていた。

 リーナを信用している、というわけではない。いくら女性兵士十数名込みとはいえ、総計でも30人を超えることはない女性集団である。砦の門を内から開くには人数と馬力が単純に足りない。

 とはいえ、内側で暴れる恐怖があるというのもまた厄介ごとではある。ある程度の注意を裂いておかなければならない、というのは、人手を取られるという意味であまり有意義でもなかった。


「まあ、構いません。ですが、私から決して離れないように。」

最悪人質にくらいはなろう。そういう思惑は覆い隠す。人質として機能すれば、援軍が来るまでの時間稼ぎも出来るだろうし……そうなれば、敵も諦めて撤退してくれるかもしれない。

 いかにこの都市をアシャト派として長く延命させるか。オロバス公爵の重要都市の代官として、彼は比較的合理に寄った人間性をしていた。


 ゆえに。北門の上、砦と外との境に立ったリーナが行った行動は、彼にとって予想外だった。

「父上!リーナです!私たちは今、この街で宿をとっています!今すぐ転進してください!」

“拡声魔術”を用いた、宣言。戦場で自分の居場所を盛大に主張することがどれほど危険か、代官ですら知っているそれ。初手でそれをやらかす者がいるとは、思いもよらなかった。

呆然、自失。その言葉を見るに、敵軍の長はリーナたちがここにいることを知らない、というのは読み取れた。

 だからこそ、その存在をわざわざ明かすリーナの所業が、代官には理解できなかった。


 いいや、リーナの目から見たら、それは愚かであっても合理的な判断だった。彼女の無実は晴らせるし、上手くいけば父を降伏させることは出来ずとも撤退させることは出来るかもしれない。

 だが、それは。父の立場を無視した、彼女の願望が生み出した幻想。


 代官がリーナの口を塞ぐ。無礼を承知で羽交い絞めにし、口元に手を押し当てて完全に言葉を封じる。

 一瞬反抗しようとしたリーナは、何か拙いことをしたのだと察すると身体から力を抜く。そのまま城の中へ戻ろうとし……


 彼らの視界に、正確に狙いすました投槍が迫っていた。


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