60.向かう先はゼブラ公国最初の砦

 処分方法を伝えた時、生還者たちは随分安堵したように見えた。同時に、アシャト陛下任命の『像』に対する非礼極まりない言動の数々、という理由でバーテイン男爵の処刑も発表され、即座にエリアスの鎌によって首を落とされた。

 生還者たちは、その命を長らえた。同時に、今が『神定遊戯』であること、『像』に逆らうとどうなるか……俺たちが特権階級であることが、徹底的に周知された。

「とはいえ、我らも完璧ではない。意見を言う分には、むしろ歓迎しよう。バーテイン男爵の失敗はただ一つ。」

コーネリウスはほぼ3万5千人いる兵士たちの前で話をつづけた。俺ではこうはいかない……いや、いずれは大勢の前で話す必要があるだろう。だが、今、これほどの兵士たちに声をかけるだけの胆力を持ち合わせているのは彼くらいのものだろう。


 淡々とした、しかし情を感じさせる声音で侯爵位を持つ貴族が続ける。

「彼はエリアスを農夫と口にした。エリアスの部隊は調練以上に重要な任務をこなしていた、それそのものをバカにした!決して許してはならぬことである。」

まぁ、許す許さないの話ではないのだが。農業を舐め、エリアスを舐めた。ただ、それが許されざることだっただけだ。


 俺は知っている。コーネリウスは、実のところ、エリアスの判断やペディアの判断を心から信じているわけではないことを、知っている。

 盗賊団の人間たちにもたまにいた。盗賊団幹部の言葉は信じないが、その人物を起用した人間のことは信じているタイプだ。

 コーネリウスはエリアスやペディアが本当に有能かどうか、まだ見極め切れてはいない。だが、エリアスやペディアを心から信じている……いや。信じてるようにふるまっている。

「全く、本当に、貴族らしい。」

コーネリウスは、盲目的に信じているのだ。アシャト王のことを。……いや、『ペガサスの王像』ディアの権威を。


 『ペガサスの王』は適材適所。即ち、『ペガサスの王』に任命される王は、その時に生きているどの王候補よりも、人材を『適材適所』に配置する才能が高い。

 その、最も高い『王』に、アシャト陛下は選ばれた。神が認めたアシャトの人の配置の才覚を、コーネリウスは信じている。信じているからこそ、アシャトが選んだ『像』の行動を疑わない。


 コーネリウスはアシャト陛下に忠誠を誓っているが、その忠誠の根拠はディアである。ああ、そうだ。コーネリウスの王への忠誠と神への信仰はほぼ同義である。

 ゆえに、ありえない話だが。今ディアがアシャトの元を離れ他の王の元へ行けば、コーネリウスはそちらへ向かうだろう。……それが現状アシャト派の多くの貴族たちの思考であり、同時にアシャトの皇帝宣言による大々的な粛清行為で鳴りを潜めた思想である。

「全く、貴族らしい。」

本当の意味では、コーネリウスはアシャトを信じていない。エリアスたちも信じていない。ただ、『ペガサスの王像』に選ばれたという事実を心の底から信じているだけである。


 だから、『ペガサスの将像』なのだと思う。いや、いずれは『元帥像』になれる器はあるのだろう。だが、今はどう足掻いてもデファールには勝てない。

 自身の人を見る目が養われていない。人の能力を、自分で見極めていない。だからこそ、陛下と、神による権威に目が向いてしまう。

 コーネリウス=バイク=ミデウスとは、良くも悪くもそういう人物だ。……クリスと一騎打ちしたあたりから、わずかに改善が見られたが。まあ、一朝一夕で変わるものでもないだろう。

「おい、ミルノー。」

「ペディア。どうした?」

「超重装の軽量化魔法陣、長時間化は出来ないのか?」

最初の進軍速度が遅かったこと、それ以上に使い勝手の問題だろう。超重装を纏った、即ちおよそ80キロ以上もの質量をその全身に纏ったうえでの行軍は、やはり厳しいのだ。……おそらくはそれ以上に、戦闘に耐えうるのか、という問題もあるのだろう。魔力がそこまで多くなかった私でも、『超重装』を纏えばクリス殿とまともに打ち合うことは出来たのだが……そういう問題ではないのだろう。


 魔力操作に慣れているかいないか。アメリア殿のペガサス部隊も、魔術陣の勉強に当たって一番苦労しているのが魔力操作だという。

 まして『超重装』は魔術陣の塊だ。少なくとも『軽量化』『硬質化』『重量化』『下降重力強化』『身体強化』『座標固定化』の六種の魔術陣が、あの鎧には込められている。少し魔力を流す位置を間違えたくらいでは問題ないが、間違えすぎると別の魔術陣が起動しかねない。戦いながら繊細な操作を、継戦できるように魔力消費を抑えながら……となると、やはり難しいらしい。

「とりあえず、魔力操作の訓練は続けているのだろう?」

「続けている。だが、これが標準装備になってからまだ一ヵ月も経っていないんだ。一朝一夕で出来るようなものじゃない。」

ペディア自身はそれなりに使いこなしているように見えるが。しかし、兵卒はそこまででもないのだろう。


 魔力操作など、筋肉を鍛えるのと同じだ。時間をかけて鍛えていくもの。場合によっては、4段階格程度まで至るために10年以上かかる事すらあるのだ。

「そうだな、それは正しい。……だが、今はどうしようもない。この戦争が終わるまで、待ってくれ。」

「……まあ、そうだな。済まない。」

「いや、戦う身としては大変だろう。それはわかる。私もあれを開発した後、使いこなせるようになるまでは時間がかかった。」

とはいえ一年くらいだ。……いや、俺の場合特別仕様だ。足に含んだ煙幕、鎧各所に潜ませた暗器や多種多様な機構、『竜巻噴射』『火炎放射』『抗魔結界』『砲撃魔法』『武器強化』『各種付与魔術陣』その他もろもろ……四十近い魔術陣を組み込んだ異常なものだ。……いや、これを纏った俺と渡り合えたクリスや瞬殺出来たディールは何だったのかという話だが。


 おそらく、鎧を使いこなして戦うだけでいいなら、3ヵ月~半年あれば出来るようになるだろう。問題は。おそらくその時間が足りないということだけ。

「……何とか出来ないか、帰ったらマリア嬢に相談してみる。」

「ああ。頼むよ。」

ツカツカとペディアは歩き去って行く。それを遠目に眺めながら……俺は、何ともなしに、剣を抜いた。




 『ペガサスの兵器将像』。それは、『兵器』を持ち歩く『像』である。あるいは道具さえ足りていれば、その知識を有していれば、即興で兵器を作り出すことの出来る『像』でもある。

 もしも『ペガサスの兵器将像』の人間が銃器の構造を知っていて、その場に銃器になりうるだけの金属や硫黄が……素材があれば、素材状態から1秒かからずに銃器を生成できる『像』である。

 まあ、この大陸に銃器などないわけだが……数打ちの剣や槍、弓矢であれば素材があれば作ることが出来る。食糧を運ぶことに特化した『糧食隊像』と並び、特に戦場では重視される『像』である。


 ペガシャール王国にてそんな『像』に任命されている男、ミルノー=ファクシ。つまり俺のことだが、俺はこの戦場において、物資輸送部隊1000を率いる部隊長をしている。

 馬車に物資を乗せ、馬車そのものに軽量化魔法陣を組み込むことで馬への負担を軽くし、食糧や鉄、油、秣等を運ぶ役割を負っている。つまり、うちの部隊が襲われることになれば、このゼブラ公国侵略軍は即座に全員餓死する。

 ……なにせ料理人までうちの部隊にいるのだ。千人に全員詰め込んだ理由は……問うまでもないだろう。生還者たちのために田畑を作るような国だ。単に人員不足である。

「急いで詰め込め!時間はないぞ!」

ペディアの部隊が、昨夜鎧の整備をして、うちの部隊に持ってきた。明日、調練の期間を終えて再出発するにあたり、俺たちの準備期間が確保された形だ。


 鎧は兵器ではない。『超重装』は、『兵器将像』の持つ固有能力“兵器召喚”によって呼び出せない。

 “兵器召喚”。いわゆる異空間と呼ばれる土地に(本当に異空間なのかの証明はない)兵器を収納、必要に応じて呼び出す能力。ペディアの着る、将官用の『超重装』はさておき、汎用『超重装』は兵器ではない。つまり、収納は出来ない。

