83.赤甲将の試練
守るべき村人は五万人。そして、赤甲傭兵団が2000人。
村人の中で、戦えるだけの腕がある人が5000人。想像より多かった、というのが素直な感想だ。
全ての村には、自警団的な戦闘者が10人に一人くらいいて、それとは別に肉を得るための狩人が10人に一人いる。当然おおよそではあるが……彼らの多くは生き残っていた。
当然と言えば当然だ。盗賊の目的は食糧や金品を無事に奪うことなのだから、戦う力を持っている人間には近づかないようにしながら戦うのが普通というもの。つまり、戦闘者や狩人はそのほとんどが生きてこの村へと逃げ延びているのだ。
だが、俺は敵の規模を聞いて唖然とした。盗賊、その数10000。それは、俺の考えうる限り最悪の展開だ。
「というかどうしてそれだけの数?」
「簡単だ。ディーノスがいなくなって、軍事力がなくなったからだ。」
エリアスが即答する。その意味を、少し迷ってから、理解した。
「ああ、いい餌か。」
「アレイア男爵は2年くらい隠せていたらしい。」
「その間に盗賊が来るかもしれないと勧告くらいすればよかったのに。」
「全くだ。」
俺とエリアスはそう言いあうと、少しため息を吐いた。
「いやいや、無理だろう。」
コーネリウスが慌てて突っ込んだ。
「……もういいのか、しゃべって。」
クリスが問いかける。
「いやそれは知りません。ダメだったのならすみません。が、ちょっと待ってください。私はどうしてそこで、あなたたちが『盗賊が来ると勧告』出来ると考えたのかがわからないのです。」
「いや、来るとわかっているのに、逆にどうして勧告しないという選択肢があり得るんだ?」
「決まっています、失脚するからです。アレイア男爵にも生活があります。そこで『ディーノスがいなくなったので盗賊が来ます。準備してください』なんて言えるわけがないでしょう?」
「そこでどうして、アレイア男爵の生活になるんだ?」
瞬間、俺たちは顔を見合わせる。
「はい?」
「いや、失脚したからといってどうしてアレイア男爵の生活に繋がる?」
「??」
話が噛み合わない。
コーネリウス、つまり政治家側からしたら、将来盗賊がこっちに殺到するとわかっていても、ディーノスがいなければ領を守れません、なんて言えるはずがなく。ましてやそれをやったのが男爵の子供だ。
どう考えても男爵の責任問題。ディーノスを滅ぼしてしまった過失については、ディーノス自身に謝罪することは出来ても、領民に謝罪など出来ない。責任を取って男爵を辞退しなければならないし、そうすれば男爵に生きる術はない。
もしも農民になるという未来、あるいは執事になる未来を選んでも、それは即ち同じ領民に殺される可能性が高くなるということ。守ってくれる権力がなくなるということ。
どう考えても、ここで領民に対して『ディーノス損失による影響』を語るのは論外だ。
だが、ペディア側からしたら、将来起こることがわかっているのに、きちんとした説明をせず、領民に注意もせず、ただ現状維持に努めたのは、農民の命を軽んじているとしか思えない。彼らにとって、アレイア男爵の行動は論外だ。
要は視点の問題である。政治家の目で見たら当たり前の男爵の行動も、平民の目から見たら異常な行動だ、というだけの話。
「乱戦の最中に、裸一貫で生き抜けと言われたら、お前、やりたいか?」
「嫌だ。というか無理だ。」
クリスの問いに、ペディアが即答する。それを聞いて、クリスはうん、と頷いた。
「アレイア男爵にとって、領民に説明するというのは、同じだけの意味だったのさ。」
「でもディーノスを滅ぼした以上やるべきでは?」
「お前なら出来るのか?やったら万が一の生存の可能性すらなくなるのに?」
「……。」
そう言われると困る。クリスは暗に言っているのだ。
きちんと勧告しろ、ということは、死ねということと同義なのだ、と。
「あるいは、これが命の生死に関わらなくても、政治家としての生死には関わる。それまで勉強を重ねた努力、そのために使った時間、金。……過去の人生全てを捨てろ、というのと同じなのさ。」
だから、出来ない。
「……わからないけど、わかった。とりあえず、続きを話そう。」
「あぁ。話を遮って悪かったな。」
「……次は遮らないでくれ。」
そう言うと、俺は再び口を開いた。
とにかく、俺とエリアスは、村を覆う柵を作り、野生の動物をなるべく生け捕りにし始めた。
「畜産専門、いるのか?」
「いる、が、手が足りないって嘆いてた。道具も何もかも足りないらしい。」
「……とはいえ、木やらなんやらを取りに行くのは厳しいぞ。」
「……だな。」
盗賊が溢れかえっている。動物を狩って帰る途中ですら、何度か襲われて帰って来た。
