170.報せを受けて

 何か得体の知れない感覚があった。

 胸の内から何かが引き出されるような、奇妙な、しかし不快ではない感覚。

 直後隣に立った女に、俺はなぜ、という言葉を隠せなかった。

「よう、ペディア。久しぶりだな。」

「ニーナ。なんでここに?」

「陛下から聞いていないのか?あたしは『ペガサスの跳躍兵像』だ。」

驚くと同時に納得した。それなら隣に急に出てくるのも不思議ではない。


 敵ではないなら、警戒する必要もないだろう。武器を構えるか迷うそぶりを見せたポールとジェイスに片手をあげて、動きを止めた。

「陛下は黙っていてもお前が動くだろうって言っていたんだがな。元帥殿がそりゃあまりにも不意打ち過ぎるっつうんで、伝えに来た。リブラに敵が来るぜ。」

「何?」

リブラ。確か、オロバス公爵家の中央にある都市だ。そして、これから向かおうとしていた都市でもある。

「軍勢は一万六千。指揮官は……ああ、忘れた。ただ、おそらく五千ずつ規模の軍が三つだろうって言っていた。派閥はレッド派。アダット派は放置を選んだ。」

そうか、とぼやく。確かに、陛下は黙っておいてもいいと判断するだろう。


 都市ということは人が多いということ。傭兵時代であったら、近くに滞在でもして雇われるのを待つという手法でしか関われなかったが、それでも人を守るべく動いただろう。

 ましてや、俺は今、『像』だ。陛下の土地を攻められる、と言われれば、たとえ休暇中であっても無視できるものではない。

「リブラだな。急行しよう。敵はいつ頃リブラにつく?」

「早くても2日。」

それは、と言葉に仕掛けて、止めた。いくらなんでも、今から二日でリブラにはたどり着けない。

「全力で駆けるか?」

後先を考えず、間に合うことだけを考えるならそれでも追いつくが……それでは間に合った直後、戦に移れない。

「だろうな。お前の懸念はよくわかる。」

ニーナはチラリと俺の装備と、荷馬車に乗っている多くの『超重装』に目を向けた。


 あれをもって、2日走れは無謀と大差ない。そんなもの、俺じゃなくてもわかるだろう。

「あれ、ずっとつけているわけじゃないんだろう?」

「移動速度の低下と体力の減りの速さのせいだな。それ以上に、整備が辛い。」

着て歩けば、その整備のためにとられる時間が一日一時間はかかる。だから、普段は『超重装』をつけない。何より傭兵時代はこんなものなかった。

 

 傭兵は、まともな鎧でさえない事の方が多い。鉄製?そんな高価なものはない。木製の盾もどきか、あるいは油を染み込ませた皮製の鎧が一般だ。

「逆になんで持ってきているんだ?」

「父上に、見せようかと。俺専用の分だけだ。」

「孝行者なのか未練がましいのかわからん。」

そんなこと知るか、と毒づいた。それより本題、リブラの方だ。


 一万六千の軍。そこそこの都市。記憶にあったリブラは、確かきちんと城壁を持つ都市だった。

「最低限の軍しかいないのだったか。」

「とはいえ、『王像の王』の派閥についたことは皆知っているはずだ。おそらく、援軍を待つくらいのことはするだろう。」

つまり、いきなり降伏したりはしないという意味。急ぐ必要があるのか、と自問する。即答、必要がない。一日で陥落することはないなら、数日は持つなら、急行する必要性まではない。