 だから、俺は一計を案じた。兵器の中に『超重装』を入れてしまえば収納できるのではないか、と。

 用いたのは巨大投石器が2つと梯子車が2台。その中に鎧を詰め込み、蓋をし、収納してみたら、入ったのだ。


 問題はただ一つ。使用のたびに超重装を車から出し、また車に収める必要があること。これにとられる時間は、優に半日を超える。早いうちに収納を始めなければ、時間が足りない。

「どうして80キロ近い鎧を3000も運ぶのに、半日で終わるんだ?」

むしろ輸送部隊とは何なのだろうか。しかも引きずっている様子もない。軽々運んでいるとは言えないが、順調に運んでいる方だろう。

「ミルノー様!明日の天幕の収納についてお聞きしてもよろしですか?」

かすかに声が聞こえて、声の主を探す。いた、50メートルくらい先で叫んでいる男。

「今行く!!」

忙しい。……だが、この忙しさを、今あそこで走っている貴族たちには理解できないのだろう。昨日のエリアスの一件を見て強くそう思うと共に……だからこそ、もしこの輸送部隊が攻撃の対象になることがあれば、俺が全力で何とかしようと、そう決めた。




 翌日。エリアスは砦を解除した。これで、ここに置き座られる生還者たちは屋根を失った。

 ……そんなわけがない。ちゃんと俺は彼らに天幕を支給した。

「進軍に必要ない余分な分だけの貸しだ。一応足りるだろうが、壊れた時の予備はない。」

自分たちで家を建てるくらいは出来るな?という無言の問いかけに、グラディオは妙に大げさに頷いて見せた。

「もちろんです、『兵器将像』様。我ら、この恩決して忘れませぬ!」

暑苦しい。口に出さなかった自分を、ほんの少し褒めたくなった。

「そうか。好きにしてくれ。」

反転する。ここを出るのは、俺が最後。他の部隊はもう進軍を始めている。


「輸送部隊!前進!!」

今度こそ。ペガシャール帝国軍は、ゼブラ公国に向けて進軍を開始した。




 思った以上に物資が残っている。それが、敵砦まで7日間で進軍した私の感想だった。先行部隊と同じ速度なのは、ここはもう敵地だから……常に周辺の警戒を怠るわけにはいかないからである。

「うっ!」

鼻を衝く腐敗臭。カラスが舞い、ハエが飛び散り、人の死体には蛆が群がる。奴ら、死体を燃やすことすらしなかったのか。……いや、これはしなかったの意味が違うと理解した。


 兵士たちの意気が下がっている。人のなる果ての姿を、その目で直視してしまった。腐った肉が異臭を放ち、その下に見える人骨。頭部に刺さった矢、馬で踏みつけたと思われる肋骨の砕けた跡。蛆が群がり、人の亡骸の形にきっかり白くなった、気持ちの悪いこの光景。

 あぁ。ミデウス侯爵領を一歩外に出れば、こういう光景は所々で見つけることが出来た。飢えて死んだ村々、あるいは盗賊に襲われた商人。彼らの死骸は時に風化し、時に生々しく俺たちの視覚に訴えかけてきていた。


 世は、これでいいのか、と。


 そして、今はこの光景が別の意味を持って見えてくる。別のものを訴えかけてきているように見える。

 指示を聞かない人間、使い道のない貴族たちに使い道を与えた。先行部隊として暴走させ、しっぽ切りされるという大命を彼らは持っていた。

 その判断を、その命令を、直接的にしたのは。『ペガサスの大将像』コーネリウス=バイク=ミデウス。……俺だ。この光景、この死んでしまい、処理されず荒野に放置された兵士の死骸を生み出したその元凶は、他でもない俺だ。