数が多い。それはつまり、こっちが多くのことに手を出せば出すほど、その部隊を圧倒的な質量で押し潰せるということだ。つくづくエリアスは、よく盗賊を迎撃できたと思う。
「他の村を襲う奴らがいっぱいいたんだ。だから、こっちには本腰が入れられてなかった。……だから、うまくいっていたんだが。」
この村は見晴らしがいい。近くに湧水があって、そこまでは何とか柵で覆った。
しばらくは食糧の心配がいらない。周りに障害物がないから、しっかり見張りを立てておけば奇襲を受けることもない。
ただ、包囲戦には、弱かった。
「一万か。どう崩すかな。」
そう考え始めて、すぐに。
盗賊たちは、鳴りを潜めた。
それは、赤甲傭兵団がエリアスの村へ行って5ヵ月めのことだった。エリアスの家で、会議が開かれていた。
「どうしてだ!なぜ村から出るなと言い張るんだ、ペディア!!」
「決まっている、これが罠だからだ!盗賊たちも、万全に構えている村を襲いたくはない。油断したところをやりたいんだ!村の外に出るのはどう考えてもダメだ!」
「しかし盗賊はもう反応していない。いないんじゃないか?現に斥候も何の報告も持って帰ってこないじゃないか!」
「隅から隅まで探すほどの人を回せるはずがない!それに、20人に一人は帰ってこないんだぞ!」
「不慮の事故じゃないのか?」
「まさか!100人に一人とかならまだしも、20人に一人は多すぎる!」
村の中に缶詰めにされた村人たちが、木材や木の実などを求めて外に出たいと言い始めたのだ。それを、ペディアは聞くや否や悩む間もなく却下した。
エリアスや村人の気持ちはわかる。
そもそもが、この村なら安全だと噂されて集まって来た人たちの集まり。食糧すらほとんど配給制、外を出歩く自由すらほとんどないとなれば、彼らは怒る。
もともと烏合の衆。こうなっても仕方がないとはいえ……ペディア的には最悪だ。
「じゃあ、ペディアはどうしようと思っているんだ?」
「本拠を見つけて、叩く。決まっている、それ以外に手はない。」
「見つかるのか?」
「見つけるんだよ。」
他に案があるなら出してくれ、と思う。なんのために百人以上の斥候を出していると思っているのだ。……まさか、3度も旅してその目で見て回ったこの土地に、10000人以上の人間が収容できる場所がいくつもあるとは思えないのだが。なぜだろうか、どうやっても見つからない。
「……一ヵ月だ。一ヵ月しても見つからなければ、俺は村人たちを抑えられない。」
「無理を言ってくれる……。」
だが、エリアスの力ではそこが限界だったのだろう。
一か月後、村人たちは雪崩出るように、村の中から出て行った。
「エリアス。村を守れ、俺は彼らを守る!」
「……わかった、好きにしろ。」
エリアスは、俺の罠だという判断を全く信じていないのだろう。俺たちが村人の後を追うのを黙って見過ごした。
だが、この瞬間、俺もエリアスも明確なミスを犯したのだ。それに気づいたのは、ほんの少し、30分ほどしてからだった。
「ペディア様、どうも様子がおかしいですよ。敵が出てきません。」
「……俺の判断ミス……?」
ヒツガーが不思議そうに発する言葉に、俺は首を傾げる。今なら隙だらけだろうになぜ盗賊は俺たちを襲ってこないのか。
「……あ。」
その時、ポールが思いだしたように言った。
「ペディア様。父さんは村に残ると言っていました。」
「アデイルが?ずっと俺のそばに付こうとするあいつがか?……しまった!!」
アデイルが村に残る、ということは村の方に何かがあるということ。それを理解した瞬間、俺は失敗を悟った。
気づくべきだった。盗賊にとって重要なのは、人の命じゃない。略奪で得る金品と食糧だ。
である以上、敵の狙いは村。それに、俺は見事に気づけなかった。
「戻れ!!」
叫ぶ。赤甲傭兵団が、慌てて回れ右した。……と、思いなおす。本当に、村だけが襲われるのなら、アデイルは俺たち赤甲傭兵団全員を止めたはずだ。ということは、こちらが襲われることも考えていたということだろう。
「ポールとジェイスは500ずつを率いてここで護衛!ヒツガー、戻るぞ!」
「承知!」
1000人で引き返す。走る、走る。間に合うことを願って、走る。
走って、走って。
村にたどり着く前に、足止めだろう盗賊がいた。
「推定でいい、人数!」
「500はいません!」
「よし、無視だ!振るわれた武器だけ払いのけながら進め、邪魔なら斬れ。だが、足は止めるな!」
「「「了解!!」」」
無視すれば挟撃になる。だが、それは気にしなくてもいい。村を襲っている盗賊に追いつくことさえできれば、挟撃の不利くらいは兵の質と俺の指揮力で補いきれる。
