29.賊徒と富国と国政と

 俺がもしも『ペガサスの王像』に採用されたら。そう思って、いくつか準備をしてきた。

 その中で最も力を入れたのが、人材の確保である。

 特に、現皇帝に改易された貴族と会うこと。積極的に、俺はそうした者たちと接触を図った。

 そして創りあげた人脈の中で、こいつは内政おいて特に有能な人材だ。

 ペテロ=ノマニコ。積極的な富国主義者。

「しかし、あなたが国王陛下、というより王の資格を有していたとは、驚きました。」

「国王に追放された身としては、俺の血筋は忌むべきものだろうと思ってな。現体制を討ち滅ぼしてから王宮に召すつもりであった。」

そのセリフを聞いて、ペテロはにこりと微笑んだ。

「確かに、あなたと会った当時であれば、そうしたでしょう。しかし、レッド=エドラ=ラビット=ペガサシア率いる王都軍を撃退した時点で、あなたが王族であるという事実は、喜ばしいことです。」

そう言ってくれるとありがたい。アシャトはそう言ってかすかに笑う。

「俺は皇帝になる。そのためにも、富国はどうしても必要だ。俺のもとへ来てくれないか、ペテロ。」

「もちろん。そのために昔から私に唾をつけていたのでしょう?」

その通りだ。同時に、その通りではない。

「お前を有能だと思ったのは、お前と語らったからだ、ペテロ。決して、王に改易されたからではない。」

「ええ。そう信じています。何しろあなたの周りには有能な人材がそろっているのですから。」

「もっと欲しいところではあるがな。」

「人的資源はすