59.生還者たちの処遇

 本当にこれが刺客の全てなのだろうか。そんなことはわからないと、コーネリウス殿は言った。

 『青速傭兵団』グリッチ=アデュールは用心深い男である。兵は拙速を貴ぶという故事に倣った用兵をするのに、情報収集は欠かさぬ男である。

 用兵にあたって不確定要素があることを受け入れながらも、不確定要素があってなお勝てる可能性が高くなる部隊運用をする男だ。敵にいかな切り札、鬼札があっても勝てる、そういう状況を作り出すことを至上とする。


 だから、まだいるだろう。まだ刺客はいるし、それはおそらく一人や二人の話ではない。

「厄介な話ですね、ペディア様?」

「とはいえ、こうなるだろうという予想はしていただろ、ヴェーダ。俺たち『赤甲傭兵団』は傭兵団から国の犬に変わった。暗殺されることくらいわかりきっていたはずだ。」

「受け入れられるものなのですか?」

「まさか。しかし陛下は暗殺されることに慣れていらっしゃるようだった。」

受け入れる?まさかそんなはずあるまい。ペガシャール帝国に、アシャト陛下に拾われた。大抜擢を受けた。だからといって暗殺される環境を当たり前としたいわけではない。だが、だがである。


 どう見ても、アシャト陛下は暗殺への警戒に慣れていらっしゃるのだ。飲み物を口に含む前、陛下は必ず匂いを確認なされる。食べ物を口に含まれるとき、必ず少量ずつ口に含み、ゆっくりと咀嚼し、嚥下される。

 ディール殿やエルフィール殿下を始め、その他『像』に任命されたお歴々はさておいて、それ以外の人間が近くに寄ってきたとき、必ずその手の位置を調整なされる。

 具体的には、すぐさま剣を抜ける位置に手を持ってくる。人と5メートル以内の距離で話すとき、陛下は決して右手を握りしめられることがない。剣の柄に手をかけることこそされないが、だからと言って無防備をさらすことは決してない。

 陛下は暗殺されることに慣れている。亡くなられていない以上、全ての暗殺を陛下はしりぞけてこられたのだろう。だが、その警戒が無意識に出ておられるということは、相当な暗殺の場を潜り抜けてきたに違い無いのだ。


 陛下が、国内で暗殺の憂き目に合う。敵はおそらく現国王陛下だろう。なら、今は?これからは?

 ペガシャール帝国を、『帝国』を名乗る。『神定遊戯』における中盤目標である皇帝を、『帝国』を。それは即ち、陛下の命は、他の六国にとっても奪いたいものだということ。その部下である『像』の命を奪うということは、王の皮膚を、骨を、じりじりと削り取っていく行為であるということ。


 これから、『ペガサスの連隊長像』を得た私も、命を狙われるということ。

「受け入れたい、受け入れたくはないではない。受け入れるしかないさ、ヴェーダ。」

「……それがペディア様の決断であるのなら、私は何も言えないです。」

「いいや、そんなことはないぞ、ヴェーダ。」

諦念とともにヴェーダが吐き出したセリフを、アデイルが遮った。この副官二人はある種対極にある性格をしている。物事をあるがままに受け入れるヴェーダと、どちらかといえばプラスになるように考えるアデイル。受け入れるという点では同じだが、捉え方が異なる。


 だが、戦場での性格は真逆だ。常に最悪を考え、着実冷静な判断を突き詰めるアデイルと、何も考えずとにかく暴れまわるヴェーダ。『赤甲傭兵団』前線と殿、右翼と左翼を務める2枚看板である。

「暗殺される可能性があるのなら、常に守ることが出来るように立ち回ればいいのだ。先ほどコーネリウス様が護衛50を引き連れたように、そなたのような極まった武のものが団長をお守りすればよい。」

「……え、俺の仕事なの、それ?」

「うちにお前以上の実力者はあるまい?7段階格の剣術士?」

目を見開いて愕然と硬直するヴェーダを見る。軽く瞳孔が開いている当たり、心の底から愕然としているのだろう。どうもかわいそうだなという気がする。


 その様子を見て、アデイルはハッハッハと声をあげて笑った。そうして笑うとアデイルはでき始めた皺が余計に深く見えてくる。少し白くなった髪と相まって、もう年であるということ、彼と出会ってからの年月を否が応でも実感した。

「あぁハイハイ、わかりましたよ。普段はなるべく護衛につくようにしますとも。」

「あぁ、いや、よい。ペディア様にはわしの息子たちをつける。代わりにそちには戦場で暴れまわってもらいたい。『赤甲傭兵団』の看板としてその実力を存分に見せつけてくれよ?」

諦めて護衛任務を引き受けようとした矢先にこれである。ヴェーダは疲れ切ったように肩を落とし、その長く黒い髪を振り回す癖を発揮しながら言った。

「コロコロ意見変えてんじゃねぇこのくそ爺!」

「話はちゃんと最後まで聞け、ということじゃのう。そもそもまだ軍議の時間ではあるまい?」

「そういう問題じゃない!!」

俺としてはヴェーダの怒りはもっともである。が、年上の余裕か、若者をからかうのが楽しいのか、アデイルに効いた様子は微塵も見られない。これは話にならないだろう、という事実だけが目の前にチラつくだけである。


 ヴェーダは結局、深々と溜息をつくしか出来なかった。仕方ない、というように言葉を吐きだす。

「……もう、仕方ないなぁ。じゃあ俺は行くぞ?」

「あぁ。俺の代わりに調練は頼むぞ。」

将校はこれから会議である。議題は、生還者たちの処遇について。……まあ、実のところ暗黙の了解というもので、少なくとも『像』たちは何をするのか決めているのだが、それはそれだろう。


 処遇を決めるための会議をしているというポーズが大事なのだ。少なくとも、敗戦の責は問うべきだというのは当然だ。それ以上に、兵士たちに心理的負担を……殺されるかもしれないという恐怖を感じさせる必要がある。

 敗戦ゆえではない。暗殺者を紛れ込ませたがゆえである。たとえ逃亡中とはいえ、それが罪に問われることくらい兵士たちも重々承知している。何しろ、目の前で逃亡者から飛び出た輩が将校を殺しに向かったのをその目で見ていたのだ。


 そして、向かっていった200人もの暗殺者が、たった6人に瞬殺され蹂躙されつくされるその様も、その脳裏に焼き付いている。

 次は己かもしれない。その恐怖は、『決して勝てない』という明瞭な事実とともに兵士たちの心を蝕んでいく。一騎打ちをしていた時と同じだ。生還者たちは、その恐怖によって反抗心を折られていく。

「すまない、俺が一番最後だったか。」

「構わん。その鎧を着て歩くのだ。スピードが遅いくらい仕方あるまい。」

会議室に入った俺が、どうやら最後だったらしい。総員10数名の部屋の中央近い席まで歩いていく。ガシャン、ガシャンという鉄の擦れ揺れる音が、石造りの部屋に響き渡る。

「揃いましたので始めましょう。生還者8000名の処遇についてです。」

「戦意が折れているのも不味い、しかしそれ以上に逃亡者たちの中に刺客がいることがマズい、ということだな?」

単純な事実である。だが、単純な事実であるがゆえにオロバス公爵は問い返す。それに対し、コーネリウス殿は簡素な首肯をもって答えた。


 そればらば、と進行役を請け負ったオロバス公が唸るように吐き出す。出来ることは、限られているというように。

「万が一連れて行けば、後ろからコーネリウス様たちが刺される恐れがある。失敗したとしても、味方から裏切り者が出た、となれば士気に関わる。……全員処分が妥当なところではないですか?」

国民の命が安ければそうした。断言できる、国民の命が安いならばそうできた。俺ですら、それが最も『正しい』方法だとわかるのだ。『護国の槍』として軍政を学び続けてきた男にとっては、わかりきっている悩みだろう。


 だが、それでも、今はそれを選べない。国民の命が安いから、ではない。国民の命が高いから、だ。

 国は荒れ、盗賊は横行し、かつて栄光を誇った六王国は見るも無残な干からびた姿をさらけ出した。これ以上この重病人から再生のための免疫を殺してしまうわけにはいかない。

「エリアス。開墾はどこまで進んでいますか?」

「8000人は多すぎましたね。申し訳ありません、2週間では1キロ四方と少ししか開墾を進めることが叶いませんでした。」

そもそも2週間で広大な土地を開墾するのが無茶な話なのだ。そうでなくとも荒れに荒れた地だ。雑草が生い茂り、元々田畑だった面影はどこにも見られなかった。


 普通の農民が10日でやったなら、おそらくその半分も進むまい、と俺は思う。踏み固められただけの雑草無き土地の開墾速度と、ほぼ速で進めたのだ。よほどの無茶をしたに違いない。

