43.配下の説明(3)

 『ペガサスの智将像』マリア=ネストワ。俺の配下の中で、最も若い将だ。

 だが、その潜在能力は侮れない。武ではなく、智という意味で、である。

 エルフである彼女は、当然であるが容姿に優れている。が、あまりにも若すぎるため、ただの幼子にしか見えない。というか、まんまだ。

 その年齢、12歳。誰がどう見ても、人の上に立つのには、若すぎる。それでも俺は、彼女を『ペガサスの智将像』として配下においた。……彼女が他国に流れるのを、ものすごく忌避したためだ。

 彼女はいずれ国のトップに立つ逸材だ。俺に息子が生まれたとき、その子が王になった時。

 最高の後ろ盾として支えていてほしいと、俺は思っている。

 そんな彼女の能力は、普通の『智像』だった。

 “思考速度倍化”。この時期にそんなもの覚えてしまえば、おそらくマリアは、とんでもない速度で知識を吸収していくのではないか?と感じる、非常に彼女に都合のいい能力だろう。

 もちろん思考速度が上がったところで知識の定着には何の影響もないのだが、努力家の彼女のことだ。

 勉強はずっとしているだろう。理解力も高い。つまり、勉強した内容を理解するまでにかかる時間が半分になるのだ。

 復習を二、三度やれば、彼女に知識は定着する。ほとんど化け物みたいな智将が生まれる、そんな未来予測は完璧に描けた。

 もう一つ、『智将像』に共通して挙げられる能力が、“術陣不要”。

 普通、俺たち一般人が魔術を使用しようとすると、魔法陣が必要だ。

 だが、“術陣不要”はその魔法陣がなくても使えるというものだ。この能力を持つ『像』は三つしかない。

 『智将像』『魔術将像』『賢者像』。もちろん、それぞれに細かい条件付けはあるが、すべて同じ能力を持ち合わせている。

 『智将像』の“術陣不要”は、知識内にいれた六段階級魔術までは魔法陣が必要ない、というものだ。

 どんな魔術がどの階級の魔術に分類されるのかはさておいて、非常に有用な能力であることは間違いない。

 『智将像』一人でも、戦略に大きく変化は訪れない、撤退船などでの局所的勝利は得られるようになるだろうから。補給路を断つための戦闘に彼女を駆り出せば、それだけで勝利は間違いない(当然、敵も備えはあるのだが)。


 その姉、メリナ=ネストワ。どうしても妹と比べられてしまうこの少女は、その年13。『ペガサスの工作兵像』を与えられている。

 その本質は、どちらかといえばマリアに対する牽制。人質としての価値が高い。

 マリアに『智将像』を与えることは、彼女が反乱を企てたときに即座に対応できる『将兵』がいなかったことで、出来なかった。それだけマリアは危険すぎたためだ。

 だが、『智将像』を与えなかったことでマリアがこの国から去るということになるのは決して許容できなかった。結果もたらされたのが、メリナに、前線に出ない『像』、その中でも特に必要ではない『工作兵像』を与え、ペガシャール王国、俺の軍に縛り付けることだった。

 良くも悪くも、マリアもメリナもまだ子供だった。ゆえに、互いから離れられるわけではなかった。

 なにしろ、ほとんど唯一の肉親であったのだから……そういえば、マリアたち姉妹の出自を、俺は知らない。王としてはいささか問題かもしれなかった。

 メリナのもつ『ペガサスの工作兵像』は、身体能力1.2倍。そこまで大きくない倍率なのが、非常にありがたい。

 ディアに言わせると、「身体能力1.2倍は、農民が職業軍人になるくらいには身体能力は上がっているんだけどなぁ」ということらしい。1.5倍にもなれば、凡人が超人になれるくらいの身体能力の上昇なのだとか。

 ディールやエルフィのように、どう見てももともと超人みたいな人が身近にいるため、俺は何とも言えずにかすかに笑うにとどめた。ディアの言い分はまあ、わかるといえばわかるのだ。

 他が高すぎるがゆえに、ちょっと優秀くらいでは霞んで見える。俺はそれを、きちんとした物差しで測れるようにならなくてはならないのだろう。

 他の能力は、“持ち運ぶ罠”。罠を作り、保存し、土地に後付けで設置できる能力。土地の質は後付けする方の土地の質と同じになる。というか、そうなってくれないと明らかに罠を張ったとバレる。能力の意味がない。しかし、元から準備していないものは持ち運べない。

