74.アバンレイン脱出戦4

 敵は息を吹き返そうとしていました。援軍が来たのが見えたのです。

「……失敗しましたか?」

ミルノーが出した超兵器は素晴らしい。素晴らしかった。何がといえば、相手に与える威圧感です。

 威圧感というのは実に有効です。敵がペガシャール帝国軍を挟撃するのを防いでくれるという点も、それなりの犠牲を覚悟していた私にとっては僥倖というほかありませんでした。


 だが、援軍が来た。ペディアが向かったし、迎撃できると踏んだのですが……周囲の兵士たちの復活ぶりを見るに、どうやら早計だったようです。彼らは、その援軍の強さを心より信頼しているようですから……と、上空に影が差しました。

「アメリア嬢……クリスですか。」

役割を無視して飛んでいく彼女を見て、理解した。……現物を見たクリスの意見を、彼女は信じたということでしょう。おそらく、これは私とクリスの間の信頼関係の問題。


 クリスの力量を心の底から信じ切れていなかった、彼の目利きを信じていれば。

「アメリア嬢が向かった。ならば……ミルノー!」

「俺の魔力の都合も考えちゃくれませんかねぇ?」

ミルノーが素っ頓狂な声を上げながら鉄球に魔力を注ぎ始める。大丈夫だろう。あんな鎧を平然と動かして戦えるような変態が、この程度で魔力を使いつくすはずがない。

「コーネリウス様。」

「どうしました?」

少しして、比較的深刻な声音で放たれた名前に振り返る。見れば、どうも困ったような瞳でこちらを見るミルノー。


 なんでしょうね。強面のせいで、気持ち悪い。

「この状況、この鉄球を起動させて動かしてしまえば、おそらく回収に回る時間はありません。決戦で使うことは出来ませんが、構いませんか?」

いや、そんなこと問われても。回収するのは帰りでもいいでしょう。こんなもの、回収しようと思えば『兵器将像』でもない限りとんでもない手間と時間がかかるのですし。勝手にしろという意味も込めて、話をすり替得ましょうか。

「……後でいいので、他の兵器を教えてください。」

「承知しましたよ、っよ!『鉄球』!」

エリアス相手ならこの話題転換の意味を捉えなかったでしょうね。何でしょうか、彼。どうして今の答えが、『鉄球は捨てるから代理になる兵器を寄越せ』という意味だと察せたのでしょうか。


 この中であるいは、一番不思議な男かもしれません。

 さておき、『鉄球』は方角を変えて動き出します。その光景を見た敵たちは、我先にと逃走を開始しました。

「やはり威圧感と恐怖という点に関しては、あの兵器は非常に素晴らしい。」

とはいえ魔術と慣性で動いているだけの、数百キロ……いや、数トン規模の鉄球です。ディール殿やエルフィール様なら正面から打ち返すことが出来るでしょうし、私も魔術と『像』の力を全開にすれば方向を変えるくらいなら何とかできます。単純なつくりゆえに汎用性は高いですが、割と対策もたくさんあるのです。例えばジョンなら……おそらくこのサイズの穴を掘って落とすでしょうね。


「まあ、これで片側は気にしなくていいでしょう。……あれ??」

周囲の環境が、いや、空気が変わりました。少し士気が持ち直し始めていた敵が、いきなり戦意を喪失したのです。

「鉄球の再起動だけでは、こうはなりませんね。」

あれは直進しかできない。それは、一度見れば敵も気付けることでしょう。だから、鉄球が向かう先の敵が大混乱を起こしているのは当たり前のことですが、他まで混乱する理由がありません。

「早いですね。」

援軍を見て息を吹き返した敵が再び混乱するような何かが起きた。この状況であれば、それが何であるかは明白です。

「今なら抜けます!全軍、急ぎなさい!」

私の声に答えるように、全軍が走り始める。大丈夫、敵が騎馬であるのなら、勝てぬ場所に留まり続ける理由は特にありません。それが切り札であるなら当然です。おそらく、もう撤退を始めているでしょう。


