63.国の立て直しは急務なり
時間は遡り、ペガシャール帝国帝都ディマルス。そこでは、定住先発表があるといううわさを聞いた元賊徒たちが、アシャトの姿を見かけて寄ってきていた。
彼らの定住先は、大体決まっている、ペガシャール王国四大都市と帝都ディマルスを繋ぐ間の領域だ。
四大都市のうちの一つ、図書館クカスはペガシャール帝国帝都ディマルスの南東方面、約40キロ地点に存在する図書館の通称である。
それ以外の4大都市、残る三つはといえば。
帝都ディマルス北東方面約42キロ地点、魔術研究棟ベルス。
帝都ディマルス北西方面約42キロ地点、ペガシャール大学校フェム。
帝都ディマルス南西方面約50キロ地点。ペガシャール植物園ニルア。
40キロという数字は、進軍にして約一日で踏破可能な距離である。とはいえ荷物もあるし人も多い。長めに二日見積もっておこう。それがアシャトの考えだった。
「思ったよりも人が多いな?」
「はい。集結するのは貴族軍が八割ほどだと踏んでいたのですが……逆だったようです。」
王の指揮に従軍するという名誉を取る貴族が思ったよりも少なく、己等の手に入る土地を見に行きたいという平民が思ったよりも多かった。
理由はわからない。……いや、俺のいない王都に貴族が残るのは、おそらく今後の打ち合わせのため……俺からいかに『皇帝宣言』を取り下げさせるかという話し合いのためだろうが。
そんな些末なことより、どうしても気になる問題が1つ。
「そう、か。いや、前も言ったが、あと数年は敬語で話すのやめてもらっていい?」
「それで慣れたらどうなさるおつもりですか。……もう、わかったけど……。」
俺が睨むように見つめると、マリアは観念したようにため息を吐く。それでいい。いくら何でも12の子供に四六時中敬語を使って話させているとなると、俺の心情の方が面倒くさい。
俺の我儘なのは重々承知の上ではあるのだが。俺は根っからの王ではないのだろう。
「クカス近隣の賊徒を覚えていますか?」
「頭領が世襲制だったところか?」
「はい。今になって思います。あれは一つの独立国家だったのではないか、と。」
曰く、頭領が世襲制であるということは、そこに属する幹部系の賊徒たちも世襲制である可能性が高い、ということらしい。いや、この場合、世襲制という言い方はおかしいか。
「少なくとも子供を産ませ、育て、賊徒の集落の中で育成する……そういう仕組みがあっても。」
「だからこんなに女が多いのか……。」
賊徒が国を作っていたに等しい、などとはあまり聞きたくない。どうせ統一するのだし……多少、逃げても仕方あるまい。
壇上から見下ろす先。明日の出兵に向けて準備を進める民衆がいる。
移住先を求める元賊徒の約3割が女であり、2割が子供である。女より子のほうが少ないのは……きっと死亡率の高さが問題だろう。
残り5割は男であるが……そのうち、老人が2割ほど。見事に坪型の人口ピラミッドである。
「女性側に老人がいないのは、殺されたからでしょうね。」
子を産めなくなれば用済み。少なくともまともな感性をしている、食糧のない賊徒ならそうするだろう。マリアの言葉とは言え世の無常を感じてしまう。
とはいえ。人の命はまだ安くない。安定した土地が得られるようになれば、おそらく働き手が必要になる。食い扶持のためにあっさり殺されることも減るはずだ。
「陛下がこの現状を改める必要があるのですよ。」
煩い。問題は、それを成し遂げるための人手も知識も足りていないところだろう。
「分かっている。……今後は少なくとも、200年の間に形骸化した税制を元に戻さねばならん。」
「ペテロさんが悲鳴を上げますね。」
「頼むから助けてやってくれ……いや、助けてくれ。」
「陛下のご要望とあらば。」
いつの間にか敬語に戻っていたが、軽口は叩いてくれる当たり温情なのだろうか。
とりあえず、元賊徒には国への再帰属を許す代わりに行った悪行の罪を償えと言った。三年後から、彼らの税率は成果農産物の一割だったところが二割になる。
「まあ、いい。それより、三年でいうほど農業が復刻できるかだな。」
「誰かが『像』の力を使ってでも開墾させられるのなら話は別ですが……陛下にその気はないのでしょう?」
実のところ、賊徒たちに国へ帰属してもらわなければ国民総数が足りないということはひた隠す。国民がいなければならないのが国だが、国民より立場が上でなければならないのも国だ。