 クカスで彼女が張り巡らせていた罠は、全部で30程度。落とし罠が多いが、その落とし穴も大きなものから小さなもの、泥仕様から池仕様まで、さまざまであった。

 きっと、マリアが考案した罠を作り、設置し、盗賊を撃退する役目がメリナの仕事だったのだろう。弓の扱いも、盗賊と渡り合っていたというのに納得するほどの冴えだった。

 もう一つは、“あるべき地盤”。罠を作るのにも、地盤は大切だ。自分の理想の地盤に作り替えることができる。ただし、その広さはレベルによって異なり、また次の発動までの時間もレベルによって異なる。レベルが1の時点では、20メートル四方で、再使用までに三時間。長いのか、短いのか、よくわからない時間だった。だが、範囲だけは、狭い。

 開墾に使える能力であるというのはその目で見て知っている。国内が安定したら、彼女とマリアには誰かをつけて国内視察にでも行ってもらうのがいいかもしれない。


 『ペガサスの兵器将像』ミルノー=ファクシ。彼は、大型兵器を作るのに長けた人間である。

 元はバーツに与えようとしていた『像』だったが、あくまで量産品を作らない、という姿勢の彼には『器像』は合わなかった。代わりに抜擢されたのが、ミルノーである。

 その能力は、“兵器召喚”。自分の開発し、作り上げた兵器を呼び出す能力だ。兵器づくりに特化した彼には非常に有用な能力であるとともに、彼はこの国内の地形にも詳しい。

 どこ産の、どの材料が、どの兵器に使えるか。それを最もよく把握しているのは彼である。いったんの平穏を確保したら、彼もマリアと組ませて兵器づくりに手を出してもらうべきだろう。

 それまでは、現存する鉄や鋼を使って、量産品の武器を作ってもらいたい、というのが俺の本音だった。“兵器召喚”で呼び出される兵器は、攻城戦用のものだけとは言われていない。ミルノーが作った武器は、ミルノーが呼び出す限り、いつでも呼び出せるのだ。

 長期戦になって武器の損耗が激しい時、彼一人戦場にたどり着くだけで、武器を補給することができるようになるのである。

 もう一つの能力が、“天然要塞”。この世にあるいかな自然物も、彼の手にかかればすぐさま兵器に変えられる、と謳った能力だ。

「実際はどうやってもミルノーの想像力に縛られるけどね。作り出すのはミルノーだから。あ、でも、マリアあたりが「こういうのを作って」っていえば話は別かな?」

自分で考えるのではなく、入れ知恵に頼る。聞いてどんなものか想像出来たら、その能力で簡単に作り上げられるよ、とディアは言う。

 『像』の能力は、結局が使用する人の使い方次第、ということだろう。『元帥像』や『宰相像』であろうとも、使い手によってはただのおもちゃへとなり果ててしまう。

「そして、それを託す『王像』所有者には、『像』に任命した責任が一生まとわりつく。大任だよ、アシャト。」

「慣れた。受け入れた。俺はもう、立ち止まっている暇はない。」

「そう、わかっているじゃないか。大丈夫、君が後ろを見たくなったら、簡単に見せてくれる人たちがいるよ。」

腐敗貴族とかね、とディアは笑った。貴族、いや、部下。それは、王ができないものを補填する役割があるのだから、とディアは言った。

「それに、エルフィがいる。『ペガサスの妃像』の能力は、『王像』から任命権を奪っただけの能力……それ以外の『像』の能力コピーだ。意味は、分かるね?」

「ああ。……エルフィクラスの万能なら、どの能力も、最大限に活用できる、ということだろう?」

「だけじゃない。彼女は、ジョーカー……切り札だ。最後まで温存しておくんだよ?」

「ああ、わかった。わかっているさ、それは。」

月を見上げながら、俺とディア、そしてエルフィは嘆息する。

「どうするの、これから?」

「まずは国内平定……と言いたいが、それは安易な考えだな。それに、俺たちには物資が足りない。」

俺とエルフィはチラリと互いの眼を見やる。

「エリアスか?」

「農民出身で、貴族どもが従わねぇだろ。」

「しかし、選択としてはそれが最良なんだが。」

「そうか?……そうだな。」

俺とエルフィは、互いに強く頭を悩ませる。その悩みの原因を理解しているディアも、苦笑しながら眺めていた。

「アシャトが採用したペテロは、元が貴族で、現国王に解雇された身だったな?」

「ああ。だからこそ、能力だけでなく象徴としても、あいつを宰相に立てたことには意味があった。」

「対して、ペディアやエリアス、クリス、マリアとメリナ……うちの大半は、農民や傭兵だ。」

「だからこそ、貴族たちは従わない。隣国に攻め入るには、どうしても総大将が必要だ。」

俺たちの悩みは、誰を総大将にして隣国に攻め入らせるか、である。

 エリアスは決定だ。それ以外が、決まらない。

「とりあえず明日、考えるぞ。今から襲爵したところで、貴族どもの視線は変わらん。」

エルフィの言うことに頷いて、自室へと移動を始める。

 誰か名目として成立するような、伯爵以上の格のある、武に優れた家臣が来てくれないか。そんな都合のいいことを考えながら

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