49.『像』たちの婚活事情(3)
じっと見つめられて三人は一筋、汗を垂らした。
「いや、なんでそんなに……。」
「いいか、ミルノー。お前がいた山賊の拠点と、ここ、ペガシャール帝国では常識が違う。山賊で結婚しているいないと、帝国で結婚しているいないでは、本当に大きな差があるんだ。」
「それはもうここまでの話題で嫌というほど理解しましたよ……それで?そういう私は、どういった結婚をすることになるので?」
ミルノーの瞳は、まるで『どうにでもなれ』と言っているかのように投げやりだった。まあ、そうだろう。彼自身、『ペガサスの兵器将像』の力も、彼が望んだ立場ではない。
だから、俺自身にも負い目がある。こいつは山賊だった。生き残るためには必要だった。いくらそう言い聞かせたところで、一生をペガシャール帝国に縛られることになる『像』への任命、その役職への納得は少ないだろう。
「いえ、そんな顔をしないでください、陛下。私は『像』としての立場そのものには納得しておりますよ。」
「そんなわけあるか。どう考えても王族の立場を盾にした命令であったであろう。」
それは……と一瞬ミルノーが目を泳がせる。そうだ。こいつは降伏し、命を……山賊たちの命を救う代わりに、俺の元で『像』になった。
「『ペガサスの王は適材適所。配下に役目を与え、正しき采配の元で国を支える』。それが、あなたです。アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシア。我がペガシャール帝国の偉大な皇帝。」
ミルノーは、はっきりと、胸を張って言い切った。その言葉を、彼はここを目指す行軍中、必死になって覚えていたのを、俺は知っている。彼は『像』になったことによって、エリアスやペディアとともに、俺の『像』としての基本的な講習を受けていた。
「その言葉は即ち、『像』に任命される人間の有能性を示すものです。あなたは私に、『兵器将像』としての価値を見出し、任命した。あの非常に優れた名剣名槍を作ったバーツではなく、この私を。」
それは。彼が作るのは、あくまで優れた武器であり、戦争に向いた兵器ではないからだ。バーツは数打ちの武器は作らない。数打ちの武器を作らないのはよいが、それは『兵器将像』として前線働きをするには向いていないのだ。
だからこそ、軍団用の兵器を開発する男に、白羽の矢が立つ。こいつの開発した大量の兵器群は、前線に出てこそ意味を持つものだからだ。
「あぁ。お前には確かに、『兵器将像』としての価値がある。それは全面的に認めよう。」
「ありがたきお言葉。この『像』への任命は、その言葉の何よりの証明でしょう。ですので、私はこの立場に十分満足しておりますよ。」
その言葉は、彼に憎まれていてもおかしくないと考える俺の心を少しだけマシにした。王とは、因果で面倒な商売である。もし遠慮を感じていたとしても、それを見せること、感じ取らせるような愚を犯してはならない。そういう職業である。
だが、それでも、感情を止められるわけでもない。彼らが苦々しく思っていないなら、それに越したことはないのだ。
「結婚の話に戻ろう。お前は……いや、正直なところ、貴族勢以外は、なかなか難しい結婚の話になるだろう。」
行き遅れのペテロ以上に、彼らの扱いは繊細だ。
「ペディア、エリアス、ミルノー、クリス。後、ニーナ。この五人はとても扱いが難しい。元来の『神定遊戯』であれば、お前たちが『像』に選ばれる可能性などないからだ。」
貴族から多くが選ばれる。戦争で成り上がるタイプの貴族も、結果として『像』になるタイプもいないわけではないが、彼らはそれに見合った功績を立ててから『像』に任命される。
山賊上がりのミルノーとクリス。彼らはただでさえ『王と敵対したこと』があるという前科がある。
放浪者から成り上がったニーナ。彼女は『身元が完全には証明できない女』という、国に仕えるにあたって最悪のレッテルがある。
村人上がりのエリアスと傭兵上がりのペディア。彼らは『戦争しか出来ない野蛮の出』と陰で言われていることを、俺は知っている。
そして、全員に共通することとして、『たまたまアシャト王と出会うことが出来た運だけの像』という共通項を持つ。
功績はこれから増えるかもしれない。だが、それは本当に彼ら自身の才覚の賜物なのか。ただ、『像』に任命され、それだけの力を得たから出来たことではないのか。彼らはずっと、それを囁かれ続けることになる。
「それは、結婚でも同様だ。『像』の一族という魅力と、『運によって像になれた』人間への嫉妬。お前たちの結婚事情がどっちに転ぶかわからない。」
嫌うものは徹底的にミルノーたちを嫌うだろう。貴族は、綿々と受け継がれてきた高貴な血の末裔だ。昔立てた武勲、政治的功績。それらが成り上がり者を忌避するだろう。同時に、『像』の一族であるということは、少なくとも俺が生きている間の出世は内定したようなものだ。それを無視できることもそうない。
だからといって納得できるように、人間というのは出来ていない。納得しろというのは、普通のものにとっては酷な話だ。
「……お前たちが恋愛をして、武勲を立てて、報酬に結婚を望むという形が一番望ましい。」
次点で、貴族たちが武勲を立て、『像』と息子娘の結婚を望むことだろう。どっちになるかはわからない、が。
「『兵器将像』は3つ。うち一つは大抵の場合ドワーフが任命され、残り二つもドワーフの一族が妻に入ることが多い。お前の妻のうちの一人はまず間違いなくドワーフだろう。」
