66.進むにつれて

 ゼブラ公国。かつてペガシャール王国の中で、五大公爵として名を馳せたエドラ=ゼブラ公爵が、ペガシャール王国から離反して建てた国。

「そうか、『神定遊戯』が、起きたのか。」

「は。どうやら、そのようでございます。」

「で、対策は?」

「『像』ある軍相手に同数で相対するのは愚か。敵が強いのであれば、こちらは容赦なく数で攻め立てるが吉かと。」

公王に平然と言葉を告げる男。『青速傭兵団』団長、グリッチ=アデュール。

「で、対策は?」

繰り返す公王の言葉に、グリッチは笑う。そう、この王は、どこまでも実利的な男だった。


「ここまでの全ての砦駐在の兵を、全てここゼブラへ向けて結集させております。彼らで、勝ちに行きますよ。」

「兵が、死ぬ。」

「それが戦の常。犠牲を恐れて、国の維持は出来ません。」

「……そう、だな。勝てるか?」

「むろん、勝って見せましょう。」

「そう、か。」

王は、その時点で目を瞑った。これ以上話すことはない、とでも言いたげに。

「では、失礼いたします。」

グリッチは御前から引き下がる。その背を、公王はじっと見つめている。


 まるで、軍の全権を、傭兵一人に託しているような。そんな様相すら、示しながら。

「良いのですか?」

大臣の一人が、王に聞く。王は、不安そうだ大臣たちを見まわして、笑みを浮かべて、こういった。


「どうして“雷馬将”グリッチ=アデュールを、傭兵団長としてペガシャール王国に派遣したと思っている。勝つさ、必ず。」

百戦錬磨の将が、『像』を得たばかりの帝国軍に、抵抗する。




 また。また、敵がいなかった。もう誰もいない砦の中を漁るのは、これで3度目だ。もう嫌になっている

「嫌になりますね、ペディア様?」

隣で空箱の蓋を乱暴に閉めたヴェーダが、悪態をつく。それに、俺は苦笑いで返すしかない。

「まあ。わかっていたことだからなぁ。」

堅苦しい会話をしなくてもいいヴェーダとの会話が、心底楽だ。コーネリウスやアメリアと話すときはつい敬語で話してしまう。染み込んだ習性、平民と、貴族の差。

 まとう雰囲気か、それともにじみ出る教育か。どちらにせよ、彼らと話すときは緊張する。その点、どれだけ口が多かろうとやる気が無かろうと、ヴェーダとの会話は上司と部下の関係性を感じずに済む分、かなり楽だった。

「わかっていたなら、どうして……。」

「今まで俺たちがやってきたのは、清廉潔白な村を守るための防衛線だったが、これは領土を拡張するための侵略戦だっていうことさ。」

ついでに言うと俺たちはもう傭兵ではない、帝国が誇る『像』の軍だ。


 だから、何もない、何一つ残されていない砦であるとわかっていても……隅々まで調査する必要があった。

 万が一にでも、後方から刺されることを、恐れているのだから。

「まさかアバンレインまで放棄しているとは……。」

アバンレイン方面に逃げていた、だから、敵はアバンレインで待ち構えているだろうと踏んでいた。

 戦争の構えをして、周囲に気を配りながら進軍して、来てみればこれだ。さすがのペディアと言えども、気が抜けてしまっている。


「金銀財宝がある、なんて期待はしていなかったがまぁ、食糧ひとつ、麦一粒さえ残らず持ち去っているのは予想外だった。」

本当に何もなかった。方々にある貴族の屋敷を漁ることも考えはしたが、そこまで許すとあまりに時間を取りすぎる。ペガシャール帝国は敵が多い。いくら一国とはいえ、一勢力の主要戦力が、こんなところで長時間油を売っているわけにもいかない。結局降伏勧告のために方々に使者を出すに留めたのだが……どこもかしこも人一人いないもぬけの殻だと聞けば、何のためにそうなっているのか自ずと察しが付く。

