103.雷馬将の傭兵会議

 招待されたとはいえ、会議までにはそれなりに時間があった。

 暇を持て余すのは気が引けた俺は、一つだけ仕事を受けた。

 100年近く前は伯爵家であり、いつしか騎士爵まで落ちぶれてしまったという領地。その近隣に住み着いた、小さな盗賊団の壊滅依頼だった。

『青速傭兵団』の3000人もいれば十分だろうに、その日は他にも傭兵が数組いた。


 俺たちの依頼料は高いのに、それだけ高い金額を出すとはまた、ギュシアール=ネプナスという男は随分と金持ちらしい。俺たち以外の傭兵たちが凄腕ぞろいかと言えば、そんなことはない。才能は感じさせる者たちだった。磨けば、40代になるころには六段階格に至れるだろうという、才能が光る武芸者が多かった。

 だが、言い換えればそれだけ。まだ才は芽生えていない、烏合の衆と、ちらほらいる出来る者たち。

 

 そして、その中に、彼らはいた。

「初めまして、かな。あなたがグリッチですか?」

「はい。初めましてですね。お名前を伺っても?」

特別強いようには見えない男と、エルフィールに匹敵するだろう武術の腕を持っていそうな化け物が、そこにいた。


 でも、なんとなく。明らかに巨漢な男より、弱そうな男の方に目を引かれた。……武術のセンスはなさそうだが、どうしてだろう。一騎打ちしても勝てない気がした。

 負けないとは思う。いや、絶対に負けることはない。だが、なんとなく、絶対に勝てないとも思う。

 こいつは、生存に特化した武術の使い手だ。生き残るだけなら、俺どころか、巨漢と一騎打ちしても生き残ることが出来る使い手な気がする。……武術としての段階は、五段階格だろう。それ以上は、『生存』が条件になる格付け条件がない。だが、生存に限った場合……人を殺す、いや、人に攻撃するということを全くしない場合。男は、八段階格以上、九段階格にも届きうる武術使いだと気が付いた。


 気づいてしまえば、動揺した。顔には出なかったと思いたい。今まで多くの武芸者と戦い、貴族と交渉し、王族に見下ろされて。それまでで感じたことのない驚きがあった。

 エルフィールは孤独だった。その才格を如才なく振るうことが出来ず、環境という籠に閉じ込められた孤独者だった。

 彼女には、見上げるしか出来ないだろう尊敬と、多大なる憐憫があった。だがこの二人は、違う。

 彼女に匹敵する巨漢と、彼女相手に生き残れる武人。自然、頭が下がる思いだった。

「アシャトという。少しお前に興味があって、声をかけた。」

「私に興味を持ってもらえるとは、とても嬉しいことですね。」

嬉しいと口に出してから、本音であることに気づいた。まさか、嬉しいという感情をペガシャールの者に対して持つとは。いずれ戦う者たちだから、常に敵意や隔意をもって接してきた国の男に。


 武芸だけではないのか。いや、武芸も、俺が負けないという確信がある。「武芸に秀でている」とは、まかり間違っても言えぬセリフだろう。

 ……なぜ、ここまで、一介の凡に見える男に色々と感じさせられるのだろうか。兄や、父以上に。魅力を感じる男だ。エドラ=ラビット公爵やエドラ=ケンタウロス公爵のように、背筋が凍るような恐怖はない。


 だが、どうしてだろう。この男のためになら、命を懸けてもいいかもしれない。そんな魅力を感じさせる、目を惹く男だった。

「そりゃ、そうでしょう。あなたはこう……とても、強そうだ。」

「そりゃあ、まぁ。3000もの荒くれ者たちを率いているんです。強くなければ出来ませんよ。……あなたの隣に立つ男ほどの腕はないですけどね。」

自然と敬語が口から零れていく。これは、すごいなと思う。どう見ても俺より若い。年のころは14歳くらいだろうか。それなのに、敬語で話したいと思った人間は、そういない。


