81.赤甲将の立団

 当面のカネは工面できた。だが、三ヵ月分だ。

 父さんが遺した千人の俺の仲間を生かすためには、千人が生きていける仕事を得なければならない。

「どうすればいい、アデイル。」

「ふむ。……盗賊だけは止めますが、基本的にペディア様の思うようにするべきかと思います。」

「……どこかに新たな村でも立ち上げるか。」

「千人の武装集団が作り出す村、ですね。」

その地域の領主に一瞬で滅ぼされる未来が見えた。ダメだダメ、俺たちは傍から見れば危険すぎる。


「とりあえず、三日後にあの山に向けて移動するので、それまでは狩り暮らしをしながら悩みましょうか。」

「そうだな。」

盗賊だけはダメ。根無し草。そして、連携の出来る元兵士が千人。俺は、彼らと生きる方法を、何としても考えなくてはならなかった。




 三日後。俺は結局、まだ方向性を決めることが出来ていなかった。

「とはいえ、そろそろ決めないと一生悩み続ける羽目に会うな。」

「でしょうね……とりあえず、契約の金品を確認しに行きましょうか?」

「あぁ。行こう。」

鈍く頭に響いてくる痛みを無視しながら、指定の場所へと向かう。そこには、馬車三台分の穀物と、一台分の金品があった。そのそばに、二通の便箋。

「何々、……二ヵ月分の食料と、一ヵ月分の金品を用意した。これまでの仕事ぶり、感謝する。いつかまた……。」

それだけそっけない手紙を書いてくるということは、これはアレイア男爵からだ。

「アデイル。」

「承知いたしました。ヒツガー、手伝え。」

「はいはい。」

アデイルとヒツガーが馬車の中身を確認しに行った。それを目の端に捉えつつ、俺はもう一枚の、アレイア男爵からの手紙についでというように添えられていた手紙を見る。


「すごい、嫌だ。」

それは、リーナ=フェリス=コモドゥス伯爵令嬢からの手紙だった。どう考えても、彼女が俺に手紙を出すのはおかしい。彼女もそれをわかっているのか、便せんそのものは質素なものだったが……いや質素であるものか、装飾がないだけで紙自体はかなり高価なものを使っているし、中身がどう考えても便せん二枚分はある。

「はぁ。」

とはいえ、読まないわけにもいかない。俺は覚悟を決めると、その手紙の封をそっと開いた。




拝啓 ペディア=ディーノス殿


 という出だしは堅苦しいかしら?あなたは堅苦しいのは苦手だったわよね。私は砕けた口調での文章を書くのは初めてのことなのだけれど、あなたに合わせてみることにしたわ。これが最後だものね。

 ディーノスが滅びたのは聞いたわ。過程も。私は関係ない……と言いたいけど、関係なくはないわね。ごめんなさい、謝っておくわ。

 多分、あなたはアレイア男爵の息子がどうしてあなたを殺すように指示したのか、知らないでしょう。だから、あなたは理不尽に対して怒ることは出来ても、その理不尽が何なのかわからないと思う。少し、悪いことをしたわ。ごめんなさい。


 というのもね。あなたの父、フレイル=ディーノス殿も、私も、ディーノスが滅ぼされる未来を予想していたわ。執事階級の完全暴走という形で、どうやってでもあなたを殺そうとする。実のところ、私たちは最初からそうなると思って動いていた。

 フレイル殿は、ディーノスの滅びを避けられないと感じていたそうよ。対策を十全に練ったとしても、無理だって。特に、数年前から少しずつ軍事費にかけられるカネが減っているのを知った時点で、そうなると思っていたらしいわ。

 なんでもね。ディーノスが優れた指揮を持って領の安定を維持している以上、軍事費の削減をしたところで、大した影響はないでしょうって。実際に、あなたたちの活躍で年々盗賊たちはいなくなっていたし、新しく発生することもほとんどなくなっていたわけだから、間違いじゃないわ。

 まあ、軍事にお金をかけない時点で、『殺してください』って言っているようなものだけど、でも、多分フレイルがいる間は大丈夫だっただろうし、何かがあれば臨時で供給すればいい話、という考えも間違いじゃないのよね。