 ここまで全面戦争の準備をされてしまえば、ぐずぐずしているわけにもいかなくなった。敵が対『像』用の戦略を整え切ってしまう前に攻め込んでしまうのが最善だ。


 幸いにして、グリッチ=アデュールは『像』があることに些か驚いている節が見られたという。ならば、数少ないその利点を、活かせるうちに倒すべきだ。

「略奪なしと言った時の貴族たちの目こそ面白かったですね。」

「確かにな。あれが貴族たちの士気を下げる要因となったのは間違いない。」

辛い調練をさせられたのは、兵士だけではない。むしろ兵士より、貴族たちの方が、ぬくぬくとした暮らしを送ってきた分辛かったはずだ。それに見合う報酬が得られないと悟ったときの彼らの表情は、確かに憐憫で笑みを浮かべそうになるほどではあった。


「まあ、略奪が報酬になるという思考回路もだいぶとヤバイ気がしますけどねぇ。」

「そうでもないぞ。戦争で得る報酬など基本略奪品と変わらん。それに、今のペガシャール帝国の財源は盗賊からの略奪品や献上品だ。」

そもそも、その盗賊の品すら農民や貴族からの略奪品なわけだが。

「元々、強い者が生き残り、弱いものが淘汰されるのが自然だ。人間が文明を築いたことで、食糧と命だけだった状態に、財と尊厳が加わったのだ……ってギュシアール老が言っていた。同じことだろう。」