 その亡骸が問いかけてくる。本当に、その指示でよかったのかと。他にやりようがあったのではないか、と。

 俺には、そう見えるが。指示を出したわけではなくただ従属した兵士たち、今ここにいる彼らには別の単語が聞こえているのだろう。

「本当に戦に出ていいのか。」

「次にこうなるのは、お前たちだぞ。」

亡骸たちは、兵士たちに、強くそう語っているのだ。そう、語っているように、兵士たちは錯覚してしまうのだ。


 兵士たちの腰が引けた。先頭の足が止まる。何人もの兵士が蹲る様が見える。

 ゼブラ公国軍……『青速傭兵団』は意図的に亡骸を放置した。腐るのがわかって、蛆が湧くのがわかって、この戦場跡に、俺たちが通る場所に放置したのだ。


 兵士たちの士気が、落ちることを理解していて。

「……まず、い。」

毅然とした表情を維持できているだろうか。ここで動揺した姿を晒すわけにはいかない。そうすれば、兵士たちが動揺する。士気の下降を止めることが出来なくなってしまう。

(だが、どうすれば)

なるほど、効果的な作戦だ。攻めて来る側が戦意を失えば、ああ。確かに攻め手の攻撃威力も速度も落ちる。打ち破るのは容易だろう。


【ドゴン!!】


そう、爆音が響き渡ったのは。俺が思考を始めた直後。

 そして、その音源の方を見れば。高々と燃えあがる炎と、盛大に響き渡るパチパチという火花の音。それが、隣り合った二ヵ所で起きていた。

 魔術……“爆炎魔術”現象。起こしたのは、『ペガサスの兵器将像』ミルノー=ファクシ。そして、『ペガサスの騎兵隊長像』アメリア=アファール=ユニク=ペガサシア。

 今いる『像』たちの中では、最も魔術の扱いが巧みな二人だった。




 宣言の最初はアメリアに譲った。俺は演説に慣れていない。俺よりはまだ、彼女の方が人前で話すことに慣れているだろう。

 その彼女が、腰に結わえた薄い木の板に描いた“拡声魔術”の魔術陣。それに魔力を通して、息を吸って、大音量で叫んだ。

「聞け!この惨状を眺めしペガシャール帝国の国民たちよ!これが、戦に出、戦で死んだ兵士たちに、ゼブラ公国が行った仕打ちである!!」

ゾッと、背筋に何か、非常によくないものが伝った気がした。アメリア嬢といえば、ペガサスに乗って戦う姿が非常に勇ましい、しかし可憐な乙女である。……少なくとも彼女の率いる部隊ではない、多くの兵士たちがそう思っている。


 だからこそ、彼女がここまで、憤りと怒りを乗せた低い声が出せるとは、誰も思っていなかった。

「少なくともここにいる彼らは!彼らの役目に準じ、勇ましく戦い、あるいは生還の希望を胸に抱き、最後まで足掻いた者たちである!」

最期まで戦ったものたち、とは言わなかった、明らかに逃亡をしようとして、背中からザックリ斬られたと思しき死体がいくつかある。これを戦ったと言えば、それは戦士に対する侮辱であろう。


 だが。足掻いた、という言葉はいい。戦うために足掻いたのか、逃げるために足掻いたのか。どちらでも使える。実際、そう言っている。

「諸君らは、次は己らかもしれない、と今、心の中で恐怖を抱いているのではないか?私は諸君らを見て、そうだろうと思う!」

朗々と響き渡る声。怒りを込めた低い声とはいえ、女性のものである。それなりに高い声であるし、彼女のそれはよく心に響く声である。兵士たちは己を責められている気分になって、わずかに体を縮こまらせた。

「諸君らの恐怖は最もである!!」

彼女は、そんなことにはならないと断言するのではなく。平然と、そしてあっさりと、その可能性があること、その恐怖を持つことを、認め、許した。


「だが、私たちには退路はない!!」

退路はあるが、まあ。戦争から逃げ出すことが出来るという退路は確かに、既に断たれていると、俺は思った。

「向こうにはっきりと見える影がわかるか!あれは、これから私たちが攻撃に向かう砦、名をクエリトムラという!」

目的地まで、あと2~3時間。それくらいの距離まで、俺たちは近づいた。……それは敵にしても同じ、2~3時間分の距離を詰めれば追いつけるところまで、俺たちは互いに近づいた、


「私たちはこれから、あの砦に攻撃をかけなければならない。そして、勝たねばならない。ここで背中を見せれば、敵は容赦なく追いついて、その背を思いっきり叩き切るだろう!!」

