64.名家が恐れる天災魔術師
他の『像』、他の貴族との交流は後日に回すこととした。
必要だと認識したが、進軍工程はまだある。少なくとも『像』に限るならば、残り2か所の進軍の日分、帰還も併せて総合10日近く。それだけあれば話も出来るだろう。
だから、今日はコリント伯爵と飲むことにした。
「陛下はこの国の現状について、どう思われているのですか?」
食べ、飲み始めて1時間。そこそこ頭に酔いが回り始めたようなタイミングで、ジョンは赤くなった顔を隠しもせずに言った。滑舌はしっかりしているので、赤くなりやすいだけなのだろうか。それとも酔ったのか。
「どう、とは?」
「ここまで衰退したこの国で、『像』に選ばれたことについて……そうですね。国王ではなく、アシャト様のご意見をお聞かせ願いたい。」
俺自身の気持ち、と来たか。『王像』に選出された時点で、俺には王になる以外の選択肢は端からない。だからこそ俺の王への『心構え』を聞いてくる人はいても、『王になる』ことへの感想を聞かれたのは……あったっけか。わからない。
だが、試す意図もなく純粋に問いかけてきた男、というなら断言できる。こいつが初めてだろう。……ディールは最初から「そんなもの」より大事な想いがあったし、エルフィは「感想」ではなく「事実」だけを元にした同盟関係だ。
なるほど、『俺』を知るには、王としての感情を聞くのが一番手っ取り早くわかりやすいか。
ほどほどに酔っているな、と自己分析しつつ、首を捻る。実のところ、少々現実に翻弄されすぎていたきらいがあるから、『王』への自分の感情など理解していないのだ。
「……今でよかった、だろうか。」
「今でよかった?」
「あぁ。俺は元より、今上から命を狙われていた身だ。いいや、名に『エドラ』のつく直系は全て、命を狙われていた。」
そう、そうなのだ。『神定遊戯』が行われなくなった。その結果、先代王像の直接子孫だけが次の『王像』資格を持つ……その特権を独占しようとする家が出た。今上国王の一族、『エドラ=アゲーラ王朝』である。
「先代『王像』エドラ=オケニア=フェリス=ペガサシアは、あまりにも多くの子孫を残したことで有名だ。その数なんと32。しかし、そのほとんど……いや、残存しているのは俺も含めて6か7だったはずだ。」
一つはエドラ=アゲーラ王家。一つはエドラ=ラビット公家。一つはエドラ=ケンタウロス公家。一つがエドラ=ゼブラ公王家。そしてエドラ=スレイプニル騎士家。
残り一つも、確か俺に降ってきた貴族の中にいたはずだ。最近やたらとペテロがべた褒めしていた内政官がエドラの末裔だった気がする。
「……少なすぎませんか?」
「まぁ、な。120年前のエドラ=オウレイ子爵一族の事件など悲惨だし……。」
親は死なない。メイドも死なない。使用人の一人すら死なないのに、なぜかそこに生活する子供が一人残らず死亡し続ける事件があった。
なにせ、死ぬのだ。子供が、生まれてから3年以内に。長男長女、次男次女。あるいはその子供の使用人になるべく育てられるはずだった、使用人の子供たちも一人残らず。
結果、残ったのは子供のいないエドラ直系の貴族の家一つ。……実のところ嫡子が死んだ時点で彼ら一族が『ペガサスの王像』に選ばれる未来はない。なのに、他の子供たちも容赦なく殺され続けたのは、『王像』選別以外のわかりやすい意図があったからだ。つまり
「『王像』直系の一族という特権すら、エドラ=アゲーラ王朝は独り占めしようとした。それが完全にはうまくいかなかったのが、エドラ=ラビット公とエドラ=ケンタウロス公の実例だ。」
「だから、陛下も死ぬ危機があった、と?」
俺の半生を聞いたら、こいつはどう思うのだろうか。憤りか、それとも納得か。
権力の亡者による執念がどれほど恐ろしいか、この魔の秀才は理解していないらしい。
「危機どころの話ではない。俺は貧乏騎士爵家だった。一応『公属貴族』に名を連ねていたが……いや、だからこそ危険だった。」
結婚することは出来ただろう。どこぞの農民に子供を産ませてもよかった。むしろ、『公属貴族』から降りた方が安全だった。だが、そこまで徹底的に逃げようと図っても、きっと。
「俺は生き残れたかもしれない。ディールとの交流もあったから、護衛を任せて生き残ればよかっただろうが……『エドラ=スレイプニル』の一族は俺が最後だっただろう。産んでも、多分殺された。」
「……そう、ですか。」
「王になることは、おそらく子孫を残す唯一の道だった。だから……そうだな。今でよかった。俺が生きて、これからが全盛期という時に来てくれて、本当によかった。」
それは、命の危機と向き合い続けたからこそ得られた感情。あるいは、同じ『エドラ』の一族がすでに20以上滅ぼされていることから感じる死への恐怖。
そんなものと比較すれば、『王として生きる』など、幸せ以外の何だというのか。
「それに、エルフィがいるし。」
「……はい?」
グイ、と酒を一杯。少しばかり付き合ってもらってもいいだろう。俺が『王像』に選ばれた幸せの話。珍しく、今の俺はそれを話したい気持ちになっている。
「分かるか、ジョン。エルフィと結婚できるのだ。俺はよく知らなかったが『最優の王族』とか言われてるらしい女性とだ。この、死線しかなかったような、『王になれる』以外の取り柄が全くないこのアシャトがだ。結婚できるというのだぞ。素晴らしいことだと思わないか?」
ジョンの表情は、見えない。でも俺は、情け容赦なく惚気ることにした。
……いやなスイッチを押してしまったのかもしれない。僕は酒を片手に、自分の幸福を語り始めた王を見た。
「そもそも一族を残せないと悲観していた俺がだ。最悪農民になって、そこらの農民の娘を孕ませるしかないのではないか、とか悩んでいた俺がだぞ。まともに結婚出来るだけではなく、超が付くほど美人で優秀な女性と結婚できるのだ。半分くらい政略であるにしても、こんな幸せがあると思うか?」
熱弁を振るわれる陛下はいつになく饒舌だ。……いや、これは陛下なのだろうか?陛下の皮を被った誰かとかでは?
「そうでなくとも命の危機は去った。いや去っていないが公費で護衛を連れまわせるのだ、わざわざ雇う必要もなくなったのだぞ?ディールが嫌味を言われるのはこの上なく業腹だ。奴に敬語を使えと言ったやつ、全員斬首にしてやろうか。いったい『王像』を何だと思っているのだ、王がディールを義弟と言っているのだから奴らもディールを王族として扱うべきだと思うのだがどう思う?」
ダメだ、多分酔っている。ついでに質問のたびに酒をお猪口に次いで一息だ。明日本当に進軍できるのだろうか。止めるべきか?いや、しかし不敬なのではないか?
「ジョ~ン~?」
「流石に王族扱いまでは不可能ではないかと。」
「まぁ、そうだな。」
一気にテンションが上がったと思えば、正論を吐けば受け入れたもののテンションが下がる。陛下とは素面で付き合うよう、他の同僚にも言っておいた方がいいかもしれない。
陛下は酒が弱い、という印象はなかったのだが。命の危機を繰り返したなら、こんなに泥酔するようなことも今までしなかっただろうに。何故なのだろう?
