48.『像』たちの婚活事情(2)
言われなくとも態度を見れば一目瞭然。『ペガサスの宰相像』ペテロ=ノマニコは未婚だ。
「……もとは貴族であるお前が未婚とはまた、どうしてだ?」
改易されたとはいえ、だ。貴族……今年31歳になった元貴族が未婚だというのは、考え難いものだ。
「普通、貴族家の長男は18歳以前で妻を迎えます。また、次男以降はそれより遅く、20歳前後。そしてその年齢は、2年過ぎれば遅い方、5年過ぎれば行き遅れです。」
男に行き遅れとは言うまいが。言いたいことは伝わるからいいだろうか。
ペガシャール王国では、それが常識だ。わかっている、というように俺が頷くと、ペテロは続けた。
「ノマニコ男爵家の長男だった兄が死亡した時点で、次男の私は21歳でした。まだ未婚、急に嫡男となった私は、男爵家を継ぐための実績作りのために王都へ行くことになりました。」
王都で仕事をしたという事実は、時に一族で要職に就くために重要である。特に、領を治める必要があるような貴族は特に、だ。
「私、ノマニコ家では特に必要でした。クジャタ伯爵家領の代官として領地を治める役割を代々受け継ぐ私属ノマニコ家は、しかし男爵家ということもあって領内でさえ舐められやすい。だからこそ、中央で仕事をするクジャタ伯爵家自身とつながりを持っておくことが必須でした。」
わかる。代官は領主の代わりに領を治めるものであって、結局権力自体はほとんど全てを領主が握っている。
領主に直談判したとき心情的に有利になるように、よく言えば手腕や人格、安直に言えば顔を、領主自身に覚えてもらわなければならない。
そして、ペテロは王都へ赴き、仕事を始め、物流の流れのおかしさや賄賂の横行をその目に焼き付けて……彼は見過ごすことが出来なかった。
「いくらなんでも横行していい量の賄賂でも、モノの数でもなかった。農民はどう考えても二日に一日は食事を諦めなければならない。食べることが出来る1日ですら、満足に食べたとは言えない。国から出ていくお金も入ってくる税収もそんな感じでした。その上、他貴族から徴収しているはずの税収は、申告・承認されたはずの額より少ない。どう考えても度が過ぎると思い、陛下に直訴いたしました。」
結果は、俺でなくとも予想できる。あの今上が、現状のあまりにもあまりな国政に気づいていないはずがないからだ。
ゆえに……わかりきった事実を高らかに叫び、どころか明確な身分の意味合いでの無礼を働いた男の行く末など、一つしかない。
「邪魔だ、外へ追い出せ。それだけならばまだよかった。」
ペテロ=ノマニコは職を追われた。ノマニコ男爵家は一族郎党皆殺し、財産はわずかも残さずに接収。
やりすぎかと言われれば……そんなこともないだろう。ペテロの心情を慮るなら憤るところであろうが……ペテロの立場からすれば妥当な処分である。
むしろ、なぜペテロが生かされたのかの方が、疑問だと俺は思う。ペテロは、法的にも対外的にも「殺されるべき」だった。
だが、ペテロの怒りは、処分に対して向けられたわけではないらしい。まぁ、これでペテロが「処分は不適当だった」などとほざけば俺はこいつを処分しなければならなかった……『宰相像』を溝に捨ててでも。
彼にとって悪かったのは、その処分の結果。何が起きたのかといえば。
「我らが財の接収された行き先が国庫なら、よかった。農民たち、国民たちならもっとよかった。しかし、現実はとても非情でした。」
ノマニコ男爵家のほんの僅かばかりの財産は、クジャタ伯爵家長男がすべて接収した。王家国民ではなく、最悪として想定された上司たるクジャタ伯爵家ですらなく。
クジャタ伯爵家長男の手に、握り込まれることになり。そしてその財産は、彼の主の不祥事をもみ消すために使われたという。
「私は、ゲリュン=ペティット=クジャタとその主アダット=エドラ=アゲーラ=ペガサアシアを許しません。」
彼の瞳に宿る憤怒は、異常だった。クジャタ伯爵家に吸収されたのなら、ペテロとて文句を言わなかったのだろう。だが、実際は、ゲリュン個人の懐へと入り込んだ。
子分の財産を親分が接収する。それ自体はおかしくはない。話を聞く限り、上司を飛び越えて国王に直訴したペテロは、処分されて当然である、が……
ことはそれ以上の悪行だ。
ゲリュンは、アダットが行う愚行を止め、時に握りつぶし、時に他人へ責任を押し付けるために、大量にお金を得る必要があった。
ペガシャール王国国王も、息子の愚行を隠匿するためにゲリュンをアダットに付かせ、ゲリュンの資金が尽きないよう、ゲリュンがアダットを守り続けられるよう、尽くす必要があった。つまりは、国王とゲリュン、二人によるマッチポンプである。
同時に、そんなことは少なくない量、国内で多発していた。
「良いのですよ、滅びては困る家を残すために謀略を尽くすことも、国家のために賄賂を融通することも。むしろダメだという人間は政治家失格でしょう。」
だが、無制限はダメだ。節度がなければダメだ。何より、家存続ではなく個人のためにカネが使われたという事実。王族の不祥事をもみ消すため
「私の家だけだったのならば耐えましょう。ですが、アダットが起こした不祥事は一つや二つではなく、そのために取り潰された貴族、賄賂の確保のために接収された貴族の数が十では済まない。いくら何でも異常としか言えません。」
それを引き起こしたアダットも、隠匿するゲリュンも、ゲリュンを助ける国王も。
「必ずや殺してやります。」
「お前が戦争に参加することはないんだけどな。」