「妻の一人、ですか?」
複数の妻を持つと言われて、驚いたようにミルノーが目を見開く。複数妻帯は国王の特権ではない。『像』の特権である。
「ああ。『王像』が正室一人であることが望まれないように、『像』も複数の妻か複数の子を持つことが求められる。『像』の子孫は、魔力や身体能力が軒並み高い。」
才能を持った子が生まれやすい。つまり、子は功績を立てやすい。一族を安定に導きやすい。結果、貴族たちの家を維持するためのにも、『像』たちは少なくとも二人以上の人間と結婚することが多い。
『像』自身だけではなく、『像』の子というのは、往々にして政治取引の材料である。
……孫以降は、純粋に追いかけるのが難しく政治材料にならないことも多いが。
「王様の方で止められないんです?」
エリアスは農民の出だ。農村の常識がこの20数年の人生で染みついている。一夫多妻を受け入れるのは難しいだろう。
それでも、受け入れてもらわねば困る。それくらい、『像』の力も存在も、大きい。
「止められない。才能ある人間が確実に生まれる、ということは即ち、ペガシャール帝国のさらなる発展に結びついている。王としては、止める理由がない。」
理由があっても、それが俺の感情論である場合、貴族たちが納得しない。俺の目の届かない水面下で、ドロドロの妻押し付け劇が繰り広げられることだろう。
「クリスは?」
「ヒュデミクシア王国からの亡命貴族に婚約者がいると思われます?バカも休み休み言ってください。」
「……そうか。」
本当は婚約者自体はいたのだろうな、と、クリスの目が語っている。同時に、クリスは家出息子だ。帰ってくると思われていないだろう。そうすると、クリスと婚約者の関係性は切れていてもおかしくない。
二度と帰ってこない過去を掘り起こすな、未来のことを考えろ。クリスの目は、何よりも雄弁にその言葉を語っている。
「お前はほんと、貴族らしい。」
山賊に身をやつした。こいつの人柄は、貴族らしくない。立ち居振る舞いも言葉遣いも、貴族のモノとは大違いだ。
だが、考え方や姿勢は。あるいは染み込んだ常識は、何よりこいつが貴族であると語ってきているようだった。それも、弱肉強食たるヒュデミクシアの。
「オベール。」
「……難しい、ですね。婚約者はいますし、ソウカク山で功績を上げた後結婚する話も出ておりました。」
ああ、それは難しいな、と俺は腕を組んだ。
オベール=ミノスはソウカク山に配属された。つまり、元より貴族の家柄だ。その中でも、おそらく切り込み隊長を任されていたことから、アルス=ペガサス公爵家と家柄が近い。そしてそのアルス=ペガサス公爵家は、アダット派の貴族だ。
アダット派の貴族と家柄が近い。即ちミノス男爵家は家としてアダット派だ。婚約者も間違いなくアダット派の貴族から選ばれている。
「相手の家柄は?」
「同じ男爵家です。ダイアナ=ボロトシア=ザガン。ザガン男爵家の長女です。」
「男爵家であれば、敵でも重い罪にならんだろう。大きな役職を持っているでもなし。ただ、婚約、婚約か。」
国が三分されている今、オベールが婚約者と結ばれる確証を与えるのは難しい。
「そもそも結婚したいのか?」
「それは……正直に申し上げれば、はい。同じ結婚するであれば、私は彼女がいいと思っています。」
エルフィの問いに、僅かばかりに目を背けながらもはっきりと返事がされた。
頬は紅潮し、目を背ける姿はこう……大変に微笑ましい。惚れていると全身で伝えているかのようである。
熊のような体躯の男が、それほどまでにもじもじする姿はこう……言葉にしがたい愛らしさがあった。
みなが目を丸くする。ペテロなどは、あまりなオベールの乙女じみた姿に眉を潜めていたが。まぁ、ひがみくらいは大目に見てやる。
「お前、こう……力だけで恋愛みたいな繊細な感情はないものと。」
「それはいくらなんでもひどくないですか、エルフィール様。」
失礼、取り乱したとエルフィが返すが、おそらく彼だけではない。俺も、デファールも、ディールですらも驚いている。メリナに至っては目を見開いて完全に硬直してしまって……あ、と思った。
「あぁ、マリア、メリナ。外に出ていたらどうだ?」
子供に聞かせる話ではなかったと今更ながらに慌てる。
「いえ、陛下。どうせ数年後には私たちも行き当たる問題です。姉さんも、ハーフの地位確立の先駆けになるなら、聞いておくべきでしょう。」
言葉に詰まった。エルフであるということ、子供であるということ以前に『像』である。結婚は、確かに嫌でも突き当たる問題だ。
「そう、だな。わかった。まあ、とはいえこれでほとんど全員なわけだが。」
そういうと、ペディアとエリアスがコーネリウスたち貴族組の方を向いた。
これが、おそらく貴族とそれ以外の認識の違いだろうな、と思った。
「コーネリウスたちはオベールと同じだ。婚約者はいるだろうが、その実家はすべて敵対勢力だ。しばらくは会えないだろう。」
戦後処理で俺が殺す可能性も大いにある。残念なことに、彼らの婚約事情は知っていても知っていなくても変わらない。
「さて、これは中々、時間がかかりそうだ。」
一番身を固めるのが早いのは、たぶん俺だろうな、と思う。何しろエルフィとの結婚が確約されているわけで……
「これからどう立ち回るか、か。」
それ以上何か言えるでもなく、俺たちは立ち上がって仕事へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます