82.赤甲将の親友

 エリアスは、ペディアと別れた後、普通に村人として……村長の息子として、税金が過剰に取られない程度の数字の勉強と、田畑の勉強、そして耕す日々に精を出していた。

 村人であるエリアスには、それ以外にやることはない。……というのは建前で、実際のところを言えば、このアレイア男爵領に住む限り、それ以外にやらなくても、安定した収入と盗賊に襲われない安定を確保できていた。

 命の危機がない。生存に不足がない。十分すぎるほど十分な幸せだと、エリアスはしっかりと理解していた。


 だが、その安心した気持ちもある知らせを聞いた日に破綻した。

「……エリアス、最近いつもぼうっとしてるね。」

「リュー。……そんなことは」

「ないって言ったら怒るよ?何年の付き合いだと思ってるの。未来の奥さんに隠し事は無理よ?」

こういう時、幼馴染って本当にキツイなぁって思う。隠したいわけじゃない、でも話したくはない、そんな親友への感情を、話さなければ許してくれない。


「ほら。夫婦の間に隠し事はなしでしょ?ね?」

「……やめてくれ、リュー。お願いだ、本当に、やめてくれ。」

そういうと、リューは怒ったような、泣くような顔をした。

「何よ。私が信じられないっていうの?」

「違うよ。リューのことは誰より信じているし、愛している。……でも、それとこれとは別なんだ。」

何度もそう告げた。でも、彼女は、その瞬間諦めはしても、納得できないのかまた来るのだ。


 そろそろ諦めてほしい。いくら何でも、こればかりはリューには話したくないのだ。

「何でよ。ずっと悩んでいるエリアスを見続けろっていうの?」

「こればかりはもうあきらめてほしい。今は、特に。今度にしてほしいんだよ。」

「今度っていつよ。もう一週間も待ったわ。待たせすぎよ。」

「一週間しか経っていないだろ!」

「長すぎるわ!」

一週間。あぁ、確かに俺にしては悩んでいる方だろう。でも、リュー。頼むから男の友情を掘り下げようとするのはやめてほしい。


 苛立たし気にリューを見る。リューはそんな俺の目を見て、びくりと肩を震わせた。

「な、なんでそんな目で見るのよ。」

「触れられたくないことに触れて来るからだよ。浮気しているわけでもないのに、俺の全てを曝け出せって言われたらそりゃキレる。」

「なんでよ!私はエリアスに隠し事なんてしたことないわ。なのにどうしてあなたは隠し事しているのよ!」

「大事な思い出だからだよ!……俺にとっては、お前と同じくらい、大事な宝物なんだ。」

「……私が唯一じゃないなんて。」

怒鳴った俺に対して、彼女は泣き出しそうな顔をして、何かを呟いて、背を向ける。


「エリアスなんて知らない!もう!!」

駆けだした彼女を、追う気にはなれなかった。ただ、日が暮れかけている空を見る。

「ペディア……。」

一年の間遊んだ友人は、今はどこにいるのだろうか。父さんが死んだと聞いた。家にはもう帰れないと聞いた。

 いつかまた、会える。そう信じる気持ちが揺らいでいる。


 俺の親友は、無事に生きているのだろうか。




「エリアス、リューちゃんと喧嘩したんだって?」

