42.配下の能力(2)
残る『像』を与えた配下は、九人。
「ディア、お前はあいつらの能力を把握しているのか?」
「当然でしょ?ちゃんと聞いてあるよ。……アシャトは忙しそうだったからね。」
「そうか、ありがとう。教えてもらってもいいか?」
「謝ることじゃないとも。そもそも今回君が飲み込まれている事態そのものが前代未聞だからね。仕方がないさ。」
それは、二百年もの間『神定遊戯』が開催されなかったことを言っているのだろう。本来は部下の能力を把握しておくことは王に必要不可欠な資質だが、今回ばかりは特例中の特例だ、とディアは言っているのだ。
俺はその言葉に何とも見えない感情を抱きつつ、玉座に座る。エルフィはその玉座の横に、胡坐をかくように座り込んだ。
まだ王妃の席が置かれていないのは、まだ俺とエルフィの結婚が公表されていないからだ。……いや、婚約だ。婚約が公表されていないからだ。それは、目の前の敵を打ち倒してからでも十分だと、ペテロもエルフィもマリアも言っていた。
「エルフィも……まあ、聞いていたらいいか。とりあえず、二人の『騎馬隊像』から話をしようか。」
エルフィの背もたれにでもなるかのように大きくなったディアは、くつろいだ二人を見ながらその能力について話し始める。
クリス=ポタルゴス。鎌術六段階格にして、棒術七段階格の武術家。
馬術に関しては八段階格という、ディールやエルフィの戦闘術と同じだけの技術量を持っている。――戦闘術と馬術を、どういう量りで同じ格だと言えばいいのかはわからないが。
そんな彼には、『ペガサスの騎馬隊像』を与えた。馬に乗って、敵を蹂躙する役割である。
おそらく、俺が彼にその役割を与えたのは、最初の邂逅時点で、俺が彼の騎馬隊に敗北していたからだろう。彼はそれが本領であると、その肌で感じてしまったからだ。
そんな『ペガサスの騎馬隊像』の能力は、“人馬一体”。――だからと言って、ケンタウロスになるわけでも、人語を話す馬になるわけでもない。だが、限りなく近くもある。
配下騎馬兵団の能力上昇。それは、人間だけに身体能力向上をつける『将像』『連像』『大像』とは異なり、馬にも身体能力向上を設ける、ということだ。
倍率は1.3倍。いくら厳選したとしても能力に限界のある乗馬の能力向上を行えるのは、『騎馬隊像』と『戦車像』の特権である。
そして、馬との念話。クリスの騎馬隊所属の兵士と乗馬は、内心で会話ができるようになる、というものだ。—―もちろんのことながら、馬との信頼関係が一定に達していたら、というのが条件になってくるわけだが。
もう一つ、能力がある。“馬具軽化”。主に速度を史上とする騎馬隊にあって、馬具の重さというのはそのまま速さに直結してくる。だが、クリスとその部下—―『ペガサスの騎馬隊像』の能力を与えられた部隊は、馬具の重さは感じられない。
まるで紙でも乗せているような、そんな感覚になる、というのがディアの説明だ。どうしてそうなるのか、と聞いたら、「神の使徒の与える能力だよ?理屈がいるかい?」と返された。
全く便利な理屈だ、とは言わないようにした。
クリスの個人能力に関しては、まだ目覚めていないらしい。ディア曰く、「今必要ないから、というのもあるけど、役者が揃っていないからじゃないかな」と言われた。
確かに、『ペガサスの騎馬隊像』はあと一つ、ある。今まで渡した二つを抜いてあと一つ、だ。『元帥像』『宰相像』『武力像』『賢者像』『英雄像』『妃像』『継嗣像』を除いた『像』たちは、原則三つ、ある。『近衛兵像』のみは六つ、あるが……それは本当に完全な例外だ。
『騎馬隊像』、略して『騎像』と呼ばれる『像』、あるいはその部隊は、確かに人によって用途が大いに異なる。最後の一人が決まるまでは決定しきれない、というのは理解できなくもなかった。
「まあ、アメリアの方はすでに個人能力が発現しているんだけれどね。」
悪戯っぽく言うディアに、俺は呆れを含んでいるであろう声音で言った。
「クリスには言うなよ。あいつ、変にアメリアと張り合おうとするからな。」
それは、行軍中何度か目にした光景だった。アメリアとクリスが何度か言い合いをして、それをアテリオが止める。アファール=ユニク子爵領を出るまでに、何度その光景を見たかわからない。
まあ、敵対しているというよりはじゃれ合っているように見えたため、きっと騎馬隊を率いる者同士、何か通じるものがあるのだろう、と俺は気にも留めていなかったが。
「うーん、競い合ってくれた方が都合がいいんじゃないの?」
「それは戦時の話で、冷静に競い合ってくれるならいい。だが、冷静さを欠いた競争は、全く望ましくないな。」
「そうかい。で、アメリアの能力だけど。」
いきなり話が飛ぶ。こいつに話の脈絡を望むのは面倒くさいと、俺も最近ようやくあきらめの境地に至った。
アメリアの基本応力も、クリスと同じだ。“人馬一体”と“馬具軽化”。だが、彼女はそれ以外にも能力がある。
“透明化”。魔力を使って透明化する魔術と比較して、魔力を使わず、天然で透明化する能力。……保護色化といってもいいだろう。とはいえ、超理不尽な能力は与えないのが神様だ。もちろん、見つける方法はある。
というのも、アメリアに任せた部隊は、騎馬隊の中でも、ペガサスの部隊だ。空中戦が本領……つまり、空中でしかその能力は発現できず、また狙う部隊より相当遠い位置にいなければ発動できない。
わかる安い言い方をすれば、近づけばバレる。しかも、それは一定程度の能力のある将であれば、対応できてしまう。そんな微妙な距離で、である。
おおよそ一キロメートル。馬の性能もかねて考えて、およそ二分といったところ。
敵を視認して、警戒を叫んで、陣形を組んで、迎撃する。常に備えをしてあり、それなりの練度を持った滴相手には、その程度はさすがに時間はかからない。
もちろん速度の利はあるだろうし、上空からの襲撃という利もあるだろうが……ペガシャール王国に限らず、どの国にも空中部隊は存在する。
アメリアの部隊は、とどめの一撃にはなれても継戦の将になるのは非常に難しい。何とも難しい役回りの、能力を得ていた。
「つまり、扱うのは将の器次第、ということか。」
「そうだね。でも、騎馬隊は基本単独では動けない。別に能力を使わなくても、天空部隊としての能力も相当なものだと思うけどね。」
「指揮官としては優れている。槍術六段階の実力も、空に上がれば七段階格の中でも上位に位置するだけのものがある。……だが、もう一声欲しかったな。」
「なら、レベルを上げることだね、アメリアの『像』の。」
全ての能力を、彼はずっと「初期段階では」という言葉を使って説明していた。つまり、次期段階があるということだ。それが、レベル、ということなのだろう。
「その「レベル」っていうのは、どうやれば上がる?」
「簡単さ。国が発展すれば、この玉座から、疑似金貨が出てくるのさ。」
それを各人の『像』に与えれば、能力値は上がるよ。ディアはそう言っている。
それは確かに、自分の領土がなければ始まらない。
国があり、国法があり、国民はいて、国家予算がある。その条件を満たさない限り、玉座が疑似金貨を作り出すことすら叶わない。
言ってしまえば、疑似金貨の数は現国力の指標だ。それが目に付くには、目に付くだけの国力が最低限なければならない。「まだ説明できない」というわけだ。
『神様の遊戯』、その与えられる『像』。その中で、最も力のある『像』は、『王像』を除くと『妃像』だ。
つまり、エルフィが持つ予定の像だ。彼らは他の像とは明らかに性質が違う。……そう、政治を担うか否かという、明確な違いだ。
そういう点で、時点に関連してくる『像』は、『宰相像』と『元帥像』……ペテロとデファールの能力だ。
ペテロの能力は、正直よくわからない。……『宰相』の能力は、戦場の将たちが要求される能力とは全然違う。
ディアが言うには、“思考速度倍化”と“並列思考”、そして“国内管理”だという。……最初の二つは理解できる。だが、最後の一つは理解できなかった。
純粋に国政のため、宰相はそのほとんど全てを捌く必要がある。最終決定権があるのは俺だが、決済が必要な段階まで計画を詰めるのは宰相の役割だ。
過労を生みかねないその能力は、しかし激動の時代、戦乱の渦中にあっては必要な能力でもある。――世界は、誰かの犠牲なくして成り立たない。
『宰相像』とて、『像』だ。人間の範疇を越える能力を持つ。それは、ただ『像』に位置付けられた固有の能力や、個人の才と『像』との相乗効果で得られる個人能力だけではない。
そう、身体強化と魔力量強化……による、体力の上昇である。ようは、限界で倒れることが極めて少ない。
「だからこそ。……『宰相像』には最悪最低の能力が備わっている。“国内管理”—―その実態は、ただの葛藤を生み出す装置さ。自分たちの国の富が、その年の収穫量が、わかる。だが、それだけの能力さ。」
つまるところ、国の腐敗も見えてしまう能力だ、ということだ。どれだけ国が富んでいるか、どれだけ国に税として入ってくるのか。それを把握できるようになりながらも、それが正しいという証明は為せない。
証拠がなければ、横領を罪に問うことは出来ず。“能力”だからと言い張ってしまえば、その“能力”に頼り切った国が、“能力”を失った瞬間にただの木偶人形に成り下がる。
確かに。『宰相像』のその能力は、彼を疲弊させて余りある能力だ。
実際、『神様の遊戯』が始まらなくなって、この大陸は荒廃した。
盗賊の横行。神の祝福なき国の乱立。……俺は、それを、終わらせなければならない。
ペテロにもそれを伝えてある以上、彼はこの能力をみだりに使うことなどできず……同時に、しばらくは俺の国を立て直すために使ってもらわないと困るのだ。
全く、面倒極まった能力であった。
ため息を吐く俺を尻目に、ディアは『宰相』に並ぶ重要な役職……『元帥像』について語り始める。
『元帥像』。その名の通り、俺に次ぐ、軍事の決定権を持つ者に与えられる『像』だ。
現在その職にあるのは、デファール=ネプナス。俺たち王族の師、ギュシアール=ネプナスの弟だ。
黒いペガサスに『ケイン』という名をつけて愛用する彼は、その年42。俺の配下たちの中で、最も老齢だ(ちなみに兄は抜いて考えている。彼は、国政には関われない)。
『元帥像』の能力は、三つ。“軍令伝達”、“全軍強化”、“軍様管理”。
『宰相』が内政を司るに足るだけの能力であったのに対し、『元帥』は軍事を司るに足るだけの能力を有している。
“軍令伝達”。指揮下にある軍、その指揮官すべてに対し命令を伝達する能力。
“全軍強化”。指揮下にある軍、その全ての将兵の能力を1.5倍まで上げる効果(なお、『将像』以下の像との重ねがけも可能である。翌日に全身筋肉痛になるのは免れないが。)
そして最後に、“軍様管理”。ぐんようかんり、と読むこの能力は、ペテロの持つ“国内管理”とほぼ同じ能力だ。
どの軍、どの部隊が何人、どこにいるか。何人死に、何人生き残っているのか。それを把握する能力だ。ペテロの能力と違い、不正云々があまりない軍においてはとても重宝する能力……かと思えば、そうでもないらしい。
「簡単に言っちゃえば、人の死の責任を、最も背負わなきゃいけないのが元帥だからね。」
死傷者数が、推移によって把握できる。その重圧は、ただ書類で人数を目にするよりも、はるかに高い。
「……それは、そうだな。」
エルフィと、俺。同時に目を向け合って、軽く息を吐く。
『ペガサスの王像』を有する俺と、『ペガサスの妃像』を有する予定のエルフィ。俺たちがため息を吐いた理由は、その2つの『像』の特性にある。
俺が与えた、配下の『像』たち。その能力は、俺たちも持っているのだ……特に、全体に影響するような、大きな能力は。
俺たちも、“国内管理”と“軍様管理”の能力に目覚める可能性は大いに……いや、ほぼ確実に、あった。
『神様の遊戯』は、意地悪極まりない。王になる俺や王妃になるエルフィ。俺たちをはじめとして、国の要職に就くものたちには、それなりの……それなり以上の重責を背負わせる。それを、強引に押し付けているのだから。
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