「いや、予想より速い。少なくともエリアスが最初に言った数値よりは高い数字を出しているのだ。生還者を見誤った私たちのミスであろう。」

それに関しては何も言えない。何しろここにいる全員がこうなるとは思っていなかった。予想以上に多い人数が生還したというのなら、それに見合った対策が必要となる。

「……どういうことですかな?」

そこにいた、別な貴族が問いかける。『像』以外の指揮官も、ここに集っている。その男が、何も知ろうとしなかった無様を晒す。


 暗黙の了解、エリアスに畑仕事をさせていた理由を考えれば誰でも簡単にわかること。だが、それは最初からそこまで考えるだけの能を有するものが出来る事。いくら彼らがアーネルド伯爵について行かなかった貴族軍とは言え、本当に理解していたのかは別問題なのだろう。


 そこに責任はない。私たちとて意図的に話さなかった。

「敗戦する。承知した上で、私たちは最初から受け皿を作っていました。」

「……それが、開墾だと?つまり、エリアス殿の部隊は、私たちが必死に苦しい思いで調練をしていた時、呑気に農具を持って土いじりをしていたと?」

エリアスが堂々と頷いた。彼は農民出身だ、おそらく己の仕事に自信を持っているのだろう。それでいいと思う。少なくとも、他の誰の部隊でも、同じレベルの仕事は出来なかった。だが、彼は……名前は忘れたが反論しているあの貴族は、そう思わないらしい。

「つまり、私たちが苦しんでいる中、楽をしていたと?」

随分と出っ張った腹が引いたように思う。いや、心持ち引いた程度だろうか?それでも調練前と比較するならわかりやすいくらいに痩せた体躯は、彼がそれだけ必死にコーネリウスの指示に従って走り続けたことを示している。一日に休憩時間を抜いて六時間程度走り続けた苦労を、背負っていない部隊があることに許せない。


 その気持ちは、俺にもわかる。自分が苦しんだと思っていれば思っているほど、感じていれば感じているほど、「なぜあいつらは」と思う気持ちはよくわかる。

 滑稽なのは、それを思っているのが、農民たちに「なぜ盗賊退治もしないのに飯が食えるのか」と思われていた貴族自身に他ならないという点だろう。

 だが、エリアスは笑みを浮かべるだけで何も返さなかった。それは、何もしない貴族に何度も煮え湯を飲まされてきたエリアスだからこそ感じるであろう、優越感ゆえだろう。

 エリアスは今、『ペガサスの砦将像』。アシャト陛下直属の部下。……つまり、今目の前で叫んでいる男が男爵だろうが子爵だろうが、時と場合によっては伯爵・侯爵と比較してすら、立場が上の人間なのだ。醜く叫んでいる貴族など、おもしろくて仕方があるまい。


 だが、その態度はその貴族を激昂させるだけだった。

「この、貴様、偶然『像』に選ばれたといっても農民の分際で、男爵に逆らっていいと思っているのか!」

「やめろ、パーテイン男爵。貴公に正義はない。」

「しかし!」

「分からぬか、男爵。開墾は、私の命令でエリアスが行った仕事だ。エリアスに文句をつけるということは私に文句をつけるということだ。」

コーネリウスが介入する。その発言を聞いた瞬間、うるさかった男爵は一瞬で口を噤んだ。


 その光景を見て、戦慄する。これが、貴族社会。これが、貴族。

 コーネリウスという、バイク=ミデウス侯爵家の次期家長に対して、男爵は反論を口にすることすら許さなかった。……コーネリウスが許さなかったのではない。男爵が、自ら、口を閉ざしたのだ。

 言葉だけを見れば侯爵が口を閉ざさせたも同然だろう。ここで反論すれば、少なくとも、男爵の身分にある男が、侯爵の方針に文句を言ったことになる。そうだとわざわざ、コーネリウスは言葉にしてまで念を押した。


 だが、それを恐れたのは男爵自身。命の危機、お家の危機、妻や子、愛人の命かもしれない。何が頭を駆け巡ったかは知らないが……とにかく彼は、侯爵に文句を言うことを恐れたのだ。

「さて、エリアス。では田畑の開墾は間に合わない。どうすればいい?」

侯爵という身分一つでその場にいる貴族のほとんどの反論を封じたコーネリアスは、さっさと次の話題へと移った。その問いに対し、とっくに用意していたのだろう。エリアスは持論をコーネリウスに対して展開する。