少なくとも、国民が政治に意見が出来るようになったりすれば、『国』という形は終わる。それはもはや地方の小さな集落だ。
「『像』を使った開墾は、今回と同じように、努力に対する怠慢を産む。自らで開墾せず国が開墾し続けてきた結果がこの国だ。少なくとも、身体強化は使えん。」
「では、全てを国民にやらせますか?」
「いいや。少なくとも最初の指揮は誰かに頼むさ。」
可能ならば、エルフ族の誰かに頼みたい。あの種族は、植物に対する絶対的な能力があるからだ。だが、彼らはいつの間にか消えていたから、頼めるかどうかがわからない。
「ですが、開墾は時間がかかるものと聞きますが?」
「だから最初の三年は税収を抜いた。賊徒から接収した金属類と食糧、あとはニーナがどれほどやってくれるかだ。」
「一年以内に、敵攻めを行われるつもりですか?」
食糧の限界量が一年分くらいしかないのを懸念しているのだろう。その気持ちはわかるし、否定するつもりもない。だが、一年で残り2派閥を攻められるほど、態勢が整うとは思えない。
そんなこと、わかっているのだ。時間がないことも、状況が収益無しを許さないことも。
「ニーナは降った賊徒たちが遺した食糧・財宝をニツルの賊徒の倉庫に放り込んでいる。それを略奪するのは確かに目標の一つだ。が……他にもある。」
「そうなのですか?」
彼女はクカスから出たことがなかったからだろう。基本的な知識がいくつか抜けている。
「賊徒は食糧難になったから、食糧を奪うために賊徒として活動していた。それは間違いないんだがな……それだけでは、武器も、衣料も、立地によっては薪すらも手に入らない。」
それだけで、彼女は理解したようだった。食糧ですら、最近の賊徒は自給を始めていたのだ。
よくよく考えると、もう少し『神定遊戯』が遅ければ俺たちの戦闘量は今よりも多くなっていたかもしれない。自分たちだけで生活できるようになった賊徒たちが、国に従う理由は『神の権威』へのおそれ以外にはなくなるからだ。
「日用品を手に入れるために貴族と手を組んでいた、と?」
そう。国内で賊徒が大量に出るようになった本当の理由。
それは、放置したところで利益が出る貴族がいたから。賊徒が望む物資を提供することで財を得、賊徒の活動が活性化することで他の貴族の力を落とすことが出来る、そんな貴族。
「商売に関わる貴族。こいつらを俺の陣営につければいい。」
俺に降ってきた貴族は、そのほとんどが第三派閥の貴族だ。『ペガサスの王像』が降臨したとき、それが選んだ王に付く。それまでは旗幟を鮮明にはしない、と断言した貴族たち。
だが、第三派閥は割と貧乏貴族が多い。エドラ=ケンタウロス公爵及びオケニア=オロバス公爵。この二人以外に、まとまった金を管理する能力を持った貴族がいない。
「どうせ財政を扱える貴族が何人か必要だ。今の所有財源に目を瞑る代わりに、商人としてうちの陣営に降伏することを勧めてみる。」
「……『像』を要求された場合は?」
「内政にまつわる職への『像』はない。前線に出る気があるならその力を見せてもらう。」
「……あぁ、無理ですね。」
現状の『像』たちの能力の高さを客観的に俯瞰できれば、今の『像』と対等になれると断言できる人間などいない。……いや、いないに等しいだけで、残り40人くらい発掘しなければならないのだが。
そう考えると、かなりの人数の指揮が出来る人物を集めるという難行がどれだけのモノか。こっちはこっちで頭が痛い。
「商売に携わる貴族と手を結ぶ。自派閥の貴族から食糧の売買を行わせ、こちらに食糧を流出させる。後は……あっち側に拠点があるため、私たちの方にこれなかった賊徒からの食糧の徴収、ですか?」
「その通り。さすがだな、『智将像』。これだけの情報でよく回る。」
「いいえ、そんなことは。……しかし陛下、思ったことを述べてもいいですか?」
「……今の商売計画に支障でも?」
「いえ、そこは特に。馬車の護衛とか言いたかったですが、賊徒が貴族と繋がっているなら馬車が襲われる心配は要りませんね。」
「ゼロではないだろうが、数があれば問題ないだろう。では何だ?」
「集結した賊徒の実家を調べたりせず、新たな戸籍を作成するところまでが私の進言でした。彼ら全てを直轄地に入れて囲うのは、他の貴族たちへの牽制ですか?」
「……。」
人の数は、脅威だ。
過去、非常に優れた『英雄像』が、単騎で十万の敵に囲まれてなぶり殺しにあった例と同じように。