 長くなったわ、ごめんなさい。


 とにかく、ディーノスが滅びるのは予想出来ていたのよ。でも、相手が多すぎたわ。だから、フレイルは貴方を生かすことだけを最優先で考えるようになった。

 あなたを戦地に赴かせたのもそう。もっと年を取ってからにするつもりだった、命令されたから仕方がない。彼はそういう体をとっていたけれど、アレイア男爵にそう命令を出させるよう、外から圧力をかけていた。なぜなら、戦争の経験が、そのままあなたの生存確率に関わるから。


 ……私たちにとって予想外だったのは、暴走したのが執事たちじゃなく男爵の息子だったことよ。正直彼のことはもう考えたくもないのだけど、そうね、書いておくわ。

 彼は、私に惚れていた。私と話したいと思っていたし、私に興味を向けてほしかった。……彼は、その方法がわからなかった。だから、私が興味を向けたあなたを殺そうと考えたのよ。

 彼は私に無能と呼ばれたし、家の人から勉強をせっつかれた。でも、彼は勉強しなかったわ。そんなことより、私に興味を向けてもらう方が彼にとって重要で……勉強したら、私もちょっとは見直したかもしれないのにね?勉強の価値をわからなかったみたい。哀れよ、本当に。


 とにかく、彼は嫉妬した。私と話せるあなたに。私が将来を楽しみにしているあなたに。そして、話しかけてもらえない自分にいらだった。

 そう考えると、彼は本当に、「どうすればいいかを知らなかった」だけなのでしょう。勉強できる環境があっても、きっかけがあっても、価値を知らなければ踏み出すきっかけにはならないみたいね。勉強になったわ。

 ……だから、ごめんなさい。半分は、私のせいよ。彼の暴走を許したのは、私と、男爵のせい。間違えても、あなたもフレイルも、欠点なんて無かった。強いて言うなら、嫉妬を買うほど優秀だったのが欠点なだけ。

あなたは貴族が10年かけて学び、それでも時に失敗する礼儀作法を二年で詰め込もうとしたそうね。聞いたわ。私、あなたの礼儀作法を見て思ったことがある。

 口調はおかしいし、言葉遣いだけなら礼儀を知らない何かに思ったかもしれないわ。でも、あなたは、少なくともテーブルマナーと、歩き方、そしてお辞儀とかは完璧な貴族の作法だった。すごいわ。……だからこそ、あなたに嫉妬する。苦労して学んだ分、私は貴方が少しだけ恨めしい。……あなたのお父さんも言っていたわ。礼儀で失敗しない程度に学べても、問題はそれが出来ることで買う恨みがあることだって。この間、あなたのそばにいる方にも教えてもらったのでしょう?

 勉強ができる。……羨ましいわ、本当に。


 私はもうアレイア男爵領から出るわ。ディーノス亡きアレイア男爵領は、多分他の領と同じ、盗賊の横行を止められなくなる。……兵士たちもみんなそっちに行っちゃったからね。私属貴族の軍が1000人しかいないのは少なくない?とか思うけれど……それ以上あなたたちの方に行っていたら、どうなっていたかしら。……フレイルは死ななかったかもね。

 まあそれはいいわ。私は、アレイア男爵領が安全圏だった時代は終わったと思う。もう、ここから去るわ。


 ……何を書けばいいのかしらね。あなたと二度と会えないのは、私、少し辛いわ。あなたほど優秀な猟犬、出来たら男爵ではなく伯爵家で飼いたかったもの。……噛みつかれないようにしなきゃだけど、それでも手に入れるだけの価値が、あなたにはあった。

 だから、私は貴方のこれからに期待している。もしもこの先に困ったのなら、父からもらったはずのカバンを開けなさい。あなたの未来が、いくつか用意されているはずよ。

 あなたは、本当にお父さんから愛されていたのね。その準備をしているとき、伯爵家の名前があった方が便利だから、っていうことで少し手を貸したのだけれど……羨ましくなったわ。貴族は、あんなに愛に溢れた顔を見せることはないもの。


 ペディア=ディーノス殿。あなたはアレイア男爵の優秀な猟犬でした。知っている?猟犬って、犬の中でも選ばれた犬にしかなれないのよ。だから、猟犬っていうのは、誉め言葉。