「……だって、しつこいんだよ、リュー。」

「でも、女の子を泣かせたらダメだろう。」

「俺にだって、詮索されたくないことはあるよ。」

「……ペディア様のことか?」

「悪い?友達の先行きを案じている気持まで、俺はリューに話さないとダメなの?」

お父さんが黙る。面倒な、という気持ちがありありと見て取れた。……でも、こればかりは譲れない。


「悩むのはいいんだ、エリアス。でも、そんなに悩むのならバレないようにやれ。」

「やってるよ!それを見透かして迫ってくるから怒っているんじゃないか!」

「……うわ。」

うわってなんだよ、うわって。でも、お父さんは結構ドンびいたような表情をしている。

「幼馴染ってやつは……。」

「せめてもうちょっと寛容だったらいいけどさ。このことについてリューには話すつもりは全くないのに、よりによって『一週間も話さない』だよ!いくら何でも無理だ!」

俺の絶叫は、家の中だけではなく外にも……隣に住んでいるリューの家にも聞こえていたという。だが、そんなこと考えもせずに、俺は叫び続けていた。


「話したくない、話す気がない。この俺の気持ちに、リューを含みたくはない!そんな気持ちの一つや二つあるじゃないか!それを話せって!冗談じゃないよ!」

言い切る。肩で息をする俺を見て、父さんはため息を一つはいた。

「そうだな、今回ばかりはお前が正しい。リューちゃんには俺から話そう。ただな、リューちゃんもお前のことを心配しているんだと思うぞ。」

いや、リューの知らない俺がいることへの不満だろう。とは、口にしないでおいた。とにかく、ペディアとの思い出についてはいくら恋人とはいえ触れられたくはない。


 しばらくして。俺とリューの関係は一瞬……一か月くらい冷え切ったものの、リューの方からの謝罪で元に戻った。

 それから、赤甲傭兵団のうわさを聞いて……俺は安心した。


 それを見て取ったのか、何だろうか。

 時々、ペディアのことを考えるたびに不機嫌になっていたリューが、不機嫌にならなくなった。……隠し事を出来ない関係っていうのは、正直辛い。

 そんなことを思いながら、ペディアが名を上げていく様を風の噂に聞く生活を楽しみ始めて3年後。


 それは、来た。




 赤甲傭兵団に来た依頼。依頼主はフェリス=コモドゥス伯爵。

 内容は、急に湧いて出た元アレイア男爵領の盗賊の討伐。料金はペガシャール金貨50枚。

 はっきりと断言できる、破格の条件だった。赤甲傭兵団、現在総員2000名。全員を3ヵ月養うのに必要なのが、金貨一枚。……日に日に物価が高くなっているから、もう少しかかるが、これくらいだ。

 ともなれば、たとえ確執があったとしてもその依頼を受けない理由にはならなかった。赤甲傭兵団は、出来うる限りの最速で、元アレイア男爵領へと向かった。

「はい?」

「……とある村で、盗賊を数度、追い返すことに成功したそうです。それを聞いた多くの村が、その村に移住を始めました。」

だが、聞くところによると、もはやかなり手遅れだったらしい。盗賊たちはすでにかなりの村から食糧や金品を略奪した。人は殺していないらしいが、つまりは耕して収穫した穀物を巻きあげるためだろう。


