47.『像』たちの婚活事情
俺の疑問に、『像』たちはみな沈黙を持って答えた。その意味は、アシャト派貴族たちに大きな波紋を与えるほど大きなものだ。
ペガシャール王、アシャトに信頼された将たち。それが、『ペガサスの像』たちだ。俺の場合、その多くの場合が人員不足と必要に駆られてではいるものの、その才能に文句が出ない人材のみを選んでいる。……実績はさておくしかないが。
そんな彼ら『像』のメンバーと婚姻を結ぶということは、ペガシャール帝国内でも指折りの役割が与えられる、という意味だ。
あるいは、すでに役割を与えられた人間を、自家に取り込めるということだ。
神が世界に与えている影響が大きい現状、ここで『像』を持つ人間を家に取り込むことには、大きなメリットが存在する。
『像』の子供と、俺の子供が、必ず交流を持つ、ということだ。それが確約される程度には、『王像』と、それ以外の『像』との関係は、絶対的な親密さを持つ。
「エルフィは王族であったからそうおいそれと婚約出来なかったからだろうが……そも、エルフィ、いくつだ?」
別室に慌てて移動した『像』たちで緊急会議を開く。下手を打つと、婚約戦争で派閥抗争が起きかねないというのに、俺もまあ暢気なことである。
「女性に年齢を聞くのは失礼だと教わらなかったのか?お前と同い年だよ。」
「あいにく、俺の親は女性関係の話は教える間もなく死んでいったもんでな。」
さっさと死んだおかげで王族専用の保険金が下りて借金は消えたが。言葉にならない恨み節を吐き出す。……せめて俺の後見人くらい用意してから死んでほしかった。もはや血を継いでいるだけの「エドラ」など厄ネタにしかならないことくらいは承知しているが。
王族、特に『王像』に選ばれる可能性がある王族の一族には、ある程度、家が没落しないための予備金がある。
具体的には、後継がいる状況で、その後継が家計を支えられないほど幼い歳で、さらに両親と死別した場合のみ、生活するための資金が降りる。
両親の代までは『王像』になる可能性があったために辛うじて男爵の爵位にしがみついていた俺の家が、国からわずかに給料が出る程度の爵位しかない騎士爵まで落とされたのも、両親との死別が原因だ。
現在の国王が、両親の死をきっかけに『エドラ=スレイプニル家』を事実上滅ぼそうとしたのだということは、俺もよく承知している。
「兄は女性の扱いなど教えないだろうからな。」
俺に教育を施したギュシアール師の弟が苦笑交じりに言うと、俺も微笑みながら頷いた。
「全く何も教えられなかった。ただ、騎士道に近いものは教えられたな。」
「ほう、なんと言われたんだ。」
「子を産むことの出来る能力を持つ女性は、守るべきものだ、と。子孫を遺すことは、すべての生物が命であるために必須の義務だから、と。ゆえに、男を相手するより遥かに誠実であれと。」
「それだけなのか?」
「それだけだな、それ以上の記憶はない。」
エルフィは笑った。「ま、そうだろうな」と。彼女も師匠に色々と教えてもらった過去がある。だから、師匠の性格はよくわかっているのだろう。
貴族の血として女性関係がないわけにもいかないが……あの世直しと自分磨きに一直線だった師が、まともな女性関係などあったはずがない。
俺はデファール、エルフィとひとしきり師匠の話で盛り上がった後、そういえば、とコーネリウスとデファールを見てから言った。
「二人は面識があるのか?」
「ああ、ありますよ。ミデウス侯爵家のクシュルとは昔馴染みです。」
「戦えるのか?」
友と。昔馴染みと言うなら、相当近い間柄だろう。声音も心なしやさしく聞こえるし。
仲がいい相手と敵対すれば、本気で指揮できないのではないか?という疑問に、彼は笑って答えた。
「そんなことはありませんよ。それに、彼とは本気で白黒つけたかったので。」
好戦的な笑みだ、と思った。そういえば、俺は彼が将として兵士たちと話す姿を何度か見ているが、非常に粗野で、兵士たちに好かれるような、媚びることのない武人、みたいな印象を醸し出していた。
俺とこうして丁寧に話すのは、きっと人の目があるからだ。こうして俺たちが『像』だけで話す間にも、これを聞いている貴族どもの密偵は多くいるだろう。阻む気なら……俺もそういう担当を育てなければならないだろうし。
とはいえこの部屋の防音性能はそれなりに高い。そうでなくとも『王像』と密接なつながりのあるこの地では、やろうと思えば声・音の完全遮断すら俺なら出来る。
……彼らの結婚相手を決めるのは早い方がいい、という意味も相まって、わざわざそこまで労力をかけて防諜しようとは思わないが。
