46.ネストワ家

 エルフィは驚愕に目を見開いた。

 マリアとメリナがネストワ家の関係者であったことに、ではない。それは、彼女らの姓を聞いた時からわかっていた。

 エルフィが驚いたのは別の問題だ。わざわざ、エルフの長が直々に出てくる、という、異例の事態に対する驚きだ。

 普通、エルフ族がペガシャール国王に挨拶に訪れるとき、当代の長ではなく次代の長がやってくる。なぜなら、次代の長候補は複数いるのが基本であるし、数人の戦士と研究者を国に貸し出せば、それだけでエルフ族との同盟はなるからだ。

 国王、エルフ族ともに余計な欲を出して交渉に及ばれてもその決定権がない、次代の長を使者として出すのが当たり前。それが今までの通例であったにも拘らず、今回ばかりは異例の措置を取る。

 マリナとメリナの存在は、それだけエルフ族たちに大きな衝撃を与えたということなのだろう、と予想できる。

「出奔したわが息子とその妻、ユートス=ネストワとヴァーディアの子供たち。そなたらを迎えに来た。」

「お断り申し上げます。私と姉は陛下より『像』の力を賜っております。その責を投げ出せ、と申されますか?」

「そう言っている。そなたらが戻らぬというのであれば、我々はペガシャール王国に対し一切の支援をせぬ。」

「それは重畳。この国はペガシャール王国ではなく、『ペガシャール帝国』でございますので。」その返事に、エルフ族の長は驚いたようにこちらを見た。便宜上、という建前を掲げてこそすれ、この国が『ペガシャール帝国』を名乗っていることを知らなかったらしい。

「そして、問い返しましょう。ペガシャール帝国初代皇帝、アシャト陛下は真に『帝国』を築き上げようとしておりますが、エルフ族は一族を上げた援軍の派兵はしない、とおっしゃられるのですね?」

エルフの長はマリアの強い語調に言葉を失う。エルフィは話にならないな、と軽く笑った。

 エルフの長より、マリアの方がよほど交渉事には強い。排他的なエルフでは、年齢と交渉時の巧みさが一致しない、ということが露呈した。

(とはいえ、今回はただの情報収集不足だろうがな。)

エルフィは祖父と孫娘の会話を高みから見物する。とはいえ、その血縁を強く感じているのは祖父の方だけで、マリアには全く血縁関係による情がないようだった。

「まあ、情報不足でありすぐに判断を下せない、という点は考慮し、陛下への支援の有無は今回は問わないようにいたしましょう。しかし、私と姉を『像』の責務から解き放って、いったいどう補填するおつもりだったのですか?」

甘いと承知しながらも、マリアは彼に支援の有無を追求しない姿勢を取った。確かに、厭世的なエルフ族に、ペガシャール王国の内政事情を知ったうえで交渉に来い、と言って門前払いしたとなれば、うちの国の品性が疑われてしまう。

 が、それを追求しない姿勢を取ったからと言って、マリアは自分がエルフ族に帰るということはしないつもりらしい。正面から、祖父を相手に、別の責任問題を追求し始めた。

(確かに、今マリアに抜けられると困るからな。)

俺たちの策のうちいくつかは、マリア、もしくはメリナのどちらかが関わっている。マリアのそのずば抜けた頭脳か、メリナの『工作兵像』の能力か、その両方を俺たちは欲していたし、手放したくなかった。

「そ、それは我々エルフ族からその『像』に見合う人員を派遣して」

「誇り高いエルフ族が、国政を理解した上で悩み悩んだ采配が必要になる『智将像』や、泥にまみれることが多い『工作兵像』になる?なんの冗談ですか、私たちじゃないと出来るわけがないでしょう?」

その発言には、俺も大きく頷いた。エルフ族であるという誇りが高すぎるがゆえに異種族に対する態度が常に悪い彼らに、全ての民の生活を考える、という国の事情が考えられるはずがない。