 何もしなくても食糧を得られる金庫として多くの村が被害に遭い……しかし、とある村が迎撃に成功した。

 村に名前はない。……いやまあ普通、村に名前はないが。だが、そこで盗賊たちを迎撃したリーダーの名前は、判明していた。俺も知っている名前だった。


 俺の昔の友達。一緒に勉強した仲間。エリアスが、村の仲間を率いて、盗賊たちを迎撃した。


 俺たちはそれを聞いて、その村に急行した。




 その村は人でごった返していた。

「ペディア!」

「エリアス!!」

その中で、体型も声も変わっているものの、昔とあまり変わらない雰囲気をしている男を見つけた。エリアス。ああ、随分と久しぶりに見た。

「聞いたぞ、盗賊を迎撃したんだって?」

「あぁ。昔ペディアと『像戦遊戯』をやっていたのがよかったんだね。何とか戦えたよ。」

「……そうか。だってよ、アデイル。お手柄だな。」

「いえいえ、エリアスがよく忘れていなかったと感心しています。十年近く前のことでしょうに。」

「あの思い出は俺にとっても大切な思い出だからな……。」

饒舌だ。エリアスはもう少し寡黙だった気がするが、これは実家だから出る部分だろうか。それとも少し変わったのだろうか。


「しかし、人が多いな。」

「うん。ちょっと、盗賊の迎撃に成功したじゃん?ここなら守ってくれると思った他の村の人たちが、村総出でこっちに来ているんだよ。……全財産抱えて。」

「はぁ?」

人とはこうも浅ましいのか。いや、いろんなところを見に行って、知っているつもりだったのに。

「途中で襲われた人も多いみたい。ボロボロでここに来る人たちも多いよ。」

「……軍は何をしている?」

「真っ先にやられた。ディーノスがいないアレイア男爵領の兵士たちなんて、、怖くもなんともなかったんだろうね。そもそもアレイア男爵自身が一番最初に狙われたんだ。」

「ハ、ハ、ハ。」

それ以外に何と言えばいいのだろう。笑いがこみあげてくる。


 自分たちを滅ぼしておいて、真っ先に殺された?ディーノスが滅ぼされて、4年以内に滅びたとは。

「自業自得とはこのことだな……。」

「俺もそう思う。問題は、こうして続々と人が増え続けている事なんだよ。」

人が増える。財産、食糧、そして人がこの村に集まってくる。


 エリアスだけでは到底守れない。そんな規模になりつつある、だけではない。

「全員が集まっている。……つまり、盗賊はもう、他の領地に長旅するか、ここを襲うしかなくなってきている。」

唖然とした。一大事じゃないか、と呆れた。村総出で移動してきたという。女子供、老人も多い。


 そして、集まってきている人の数は、もう5万にちかくなってきている。

「一地方の一領地の、全員?」

「いや、多分移動する過程で7割くらいは殺されている。聞き込みの感覚だけどね。」

「うわ。」

ペガシャール王国の国土はこの一地方の100倍近い規模があったはず。ここだけで5万人も人がいるなら、国土全体を見れば……。もっと少なくなかっただろうか?

「ここはずっと安全だったから。」

危険がない。若くして死ぬ確率が、ディーノスのおかげでずいぶん減っていた。だから、人は多い。

「そりゃそうか。」

そう言いながら腰を下ろす。人の波。守りきる自信はない。


「とはいえ、全部を守るんじゃなくてここだけを守りながら、盗賊を倒すだけならまぁ……何とかなるか。」

「俺も、戦う。」

「おう、期待しているぜ。」

この時の俺は、まさか盗賊が2年もここで粘るとは思っていなかった。


 ……人の欲望、執念の際限のなさを、まだ理解したりなかったのだ。




 赤甲傭兵団……ディーノスの帰還。それは、村人たちの心を大いに沸かせることになった。

「ディーノス!ペディア=ディーノス様が帰ってきた!俺たちを守るために帰ってきてくれたぞ!!」

そう叫んだのは、村人の誰だったか。その日、その知らせを聞いた村人たちは大喜びし、てんやわんやの宴となった。


 苦笑する。父さんがどれほどみんなから支持を集めていたのか、よくわかる光景だった。

「ペディア。紹介しよう。妻のリューだ。」

「お前、結婚していたのか?驚いたな……初めまして、ペディア=ディーノスだ。昔一年ほど、彼と一緒に遊んだことがある。」

「初めまして、エリアスの妻のリューと言います。……そういえばエリアス、昔悩んでいたのって、彼のこと?」

「あぁ。……あまり掘り下げないでくれ。俺の大事な思い出なんだ。」

「……エリアスあなた、そんな顔もするのね……なんかいやだわ。男に嫉妬するなんて。」

リューとやらが見るからに不機嫌となる。まあ、夫の知らない一面を見たら、そりゃ嫉妬の一つくらいするものなのだろうか。恋愛をしたことがないから、俺には少しわからない。


「あなたに、期待しているわ。」

一瞬、頭の片隅に何かが過った気がした。首を振る。

「お前、俺の家で時々話していた、『たまに鬱陶しいけど大好きなリューちゃん』がこの人か?」

「あ、こら!言うな!」

エリアスが俺の口を塞ごうと手を伸ばす。それをさらりとかわしながら、リューさんに向けて言う。

「昔こいつが言っていたあなたの好きなところ、話してあげましょうか?」

「是非!!」

「ペディア!!」

目をキラキラさせて頷くリューと、怒鳴るエリアス。


 俺は、ほほが緩むのを感じた。

「……もう。」

リューは一言だけ、呆れのため息を漏らした。なんだろうか、それで何かを振り切った、そんな風に見えた。


 その日。俺とエリアスは、11年ぶりに再会した。

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