30.鎧の賊徒と棒の戦士

 クリスが苦戦している理由は明らかだ。

 敵が使用している鎧が、鎧と思えないほど堅すぎるのだ。

 どこを打っても、鎧に阻まれて有効打が打てない。有効打にならない以上、攻撃が通っていないのと変わらない。

 こちらの攻撃は通らず、敵の攻撃では傷つく。クリスが防戦一方になるのは当然だった。

「クリス!」

俺は彼を助けようと剣に手をかける。

「“火球魔術”!!」

マリアが魔術を使った。エルフは魔術と弓の種族だ。

 メリナとマリアも、人間の12歳以上の魔力量を保持している。そしてその彼女が放った魔術であれば、人間の成人が放つ威力に近い魔術を扱えるはずだ。

 しかし、賊徒はその魔術を大楯で不通に受け止めた。

「クリスの攻撃が効かないからか……。」

「楯を私たちに回す余裕がある――!」

どころか、魔術を受けて傷1つ負った様子がない。

「魔鉱石を使っている?」

「いえ、おそらく魔鉱石を作っているのでしょう。……となれば、ドワーフが奴隷にいるはずなのですが。」

そこまで言うと、彼女はおれにどうしますか、という目を向けてくる。

 クリスの手助けをしたい、という気持ちはもちろんある。だが、超一流、七段階格以上の武術家の戦いに、一流程度……五段階格の剣士が参加しても、足手まといになるだけだ。

 だが幸い、俺の側には超一流と呼べる最強の戦士がいる。

「クリス!助けはいるか?」

「いや、……もうしばらくやらせてください!」

一瞬素の彼が出たが、すぐさま言いつくろって彼が叫ぶ。彼がそう言うならば、俺はしばらくは見守るだけだ。




  ~クリス視点~

「貴様、名は?」

全く唐突に、鎧に覆われた賊徒が問いかけた。多分、この棒術が見慣れぬゆえに問いかけてきたのだろう。

「クリス=ポタルゴス。『ペガサスの騎馬隊長像』に任命された男だ。」

「とうことは、あれは『ペガサスの王』か……どうして、王族なんぞの味方をする。」

低く、重い声だ。きっと、本気で俺たちが彼の味方をするのかわからず、戸惑っているのだろう。

「アダットやレッドと敵対しているからさ。あれらに政治を任せられないという奴だぜ、いい王になるに決まっていらぁ!」

肩口を二度、連続で突く。その衝撃によって、こいつの肉体に直接ダメージが通ったようだ。微かにうめく声を聴いて、その状況を確信する。

「信じられんな。どうして、そう断言できる。」

「いい王の周りってのはな、いい配下が集まるもんさ。あいつの臣下を見たら、俺じゃなくとも納得すらぁ!!」

俺もその一員になれただろうか。あいつの剣を棒で受け止め、力比べが発生する。

「ちょ、おま、重!」

鎧の重圧までかけてくる。俺はこんなの纏って戦えねぇ、と感じた。

「これで動き回ってるってのか?化け物じゃねぇか!!」

普通、鎧ってのは重くても40キロだ。俺が着ているのも、せいぜい30キロ程度しかない。

 だが、この棒にかかってくる圧から推測される鎧の重さは、軽く50キロは越えている。

「……ッチイ!」

『ペガサスの騎馬隊長像』の力を解放していなかったら、とっくに力負けしていた。

 俺は逃げるように体を滑らせ、その場から離れる。

 ディアが言っていた。『騎像』の初期身体能力強化倍率は、自分は魔力、筋力共に1.5倍。配下の兵が1.4倍、馬の体力が3倍。

「おまえ、力ありすぎだろ!」

だが、オベールやディールほどではない。あんなふざけた奴らと一緒になるほどは、強くない。

「お前の方も名を教えてくれよ、重装兵。」

「ミルノー=ファクシ。クカス近隣の武装調達の担当だ。」

再び振るわれた剣を、腰から抜いたククリ刀で受け、棒で踵を打つ。

 すると、その踵から煙が出てきて、俺の視界を覆った。

「何?」

「足を狙われ、転がされたら俺の勝ち目は薄くなる。……その対策を持っていないと思ったか。」

煙で前が見えない。どころか、この煙、砂交じりのようで、眼すら開けられない。

「そっちは兜で視界が確保されてやがるのか!」

全力で後方へと走る。続く足音で、ミルノーとやらが追いかけてきていることがわかった。

「カハッ?」

肩が、熱い。痛い。

「な、なにが……。」

そこに手をやって、気づいた。矢というにはとても小さい、傷をつけることを目的としているかのような矢が、刺さっている。

「ここは兵器のお披露目会じゃねぇぜ……!」

精一杯強がる。だが、わかっていた。重装を纏ったこいつに勝つには、俺は馬に乗らなければ無理だ。

「俺は、騎馬隊長なんだよ!!」

体が前に倒れる。敵は俺にとどめを刺そうと、その剣を突き込む姿勢を見せた。

「だからまあ、手段は選ばずやらせてもらう!!」

棒を地面に突き立て、それを支点に体を持ち上げる。転げるはずだった位置より、三歩先に滑り出た。

 支点にしていた棒は、手の中を滑って敵の剣から逸れた。いくら鋼鉄製とはいえ、あの重量を真正面から受け止めていたら、おそらく曲がっていたに違いない。

 轟音を立てて鎧が倒れる。この重量を持ち上げるのは簡単ではないだろう。

「これで、俺の勝ちだ。」

鎧の上に乗る。ただでさえこんな重い鎧を着て動いているんだ。さらに人一人を乗せて動き回れるわけがない。

「……ああ、俺の負けだ。」

転がせば、勝てる。その確信自体は、正しかったようだ。

「何も対策をしていなかったならな!!」

嫌な予感がした。戦闘中のこういう勘は、基本的に無視するべきではない。

 慌ててその背の上から離れると同時に感じたのは、そのとんでもない鎧が上空に飛んでいく光景。

「嘘だろ、おい!」

その両肩に見えたのは、突風の魔法陣。おそらく、一枚装甲を外したらあれがあるのだろう。

「重装にそんな使い方があるのか!」

重装に限らず、あの使い方なら服のあらゆる部分に魔法陣を張り付けられる。

「落下地点に走れば……おっと!!」

走りだそうとした俺の頭上に振ってきたのは、火球だった。どこかの装甲の裏にでも魔法陣が描かれているに違いない。

「全く、どんなふざけた装備だ……陛下!俺では勝てません!!」

勝てるだろうが、生け捕りは無理だ。

 生け捕りは、能力が明確に敵より上でないと不可能だ。俺の場合、馬に乗って、草原で戦って、初めて少しあいつより上になるくらいだろう。

「まじめにやったら殺し合いになっちゃいますよ、陛下!」

「ああ、わかった。よくやった、クリス=ポタルゴス。」

ようやく少しだけ認められた、気がした。

「ディール。行けるな?」

「生け捕り?了解!!『ペガサスの衛像』よ!」

ディールが銀の鎧に身を包ませる。愛槍を地面に突き刺し、“王の守人”が作り出す槍を手に取る。

 あいつの愛槍も、作り出された槍も、どちらも名槍というにふさわしい、いい槍だ。

「俺もああいうのが欲しいなあ。」

ついつい、無意識にそんなことを口走る。

 いつか生きていたら出会う機会もあるだろう。俺はいったん欲を脇において、ディールとミルノーという名の敵との戦いを観戦することにした。




  ~ミルノー視点~

 正直な話。さっき、クリス=ポタルゴスという男と戦ったことで、俺は腹いっぱいになった気分だった。

 俺は、魔法陣から直接魔術が出るタイプの魔法陣と、発生位置を自分で調整するタイプの魔法陣、それぞれをこの鎧の中に何十個と仕込んでいる。

 しかし、そんな魔法陣の多くは、超一流の戦士たちと戦っていると発動させる隙さえ得られないことが多いと初めて知った。

 クリス=ポタルゴスは、俺がこの十年近く求めて止まなかった、まともに正面から戦える男だった。

 世の中には俺より強い人間も多くいるとは聞いていたが、それでも七段格とまともに渡り合える猛者は少ない。

 しかも、ただでさえ強い俺が、この重装で身を覆っているのだ。互角に渡り合えるようなものなど、無きに等しい。

「ディール=アファール=ユニク=ペガサシアだ。行くぜ、重装兵とやら!!」

だが、目の前に躍り出たこの男はなんだ!!俺などはるかに超えるほどの武術の冴え。そしてこの重装を着た俺を、軽く吹き飛ばせるほどの力の強さ!!

 肩の魔法陣から“竜巻噴射”の魔術を放つ。オリジナル魔術ゆえに名前は適当につけているが、この重装と相性がいい。

 しかし、ディールという男はそのスピードにまでついてきて、着地間際の足を払った。

「対策は練っていると言ったろう!」

衝撃で、足に仕込まれた煙幕がもう一つ爆発する。足元の砂が、爆発の衝撃で巻き上がる。

 同時に、背中についた魔法陣を発動させ、体ごともちあげて……額に、槍の石突が当たった。

「どうしてだ!」

「いや、あの姿勢から起きるとなっちゃ、あの場所しかねぇだろ。」

返ってきた返事に唖然とする。煙幕が出てくる。その事実に何の動揺もせず、計算ずくで俺に攻撃を当ててきたというのだ。

「お前らは……化け物、ぞろいなのか?」

「ああ。だから、降伏しろよ。ミルノーとやら。命までは取らねぇぜ?」

ディールの放った突きは、俺の頭をずっとフラフラさせている。脳震盪は起こしていないだろうが……それでも、軽く持続する程度のダメージにはなっている。

「もう戦えないさ……降伏する。」

ガシャン、という音を鳴らして地面に体を寝ころばせた。

「鎧は脱いでおけ。それにどんな仕掛けを施したのか知らねぇが……恐ろしいことはわかるからな。」

そのままで兄貴になんか会わせられるか。そのつぶやきを聞いて、軽く笑う。

「お前たちほどの猛者が仕える王に、俺は興味が湧いたよ。」

「おう。もてもて、そして敬え。俺の兄貴はすごい奴だ!」

ハハハ、と笑う。これほど純粋に人をほめるやつがそういるだろうか。

 こいつの主なら、いい奴だろう。俺は、そう確信した。

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