「まずは狩猟による保存食の作成を急ぐことでしょう。幸い、馬で4時間ほどの距離の位置に山があります。そちらにアメリア様を送って、肉を確保、保存食化するべきです。」

「そうしよう。……いや、待てどうしてアメリア嬢だ?クリスでもよかろう?」

「いえ。クリス殿は明日以降のために必要です。アメリア様でしたら、空を飛べるためクリス殿よりも早く山に付き、早く帰ってくることが出来るでしょう。また、アメリア様の天馬騎兵隊は槍での戦闘を主軸に捉えていると伺っております。ですが、弓を扱う練習をしておいた方がよいでしょう。」

それは少し思っていた。空から攻撃されるときに一番やられたくないのは弓による攻撃だ。もちろん、上空から弓矢を射るとなれば手綱を握るのは難しいし、おそらく槍以上に落下の危険は高まるだろう。……いや、同等だろうか。俺はペガサスに乗らないし、載って戦うところは想像できないが。


 だが、弓を射られるのは地上部隊にとっては厄介だ。アメリア嬢は、どちらかといえば空対空の戦いを重視しておられるように見える。

「……。」

アメリア様は黙したまま答えない。そういえば、彼女が……というか、ペガシャール帝国軍が弓を使うところを見たことがない。


「アメリア殿。その、大変失礼な質問で申し訳ないのですが……弓の実力はいかほどで?」

「……三段階格です。」

それはダメだ、とここにいる誰もが思った。1段階格、弓と矢の構造を理解できる。2段階格、矢を弓を用いて放つことが出来る。そして三段階格、的の中心から半径3メートル以内の距離に飛ばすことが出来る(なお、的までの距離は20メートルとする)。ダメだ、実戦では使えない。いや、それ以上に。『像』に任命された指揮官がそんな醜態をさらすわけにはいかない。

「それで毎日妙に早い時間に起きてきていたのか……。」

ミルノーがポツリと呟く。それを聞きとがめて、アメリアがミルノーの方を思いっきりにらみ据えた。どうやら、練習自体はしていたらしい。

「狩りは、魔術を用います。兵士たちにも“魔法弾”は撃てるように練習させているので、何とかなるでしょう。」

アメリアの提案に、全員が一様に頷いた。変に文句を言って睨まれたくはないし、努力しているなら構うまい。

 だが……とんでもなく恐ろしいことに気が付いたように思う。アメリア様がペガサス騎兵たちに魔法を教えている、ということはだ。それは空中から戦術魔法をバンバン撃ってくる部隊にもなりえるのではないか?と。


 いや、なるだろう。一年二年ではどうしようもないだろうが、10年もすれば、魔法の才能のあるペガサス騎兵くらい現れるのではないだろうか。それは、こう……非常に恐ろしいことだな、と思う。

「二つ目の方略ですが。」

話の流れをぶった切るように、エリアスが続けた。いや、今の場合はエリアスが正しい。少なくともこのまま話を続けていいことはない。

「あまりやりたくなかったのですが……今から、あの荒れ地を燃やします。」

「燃やす?なぜだ?」

「雑草類が多すぎて、土地を耕すのが難しいためです。燃やしてしまえば、少なくとも雑草を刈る手間は省けます。」

ああ、それは確かにやりたくないな、と俺は思う。傭兵団は、傭兵として戦地を転々としてきたが……長期の戦をした時などは、時折農作業に精を出すこともあった。

「なぜ、しなかったのだ?」

さっきコーネリウスに黙らされた貴族が言った。最初からそれをしておけば、共に地獄の訓練を受けられたではないか、とでもいうように。


「時期を見計らわねば、どこまで際限なく燃えるか分かったものじゃないからですよ。こちら側の雑草は概ね刈ったので燃料不足で燃えないでしょうが……反対側は違う。下手をすると、何十キロも燃え広がって、目の届かぬところにある集落や他の田畑を燃やす可能性だってあり得ました。出来なかったのですよ。」

「そんなもの、農民たちのことなどどうでもよかろう!」

「ふざけてるのかてめぇは!」


 貴族が怒った。平民の集落や田畑というくだらないことのために手を抜いたのかと。

 俺がキレた。そんなだから、ペガシャール王国は滅びの一途を辿ったのだと。

今まで最低限しか言葉を口にしなかった俺が、声を荒げて立ち上がる。その鎧の重圧も合わさって、貴族には巨人のように映っているだろう。

 恐怖に引き攣る貴族の表情筋。エリアスと違って、俺は名のある傭兵団長だ。戦争の勝利敗北の噂、俺たちのやってきた偉業だけではない。残虐な行為も、貴族の耳には入っていよう。