 これまで話した貴族の多くが、身分上仕方がなくであったり、畏怖から敬語で話していたのに。それらすべてを通り越して、純粋に敬意を感じさせる男。あぁ。

 こういう奴が王ならいいのに。

 なぜだろう。無意識に、そう思った。


「あぁ、ディールですか。すごいですよね、こいつ。先月知り合ったばかりなんですが、とんでもなく強くて。俺もびっくりしているんです。」

「見たところ、八段階格……上がりたてですか?14歳でその実力なら、体が完成するころにはどれだけ強くなっているのか、想像もつきませんね。」

「はい。俺もとても楽しみなんですよ。」

その日は、そうして他愛もない話をして……


 盗賊を倒すまでにかけた時間は、1週間。出来るだけ被害を出さないように、俺も、アシャトさんも、みんなが気を付けて戦った。

 俺とアシャトさんは、とても仲良くなったように、思う。

「これで、お別れですね。」

アシャトさんが、寂しそうに少し笑った。その顔を見て、俺は少しだけ、心が揺れる。

「あの!」

俺がゼブラ公国に帰る日が来たら。俺は、彼と殺しあわなければならない日が来るのだろうか。それは少し嫌だな、と思った。同時に、それしかないのかな、とも思った。

「俺たちの傭兵団に、来ませんか?」

頷いてほしい、というのは。俺の心の底からの願望だった。彼と戦いたくはない。……いや、いつか、彼と肩を並べて戦っていたい。


 だから、俺は彼を勧誘し……

「ありがとう。とても、光栄なことだと思うよ、グリッチ=アデュール。」

その言葉が、振られたセリフだと知った。あるいはこれは、好きな人に告白して振られたときの気持ちに近いのだろうか。……今となっては、そう思う。

「もし今後、会うことがあれば、一緒に戦おう?」

そのセリフが、振られた気持ちを少しだけ慰めるような気がして。……でも、建前のような気もして。

「はい!!」

勢いよく、頭を下げた。




 それは、ペガシャールで最高の出会いだったかもしれない。最も楽しい、友達が出来た記憶だったかもしれない。

 そして、傭兵の会議の方では、最悪の出会いを俺はした。


 ミデウス侯爵家並みの脅威だった。例の『護国の槍』の率いる軍と戦えば勝ち目は薄いと思ったのに。

 軍の指揮力上では同格と感じたデファール=ネプナスもまた、軍として、総大将として相対すると考えれば恐ろしかったが……。しかし指揮上では恐ろしくとも、家柄の都合、全霊を出せないあの男は、何とかなると感じていた。


 だが他にもいるとは、思いもしなかった。あのクシュル=バイク=ミデウス並みの絶対的な脅威。俺が、絶対に勝てないと感じてしまう、最強の傭兵。

 “白冠将”ペレティ=ナイト=アミレーリア。百冠、はあまりに露骨だからと白に変えられたらしい、自称『戦争における天才的傭兵』。その自称は何ら偽りないと、それだけの力を持っているという確信を、会ってすぐに感じさせていた。

「てめぇが貴族相手にしか商売しねぇっていう守銭奴か。」

呑まれるものか、と歯を食いしばる。こいつが発する威圧感は異常だ。これまでにあったどんな傭兵よりも、恐ろしい。

「……何か、文句があるか?」

「いいや。ねぇ。お前はよくやってるんじゃねぇか?素直にすげぇと思うぜ?」

俺ら傭兵は貴族にこびへつらう真似はあんまり出来ねぇからなぁ。ハッハッハ。そういって笑うこいつの顔はとても闊達で、それでも威圧感は消えない。無防備に笑っているように見えるのに、どこにも隙が感じられない。


 武芸は、ない。ふとアシャトさんを思い出した。あの人は、威圧感のある人ではなかったが。

 武に頼らずとも、生きていける。そう言わんばかりの、絶対的な自信を持っているように見えた。

「俺たち傭兵はよぅ、多くは貴族に恨みがあるような奴ばっかりよ。そうじゃなきゃ、傭兵なんてならねぇからなぁ。だから、てめぇは上手くいい顧客を見つけたんだ。貴族に雇われられる傭兵なんざそうはいねぇ。」

そう聞くと、この国のゆがみってやつが目に見えるようだと思う。本当にこの国は、あまりにも救いがない。

「ただまぁ、新人いびりをする気ではあったんだが……気が変わった。」

気が変わった?どういう意味だ、と首を傾げる。

「てめぇ、今でこそ青いが。あと5年もすりゃ、条件次第で俺と戦える傭兵団長になれるぜ。」

「は?」

軍で、こいつと、正面で向かい合って勝つ?それをしたければ、俺と同等の指揮官が後5人は欲しい。そのうえで、兵士の数がこいつよりも多い。その条件下であれば、戦えるだろうと思う。


 今の俺では。絶対に勝てない、そう断言できるだけのナニカを、“白冠将”は持っていて。

「てめぇを、俺と戦える可能性がある傭兵団長の一人だと認めてやるよ。俺がそこまで言うのは『黄飢傭兵団』の副団長“黒秤将”くらいだ。誇っていいぜ?」

「……う、わ。」

舐められている。俺は今、こいつに、『今のてめぇは絶対に俺には勝てねぇ』と言われている。認めてやる、ということは、今は俺が絶対的に上だという意味だ。間違いじゃないから質が悪い。


「いつか……。」

「ん?」

「いつか絶対に貴様に勝ってやる、ペレティ!」

「おお、そりゃあいい!耄碌する前に頼むぜ、もう俺は30代も後半だ。引退もすぐだからな、それまでに成長してくれや、ハッハッハッハ。」

腰に手を当てて、上を向いての大笑い。絶対に勝ってやる、と心に決める。そうして、俺は必死になって軍の腕を磨いて、磨いて、さらに5年が過ぎて。




 あれから、アシャトさんに会うことはなかった。ディールって男の活躍と、そいつの傍でサポートをする男の存在は極稀に聞こえていたから、生きてはいるんだろう。

 でも、会うことはなく。二度目の傭兵会議が来て、いつの間にやら増えた“白冠将”を倒しえる三人の傭兵部隊長の一人にされて。


 二人だったと思っていたら、5年の間に一人増えたらしい。“赤甲将”ペディア=ディーノス。なんとなく、見てわかった。こいつは確かに、あの“白冠将”に一矢報いられる実力がある。

 『ペガシャール四大傭兵部隊長』。その実態は、“白冠将”と、その喉元に届くかもしれない三人の傭兵部隊長の名前のこと。

 全く、ばかばかしいにもほどがある、と思う。


 いつか倒すと、そう思いなおした。その矢先。


 父が、病魔に倒れた。俺、24歳。……ゼブラ公国を出て10年後。今年のことである。

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