「密偵を取り締まるには、やはり直属の密偵であろうか?」
とはいえ、気に食わないモノは気に食わない。幾らでも盗み聞きしていいなどと思われれば俺たちの風格にも関わってくる。
さっきまでの小声とは一転、外には絶対に聞こえるような盛大な声音で言葉を紡ぐ。言った瞬間、わずかに気配のしていた彼らが一様にびくりと肩を震わせた気がした。見えてはいないが、まあ、自信があるならそうなるだろう。
まあ、本当の一流相手にはこの脅しは通じないだろうが。とはいえ、将来的には考えがあるぞ、というアピールはあった方がいい。
「武術の腕は一流にとどまるくらいであるのに、わかるのですか?」
「『王像』の資格を持つ、ギュシアールの弟子だぞ?密偵の気配の感じ方は割と叩き込まれたわ。」
必ず、必ずあなたは監視の目が厳しいですから。そう言って叩き込まれた技は、いまだ衰えず俺の身に宿っている。
おかげで、何度暗殺者から身を護ることができたか……最近では彼らが俺を襲うことは減った。
「陛下、それであれば、ちょうど良き一族に心当たりがあります。」
ペテロが自信満々に言う。
どうせ何かの文献で書いてあったりしたのだろう。大した時間の余裕もないのに、ペテロは『神定遊戯』の頃の文献を読み漁ることにも注力しているからな。『宰相』の義務とは言うが、よくやるものである。
話半分に耳に入れつつ、続きをせき止めた。
「後で聞こう。それより、婚姻の方が問題だ。」
俺のセリフに、エルフィ、ペテロ、アメリア、オベール、マリア、コーネリウス以下三名の貴族が頷きを返した。この辺は貴族の……いや、『像』の婚姻がどれほど政争の争点になるか、彼らは知っているか悟っている。
……オベールやペテロは立ち位置的に知っていても知らなくても納得出来るが、なぜマリアは平然と頷いているのか。理解力に天性のものを感じてしまう。
「正直、エルフィ以外が結婚していない理由が全くわからない。マリナとメリナは論外だが。」
さすがに12と13の孤児のエルフに「どうして結婚していないんだ?」は聞くことじゃない。が、他はよくわからない。
その問いに真っ先に返事をしたのは、今年で17……流石に適齢期に入っているアメリアだった。
「兄上は出奔していたので、縁談が舞い込んでも父上が話をできなかったのです。」
若干非難めいた視線を向けられて喉を鳴らした。非難されるに足る状況である。同時に、微笑ましいが困る気遣いを感じた。
おそらく、俺が最も身近に接してきたディールの縁談についてが最も関心があるだろう、と思ってのことだろう。
「ああ、それは、そうだろうな。三年も俺との交流はあった。それ以上前からディールは出奔していたのだろう?」
「ええ。14の時には家にいませんでした。」
つまり、俺が『王像』に選ばれるまでの五年間、一度も家に帰らなかったということだ。
ちなみに、ディールの今の年齢は19、俺は18である。エルフィも、彼女の主張の通りなら18であるだろう。
「で、アメリアは?」
彼女は現在17歳。繰り返すが、結婚適齢期である。せめて見合いくらいは経験もあろう。
「兄より先に妹が結婚するのもどうかと、見合い話はすべて保留にしております。『ペガサスの騎像』に選ばれたことで求婚者も随分と減りましたが……。」
前者はわかるが思い切っている。『すべて』保留にせずとも、それなりにいい人を探せばよかったものを……。
後者は、なんとも意気地なしばかりなのか、保身に走る傾向が強すぎるのか、悩ましいところだ。アメリアの場合、女性で『像』に選ばれている。しかも常に前線働きを求められる『騎像』だ。
正直、いつ死ぬかわからない女を妻に迎えられる覚悟のある貴族は少ない、ということだろう。子を為してもらわなければ『像』と結婚するだけの益がない。だが、前線働きでは子を産む暇がない。なら先送りする方が、賢い。
少なくとも国内が安定するまで、アメリアに縁談が舞い込むことはないだろう。
「アファール=ユニクであれば、子爵家とは思えぬ権力があるが。」
「陛下、あなたの采配のおかげで、我が家は侯爵になっております。」
「そうだった。俺の全面的な後ろ盾にならせるため、陞爵させたのだった。」
となれば、彼女を妻にできるのは、公爵か、同じ侯爵。あるいは。
「『像』の中から選ぶか?」
「陛下の愛妾というのもありかと思いますが。」
正妻であることが前提の俺の発言と、「愛妾でいいのでは?」と考えるクリスの発言が見事に被った。ヒュデミクシア王国の元貴族らしい考え方だ。