 貴族軍が先頭。真ん中にミルノー率いる補給部隊、殿に私の部隊とクリスの部隊。

 私たちは、敵陣の中を。たいして戦闘せずに、突破しました。




 血まみれで大将の前に伏す男と、それを見下ろす縞模様の外套を羽織った青鎧の男。見下ろす男が、震える声で問う。

「イディル、貴様、何と言った?」

「……。」

黙る。どう言いつくろうべきか一瞬考えたらしい血まみれの男は、しかし言いつくろえぬと判断した。


 快挙とも言うべきこと成し遂げたペガシャール帝国軍に対し、ゼブラ公国軍は最悪と言っていい結果になった。

「ペガサス騎兵を数人殺した以外の成果は、ありませぬ。申し訳ございません。」

「……。」

グリッチは瞬間で頭を沸騰させ……一瞬で落ち着けた。

「ペガサス騎兵が出張って来たとしても、貴様らが突撃を敢行したら、敵には少なくない犠牲が出たはずだ。魔馬ペイラに足踏みさせたとなれば……あのクソ鎧か?」

「はい。数十頭の魔馬による突撃を食らって、健在でした。ほんのわずかも後退しておりません。」

「そうだろうな。あれほど重そうな鎧、まともに動かそうと思えば魔術の助けは必要不可欠だ。座標固定によって場所を固定し、衝突の衝撃をもろに受けても耐えられるよう身体強化魔術をかければ、ペイラの突撃も辛うじて耐えられるだろう。」

クソッタレ。悪態をつく以外にどうしようもない。こればかりは俺の失策……いや、敵を見誤っていた。


 ペディアがあの鎧を使うという話を、俺はトンと聞いたことがなかった。つまり、部隊にあの鎧が回ったのはどれだけ早く見積もっても半年以内。

 そんな短期間で使いこなせるようになるとは、欠片も思っていなかった。あいつらの成長速度を見誤ったのだ。

「失策は「こればかり」ではないな。最初から最後まで、か?」

とことん見誤り続けている。最初から『超重装』の存在を知っていれば。その強度を理解していれば。『像』が何人いるのかを知っていれば、もう少しこの包囲戦にも勝機はあった。

「だが、おそらくこれが全てだ。」

敵の『像』は割れた。ペディア=ディーノス、『連隊長像』。コーネリウス=バイク=ミデウス、『将軍像』。アメリア=アファール=ユニク=ペガサシアとクリス=ポタルゴス、『騎馬隊長像』。エリアス、『砦将像』。誰かは知らないが、『兵器将像』。敵の持つ『像』の種類はこれだけ。

「『三超像』がない、元帥じゃない、『工作兵』も『糧食部隊』もない。僥倖なのに喜べない。」

すでに勝利の目はかなり減った。俺が今から振れる作戦の全てが上手くいって、ようやく勝率を三割に持っていけるかどうか。

「この六人の誰かが欲しいな。」

「では、そうしましょう。」

イディルの即答。出来るという確信。だが、同時に気が進まないという思いがある。


 一人取れるという確信は、根拠がある確信ではある。だが、実のところ……ここまで失敗続きなのだ。どこまでも失敗が続くのではないか。延々と、最後まで。そう思わずにはいられない。

「全軍に通達。アバンレイン荒野にて決戦だ。……本当に後がない、国防の最後だと思え、と。」

「承知しました。」

これが、最後。いや、ゼブラに籠れば防衛戦は展開できるが……都で防衛戦の時点で、もうほとんど負けたようなものだ。そうならないように、そしてそうなったとしても大丈夫なように立ち回る必要がある。

「グリッチ様?」

「イディル。実のところ、負け戦はほとんど確定だ。それでも、俺たちは出来る限りで勝ちを狙わなければならない。」

「そうなのです?」

わからないか。敗北がわかっていれば、軍を残したまま降伏すればいいと思っている節はありそうだな、と思う。

「無条件で降伏はない。あっちが、俺たちを脅威と思ってくれなければ、困るのだ。」

ゼブラ公国がよい待遇でペガシャール王国に迎え入れられるために必要なこと。


 それは、あちらに、ゼブラ公国を舐めさせないことだった。




 アバンレイン荒野。張り巡らされた天幕、疲労困憊の兵士たちを見ながら、決戦か、と呟く。俺が持つ兵器は全て伝えた。俺が出来ることは、兵器の手入れをすることだけだ。

「これは、本当にひどいですね。」

「取れるか?」

「まぁ、拭くものはそれなりに揃ってますからね。正面から馬の衝突を受け止めたらどうなるか、実験したことはなかったんですが。」

大楯に染みついた赤を拭いとる。“清掃魔術”を刻印したとしても、この兵士たちはすぐに使うことは出来ないだろう。楯や鎧自体に今刻印してしまうと、実戦のときに貴重な魔力を使って誤使用するという羽目にもなりかねない。