数というのは、本当に脅威なのだ。
「正解だ。いつ気付いた?」
「女性が意外と多い、の時です。陛下は他の貴族家の土地の平民人口を増やさず、直轄地の平民人口を増やし、相対的に直接税収と直轄軍の人数を増やすことをお望みですね?」
「この先15年間にわたる施策になるがな。その通りだ。多い人口を使って田畑を増やす。産めや増やせやを推奨し、軍属になる子供を増やす。」
田畑が増えれば税収が増える。子供が増えれば働き手が増える。ただそれだけ。ただそれだけが、どれほど国を豊かにするか。
「15年、ですか。」
「その頃にはお前も妙齢のレディという奴だな。」
「……そう、ですね。」
意外なことに、彼女はそれに対して微妙な返答を返した。12歳の子供といえば、大人になることに憧れるくらいの年齢ではないのか。
「陛下は……15年後、私が大人になっても、軽口を叩くことを許してくださいますか?」
「……。」
くだらないことで悩むな、とは、言えなかった。義弟であるディールですら、俺に敬語を使わなければ嫌味を言われているのだ。彼女のその悩みはだからこそ否が応でも感じさせられる、切実なものなのだろう。
「いえ、なんでもありません。失礼いたします。」
無言になった俺の、その気持ちを、察してくれたのだろう。彼女はそそくさとその場を去って行く。
あぁ。彼女はとても優秀だ。……とても、優秀だ。
「曲がらないか、心配かい?」
「ディア……。」
心配、そう言われると、そうだと言いたい気持ちと、違うと感じる心象がぶつかり合う。確かに、心配だ。12歳の多感な時期に、こんな状況を呼び込んでしまった自分が、ただひたすらに不甲斐ない。
仕方がなかったと言い訳はできる。大図書館の精霊との約束だから、恥じることはないのだとも、胸を張って言える。
だが、それでも。
「君は、怖いのか。マリアが曲がって、歪んで、人として大事な何かを失ってしまうことが。」
怖い。その言葉にストンと来る。俺は、怖いのだ。
マリアが曲がることでも、歪むことでも、成長に大きな影響を与えることでもない。
今しばらくは俺が親代わりのようなもの。そんな関係が変わってしまうことが、俺は、怖いのだ。
心の中でも呟きを、ディアは読み取ったのだろう。一瞬、ほんのわずかに悲しそうな眼をした直後に、続けた。
「アシャト。子は親離れするものさ。君とマリアの関係性が変わることを恐れる気持ちは、僕にもわかる。」
王と王像の関係が変わったことなんて、この何度もあった『神定遊戯』の中でも、決して少なくない事例だから、と彼は独白した。
「だからこそ、君は変わらないで。マリアが歪むかもしれない。人として間違えるかもしれない。君から離れるかもしれないし、離れなくとも完全に関係性が変わってしまうかもしれない。」
でもね、と、ディアはいつもの調子で、本当に軽い口調で、言い切った。
「君は、あの子を、あの子たちを、守りたいんでしょう?」
「……あぁ!」
あの子だけではない。皇帝になって、戦争を終わらせて。『神様』に頼らず、人が己の足で歩けるようになって。
国民が、その日その日を必死に生き延びる必要のない国を。
豊かでなくてもいい。戦争が絶えなくともいい。だが、明日の心配を、大多数の国民がしなくてもいい国を。
「全員って言わないんだ?」
「無理なことは望まん。八割でいい。」
「残り二割は?」
「ペテロ曰く、『人は自分より下がいて初めて、自分に安心できるのです』だそうだ。」
「真理だね。生物はそうでなくっちゃ。」
神の使徒がそれでいいのか。いや、神の使徒だからこそこれでいいのか。
「さぁね。仕事が溜まっていると思うよ、アシャト。」
「言うな、必死に忘れていたのに。」
やっぱりこいつには人の心がないのかもしれない。そんなことを、思った。
翌日、ペガシャール帝国軍、出兵。その目的は『四大都市』の機能回復。
ますは北東方面、ベルスに向けて、進軍を開始した。
「この辺はやっぱ誰もいねぇなぁ……。」
「正直いなくて助かる。」
「兄貴は戦争上手くねぇからなぁ。」
「お前に言われたくないぞ、ディール。」
俺が戦上手じゃないのは間違いないが、お前ほどじゃないだろう。そういう意味をそのまま伝えると、やはりディールはカラカラと笑った。
「分かってらぁ。俺は軍を率いる器じゃねぇ。」
「……そうか。」
何も言えない。こいつがどれだけ兵を率いる努力をしたところで、その努力が報われることが決してないことを、俺はわかっている。1000人くらいは……と考えたこともあったが、無理だろう。
ディールは、強すぎるのだ。強すぎるゆえに、直情であるがゆえに、そして単純であるがゆえに。ディールという人間は、才能なき人間の気持ちが、わからない。
「陛下。」
「エドラ=ケンタウロス公。彼に関して文句を言うなら、斬るぞ。」
「はぁ。言っても無駄だとは理解しておりますが、それでも言わねばならない臣下の気持ちを理解していただければと思っております。」
「分かっている分かっている。」
片手間であしらう。それがよくないとはわかっているが、一応これでも義兄弟だ。主人と臣下ではなく義兄と義弟という関係でいることに、文句を言われたくはない。
「本当に仲が良うございますね。」
「皮肉か、コリント伯爵。」
「いいえ。陛下とディール様の関係性に対しては特に。ただ、出来れば私たちとももう少し親交を深めていただけたら、と思っただけでございます。」
それは悪い、と喉元まで出かけた。時間がなかったとはいえ、確かにここ最近の俺の交流は偏っている。……ペディアまでだ。味方になった『像』たちの中でまともに交流らしいものが出来ているのは。
『元帥像』であるデファールとですら、俺は、まともに日常会話を出来ていない。
「お忙しいのは理解しております。私たちの出自が、些か難があることも。信用が置きづらいことは理解しておりますが、私たちもきちんと理解しておきたいのです。」
自分が仕える、『ペガサスの王像』に選ばれた王を。アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアという男を。
「そう言われると、返す言葉がないな。」
「いえ。たいへん失礼なことを申しました。」
「気にしなくともよい。コリント伯爵家は魔術の名家と聞く。コリント伯爵子息殿は、どの程度魔術を修められているのか?」
「ジョンで構いませんよ、陛下。私は八段階格魔術まで修めております。とはいえ、八段階魔術ともなると、魔力消費量が多すぎるため5度も放てば魔力切れを起こすのですが。」
ジョン=ラムポーン=コリント伯爵子息。……いや、伯爵そのものというべきなのだろう青年が言う。
八段階魔術を五度。つまり高威力広域魔術を五度放てる。大規模結界を敷くことも、大規模火炎魔術を放つことも出来る。
ただ一人で城一つを落とす可能性すらある魔術師、それが、コリント伯爵家である。
「『魔術将像』を与えた以上、もう少し放てるようになっているのではないか?」
「おそらくは、そうでしょう。『像』を解放すれば九段階格魔術すら私は放つことが出来るでしょう。……ですが、それだけではおそらく父に勝てません。」
「……そなたの父は化け物か?」
今の発言だけを聴くと、ジョンの父は九段階魔術を連発できるように聞こえる。そんなわけがないのに如何にもそのように。彼は笑顔で話している。
「いいえ。違いますよ。魔術の名家というのは、魔術の技量だけを示すわけではない、ということです。軍勢を率い、魔術を用いて争う場合、父は高威力広域魔術を使いません。」
八段階魔術は消費魔力量が尋常ではない。広範囲を高威力で攻撃できる魔術だ。一人で放つ威力としては十分すぎるが、場合によっては対価に合わない。
「例えば先日、ミルノー殿が作成したと言われる『超重装』を見せていただいたんです。」
ペガシャール帝国軍、ペディアの部隊にのみ正式配属されている武装『超重装』。その本質は、騎馬の突撃をも防ぐ合金仕立ての鎧の硬度と重量だ。……が、ジョンは別の見方をしたらしい。
「量産型の『超重装』のみではなく、将軍用の『超重装』とミルノー殿が纏っていた『超重装』、そして元来の設計図の方も見せていただいたんですけどね。」
「ほい、ジョンは鎧にも興味があるのか?」
「鎧よりは魔術陣を使った武装、ですよ。……あれ、将軍用には“抗魔結界”が描かれているんです。」
知っている。“抗魔結界”。六段階魔術に含まれる魔術の中でも、特に汎用性に優れた対魔術用結界のことである。範囲攻撃に巻き込まれないよう、完全に自分を守る盾、魔法専用の鎧である。
「あれ、本当に実装されたら軍事事情が一気に変わる……ように見えるじゃないですか。」
「違うのか?」
戦争は騎馬隊による突撃が最も華があるとされている。その攻撃力は高く、機動力は鋭く。だからこそ、どのような戦いになっても上手く強力に立ち回れる兵種である、と。