個人が国になっただけ。規模が違いこそするが……根源は同じだろうとペディアは思う。


 そう言い切らなければ、これまでやってきたことも、これからやっていくことも、間違いになってしまうわけで……それだけは、認められない。

「まあ、勝てば官軍だ。だから、まずは勝たないと……。」

「ペディア様はいらっしゃいますか!!」

突然、会話を遮る声が高く響いた。その声に驚いて、一瞬ペディアもヴェーダも硬直する。

「ど、どうした?」

ドモリかけ、それでも辛うじて声を発せたのはよかったが……声をかけてきた男の、次の一言は、ペディアの腰を抜かすに余りあった。


「ゼブラ公国軍、アバンレインを包囲……ここは、敵に包囲されました。」

膝から崩れ落ち、背を思いっきり壁にぶっつけながら、ペディアは思った。


 なるほど、確かに。『像』がいる侵略軍を倒す一番の方法は、兵糧攻めによる餓死が一番だと。

 理にかなった作戦を立てる男だ、とグリッチに感心し……


「さて、どうしたら、勝てるかな。」

圧倒的劣勢に立たされたということを、理解した。




 貴族軍たちに警戒を命じ、ペディアは会議室へと向かった。もう全員そろっているだろう、ということは、おおよそ察していたからだ。

「ふざけるな!!」

怒号が、響く。その声に、ペディアは顔がさっと青くなっていくのを感じた。あれはエリアスの声。……何があったのかまでは知らないが、エリアスが、怒った。

 ノックする間もなく扉を押し開ける。瞬間、視界に映ったものは、半分ほど予想出来ていた光景。


 コーネリウスの胸倉を、エリアスが掴んで押し付けている光景。それは、この侵略軍の仲間割れを意味していた。




 時間はわずかに遡る。それは、ペディアに丁度伝令が着いたころ。そこには、ペディア以外の全『像』と、オロバス公爵が座っていた。

「対策は、ある。」

砦を包囲されたという報告を聞いて、打開策を問いかけたクリスに対して、コーネリアスが端的に呟いた答えだった。

「エリアス=スレブの“砦召喚”。これをすることで、アバンレインの外側に、もう一つの砦を顕現させる。」

これだけで、ここにいる全員には十分だった。“砦召喚”で召喚できる砦。それは個人で多少の違いはあるものの、いくつかの共通点を持っている。


 一つ。召喚する砦の大きさは、最大値こそ定められているものの、最大値以下の数値であれば自由に決められる。

 二つ。個人によって差はあるものの、必ず防衛戦用の防衛機構と固有能力が顕現する。

 三つ。防衛機構、そして門は必ず四つ存在し、減らすことは出来ない代わりに、召喚後でも移動させることが出来る。

 四つ。召喚直前に、敵と認識される生命は全て砦の外へと放り出される。


 城であれ、砦であれ、基本、攻城戦を行う時は門を攻める。門は元々出入りのためのものだ、道なき壁を上るより些か楽である。

 門を攻める理由は他にもある。侵入のための経路として、門は非常に重要な役割を示すが、他にも重要な役割をこなすためだ。誰でもわかる。脱出のためである。

 つまり、門を覆い、門を攻めるということは、僅かな敵への侵入の可能性をもくろむだけではなく、敵の脱出経路を防ぐ役割をもつ。


 『砦将像』がもつ最大級の特権。それは、防衛戦に特化することではなく、撤退戦、あるいは逃亡戦に特化すること。敵の「門だ」と認識した場所以外から外に出ることで、犠牲を少なく逃亡、あるいは援軍を呼ぶための機能である。

 そもそも籠城戦とは、守る側が圧倒的に不利なのだ。籠城戦が戦争の手段になるのは、援軍が来るという前提である時。であれば、最初から。

 侵略のための戦争で、敵地の砦で籠城戦になったら、それは言うまでもない絶対的不利である。


「援軍を、呼ぶのですね?」

「いいや、呼ばない。というより、呼べない。」

エリアスの問いに、コーネリウスは即答した。この時点で、エリアスの声音は既にかなり怒りを含んでいたし、眉間には皺がよっていた。

 コーネリウスの落ち度を上げるとするならば、この時点でエリアスが何に怒っているのか理解しなかったことだ。エリアスは農民上がりだが、一歩踏み込めば傭兵上がり。クエリトムラで彼は言った。『10%も負ける確率のある戦はしない』というのが傭兵の真理で、だからこそここまで追い詰められている、はっきりいって不利になっている戦をするのはあまりに不本意すぎた。

 しかも、最初の時点で不利だったわけではない。急激に降ってわいた不利、警戒さえしていれば何とかなった状況、そしてそうなっても平然としている総大将。


 傭兵の、そして平民の主点で見れば、コーネリウスの振る舞いは『論外』だった。


 もちろん、コーネリウスとて言いようはある。『像』頼りとはいえ勝ちの目がある状況。その目は、コーネリウスから見て80%もあるという自信。慢心になるだけの強力な指揮官たち、多少は使えるようになった兵隊に、まだまだ余裕のある糧食。

 動揺すれば兵たちにも伝わる。伝われば士気は落ち、戦の勝ち目も減る。そして、先の余裕の根拠もあって、コーネリウスからすれば慌てる理由にも動揺する理由にもなりえない環境。

 この二人の、圧倒的な価値観の差異が明らかになる中で、とどめとばかりにコーネリウスが言った一言が、怒りに震えるエリアスの最後の一歩を踏みださせた。

「貴様!それでも総大将か、何を考えている!!籠城戦になった時点で、援軍を呼ぶしか手がないだろうに!素人か!!」

思えば、あの日の夜襲も、『像』の力に頼ったやり方だった。その前の士気の低下にしても、アメリアが行った鼓舞は、本来コーネリウスがやらねばならなかったことだった。


 総じて考えてみれば。コーネリウスは、どこか、つたなさが目立つ。

「あぁ、素人だ。私は、長期・短期を含めて、これが初めての遠征だ。」

エリアスの怒りを受けて、なぜ怒られているのかわからないコーネリウスは、比較的ぶっきらぼうに答えた。

 それが、火に油を注ぐセリフだった。油の染み込んだ薪を投下するような大暴言、大失言だった。

「ド素人が総指揮官だと!」

「あぁ。だが、陛下に任された、総指揮官だ。」

それは、コーネリウスにとってとても大事なことだった。いいや、ペガシャール帝国のゼブラ公国侵略軍としては、とても大事なことだった。

 コーネリウスは、エリアスの怒りがわからない。だが、エリアスが怒っていること、コーネリウスに対してであることは、わかる。そして、その怒りではなく、怒りによって巻き起こる影響を、恐れた。

 具体的に言うならば、エリアスとコーネリウスの喧嘩によって、軍内の統制が利かなくなること。連携が完全に崩れ去ることで、勝利の目が完全になくなることを、危惧した。


 だから、『総指揮官』であることを主張する。そうすることで、「せめて今は戦時中で、兵士たちが見ている場である」こと。「勝つためには、連携を崩すわけにはいかないこと」、だから、「命令権を持つものと容易に言い争わないこと」を意識させようとした。