 メリナたちがそれをできるのは、彼女らの両親が出奔し、死亡し、孤児になって食うに困るという経験をしているからに他ならないのだ。

 つまり、普通のエルフ族には、マリアとメリナの代わりになることができない。その異常ともいえる知識と、それを覚えられる才とも合わせて、マリアは手放すことができない、最高の『智将像』になることができる。

「おじい様。申し訳ありませんが、これが現実です。私を助け、居場所を与えてくださった陛下にお応えするためにも、私はこの国に残り、仕えます。」

「待て、人間は百年も生きぬのに、それが終わってからも、というのか、お前は!」

「ええ。死が私を迎えに来るその時まで、私はこの国にお仕え申すつもりでおります。」

そこまでの覚悟だと思っていなかったエルフィは、アシャトの方をちらりと見る。そこには、完全に驚いて声を失っている、アシャトとディアの姿があった。

(そういえば歴史上、誰も生涯仕えた長寿種族はいないんだったか。)

エルフィは叩き込まれた歴史の年代表から、『像』に任命された長寿種族の退職年月日を思い出しながら考える。彼女らがそれほどまでの忠誠を誓ってくれるなら、仮に帝国にならなくても、『ペガシャール』は安泰だろうと、そう思った。

「安心してください。おじいさま方が我々を支援しなくても、エルフ族が生き残ることができるよう、私が尽力しますから。」

ここまで孫娘に言われて、ペガシャール帝国との縁を切るとは、さしもの傲慢エルフ族でも言えないようだった。




 エルフの使者たちは「三日後にまた来る」と言いおいて、王宮から出て行った。全く、どうしたものか、と俺はメリナの方を流し見る。

 マリアはここまで宣言したのだ。一族固有のプライドの高さがなくなったわけでもないため、宣言は忠実に履行しようとするだろう。

 問題はメリナだった。間違いなく彼女も優秀な人材ではあるものの、マリアほどしっかりとした覚悟を決めているとは思い難い。が、彼女はエルフたちが去ったあと、俺の前に跪いて言った。

「陛下、私も、妹と同じように、この国に骨をうずめたいと思っております。」

は?と思った。『像』に彼女を任命した時点で、彼女らの心には「アシャト陛下の力にならなければならない」といった義務感が多少は芽生える。

 それは、神が遣わしたディアが与える能力であり、神に選ばれた俺であるからこそ与えられた、「重要な部下に裏切られて終わるのでは面白くない」と言った思惑の結晶である。

 だが、ここまで強いものではないはずだ。彼らが死ぬとき、俺の治世下にある配下たちは、もう生きてはいないはずなのだから。

「私が望むことも、あるよ?」

メリナが子供っぽい口調で言った。彼女はマリアと違って、大人っぽい口調の方がまれにしか出ない。今、王宮の中の俺と友好を持とうとする貴族たちが、彼女に礼儀作法を教えているところだった。

 俺は疲れたように続きを促す。正直、エルフのお家事情を謁見の間でされたことに、疲れを覚えていた。

「私は、子供が欲しい。ハーフエルフの子を産んで、他種族共存の道を作りたい。」

エルフの誇りとして、純血主義がある。彼女のセリフは、それと真っ向から敵対するようなものだった。

 というか、13の子供が「子供が欲しい」とは如何なものか。貴族であればあと二、三年もせぬ間に結婚、少なくとも婚約するものが多いが、エルフは一体どういう風習なのだろうか。

「それは、ありがたい。異種族との交流の多いペガシャールも、混血は忌避されるきらいがある。他国と比べれば当然ましであろうが、完全な払拭には旗頭がどうしても必要だからな。」

そこまで言ってから、ふと、頭によぎったことを言った。いや、この場合は、言ってしまった、というべきだろう。

「そういえば余の『像』たちの中で、誰が既婚者だ?」

という、政治的材料の込められすぎた一言を。

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