そう判断し、全員で駆け抜けた先。柵の内から弓矢を放ち盗賊を迎撃するエリアスたちと、その数に気圧され、足を止める盗賊たちの姿があった。
しばし、固まる。内側に敵はいない。敵がいるのを察知した時点で、扉を閉じて防衛に回ったことが見て取れる。
そうとなれば、僅かに気圧されている敵を蹴散らせば何とかなる。
1000人。足踏みする敵の数は……5000くらいだろうか。俺たちの数倍は多い。
「とはいえ。大丈夫だろうな……。」
矢をはじく盗賊の動きを見れば、なんとなく敵の質はわかる。もしかすると強いのが何人かいるかもしれない。だが、八割くらいは4段階格の武術士だろう。基本がなって、戦えるようになって。その程度でしかない。
「蹴散らせ!!」
指示に応えて、全員が飛び込んでいく。その真ん中あたりに俺も飛び込んで、周囲の状況を見まわしていく。
「村側の敵を殲滅!村を背にして防衛に入る!今重要なのは守ることだ!賊どもを村に近づけるなよ!」
応、という叫び声。合わせて、第一、第二部隊総計700人が村側に向かう。ヒツガーの指揮する第三部隊だけが、その村側へと向かった兵士たちの背を守っていた。
「第二部隊は回れ右!後方の方が敵が多い、第一部隊の邪魔をさせるな!」
即座に指示された部隊が反転する。第一部隊の背を、第二、第三部隊が守る。
5分ほど。5分ほどで、村側の盗賊たちは全滅し……
残る盗賊との、乱戦になった。
「第二部隊、後方から追ってきた500の相手をしろ!第三部隊は先鋒をそのまま継続!第一部隊は俺の周囲で中衛をしながら交代で5分ずつ休憩!」
とはいえ敵の侵攻状況次第では彼らの休憩を途中で止めることも考えなくてはならない。そう思って、10分。
5000の敵と、1000の俺たちは、俺たち優位の拮抗状態を維持していて。
「……撤退、か。」
「撤退、ですね。」
いつの間にか隣に来ていたヒツガーが言う。盗賊たちは後ろに下がり始めていた。
追い打ちをかけるべきか悩んで、やめた。全速で走り、すぐさま戦闘に切り替えた傭兵たちの疲労は、追撃をかけられるほどには残っていない。……いやなタイミングで撤退しやがって。
そんなことを思った、矢先の話だった。
「ペディア……ディーノス!覚悟!!」
敵の撤退を見て、気が緩んだ一瞬。全身の筋肉が弛緩した、そんな瞬間。
後ろから飛び出してきた一人が、長剣を向けて突っ走ってきていて。
「しまった!」
「殺させない!!」
ヒツガーが、割り込んだ。次の瞬間、俺は盾で刺客を殴り飛ばす。
ヒツガーの腹。剣。柄だけが姿を見せていて……つまり、彼は腹を貫通されていた。
「ヒツガー!おい、ヒツガー!!」
叫ぶ。倒れ込んだヒツガーは、嫌に満足そうな表情をしている。
「ペディア様……無事、ですね?」
「あぁ、無事だ!お前こそ……どうして。」
「さぁ、知りません?ほとんど無意識でしたから。……ですが、あなたが無事で、よかった。」
「……。」
もう死ぬと、わかっていた。こいつがこの夜を迎えることはない。
「ペディア様。私は、幼いころから、あなたを見てきました。……あなたの成長も、あなたの葛藤も。私は、あなたを、見てきました。」
「あぁ。あぁ!知っている。知っているさ!お前は、俺の初陣以前から、俺を教え導いてくれた先輩だ!」
「あぁ、そう思って、くれて、幸い、です。……ペディア様、遺言、聞いてくれますか?」
嫌だ、と叫びたい気持ちがあった。嫌だ、と叫べない事実があった。
ここにあるのは、ただ、現実だ。
「第三部隊の次の指揮官は、ヴェーダ。彼は、斬り込み隊として、いい働きを、するでしょう。出自が、わからないですが、……この世界は、本当に、そういうのが多い。掘り下げないで、あげて、ください。」
「お前が言うなら、そうしよう。」
「アデイル様に、後は、お任せしますと。規律は、大事だけれど、気持ちも、大事だと、お伝えください。」
頷く。思い返せば、アデイルとヒツガーはよくケンカしていた。リーダーとしての俺を大事にするアデイルと、人間としての俺を大事にするヒツガー。二人がいたから、俺は今日まで、どちらにも偏らずに生きてこれた。
「最後に。生きて、ください、ペディア様。生きて、生きて、生きて。いつか、この、l理不尽と不条理の時代を、終わらせて、ください。」
「……約束する。必ず。」
ヒツガーが目を閉じる。微かに残っていた息が消える。
彼の死を持って、盗賊との最初の戦闘は幕を閉じた。
赤甲傭兵団の死者、283。村人の死者、11。そして、盗賊の死者、1164。
それが、最初の結末だった。
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