 私は、あなたに期待している。あなたが次にどんな人に手綱を預けるのか、期待している。猟犬にも飼い主を選ぶ権利はあるのよ、ペディア。あなたほど優秀な犬なら特に。

 またいつか、会えることを祈っているわ。

敬具

 

追伸。間違っても愛の告白などとは思わないこと。




 何だろうか、思った以上に、重い手紙だった。

 期待している、ということは、こんなところで死ぬなという意味だ。長々と前提を書いたのは、彼女の謝罪の文章の重みを薄れさせるためだ。……そして、まだ終わらせたくはないという感情を、巧妙に隠すためだと思う。

「……重いな。」

彼女は苦手だ。とても、とても苦手だ。だが……父さんとアデイルを除けば、多分、俺を一番理解しているのは、彼女なのだろう。


 その優れた頭脳で、学び続けた知識の果てに。たぶん彼女は、俺の、ディーノスの境遇を、誰よりも理解していた。

「カバン。」

背負っているそれを引っ張り出す。そういえば、ずっと持っていたのに、いつの間にかそこにあるものという認識が強すぎて、何が入っているのかわからなくなっていたカバン。


 そっと、そのかばんを開いた先にあったのは、大きな板に書かれた三つの言葉。


 商人

 傭兵

 エリアス


 ……人名が書いてあるのは、多分、そこで農民として生きるという意味だろう。だが、普通に考えて、エリアスの村で世話になるわけにはいかない。命を狙われる危機がある。

「商人は、千人で出来ない。傭兵だな。」

商人はもともと貴族の専売特許。税として徴収したものを売ることが出来るのは、徴収した貴族……あるいは、執事だけだった。よほどうまく伝手やらを使わなければ、本職の商人(貴族)たちに目の敵にされてしまう。あまりに不利な条件だ。


 傭兵も、元来在野に戦闘力が高い集団がいることを恐れて禁止されていた職業だが……200年前が最後の『神定遊戯』、150年以上もの間に荒れた土地……もはや禁止法は通用しない。

「傭兵が一番、ここにいるメンバーの力を発揮できるな。」

「傭兵団、ですか?」

「ああ!幸いにして武器に食糧は二ヵ月分ある。これだけあれば、傭兵団として戦えるだろ?」

「ええ。大丈夫であると思います。……団名はどうされますか?」

「団名、か……。」

なんだろう。たくさんの名前が、浮かんでは消えた。


 猟犬。元兵士。……いや、格好よくなくていい。俺たちは、俺たちを守ることを考えればいい。

「父さんが、死んだ。母さんも、多分。アデイルも、ヒツガーも、ここにいる誰もが、死んでいてもおかしくはなかった。だから、俺は、身内を守れる傭兵団を作りたい。」

言葉を、発した。かんがえて発しているわけではない。口にした方が、考えがはかどる。それだけのつもりだった。


 なのに、言葉が止まることなくあふれ出てきた。そして言い切ってから、気付いた。俺が、どういう名前を付けるべきなのか。

「赤く血で染めた鎧を纏おう。守るために。みんなを守るその甲を、殻を、盾を。血に染めてでも互いを守ろう。」

決めてしまえば、楽だった。

「名は、赤甲傭兵団。俺たちはこれから、赤甲傭兵団として生きていく。」

応、という叫び。1000人の応じる声。


 この日、こうして、赤甲傭兵団は設立され……リーナの言う通り、己の手綱を握る人間を探しつつ、ペガシャール内を旅し続けることになる。

 その間に、多くの盗賊たちを討ち滅ぼしながら。




 そうして、気付けば3000人の規模になったこの傭兵団が設立されて、4年。俺が19歳になったとき。

 色々あった。貴族に雇われて戦に出たものの、連携がうまくいかずに己らだけで窮地を脱したこと数回。自分たちより圧倒的な数の賊を討伐したこと数回。

 他の傭兵団との会合に参加したこと、3回。

 そんな経過を経て、俺たちは、元アレイア男爵領……現フェリス=コモドゥス伯爵直轄地に、帰ってきていた。

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