44.名門武家の子息たち
俺たち「ペガシャール帝国軍」が対処すべき問題は、大きく分けて三つ。
一つは、内乱の鎮静、もとい、ペガシャール王国王座の奪取。
一つは、内政……自派閥の強化、現在ある領地の強化、人材の確保。要は、富国。
そして一つは、過日の領土の再占領。つまりは領土の拡大だ。
これを、できるだけ早く為さなければならない。国外、他の『王像』ある国の内情が整いきるまえに、最低限防衛線が可能になる程度には。
どれか一つを徹底するわけにはいかない。しいて言うなら、富国中に出来る人材の確保は後回しでもいいだろう。いずれ起きる戦乱の中で頭角を現したものから重用していけばいいのだから。
—―そう思っていた時期が、俺にもあった。だが、この状況は予想できてはいなかったのだ。長いこと重要な役割を担ってきた貴族たちだからこそできる、生存競争というものへの理解。それが、俺には圧倒的に足りていなかった。
俺の座る玉座の前に跪く四人。勢力の違う二方面から訪れた彼らは、まるで示し合わせたかのように同じタイミングでこの帝都にやってきていた。
護国の槍、ミデウス侯爵家。 策謀と魔剣の名家、デット子爵家。鍛冶と弓術の名家、ニネート子爵家。そして、魔術の名家、コリント伯爵家。
その子息たち……アシャト派当主たちが、やってきている。
「親はレッド派とアダット派に、息子らは余に。それが貴族というものか。」
「は。恥ずかしながら、そうである、と答えるしかありません。しかし陛下。我々はあなたへ忠誠を誓うことを表明しましょう。」
「余に、であるか?国に、ではなく?」
「は。たとえ一兵卒に落とされようとも、我々は陛下の部下として付き従いまする。」
代表として話しているのは、コリント伯爵だ。ジョン=ラムポーン=コリント。魔術七段階格として名を馳せる、非常に優れた魔術師。
おそらく、ミデウス侯爵家当主コーネリアスとはもともと派閥が違ったために、代表として話してはいないのだろう。でなければ伯爵が侯爵をさしおいて御前で話をするなど許されない。
「信じよう。そなたらの活躍を祈って、余から直々にそなたらへの贈り物がある。」
もちろん、彼らをすぐさま信じるほどに俺は愚かではない。だが、彼らの離反を封じる方法は、俺には確かに存在するのだ。
「ディア。」
「了解了解。君の人事には口出ししすぎたからね。もう何も言わないよ。」
ギュシアール師の、『像』への任命反対とエルフィの『英雄像』任命反対。これだけでも、『王像』が『王』に対してやることとしては、過干渉に当たるのだ。
ディアはそれをわかっているから、今回は折れた。ちゃんと会話したわけでもない初対面の貴族を『像』に任命するという所業は、本来許されるものではない。
その人事が正しいのか間違っているのか、ディアには判断するすべはないのだから。
だが、アシャトにはある。判断する術というより、王として人を見る目が、才能という形で備わっている。
「コーネリアス=バイク=ミデウス。その方を『ペガサスの将軍像』に任じる。『ペガサスの砦像』エリアス=スレブ、『ペガサスの連像』ペディア=ディーノス、『ペガサスの騎像』アメリア=アファール=ユニク=ペガサシアと共に、隣国ゼブラ公国を降伏させよ。」
六十年前にペガシャール王国から離反した貴族、エドラ=ゼブラ公爵の国。それが、ゼブラ公国だ。
公爵の中でもひときわ抜きんでた領地を得ていて、抜きんでた政治手腕を持っていたがゆえに、ペガシャール王国エドラ=アゲーラ王朝に見切りをつけるのも早かった。
そうして独立したかの国を、今度は俺たちが接収しなおす。そのための総大将として、『護国の槍』ならば身分的に実力的にも問題はない。
もちろん、裏切りを容易には出来ないように備えもしている。裏切ったところで簡単に鎮圧できるように、ミデウス侯爵の周囲を自分の息のかかった者たちのみで構成しているのがその理由だ。
ペディア、エリアス、アメリア。みな、俺の最初期の時点での部下である。そのうえ、それぞれに『像』を与えたいわば先輩だ。裏切りを許しても、鎮圧も容易だろう。
残り三人に対しても同様だ。もしも彼らが俺の敵……というか、レッド派からのスパイだったとして、エルフィ、ディール、マリア含めた俺の仲間たちを突破できるとは思えない。
部下を使った、離反をできる可能性を潰すという方策。それだけで、血筋を絶やすことを恐れる貴族たちの背反は、ほとんど防ぐことができる。ついでにゼブラ公国侵攻のための神輿が出来て万々歳だった。
「承知いたしました、陛下。しかしながらそのような大任、新参の私が無条件に引き受けるわけにもいきますまい。私の兄妹たちを人質にお預かりください。また、ミデウス家に対する扱いは、歴代の功績を切り捨ててお考え下さい。」
コーネリウスは平然と、己の家が持つ、彼自身の私兵を預けると宣言した。それが持つ意味は果てしなく大きい。
ミデウス家は、これまでの実績をすべて白紙に戻したうえで俺に従うと言っているようなものだ。かの家の持つ歴史を考えれば、普通に「考えられない」話である。
ここまでされて裏切りを心配する方がどうかしている。彼らにとって誇り高き歴史、貴き血筋を捨てるということは、その命を捨てるということなど比較にならないほど重い。
ましてや、『護国の槍』ミデウス家。その名声は天より高く、海より深い。容易な覚悟で捨てられるようなものではないのだ。
「……そうか。その忠誠、確かに受け取った。しかし、歴代の功績は切り捨てる必要を持たぬ。優れた名家に生まれた一人の将として、コーネリウスという一個人を見ると約束しよう。」