だからこそ、それを正面から受け止められる『超重装』を使いこなす、『
これで、戦争が変わると。
「そんなわけがありません。騎兵は戦の華ですが、だからこそ罠を仕掛け、策を用い、砦に拠り、弓を扱い、魔術が舞う。騎兵を足止めするため、敵に勝るため、どれほどの策が、手段が講じられてきたか。『超重装』はあくまで、その試みの一つでしかありません。」
言葉を失くした。確かにその通りだと、気付いてしまった。
「そして、手段が増えれば増えるほど、実のところ、一番負担がかかるのは、『元帥』『将軍』『智将』です。」
戦のやり方が増えれば、敵の手の内を絞り切れなくなる。絞り切れなくなれば、複数の敵のやり方にそれぞれ備えた準備をする必要があり、手駒が足りなければ勘でヤマを張る必要が出てくる。
手数が増えれば増えるほど、取捨選択しなければならない情報が増え、結果として負担が増える。好ましいことでは、ない。
「そして、複数の手段に対して同時に対応できる、あるいは取捨選択をしながら対応できる、手数の多い手駒が、『魔術士』になります。」
そうだ。そこにいるだけで、別の手段を切り替えながら戦える。それがあっさりと、容易にできるのは、数ある兵科の中でも魔術兵のみ。
「ここまで言えば、父は、そして私たち魔術兵が広域魔術を用いない理由もわかりますね?」
「魔力切れではその場その場の対応を出来ない。ゆえに、中域魔術を連続使用することで、複数の対応を同時に行える状態を維持する?」
「はい。他の兵科と違い、魔術兵は後手からの対応でも実に容易に戦局をひっくり返す手段を持っています。だからこそ、敵魔術兵をとことんまで警戒する兵科があります。」
「……魔術兵、か。」
そう。魔術に対抗するには、武装に魔術を仕込むよりも効率のいい手段がある。
敵の魔術を、味方の魔術が凌駕すればいい。あるいは、敵の決死の抵抗を、魔術で徹底的に妨害すればいい。
魔術の手数は多くあるが、それゆえに『最善』も読み取りやすい。
「父は『最善』の対処法が読まれることを理解して、妨害されることを意識して、『次善』かそれ以下の対処を行うことがあります。」
「結果として、犠牲は出るが勝利出来る、と。」
「そういう読み合いにおいて、私は父には勝てません。」
仕方がないと言えるだろう。年季が違う。だが、仕方がないと言っているだけでもいけない。
少なくとも彼は、『ペガサスの魔術将像』として、何よりペガシャール帝国軍の一員として、彼の父に勝つ必要がある。
「一対一なら負けないでしょう。ですが、戦争となれば話は別です。」
「そうか。なら、戦場を制限すれば勝てるな。」
「……はい?」
「戦場を制限すれば勝てる、と言ったのだ。あるいは、局所的勝利は出来ても戦略的には絶対に勝てない戦場を作ればよい。」
「陛下、戦に絶対はありません。」
「それは相手が我らと同格だった場合だ。」
ここまで話して、ようやく俺は気が付いた。
ディール以外と親交を深めておく必要性。俺という人間を、こいつらに理解させておく必要性。
そして、俺の臣下を、俺が理解しておく、必要性。
「お前がコリント伯爵と戦う戦場には、『元帥像』デファールあり、『大将像』ミデウス候あり、『連隊像』ペディアあり、『砦将像』エリアスあり。」
そして何より。
「『魔術師像』ジョン=ラムポーン=コリントよ。我が軍には、『ペガサスの王』、ペガシャール帝国初代皇帝アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアがいるのだ。敗北を恐れる必要はない。全力で臨み、全力で勝て。」
まぁ、実際に敵コリント伯爵の動きを読んで指示を出すのはまず間違いなくデファールかマリアなのだが。
「……はい!!」
不安が払拭されたような顔。いいや、多分完全ではないのだろう。だが、俺が『ペガサスの王』であると言った言葉が、彼の心に深く深く染み込んでいる。
「他国が、他の『王像』が相手ならわからん。しかし、少なくとも『像』なき我が国の他勢力には、負けん。負けんさ。」
俺は自分に言い聞かせるように言葉を紡いで。
「……陛下、そろそろ野営にいたしませんか?」
エドラ=ケンタウロス公の進言に、厳かに頷いた。
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