 一方、この瞬間のエリアスには、ついに一つの可能性に行き当たってしまった。それは、これが貴族の出世争いの一つなのではないかということ。ここで戦果を上げなければ、コーネリウスに未来はない。だから、援軍を呼べないのではないか、ということ。


 おそらく、世の一般の貴族であれば真っ先に行き当たった可能性。それを、貴族社会を知らないエリアスだからこそすぐには考え付かなかった可能性。

 だが、行きついてしまえば。ダメだった。エリアスとコーネリウスが反目しあわなかったのは、一つにコーネリウスがエリアスと対等であることを意識し、エリアスがコーネリウスに腐敗貴族のにおいを感じなかったため。


 ここで、『総指揮官』であることを主張したコーネリウスは失敗した。少なくとも、平民上がりのエリアスに、重要重大な局面で、身分の上下を匂わせる発言をしてはならなかった。

 ここで、コーネリウスをその他大勢の『腐敗貴族』を感じ、その瞬間に嫌悪を感じたエリアスは失敗した。コーネリウスが、いや『ミデウス侯爵家』、『護国の槍』が歩んできた軌跡を本当の意味で理解していなかったエリアスは、コーネリウスの意図も、その壮絶な覚悟と知識も、誤解した


「ふざけるな!!」

瞬間、コーネリウスの胸倉に手が伸びる。コーネリウスも反応して、その手を抑えようとするが……腐ってもエリアスは鎌術七段階格の戦士である。この至近距離で、殺意も戦意もない、ただ怒り任せの胸倉をつかむという行為だけなら、コーネリウスより先んじられる。

 次の瞬間。扉を押し開けてきたペディアが、その光景を視界に捉えた。




「戦のド素人が、重要な侵略戦で!総指揮を執るだと!ふざけているのか!!」

「ふざけてなどいません!!私にはそれが出来る!!」

「そう信じた結果がこの様だろうが!なんだ、敵に包囲されているんだぞ?侵略戦の、敵の砦で、籠城戦を強いられているんだぞ!何が、『出来る』だ!出来ていないじゃないか!!」

ぐ、とコーネリウスは喉に何かを詰まらせたような声を出す。普段温厚で、感情が大きく動くこともなく、笑顔を絶やさない男の激怒。その激情に、気圧されない方が、難しい。

「これでも、この状況だと改めて理解させられても!お前は出来ると言い切るのか!!」

エリアスの怒号。それに対して、コーネリウスは、真摯に、誠実に、そして少しの間をおいて、答えた。

「もちろん。勝てる。」

「……。」

エリアスは黙る。援軍を呼ばない。孤軍となった。数の上でも絶対的に不利。こんな状況で勝てると断言できるコーネリウスの頭の中が、エリアスにはわからない。


「死んだら、来世まで追いかけて殺してやる。」

「ええ。ペガシャール帝国の『大将像』の名に懸けて、必ず勝って見せましょう。」

サッと、エリアスが離れて外に出ていく。一瞬、目が合った。だが、その隣をするりとエリアスは抜けていく。

「……すまん。」

「あなたが謝る必要はありませんよ、ペディア。この状況を予想出来ていなかった私にも、間違いなく非はあります。」

それについては言いようがない。とはいえあれでもうちの同盟相手だった男である。俺としては、謝る方がいいと考える。

「……ペディア、あなたと同格と謡われた方は、賢いですね。」

コーネリウスの呟きに、少しムッとなる。まるで、本当に同格なのかというように言われた、そんな気がしたからだ。


「ああ、そういう意味ではありません。おそらく『四大傭兵部隊長』というのは戦術指揮官という意味でつけられた綽名でしょう。グリッチ=アデュールは、戦略眼が非常に優れている。……だけではありませんね。どこかの貴族の子弟なのではないでしょうか?」