今まではその家名だけを欲していたがな、とは言わなかった。それを承知しているから、この男はそこまでの覚悟を見せてきたのだから。
「……だが、青い、のか。」
デファールほど、軍の指揮能力は高くないように見える。すでにデファールに『元帥像』を預けているからコーネリウスを元帥にはできないが、もし『像』を与えていない状態で並べても、デファールの方が優れた『元帥』だった。
「ジョン=ラムポーン=コリント伯爵。そなたは『ペガサスの魔術将像』としてその魔術の腕を奮ってもらう。異存は?」
「ありませぬ。新参の私にそのような大役を任せていただき、誠にありがたく存じます。」
これによってまず間違いなく俺の軍の人材不足は露呈しただろうが、問題ない。スパイもいるだろうが、彼らに気付かれたところで、何の問題も発生しない。
なぜなら、その報告がアダットのところに行ったところで彼は歯牙にもかけないだろうし、その対応に追われてレッドはこっちに気を向ける暇がないはずだ。
「フレイ=グラントン=ニネート子爵。そなたは『ペガサスの近衛兵像』だ。弓使いの『近衛』はまだいないゆえな。ディール、オベールと共に、余の命を護ってくれ。」
「承知いたしました。我々ニネート子爵家を受け入れてくださったこと、感謝いたします。」
「で、バゼル=ガネール=テッド子爵。そなたは『ペガサスの砦像』だ。テッド子爵家の策謀のかぎりは聞いている。前線でその実力をいかんなく発揮せよ。」
「承知いたしました。陛下のご期待に応えられるよう、全力を尽くす所存にございます。」
ふう、と心の中で一息つく。こういう会話は、肩がこる。だが、人の上に立つ以上それは義務であるから、やらなければならないのだ。
「ディア、頼む。」
「はいなー。じゃ、やらせてもらうよ。」
『像』を与える儀式を終わらせると、『像』だけで話をすると言い張ってほかの貴族たちを追いやった。「エルフィール様が残るなら我々も!」とならなかったのは、彼女の公爵令嬢という地位とその名声があったからだろう。
「それぞれに顔合わせが済んだな?なら本題に入ろう。まず、マリア。」
「は、単刀直入に申しますと、二か月分の猶予が生まれましてございます。」
二か月分の物資。それが、四つの名門貴族が手土産に献上してきた物の総量であった。
「公国に軍を派遣することを前提にすれば?」
「我々は侵略する国です。略奪とまではいかなくとも、攻め落とした城の貯蓄から、最低量接収することを考えるなら、さらに一月ほどなら伸びるかと。」
村から略奪することは禁止しても、降伏した敵からもらい受けることは問題ない。それは商社の正統な権利だからだ。
だが、悩ましかった。少し戦争の期間が延びるだけでも、持っていかれる物資の量は尋常なものではなくなる。ニーナの働きにもよってはくるが、一歩間違えれば奈落に落ちる。そんな綱渡りをやっている気分だ。
「私が行きましょうか?」
「いや、それはダメだ。お前にはほかの役割がある。」
「アダット派とレッド派の抗争を長引かせ、疲弊させる役割……ですね?」
「ああ。そして、疲弊した両軍が決着をつける直前に介入したい。」
「漁夫の利を得たい、と。それは敵両陣営も承知しているかと思われますが。」
そんなものわかっている、という風に大きく頷く。だが、アダット派は、わかっていても、引けないだろう。
なぜなら、指揮を執るアダット自身が愚かであるがゆえに。陣頭指揮を執るであろうミデウス元帥がいかに優れた将でも、その上に立つ指揮官が無能であれば意味がない。
たとえ俺が漁夫の利を狙っていたとしても、それに気づいていたとしても、彼はレッド派との決着をつけようと動くだろう。そして、アダット派の貴族は、それに渋々ながらでも従うはずだ。
「その時の指揮官はデファール、軍師はお前だ、マリア。ゆえに、お前を向こうに出すわけにはいかない。」
「承知しております。が……。」
「決定打に欠ける、というわけでもない。……『像』を持つ将が四人。しかもアメリアはペガサス部隊を率いる『騎像』だ。決定打には十分なはずだ。」
「で、ございますね。問題は、兵の数でしょうか?」
「それと、率いる貴族だな。正直な話、法衣貴族は減らしたい、と思っている。」
「承知しました。では、私兵を持つ、後継者のいないか子の多い貴族から数名と、オロバス公爵をお借りしてもよろしいですか?」
「ああ、そうしよう。頭角を現した将にはそれなりの登用がある、と言いふらしておけ。」
もちろん、本当に重用するかはその人柄と実績を見てから、という部分は隠してな。そうペテロに目配せすると、彼は大きく頷いた。
「二週間後だ。それまでに軍容を整え、出陣せよ。」
「承知しました。陛下、ミルノー殿は参戦してくださらないのでしょうか?」
ミルノーか。俺は少しだけ首をひねったあと、ミルノーを見た。彼は微かに頷く。
「わかった。ミルノーはゼブラ公国方面へ出陣させよう。ただし、かつてこいつが率いていた『重装部隊』は今、ミルノーではなくペディアの部隊だ。それは承知しておけよ。」
「承りました。ミルノー殿、マリア殿、ペディア殿、エリアス殿、アメリア殿。お話ししたいことがあります。別の場所でよろしいでしょうか?」
最後の言葉は俺に向けて言った言葉だった。俺は頷いて、「では、解散しよう」と告げる。
俺たちの国盗りは、まだ始まったばかりであった。
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