 だからこその、この怯えよう。それを、無意味なものだと、俺は断じた。こいつは斬る。なんとしても、農民たちの命をあっさりと切り捨てるこいつを斬ることに、俺は何の躊躇いもなく……

「どうして、今日なら出来るのだ?」

割り込むように言葉を発したコーネリアスの胆力は異常なのか。それとも、俺には勝てるという傲慢か。その目を睨もうとコーネリアスの方を向いて、気が付いた。

 豪胆?傲慢?そんなものであるものか。こいつは、俺を、信じている。俺の心の中に持つ、職業意識を、これからやるべきことを見間違わないという将としての判断を、こいつは信じている。

 ……諦めて、座った。貴族がニヤリと笑うのを見た。きっと、コーネリアスが自分を助けたとでも思っているのだろう。違うさ、コーネリアスは俺を助けたんだ。


 激情に身をゆだね、己の意思に反する貴族を殺したという外聞を俺が背負うことのないように。

「今朝の雲はうろこ雲でした。農夫の間では、この雲は即ち『夕方に雨が降る』雲だと言われている雲です。絶対とは申しませんが、今日の夕方には雨が降るでしょう。」

それなら、火を使っても問題ないだろう。絶対ではないところが多少悩ましいが……しかし、納得できる理由だった。

「燃やした後は?」

「鋤や鍬をここへ置いていき、残す生還者たちに耕させます。やりやすいよう、明日以降、クリス殿の騎馬隊が疾走すればよいと思われます。」

普通馬が走った後の大地は固まるのではないだろうか。……いや、場所によるだろう。

 

 少なくとも火で雑草が燃え、場合によっては根すら燃えている大地が、雨でジュクジュクになった直後。そう言われれば確かに、少なくとも『耕しやすい土地』にはなる。

「……お前がそういうなら、そうしよう。だが、残り出陣までの数日は、お前の部隊は徹底的に開墾作業をしろ。他の貴族どもは開墾も農民も見下しているからな。任せられない。」

「……わかりました。」

「あと、だ。同じ『像』だ、敬語はやめろ。……正直なところ、お前たちが貴族に舐められているのは、お前たちの出自は確かにあるが、お前たちが『像』として振る舞わないことも理由だ。少なくとも、他の貴族どもにへりくだるな。お前たちの方が立場は上だ。」

「コーネリウス殿!」

「何か間違いを言ったか、私は?それとも、陛下が彼らに『像』を与えた、その采配が間違いだと?」

貴族たちが言葉に詰まる。どちらにも、貴族たちは否定できないようだった。

 なぜかは一瞬わからなかったが、数秒考えて理解する。

 ……少なくとも、『王像』に選ばれたアシャト陛下へ遜る以上、『像』に選ばれた俺たちにも、彼らは媚を売らねばならないのだ。……たとえ気持ちに嘘をついてでも。


 なぜなら、俺たちは陛下に『神の力の一部』、即ち『像』を授けられた者だから。俺たちを見下すことは、王の決定を見下すことであり、同時に一部であろうと『神の力』を見下すことになるから。

「これ以上の反論はないな。では、暗黙の了解も言語化しておこう。生還者たちは一人残らずここに置いていく。そのための物資は残す。幸いにして、当初の予想していた消費物資より少ないからな。彼らが1ヵ月生きれるくらいは残せるだろう。」

コーネリウス殿……コーネリウスも、何か怒っているように見える。まるで今すぐ会議を終わらせたいかのように、冷たい声音で、次々と言葉を継いでいき。

「では、これで会議を終了する。あぁ、バーテイン男爵。」

締めの言葉の後に、コーネリウスは、続けた。


「農夫は国を支える、我ら貴族の収入源だ。それを軽視することは論外である。その上、陛下が任命なされた『像』の方々への非礼の数々。許してはならぬものだと考える。」

「え。」

男爵が驚いたように硬直した。俺も、コーネリウスの怒りの原因が、エリアスへの侮辱だと知って驚いた。

「よって死罪とする。処刑人はエリアスとペディア。……我が友を、我が同僚を侮辱したこと、断じて許さん。」

以外、だったと言っていい。俺はコーネリウスと、一日10分ほどしか顔を合わせることがなかった。エリアスもほとんど同様だろう。……いや、俺はまだ調練を一緒にやっているが、エリアスはそもそも会うことすらない。

 なのに、彼は。思っていた以上に、俺たちに友誼を感じていた。……ああ、意外だった。


 俺は、コーネリウスをちゃんと知る機会を設けよう。そう決めた。

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