その言には、驚いた。俺は、奴の出自について聞いたことがない。傭兵の間では、互いの出自を聴くのはタブーである。

 元々禁止されている傭兵という職種。復活したのは、復活するだけの理由があったから。……基本的に、食うに困り、盗賊にもなれず、しかし野垂れ死ぬことをよしとしなかった奴らの集まりが、傭兵である。

 だが、どこかの貴族の子弟という視点は、持ったことがなかった。俺自身の境遇を考えれば、安易に想像がついた話であったのに。


「だが、どうしてそう思う?」

こいつは勘で物事を語らない。理論立ててものを話す男だ。だから、根拠はあるのだろうと思った。

「向こうはこちらに『像』があることを知っていても、何の『像』があるかは知らなかった。『連隊長』と『騎兵隊長』、あと『元帥』を読んでいるだろう。」

ここにコーネリウスがいるということは、普通はそういうことだ。少なくとも、ペガシャールにおいて『ミデウス』と言えば元帥である。

「だが、『砦将』を予想しているとは思えません。」

「そうなのか?」

「えぇ。普通、侵略戦で『砦将』を伴うことはないのです。『砦将』の神髄は防衛ですから、国の要所を、確実に守るために……あるいは、既に陥落を終えた最前線少し後方を、安全基地として守るという役割を持ちます。」

エリアスがあの時『砦将』になったのは偶然ではないが……レッドに攻められ、臨時の休憩所として『砦』を顕現させるのは、元来の運用方法ではない。


 元来の運用方法は、そこでどしりと腰を落ち着け、敵をじりじりと引きつけながら耐えることである。だから、ゼブラ公国に『砦将像』が出張ってきているということを、普通は考えないという。

「普通は、って、どこの普通だ?」

「これまで1500年近く築き上げてきた、『神定遊戯』の歴史の普通です。」

1500年.約40年近くに一度は、『神定遊戯』が開催されてきた。その常識だという。

「『護国の槍』は酔狂でつけられた綽名ではない。『像』たちの争いの歴史、戦術、戦略の全てが収められている。」

その血筋に、その書物に、家に伝わるその全てが、『神定遊戯』の歴史である。

「魔術師に類する像を抑える用意がある場合、『像』の力を封じる次大級の方法は、その全てを砦の内に抑え込むことである。」

語られた一文に脳が反応をかえす。それは、俺たちが今置かれている状況と変わらない。が。

「問題は、これを知ることが出来るのは、よほど徹底した教育を受けた貴族だけだということだ。」

『像』の力を封じるために、どうして砦の内に抑えることなのか。言うまでもない。言うまでも、ない。


 『像』の力の神髄は個人に展開される異能であると思われがちである。実際、否定するのは些か難しい。

 例えば『武術像』が展開する超火力神具などは、戦局を決定づける力があるだろう。戦場での微細な乱数を調整し、選別し、全て情報を処理し、勝利へ導く智将の『像』は決して侮ることは出来ない。


 だが、戦の本質は将ではなく兵士であり……『像』の持つ力の神髄は、その兵士たちの『身体強化能力』である。

 では、それが神髄ならどう破るか?簡単である。どれだけ兵士が強かろうと、どれだけ将が強かろうと、打破できない状況にもっていけばいい。


 砦の門はせいぜい四つ。脱出しようにも、狭い門前を大量の兵士で覆いつくし、三方から出てくる以上の数の兵士で押し潰し続ければ、必ず勝てる。

 身体強化で強くなった質など、疲労と物理的数量の前では無力なのだから、敵の動きそのものを封じてしまえば勝てるのだ。

「そんなもの、『像』との対戦経験のない指揮官には、知識を得る環境で生きなければ持っているはずがない。『像』をうまく指揮するにも、『像』とうまく戦うにも、積み重ねられた歴史が必要不可欠なのだ。」

だから、『青速傭兵団』団長は貴族の子弟上がりなのではないか。しかも、相当高位の。そう、コーネリウスは呟いて。

「油断した。敵も同じだけの知識を持つ相手がいたとは。」

『護国の槍』の自信の源。総指揮官である理由。


 それは、『像』を用いて戦う戦略知識の豊富さに由来しているのだと。俺はこの時、初めて、理解した。

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