「本当に俺は、『ペガサスの王』に選ばれて良かったのだろうか?」
「そういえば陛下、エルフィール様のことについてお伺いしたいのですが!」
危ない言わせてはいけない。そういうのはディア様かエルフィール様に言って欲しい。僕じゃそもそも力不足だ。ついでに身分も足りないし距離も足りない。配下に愚痴を言うのはいいが、配下に『王』の弱みをさらけ出させてもいけない。
王としての自信のなさは、時にして付け入る隙だ。これが僕じゃなかったら、全力で陛下をよいしょして重用されるよう取り計らっていただろう。『像』に選ばれたからこそ、これ以上の重用を必要としていないからこそできたフォローである。
「エルフィは、俺に、『皇帝になる気はないか』と言ってくれた。国をまとめる自信すら完全とは言えなかった俺に、そんな大きすぎる夢を与えてくれた。」
……普通は、逆じゃないだろうか。国をまとめる自信すらないのなら、『皇帝になる』なんて夢は重荷にしかならない気がする。
「それを聞いて、思ったのだ。『皇帝になる』なんて大層な目的と比べれば、『ペガシャール』一国を纏めるなど、どれほどちっぽけな目標なのだろうかと。たかが世界の六分の一、一億七千万平方キロ。その程度治められずして、何が皇帝かと。」
その言葉の重みは、その前の向き方は、僕にはわからない。そもそも僕は、あまり皇帝としての君臨にも乗り気ではないからだ。
わかっているのだろうか。いや、陛下はわかっているのだろう。
皇帝になるということは、他の少なくとも2国を滅ぼすということだ。戦争で勝つということだ。
残り二国分の一億七千万平方キロの土地を、侵略するということだ。
出来る出来ないではない。それだけ戦火を広げることに、僕は思うところがある。
「『神定遊戯』。神が皇帝を、六国の統一を求めて行われる遊戯!その本文を果たせと、そう言われた!……多分それが、人が神の手から離れるということなのだろうと思う。」
途中で、陛下の言葉が暗くなった。人が、神の手から離れる。きっと、陛下が皇帝を目指す本当の理由は、それなのだろう。神に……『神定遊戯』に依存した政治体制からの脱却を狙うには、なるほど。皇帝になり、六国を統一するのが一番早い。
だが、それが必要なのだろうか?『神定遊戯』のおかげで王になった陛下に。『神定遊戯』のおかげで、再び民の間に平和が広がるであろう現状に。どこに、人が神に縋る日々からの脱却が必要なのだろうか。
「そうでなくともエルフィは素晴らしい女性だ!流れるような黒髪もそうだし、鍛え抜かれたその武のさえも、努力し続けた跡がみられる頭の回転も、『女でなければ彼女が王だった』と言われるのがよく理解できるほどに!」
だからこそ、王として、皇帝として、自分は誤った道を進むことは決してないと陛下は言った。そうでもないと思う。僕は、皇帝を目指そうとする陛下の意思そのものが、大いに間違っているような気がしている。
戦争はするべきではない。他国の侵略などするべきではない。『ペガシャールの王』は、アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアは、『ペガシャール王国』一国で満足しておくべきだと思う。
「あとだな、彼女と話しているときにたまに出る笑顔が良いのだ!何かから解放されているような、純真無垢な少女の笑みのような!あの顔が俺はとても好きなのだ!!」
……うん。国が云々は僕が考えることではない。陛下が決めることだ。そんなことより、少し声が大きくなってきた陛下の失態が外に漏れないよう、静かにさせなければならないだろう。
……実のところ、その話を聞いているものは、他にもいた。
見張りの兵士ではない。見張りはディール一人で十分である。その陰に隠れるように聞いていた男が一人。
アシャトのことは何でも聞くがそれ以外は話を聞かないディールをして、盗み聞きに文句を言えない男。その男の名は、メンケント=エドラ=ケンタウロス=ペガサシアという。
「……ふむ。」
彼はコリント伯爵に一つだけ要請をしていた。頃合いを見計らって、エルフィールへの気持ちをアシャトに問え、と。