「早くて2日といったな。それは、別々に進軍しているからか?」

「あぁ。一番早い部隊が、2日だ。」

「進軍経路は?」

「これでいいか?」

渡された地図に頷いた。これなら、なんとかなる。


「『赤甲連隊』、仕事だ!休暇中に悪いが、リブラが敵の攻撃を受けるらしい。急ぐぞ!」

すぐに反応できるのは、俺たちの傭兵だったころの名残で、同時に誇りだ。誰一人不平はない。

 もう一度、地図を見る。最速で敵に至る部隊には手を出せないが、他ならまだ、辛うじて。

「お前はどうするんだ、ニーナ。」

「あたしはあたしでやることがあるんだ。陛下の名声を損ねないためにね。」

「はい?」

「陛下は必要なら、敵対した人物でも赦すつもりだ。それが国を立て直すためにも、将来的にも重要であることは事実らしいけど、流石に体面が悪いってさ。」

わからなくはない、と思う。誰彼関係なく許す王なら、舐めて叛逆しようと自在という意味に捉えかねない。


 それだけなら、鎮圧後に斬首でもすればいい。問題は、不満があれば叛逆しよう、どうせ殺されないのだからと考える思想の方。そしてそれで取られる、出兵の手間とカネの話だろうと見当はつく。

「ということで、あたしは行くよ。うちの『兵器将像』が『糧食隊長像』と一緒に合流する手はずになっている。兵糧はそっちで手に入れてくれ。」

「わかった。」

頷く。いつの間に『糧食隊長像』が増えたのか、知らない。『兵器将像』も、ミルノーしか知らないペディアには、新しく増えたのか彼が来るのかわからなかった。


 それでも、少なくとも兵糧の確保だけは確実になった。そのために近隣の私属貴族や役人階級の家をまわって補給の妖精をする必要がなくなる。

「今ある食糧で三日は持つ。……行けるな。」

まず、敵を阻む。2日後にはリブラに到着するであろうどこかの貴族の軍はスルーして……まずは遅れてくる部隊から各個撃破することにした。


 城に籠って戦争など、とんでもない。それは『超重装』向きの戦ではない。

 魔術も込みで騎馬の突撃すら正面で受け切って見せる防御力を誇る『赤甲連隊』の主戦場は、最初から最後まで、野戦でしかないのだ。




 ゲリュンは地面に木札を叩きつけた。

 報告書である。心底腹立たしいことに、彼の管轄である報告書である。

 見たくもなかった。誰がこんなことをするのか、そんなのはわかりきっていた。

「輸送部隊が連続で襲撃を受け最前線への補給が減っている。だと。」

補給を断つのは戦の常道だ。だからこそ、相当強力な護衛部隊を連れているうえ輸送のルートも定期的に変えている。


 しかも一面からの補給はしていない。最初から数ルート、同時に補給することで最前線の糧食や武器の量を賄っている。

 それが、ピンポイントで絶たれ始めている。理由はおおよそ、ゲリュンの予想通りだろう。

「『王像』派閥め、悪辣な……!」

嫌がらせだ。しかし、効果的な嫌がらせだ。


 レッド派が、ひいてはヒリャンが勝つことを望んでいるのはゲリュンにも予想がつく。レッドはとても優秀な貴族だ。が、クシュルと軍事で比較すれば明らかに腕が落ちる。それは、ヒリャンも同様だ。

「デファールを抱き込んだ向こうが一番嫌なのは、クシュルがまともに機能していること……。」

であれば、目的は、兵糧が減ったアダット派の兵士の弱体化、及びその先……クシュルの、死。


 ゾッとする。確かに、『護国の槍』を起用しているという事実を失くせば、アダット派は事実上の解体だ。ひどい話をするなら、アダット派は『護国の槍』……即ち、王の指示を順守する当主が庇っているという事実を失くせば、機能できないほどに弱い。

「困ってんのかい。」

声をかけられた。ここは王城、しかもゲリュンという国の高位の貴族が執務をとる場所。軽薄そうな声が入り込む余地はないはずだ。が、聞こえた声はどうも礼儀知らずのような、敬意の欠片もない単語を使っていた。


 だが、声が孕む「重み」は、ゲリュンが知る中でも三番目ほどに重たかった。

「……なぜ、ここに?」

「陛下が手を貸せってな。いずれ俺たちも食うことになる飯だろう?なら、俺たちも他人事じゃねぇってね。」

その言葉の意味を理解するのに、ゲリュンは少しばかり長い時間を要した。


 数秒の後、ゲリュンは軽い頷きを返す。今は猫の手でも借りたい状況だ、彼の助力を得ることに、問題はない。

「では、お願いします。」

「おう。」


 暗躍は、戦争のさらに影で、行われる。

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