その光景が目に浮かんだのだろう。そうなればどうなるか、妄想には事欠かない。なぜなら、参考になる資料が、今、自分たちのまわりに転がっているのだから。

「だが!!勝てば、こうなるのは私たちではない。彼らである!彼らの躯を惨めに放置した報いは、その躯で、その死で贖うべきではないか!どう思う!!」

その言葉に、兵士たちは顔を挙げた。逃げても敗けても、次にここで躯を晒すのは自分たちである。


 アメリアの響き渡らせた声は、目の前の光景と相混じって、兵士たちの頭に事実をいやというほど強く、浸透させる。同時に。敵を同じ目に合わせることが出来る、という言葉が、兵士たちの頭脳に染み込んでいく。


 何のことはない。自分たちが躯になりたくないのなら、敵を躯にすればいい話なのだと。アメリアはそう、声高に叫んだ後に、続けた。

「気にすることはない。今回、アシャト陛下に力を分けていただいた忠臣が、6人もいるのだから。」

それは、陛下の忠臣なのだろうか、という疑問はさておいて。兵士たちは、過去エリアスが顕現させた砦、クリスやコーネリウスの行った一騎打ち等を思い返した。思い返したうえで、確かに負ける気はしないなと、負けなければ、死ななければいいのだと納得を見せた。


 アメリアが俺に視線をよこす。その意味を正確に読み取って、俺も鎧の首元に刻んだ“拡声魔術”を発動させる。

「気にすることはない!お前たちが万が一死んだとして!彼らのように躯のまま外で放置されることはない!!」

まあ、これは。わかりやすく見せしめとして残されたのだということは、ちゃんと俺も他の将校もわかっているのだが。

「必ず。必ずだ!全てが終われば、俺や輸送部隊が、あるいは生き残った人間が、必ずお前たちを綺麗に大地に還すと約束しよう!!」

兵士たちが士気を落とした理由は、死への恐怖ではない。いや、死への恐怖は間違いなくあるが、そんなもの、兵士として調練する中で、少しずつ覚悟を決めて行っていたはずだ。


 それよりも、怖かったのは。その死肉が腐り落ちるまで、蠅が、蛆が集り、鴉が舞うまで放置されること。己の命が、己の躯が大自然から徹底的に蹂躙されることであった。

 せめて人として、惨めではない死後を。……それくらいの贅沢を望むのは問題ないだろう。そしてそれを与えられないと突きつけられることは、ひどく気分を落ち込ませる。


 だから、保証する。俺の使える魔法陣をもって、必ずその肉体は灰へと変え、大地に返って、次の命の糧となることを。醜いままの死を迎えないことを。

「“爆炎魔術”。」

その証明。その証拠。蛆が集り見ていられない、生理的嫌悪を巻き起こさせる躯を容赦なく爆散させる。集っていた蛆が飛び散ることさえ許さない、ほんの一瞬ですべてを消し炭にしてのける。


 その光景に、兵士たちの安堵が伝わってくる。だから、とどめとばかりに叫ぶ。

「勝て!躯を灰に変えるためには、灰に変える人間が生きていなければならぬ!躯のある場に我らがとどまらなければならぬ!皆が綺麗に死後を迎えるためにも、そしてあのような屈辱的な死後を晒さぬためにも!勝て、勝つのだ!!」

あんな衝撃的な死骸を見せつけられたのだ。なら、これが俺の、アメリアの返事だ。アメリアの方へと視線を移す。彼女はゆっくりと、しかし目に感謝をたたえて頷いた。


 彼女はヒトを恐怖と畏怖でしか動かせない。俺は、兵士たちにほんのわずかな逃げ道を提示してやることしかできない。

 だが、それでも。その方法で、兵士たちの落ち込みかけ、最低まで沈みそうだった士気はぶり返し、むしろ高くなった。

 あんな死を迎えたくない。あんな姿を晒させたゼブラ公国、許さじ。それが、今の兵士たちの心を燃やす一致した感情で。


「全軍!!進軍再開!!!」

視線で感謝を訴えてきていたコーネリウスが、進軍命令を出した。それに合わせ、兵士たちは揚々と進軍を開始した。


 ……躯の処理を、全て俺たち輸送部隊に押し付けて。

「……急ぐぞ。」

「ハッ!」

“爆炎魔術”“火炎放射”“火柱魔術”……複数箇所で、炎が燃える音だけが、していた。

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