 結果として、一つ一つ丁寧に手拭いで拭うしかない、という状態だった。俺が直々に魔術を使ってもいいが……それではやがて、自分でやらなくなる未来が待っているかもしれない。それは困る。

 それにしても、である。臭い。人と馬の、血と肉の匂いが、息苦しいほどに臭い。

「ここまで朱く染まるとは、思っていなかった。」

「むしろ最初から赤く塗っておいた方がいいかもしれません。今日は早く戦が終わったのでこうして手入れできていますが……ところどころ血の色が見えるより、最初から赤い方がいいでしょう。」

何せこれを横において食事をしたりするのだ。剣や槍なら「そういうもの」と割り切れるが……血を感じる盾の横で食事は、流石にこたえるだろう。


 まあ、赤塗りしていても色の違いはわかるし、清掃が遅れれば色が変わるから余計に気持ち悪くなるだろうが、気休めにはなるだろう。

「それは、今度だな。……ミルノー、どうして敵は降伏しない?」

「俺に聞くのですか?コーネリウス様ではなく?」

「今は、コーネリウス殿はエリアスと話している。クリスとも少し、な。」

「まあこんな時間にアメリア嬢と二人になるのも、ってところですか。とはいえ、私は賊徒同士の争いは経験してますが、国同士は知りませんよ?」

「構わないさ。意見を聞きたいだけだ。」

勝てない戦はしない。それが、傭兵のルールだ。


 ペディアにはこの戦い、『勝てない戦』に見えるらしい。もちろん、ゼブラ公国が、だろう。アバンレインでエリアスが激昂していた時は逆の意見だっただろうに、現金な男だ。いや、傭兵はそういうものだったか。

「勝てなくても、戦わなくてはならない。無条件降伏は論外。それは少なくとも、ゼブラ公国の当たり前です。」

「……なぜだ?」

「向こうとしては、私たちに搾取される未来は何としても避けなければなりません。」

この場での降伏。それは、戦いを避けるという意味ではアリではあるが、降伏したあとのゼブラ公国を守るという意味ではなしだ。


 このタイミングでの降伏とは言ってしまえば、15万の兵力をもってして、あなたの3万やそこらの兵力相手に決戦を挑むほどの能力を、我が国は持っていませんという宣言に近い。もし万が一その降伏が、『戦争はしたくありません』という主張の結果だったとしてもだ。そんなもの、大兵団を率いて降伏したという事実の前には何の価値にもならない、ただの『言い訳』だ。


 言い換えよう。もし不平等な条件を突きつけられそうになった時、文句を言おうとしたとして。

「そんな条件飲むわけにはいかない。徹底抗戦するぞ!」

と言ったところで、

「お前たちは既に降伏したじゃないか。現実を受け止められないなら、どうしてあの時降伏したのだ?」

ということになる。一度負けを認めてしまった以上、翻すことは難しい。仮に約束を翻し、勝利したとしても、だ。


 今後相当期間にわたって。少なくともその代の王が権力を握り続ける限りにおいては、その国と貿易含めたすべての契約がやりにくくなる。少なくとも、武力を背景にした脅迫は、一貴族家としてさえやりにくくなる。

 『負ける』という単純な事実は、単純なだけに重い。だから、敗北するにしても……こいつらの言うことを無視するわけにもいかない、という程度の認識は与えておかなければならない。

「たとえペガシャール帝国が、内紛の対応の戦力としてゼブラ公国を当てにしていたとしても、だ。どちらかと言えば帝国側が依存すると両者ともにわかっていたとしても、だぞ?『負けた』という事実は、何よりも雄弁に上下関係を強制するのさ。」

だからこそ、負け方というものがあるのだ。ゼブラ公国の望む負け方は、そう。


 どういう過程をたどるかはわからないものの、『ゼブラ公国の持つ力の証明』を行い、『自分たちは戦うと厄介だ』と帝国側に印象付け、その上である程度の戦力を残したままの敗北をすること。