「……すまない、ありがとう、ディール君。陛下にあれほど信頼されている君は、相当幸せ者ではないかと私は思う。」
あの国王が、酒で酔うほど吞むことは基本的にない。アシャトは自分の酒量を完璧に把握しきっている。上限を超えて飲むと、死に直結しかねないことを、誰より理解している男だ。
つまり、酔うほど吞むということは……『像』が持つ、叛逆禁止の約定と、それ以上にディールは必ず自分の命を守るという自信によって身が守られているためである。
「……おう。ありがとうよ。」
そこまでわかりきっているから、メンケントはディールに軽い妬みを覚える。アシャトはアレで相当人との距離を調整する男だ。無条件に信頼されているディールが、如何に特殊か。メンケントには、わかる。
ディールは、そこまで讃えられて、悪い気はしなかった。はにかんで笑う男に愛嬌を見出して、メンケントは呆れたようにため息を一つ。
「……これでエルフィと張る腕前だというのだからよくわからん。」
ぶつぶつと、しかしアシャトのいる天幕には聞こえないように呟きながら歩き去って行くメンケント。ディールはその、自分の義兄の義父の背中を。愛娘の幸福を願う父の背を、目で追っていた。
「ところで、ジョン。」
水を飲ませてみたら存外落ち着いたな。そんなことを思いながら見ていた。陛下に再び酒が入る前に、次の樽ごと抱えて寝所に戻るべきだろう。
「エルフィのことを話したのだから話せ、お前も婚約者がいるのだろう?」
……もし僕たちに婚約者がいたとして、陛下に一族郎党処刑される可能性の方が高いのだから、あまり話したくないのだけれど。バゼルなんか聞いてみろ、婚約者との縁が切れてせいせいした、的なことを言っていたからな。
でもまあ、陛下の目の座り具合を見るに、聞く気満々なのだろうと思う。本当に、酔っぱらいは始末に負えないよ、という言葉は頑張ってのみ込んだ。
「……婚約者はいないんです。」
「コリント伯爵家が?」
「はい。……と申しますより、私に好きな人が出来たことでそうなったというか。」
なぜ僕はこんなことを話しているのだろう、と一瞬頭に過った。早く話すのを止めなければなるまい、流石に……。
「ほう、その好きな人とは?」
「魔術の化け物、研究バカです。僕なんかより圧倒的に魔術の才能があって、でも抜けてて、かわいくて、でも天才で、天災です。」
あぁ、ダメだと思った。彼女の顔がわずかに頭に過っただけで、口を閉じることが出来ない。本当にぺらぺらと、僕は何を話しているのだろう。
最後に会ったのはいつだったか。二年前か、三年前か。今となっては生きているのかすら怪しい想い人が、僕にはいる。
「魔術の扱いがずば抜けているんです。魔術円を何十と張り巡らせた、どう考えてもまともでは取り扱えないような魔術式を平然とした顔で取り扱うんです。九段階格魔術士なんて存在するのを初めてみましたけど、本当に怖いです。怖くて、その怖さが美しい人なんて、僕は初めて見ました!」
陛下が驚いたように顔を呆けさせている。あ、これ、今僕が陛下と同じようなことやっているのかと気が付いた。でも、滑り始めた口は止まらない。好きな人のことを話す酔っぱらいの口がそう安々と止まるはずがない。
陛下がエルフィール様の話をしだした瞬間に口が止まらなくなった理由もよくわかる。酒の席で好きな人の話など、止まらない。止まれない。
「名前をレオナ=コルキス。最後に見たのは四年前にコリント伯爵家を訪れて魔術論文の発表をしていた時ですけど、僕は彼女に一目ぼれしたてから今も、ずっと彼女が好きなんです!!彼女の論文は汎用性が全くない天才の論理で作られたものなのですが、もうすごい!あれは化けものです!論文を書くレベルの魔術師はみんな知っている!」
そういえば四年前だっけか、あれは。四年間一度も会っていないのに、これだけ口から言葉がこぼれ落ちるとは。
だが、なんだろう。気づけば同じことを繰り返している気がする。関係ないや、と僕は思った。
彼女、天災レオナ=コルキスのことを語るのに、複雑な言葉は必要ない。天才、天災、すごい、化け物。要は人間とは思えないという言葉で語りつくせるのが、彼女という人間だ。ある意味エルフィール様に近い。エルフィール様は万能性だったが、彼女は魔術特化。違いはきっと、それくらいで。
