31.ペガサスの兵器将像
「ミルノー=ファクシ。クカス近隣の賊徒の、武器調達担当。と、言ったな?」
俺は鎧を脱いだ目の前の男と対談していた。
さすがに王にお目にかかるような恰好ではない、ということでとりあえずマントが着せられている。
しかし、ガタイのいい男だった。筋骨隆々、こいつなら、力仕事は何でもできそうな男である。
「……え、と。」
「ああ、礼は良い。……そうか、乱世を理由にすれば。」
「ダメ。最悪、アシャトが王国を統一するまでは良くても、それ以降は『像』以外にはダメ。」
ディアが速攻で止めに入ってくる。
乱世を理由にすれば敬語も撤廃できるかと思ったが、ダメなようだ。
「『像』に任じた人間とそれ以外は、明確に配下としての『格』が違うからね、まあ、いいんだけど。」
それは、そうだろう。『像』に任じられるだけの能力があると認められるだけではなく、『像』の固有能力まで獲得できる。
基本的に『像』と同じ分野で『像』に任じられたものと戦って勝てるものなどいないのだ。
「まあ、どちらにせよ、だ。今は構わん、好きに話せ。」
話が進まんからな。俺はさっさと話しを進めたかったし、こいつは礼儀がわからない。この場合、緊急措置として許されるだろう。
「ああ。武器調達兼、武器製作だ。」
「ほう?」
いい人材がいいタイミングで手に入った。俺はそんな心境だった。
「では、敵がどこにいて、どのような兵器を持っているのか、よく知っているわけだな?」
「ああ。知っている。……話すと思うか?」
「思わんな。しかし、条件を付ければ話は別だろう。」
例えば、と言いつつ、ディールに目配せする。
「お前の命。」
ディールが槍を持つ手に力を入れた。だが、その表情には何の変化もない。
「部下の命。」
ディールがわずかに動く構えを見せた。オベールも斧を持つ手に力を入れ、ペディア、クリスも戦闘準備を整える。
ミルノーが憤怒の形相を見せた。だが、俺はそれを見たのちに、クックッと笑って、続ける。
「まだ賊徒として活動している、残る者たちの命。」
ピタリ、と後方に控える皆と、ミルノーの動きが固まった。そう、その反応でいい。アシャトは内心でほくそ笑む。
「この戦闘で生き残った者たちの、命の保証をしよう。余の指示に従い改心するのであれば、余の国の民として迎え入れることもしよう。」
彼はわずかに目を見開いた。
「生活の保障も……もちろん、今すぐとは言えんが、行おう。それだけあれば、足りるだろう?」
裏切るのにたる理由だろう、と脅しをかける。彼は少し、躊躇した。
「……わかった。なるべく部下たちには被害が出ないようにしてくれ。」
「ああ。最小限にすると約束しよう。」
俺はそういうと、彼の話す賊徒の本拠地の防備について、耳を傾けた。
とんでもない防御能力に、俺はあんぐりと口を開けた。
「というか。お前、それほどの権限が与えられていたのか?」
「ああ。なんでも、俺が防衛装置を組むと安心、だそうだ。」
それは、その通りだと嫌でも感じた。というより、危険が過ぎる。
「絶対にこいつの家とか、入りたくないな。」
ディールが言ったセリフに、皆が同調したように頷く。門に仕掛けられた、招かれざる者に浴びせられる毒魔術。
踏めば爆発する魔法陣に、長大な弓矢を射出する、据え置き型の弩。
槍が降ってくる天井があると聞けば、俺たちはその恐ろしさに震え上がらざるを得なかった。
「確実に無事なルートは、あるんだな?」
「いえ、ありません。ただし、作れるようにはしてあります。」
作れるように、とはどういうことか。俺は軽く首をかしげる。
「もしも、敵に奪い取られたときに、自分たちがすぐに奪い返す。それができるように、幼ウイしています。」
スっと差し出された一枚の魔法陣。
「これに魔力を流せば、二時間、砦内の魔法陣が全停止します。すると、多くの兵器しか残らない……そしてそれらは、人力での運用が必要になります。」
ようは、魔法陣には条件付きで効果が表れるように陣中に『記載』してある、ということだろう。
この男の、魔法に関する学の高さを伺わせる言葉だった。
「よし、分かった。マリア、極力人を殺さない方向で、策を練れるか。」
「単純に降伏勧告でいいかと。もちろん、ミルノーが、すべての魔術を停止した、と伝える形で。」
「いや、それじゃあ防衛線の準備をされるのじゃないか?」
エルフィの当然の疑問に、マリアは首を振る。
「この近隣の賊徒は、一度も棟梁の名を出したことはありません。それは、賊徒の主が求心力を失っている証左にほかなりません。」
さらりと告げた情報は、こちらに大きな衝撃をもたらした。
「事実か、ミルノー?」
彼は言いにくそうに身をよじった。そのあとで、続ける。
「ああ。求心力は、最初からない。ここの棟梁は、世襲制だ。」
貴族か!という俺の問いは、心の中にしまい込んだ。