「ええ、私に殺す力ありません。ですが、私の使えるアシャト様が勝てば、必然的に彼らは死にますからね。問題はありません。」
屁理屈、と一瞬思ったが、そういうわけでもないだろう。俺が勝つということは、逆説的にアダットは負ける。アダットが負ければ、ゲリュンも死ぬ。……いや、殺す。
「まあ、お前の復讐心はわかったし、結婚できなかった理由もわかった。……だが、改易されて在野におりても、そんな暇なかったとか言うなよ?」
俺が最初にあった日、こいつはさる商人の家で財政管理をしていた。そこそこ名前の売れ始めた商人の家で、懐刀のようなことをしていた。
出会いがなかったわけでは決してないだろう。
「ええ。確かに、ありましたが。その場合、私が没落貴族であること……あるいは、ゲリュンに目をつけられた元貴族だということがバレますからね。」
結婚相手から……いや、その父親や縁故者からしてみれば、王様や側近に目をつけられた貴族様だ。家が滅びる可能性もある、簡単にペテロを受け入れられるはずがない。農民でも、一族皆殺しの危険を負うのは流石に嫌だろう。
そこまでの教育を受けた農民なんて、普通いない。エリアスがあまりに特殊なだけなのだが……まあ、触れずにおいてもいいだろう。ペテロの矜持の問題だろうし。
「ということで、全ての縁談を断り続けてまいりました。」
「断ったのかよ。」
受け入れつつも、場を和ませるために突っ込んでおく。縁談がある程度には彼の人間性に問題がないようでよかった。
俺の答えにペテロがハハハと笑う。こいつは31歳、未婚。ペガシャール帝国としてはこいつにはちゃんと一家を新興させてもらわなければ困るところだ。
「とはいえ、私が『ペガサスの宰相像』に任命された時点で、ノマニコ家の再興は出来ました。後はきちんと後継を作れるか、というだけの問題でしょう。最悪、養子でも迎えますよ。」
それは困る。それに、再興というがそれはノマニコ家というだけ。王直下の貴族に、ノマニコという名がない以上……彼は、新たに。『宰相』に見あう爵位をもった貴族になってもらわなければならないのだ。
とはいえ、今すぐにこいつの結婚相手を用立てることは出来ない。地位を作ることは出来るが……それに見合う領土と財源を確保させてもやれない。
「……まあいい。最悪の場合、お前は旧王権と俺たちの橋渡しになる可能性がある。……意味は分かるな?」
「……納得したくはないですが、まあ。国のためと言われればどうしようもありませんし、わかりました。納得いたしましょう。」
結婚相手に関しては特にどうでもいい、とペテロは言った。なら、ペテロの結婚相手に関しては完全に政略の領分になるということだ。31歳などという、行き遅れと言われるどころではない政界事情を考えると何とも言えない要素は多いが……女性ならさておき、男ならどうとでもなる。
子を残せばいいのだから。育て上げるのは……どうせ、『宰相』にそんな余裕はあるまい。
仕方がないから次に目を向けた。
「では、次だな。ペディア?」
「傭兵が身を固めるのは引退する時だけですよ、普通。」
即答。
「だろうな。とはいえ、もうお前は『四強傭兵部隊』ではなく我が国の将の一人だ。いずれは貴族籍が与えられる立場になる。悪いが、戦場に立ったまま結婚してもらうことになる。」
「問題ありません。私が傭兵の世界に飛び込んだのは、そうしなければ稼ぎにならなかったからです、陛下。」
傭兵稼業も将軍業もたいして変わらないだろう、という意味で、こいつは言っているのだろう。生死の不安やらなんやらは、傭兵であれ将軍であれ変わらない。ただ戦って、勝てばいいのだ。
「……まあ、いい。今はいい。」
政治が関わってくると戦争で勝つ負けるだけの話ではないのだが、今ペディアに言ってもわからないだろうという気がする。だから、俺は口を噤んだ。とりあえず、エリアスに目を向けようとし……
「俺は、妻は既に。」
他界しました、と続けられた。こいつの出自はさる村の村長の息子だ。四ヵ月戦い抜いたと言っていたが、まさか。
「いえ、殺されたわけではありませんよ。村が襲われて、迎撃してを繰り返すと、どうしても食糧供給が途絶えるんです。それに、彼女は勝てなかった。それだけです。」
即ち、餓死。本当に、エリアスは修羅場をくぐっている。
瞳の奥に深い悲しみを滲ませ始めた彼に、俺はかける言葉がない。……妻を失った経験は、俺にはないのだから。
「……そうか。悪い。」
「いえ、もう5年近く前の話です。もう納得していますよ。」
一瞬見せる儚い笑みは、彼が本当に吹っ切れたわけではないことを意味している。おそらく、本当に愛していたのだろうな、と頭の片隅で考え。
「まあ、どちらにせよ国内を安定させるまではエリアスも放置だな。お前は農民出身だ。下手な貴族は騒ぎかねん。」
面倒くさい。そんな表情を隠そうともせずに俺は言う。それに、エリアスはずいぶんとほっとしたようだ。やはり振り切っていない。……なんとなく、ではあるが。こいつが故人を思う気持ちを受け入れられる人でなければ、こいつは結婚できないだろう。そんなことを思った。
「では最後に、お前たちだな?」
「あとニーナもだけどね。」
俺、ディア、エルフィが見つめる先には。
父親と別行動をし、俺たちの陣営に加わった貴族たちと。
『ペガサスの兵器将像』ミルノー=ファクシ。『ペガサスの近衛兵像』オベール=ミノス。『ペガサスの騎兵隊像』クリス=ポタルゴスがいた。
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