「でもぉ、どれだけ話しかけてもぉ、彼女にプロポーズできる未来がぁぁぁ。」
見えないんです。そういう前に、僕の視界は真っ暗になった。
事切れたように机につっぷすジョンを眺める。伺うように入り口から覗き込んできたディールに軽く頷きかけた。
「酔っぱらいは怖いな、ディール。」
「それは兄貴が言っちゃダメなセリフだと思うぜ?」
酔っている時の発言について言っているのだろう。まぁ、酔っていたのは否定しないが……ある程度演技は入っていた。
メンケントは上手く騙せたろうか。顔を合わせてであれば騙せなかっただろうが、彼がやったのは盗み聞き。俺の顔を伺うことは出来なかったはずだ。
いやまぁ、発した言葉は全て本気だったが。いやぁ、義父相手に妻への気持ちを直接語るのは、酒の場だとしてもちょっと辛い。
とはいえ、確かに相当酔ってはいたか。
「言うな、ちょっと自覚している。」
「じゃああんま呑むんじゃねぇぞ。……ぷはぁ。」
「呑みながら言うなよ。」
「いいじゃねぇか、俺は兄貴と違って酔わねぇよ。」
「……。」
よっと、と言いながらディールがジョンを背に負った。
「……兄貴。」
「なんだ?」
「人って面白れぇな。」
絶対お前が今言おうとしたの、それじゃないよな。そういうか一瞬迷っている間に、ディールは天幕を出て行った。
「しかし、魔術の名家が『天才』と断言するほどの魔術師か……レオナ=コルキス、ねぇ?」
名前だけは、聞いている。俺が一度会いたいと願い、見つけることが出来なかった魔術師。エルフィとギュシアール老をして、『仲間に加えておきたい』と言った魔術師。
“魔服羊災”レオナ=コルキス。俺もあまりに現実的では無さ過ぎて笑えた論文、『魔力外接論』の筆者である。
「会えるといい。」
なぜあのジョンが『天才』という単語を連呼していたのかはわからないが……そこまでの天才なのだろう。
この時、俺は酔っていた。酔っていたから、気付いていなかった。
ジョンの天才という言葉のほとんど半分が天災という単語であることに。だが、その事実は、ただ一撃の魔術陣で、理解することになった。
ペガシャール魔術研究棟、通称ベルス。
「世界の魔術には、不思議が多い、です。」
カーペットに敷き詰めた風の魔術陣。その52のうち12の魔術陣を機能停止、並行で14の魔術陣を起動。進行方向の微細な変更を確認、座標よし。14のうち4の魔術陣を停止、8の魔術陣を起動。魔力がゴリゴリ減っていく感覚がしていました。
「うーん、やっぱり不便ですね。小さな魔術陣は魔力の軽減魔字を書けないから……。」
普通通りの魔力で魔術を起動する。私は魔力量だけなら、技術力と比べて比較にならないほどに凡だ。だから、魔術陣を次々に切り替えて連続で起動する、なんてことをしたら、割とあっさりと魔力が尽きてしまう。
まぁ、これを繰り返すために必要な魔力量は、平均的な魔術師(五段階格)千人分に届くほどではあるのだけれど。
「あ、見えた!」
ベルス。上空へ移動するために、現在稼働している25の魔術陣を停止、4の魔術陣を起動。上空で停止、侵入を試みる。失敗。
「壁?もしかして、『神定遊戯』の、精霊様の?」
ペガシャール四大施設、後王都は特別な何かで守られていて、精霊様もまたそれに手を貸しているとコリント伯爵家の資料で読んだ。コリント伯爵家と言えば
「ジョン君、元気に、してるかな?」
彼こそ天才だと思う。魔術に対する理解度、それを使いこなす方法。
道具に魔術陣を描くときに、どういう魔術陣を描けばどういう現象が起こるのか、ジョン君は前もって考えて教えてくれた。私は、何か研究して、仮説を出したら、とりあえず実験してみてから考えるから……ジョン君は、私をよく止めてくれた。
「会いたい、な。」
もう一度ベルスに突っ込んでみる。何か壁にぶつかった。もっと上からならどうだろう?……ダメだ、実験する前に、私の魔力が尽きちゃうみたい。
「今日は、もう、寝よう。」
結界魔術を展開する。“侵入者紫電迎撃結界”。半径3メートル圏内に入って来た人間を、一瞬で殺害してしまう結界魔術その一。時間は大体6時間。
「これもジョン君と発明したんだもんね。」
半径100メートルにしようとしたら怒られたっけ。『あなたはたまたまそばを飛んできた蝶々一匹すら殺す気ですか?』って言われたから、指定対象を人間に変えたんだけど……それでもなんでか怒られちゃった。
「範囲を変えろと言っているんです!もしそばを四歳の子供が通ったりしたらどうするつもりですか!」
今時外を出歩く四歳の子供なんているわけがないじゃない。一人でお外を出歩いたら、簡単に盗賊に襲われちゃうんだから。
でも、無差別攻撃は確かによくない。無防備にジョン君が近づいてきて結界が発動したら、ジョン君死んじゃうもの。だから、私は言われたとおりに範囲を小さくしたのだ。これなら安心、寝ている間も、私は心置きなく熟睡できる。
「お休み……。」
魔力がすっからかんになった私は、眠りについた。
翌朝、ベルスに到着した。
「……ジョン。」
「はい、陛下。」
「昨日のは互いになかったことにしないか?」
「何のことでしょう?」
にっこりとした笑みが怖い。青い髪によく似合う蒼い瞳が、スッと細められて俺は肝が冷えた。忘れていない。こいつは忘れていないが、酔って覚えていないことにするつもりだ。
「いいや、すまぬ。何でもない。」
「そうですか?まだ毒素がお残りで?」
「……。」
ダメだ、まるで話にならない。これが自業自得という奴だろうか。
「進軍開始!」
とりあえず、何も考えずに突き進むことにした。
そうして、一時間ほど。ベルスの門が見えてきて、
ッゴォン!
そう、空気を震わせる音がした。魔術にすれば何段階なのだろう。相当高火力の何かが、使われている?
ドゴォン!
再び、轟音。それを、周囲の将兵と見まわして、発生源がベルスだと辺りをつけた。
「『像』はついて参れ!ディア!」
「はいな!」
慌てて駆け始める。誰だ、何だ、何をしている?
「……なん、だ、あれは。」
そこに移ったのは魔術陣。九段階魔術の魔術陣より広い、魔術文字がほぼ三倍近くある、魔術陣。
「まだ駄目、ですか?うーん、なぜでしょう?あ、そうだ。とりあえずあと30回くらい撃ってみましょう。」
風に流れるように、そんな声が、聞こえた気がした。
「“崩壊魔術”!」
……九段階魔術だ。九段階魔術のはずだ。なのに、どうして30発も撃てるのだ?
「全ての小規模魔術陣に、軽減魔字を記載することで、魔力操作の難易度を数百倍に引き上げる代わりに消費魔力を数百分の一近くまで軽減する魔術技法。……こんなアホな真似が出来る魔術師は一人しかいません。」
「は?」
何を言っているのか、理解できなかった。いや本当に理解できなかった。
魔術使用の難易度を数百倍に引き上げる?九段階格魔術だぞ?それ単品が、使えるだけの魔力量があっても技術が足りなければ使えぬほどの繊細な技術力を要求されるもののはずだ。
美しい織物を織るような、専門的かつ尋常ではない「専門技術」を要するそれの、さらに数百倍の難易度だ?針穴に糸を千本連続で通す方が、まだ容易く聞こえるぞ?
それをすることで得られる結果が、消費魔力量数百分の一の軽減……なんとまぁ、無茶苦茶な。
「レオナ!今やっている行為を今すぐにやめろ!ここはこれから、陛下が開門なさる!」
チラリ、とこちらを見た少女が笑みを浮かべた。少女……いや、少女というには、うん?
「陛下、紹介しましょう。魔術師の頂点、“魔服羊災”レオナ=コルキス、年は24。……人外の魔力操作精度を誇る怪物です。」
「そんな、私が人外みたいに、言わないでください。私は、普通の女の子です。」
「お前の普通は縄跳びをしながら100メートルを10秒で走りきる所業なのか。それは驚いた。」
「私、そんなこと、出来ないよ?」
「比喩だバカ。」
こういう言い合いをするジョンの顔を見てわかった。
あぁ、この、バカスカバカスカ九段階魔術を撃つ少女が、“魔服羊災”レオナ=コルキスなのだと。
魔術において、天災と言われる少女なのだと、理解した。
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