考え方は正しいが、時と場を選んでほしかったなと思う。
「クリス、よりによってエルフィがいる前でそれを言うか?」
「ハーレムを受け入れるのも妻の度量かと思いますが。」
やはり、九頭蛇の貴族は言うことが違う。あの国は正妻一人と側室八人が王に許される妻の数だという。制限が決められているのは、きっといいことなのだろうが……それでも俺からしたら八は少し多すぎる。……“艶王”エドラ=オロバス=フェリス=ペガサシアは妻の数が10を超えたらしいが。
まあ、そんなことよりも、今は視線が怖い。
「お前の考えが悪いとは言わんが、正妻の前で言うことでもないだろう?」
やんわりと、場を弁えろと伝えたつもりだったが、背中に感じるエルフィの圧がやはり怖い。視線だけでひとを殺せるのではあるまいか。なぜ誤魔化したのに圧は維持されるのか。
「ほう、ハーレムを持つのか、お前?」
「人の価値観に口出しする気まではないだけだ。それに、俺は妻を複数持つ気はないぞ。」
「アシャト様。それはそれで問題なのですが。」
俺の反論は、一人にすると言う主張はペテロに止められ、複数持ってもいいだろうという主張はエルフィに睨まれる。まあ、エルフィのそれは嫉妬とか倫理に対する疑問とは少し違って、「まだ子が産まれていないどころか夫婦らしいことすらしていないのに二人目に手を出すのか」という意味だろうと思われるが。
まさに板挟み、と現実逃避することは出来ない。これはいずれ向き合う問題だ。
「妻を複数持ち、王になる資格のある家を20数個生み出した。周囲の国を悉く誑し込み、国内をうまく平和に治めた艶王と呼ばれた『先代王像』エドラ=オロバス=フェリス=ペガサシア王の最大の失敗だ。彼が好色漢でありすぎたがゆえに、俺たちはこうして内乱になっているのだから。」
歴史を振り返って、俺は断言する。
子を為しすぎたがゆえにお家騒動になった事例など、これに限らずいくらでもある。それでも、おそらくこれは一級品だろう。なにせ、「資格持ち」を管理しきれなかった末路でもあるわけだから。
まぁ、それに救われた俺が強く言える言葉でもないが。
「俺はその事例に倣うつもりはない。同時に、ペテロの言うように側室を抱え込まないのも、それはそれで問題だ。」
下のものは上のものを見て姿勢を決める。王が潔癖であろうとすれば、多くの貴族はそれに倣おうとするだろう。
だが、潔癖すぎるといけない。下のものは俺が側室を持たないと、彼らも持つべきではないと考え、自粛の姿勢を見せるだろう。が、行き過ぎた姿勢は不満を招く。
多少のお目溢しや遊びを許さなければ、人は暴走し始めるものだ。
彼らには、「別に多少のことは気にしない、個人のことは家に支障が出ない範囲ではやりたいことをやってくれ」という姿勢を見せる必要がある。
俺が散財するわけにはいかない。まじめに国が傾く。しかし、金を使わないわけにもいかない。王が金を使わないと、貴族も金を使わない。それがゆえに、経済が回らない。……王が散財をしなければ、国の財政管理能力を疑われることもある。適度に散在しなければ、国が割れる。
とにかく今は二人目を考えるつもりはない、と全てを棚上げしつつも
「……全く、国王は因果な商売だ。で、他の婚活事情はどうなのだ?」
「忘れてなかったのかこいつ。」
話を元に戻すと即座にエルフィがツッコんだ。忘れているわけがないだろう、と彼女を見やる。
「とりあえず年齢が高い順から聴こうか、デファール。35歳のお前は、流石に結婚してるとは思うが……。」
「そうですね。私は結婚していますよ。オロバス公爵の妹と結婚し、つい先日第一子も設けております。」
血筋的には、彼はオロバス公爵に繋がるのだという。元帥が公爵家の一員……あるいは国内の意識の統一には厄介な事情な気もするが、
「大丈夫だ。皇帝の妃がエドラ=ケンタウロス公爵家に当たる以上、オロバス公爵家もいずれかの『像』と繋がりを持っておいた方がいい。ちょうどいい塩梅になるんじゃないか?」
エルフィが断言する。そうなると、どちらかと言えばデファールが『オロバス』を名乗ることが重要になってくるな、と俺は他人事のように思う。
「……まあ、いい。妻は連れてきているのか?」
「ええ。陛下より屋敷を頂きましたので、家のことを任せています。」
なら俺がとやかく言うことはあるまい。そう判断して、次の男に目を移す。
そこには、だらだらと汗を流している、ペテロがじっと、座っていた。
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