 ゼブラ公国がペガシャール帝国の属国化ではなく、完全な支配下へと戻されるのは確実だ。『神定遊戯』が行われている以上、ペガシャール帝国はいずれ他の『像』持つ国に対抗しなければならない。

 

 ゆえに、ペガシャール帝国の命令を命令ではなく、形だけでも『要請』として受け止めることが出来る属国化はあり得ない。

「ゼブラ公国を支配下に置くにしろ、その旨味を見せつけておくことで、国内で有利な立場を獲得できるようにする。それが、ペガシャール王国五公爵家の一つであった『エドラ=ゼブラ』が、ペガシャールを裏切った事実を『見て見ぬふり』させるための手段です。」

「つまり……降伏しないのは、政治の問題ということか?」

「おおよそで言えば、そうなりますね。」

「住む民は、兵士たちはどうなる?命のやり取りだろう。戦争をした結果、命が散ることがあるのに、どうして政治のために戦を続ける?」

これが本題か。そう思うと同時に、少し面白いと思った。考えるまでもないことだ。戦争も、政治も、単純な勢力争いを無視するなら、民のために行われるというのに。


「もしもゼブラ公国が今降伏したら、私たちペガシャールは喜び勇んでこう言うでしょう。『ゼブラ公国の財産は全て没収、国民は収入の六割を、向こう三年税としてペガシャール帝国に納めるように』と。」

まあ、流石に反乱されたら困るから、実際のところ収入の3割と財産の6割の没収程度だろうけれど。

 無条件に負けるような国に、尊厳など必要ない。それは、国でなく、獣であっても人であっても同じ。


 敗者に憐憫も、同情も必要ないのだ。元来は、搾り取ればいいだけなのだから。

「敵に搾り取らせないための、戦争なのですよ。戦争とは元来、国民を守るためにやるものです。」

侵略戦争も然り。自国民からこれ以上カネを巻きあげないために行うのが、侵略戦争であり経済戦争である。


「元々戦争に、正義も悪もありません。ただの、生存競争の一部です。」

国内が荒れ、人死にが増えた故に勘違いしている阿呆が多い、とは聞いていたし知っていた。人死にを嫌悪するなら、まぁ確かに戦争は悪いことだろうとも思う。


 でも、戦争は。決して、間違ったことでも、悪いことでもない。起きるべくして起きることだ。

 それ以上は、言うつもりもなかった。今はわからなくとも……陛下のもとで『像』をやり続けるなら、いずれ必ずわかることだ。俺は、そう思う。


 気が付いたら俺たちは歩きながら話していて、気が付いたら将校用の天幕にたどり着いていた。

「ペディア。」

「コーネリウス殿。」

ふと、天幕の中を見ると、じっと地図を見つめているコーネリウスと目が合って。

「エリアスとクリスも来たのか。アメリア嬢も。……聞きたかったことがあるんだが、いいですか?」

地図とにらみ合っていたからだろう。少々貴族っぽいコーネリウスが出た後、話しながら普段の彼に戻っていった。

「聞きたいこと?」

「はい。ペディア殿が、傭兵になった理由について。エリアス殿との出会い。もしよろしければ、お聞かせ願えませんか?」

沈黙が、場を支配した。傭兵に過去を聞くのは、タブーである。それでも、聞きたかったのだろう。


 聞いたところによると、彼は他の『像』を信用しきれていない自分自身を悔いていた。現場の判断をもう少し聞いて対処してもよかったのに、だ。

 今日まで俺の持つ兵器の概要を聞かなかったこと然り、クリスの判断を聞かなかったこと然り。

 あるいはエリアスとケンカしたこと。ペディアとクリスが少し気まずいことも、含んでいるのかもしれない。そうして考えた結果が、人の過去を聴いて、そのなりを理解することだったのだろう。

 それが、まだ深い時間を過ごしていないコーネリウスが考えられる、唯一の手段だったのだろう。


 ペディアの方を見る。こいつは、少しだけ、笑った。

「エリアス、いいか?」

「……あぁ。いつまでも、話さないのもおかしいしな。」

そうして、エリアスは天幕の中に入って一番最初に腰を下ろす。その横にペディアが、反対側にクリスが。


「……最初は、そうだな。俺の出自から、話そうか。」

おそらく、まだ陛下にもしていない話。それを、まるで酒の肴にでもするかのように、ペディアは話し始めた。

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