「なら、その策で行けるか?」
「下っ端の方は、多分来る。しかし、幹部クラスになると話は別だろう。」
そうか、それなら。
「降伏してこない奴は、戦闘中の命の保障は出来かねるぞ。」
「構わない。というより、仕方がない。」
賊徒に堕ちた以上、当然の報いである。ミルノーは、そういう認識をしているようだ。
「むしろ、助命の機会を頂き、感謝する。」
「あぁ。……なら、降伏勧告に従わなかった者は。」
「殺しても構いません。」
言質は取った。ならば、俺達が取るべきは、これから行う政策に基づいた一手。
マリアに目を向ける。彼女は即座に頷いた。
「ミルノー。この近隣の賊徒の拠点は、ここですね?」
「……どうして、知っている?」
「今、槍が降ってくる天井がある、と言いました。つまり、地下にあるのでしょう、拠点。」
外側に、そこそこに大きな砦があり、バリスタもいくつか用意されている、という。それは、大きな囮である、と彼女は言うのだ。
囮は大きければ大きいほど良い。そういうことだろう。
「であれば、周囲の地盤が安定している必要がある。となれば、ここしかあり得ません。」
地図の一点。少し砦とは外れた位置を、彼女の指は指していた。
数人の兵士を解放した。命からがら逃げ延びた風を装わせ、普通に砦の中に帰らせた。
彼らが、賊徒たちに、敵が誰か、ミルノーの忠誠の代わりに何を得たかを伝える手筈だ。
最初から瓦解した士気。無能な棟梁。そんな状態で戦などできるはずもなく。
地下、地上にいるほとんどの賊徒は、その二日後に攻め込んだアシャトたちに降伏した。
しかし、一部の賊徒に限れば、そればかりではない。
世襲制で棟梁の座を得た男とその取り巻きたちは、もうひとつ彼らの用意していた小さな砦に立て籠ったのである。
「……見誤っていました。」
マリアが、ポツリと呟いた。
「決して部下たちを自身で管理せず、他のものたちに丸なげする姿勢。私はそれを、彼らの無能と判断していました。」
言いながら、立て籠った砦を眺める。
「聞けば、他の降伏した者たちも、ここのことは知らなかった……有事に備えて準備をしていたのでしょう。」
それは、敵が有能である証。あるいは、もしくは……。
「これが、血の繋がり、世襲制の優位ですね。」
アダット、レッドと戦うに当たっての最大の障壁とも言える事実。
新興勢力は、脈々と受け継がれた血の力ほどの、基盤足る力がない。
「だからこその……。」
「元、子爵。ですが、足りません。」
即座の返答に、俺はうっ、と反応する。
「エドラ=ケンタウロス公爵を抱き込んで、初めて一歩あと。旧王都を得て、なお歴史という抗えない壁が現れます。」
脈々と受け継がれてきた、血脈と、何より嫡子という資格。
方や、その才覚は国の資格者一と謳われ、その信頼を得ようとし、得てきた者たち。
それら、『事前準備』とも呼べるものが、俺たちにはない。
「……まずは、この土地を落としましょうか。ミルノー。」
「あぁ。……このちっこいのに従うってのは、なんか奇妙だな。」
マリアに指示を出されたミルノーが、何もない虚空にわずかに手を伸ばして、言った。
「『ペガサスの兵器将像』の力を解放する。」
そこに出たのは、彼が設計し、作らせ、砦内に置いてあった兵器。
平原でも使える、単純にして明確な、圧倒的質量を持つもの。
名付けて、『突き進む鉄球』。魔術で移動をコントロールし、ひたすらに突き進む、悪魔の殺戮兵器である。
「蹂躙しろ!!」
ミルノーの号令のもと、砦まで一直線に突き進んでいく鉄球。
それは、真っ直ぐ、壁にぶつかってもなおまっすぐに進もうとする。
ミシミシと壁が音をたてた。ピキピキと、目に見えるひびが入っていく。
「……アシャト様。申し訳ありません。」
魔力が尽きた、とミルノーは呟く。彼の魔力総量はそもそも多くはない。
ゆえに、仕方のないことであっただろう。
たとえ『像』の力で強化されているとはいえ、人間は人間。限界はあるのだ。
「ああ。あとは休め。……メリナ!」
「わかった!“爆破魔術”!」
鉄球内に予め仕込んだ魔術を発動する。大分壁にめり込んだ鉄球が四散し、その衝撃で砦の壁が崩れ去る。
「突撃いぃぃぃ!!!」
ペディアがすかさず号令した。それに応えて、クリスが騎馬隊で先鋒をきる。
「……戦は終わった。ミルノー、それでよいな?」
「はい。……感謝する、アシャト様。」
それでいい。俺は微かに頷く。
「敵を掃討し次第、クカス第図書館に戻る。そこで一度兵站の確認。それまで、兵士たちは休息と農作業を日交代で行うものとする。」
もう一度、砦を見た。賊徒の長らしき人物が、最後の特攻に打って出るのが見えた。
クリスと打ち合っている。もう、見るものも、ない。
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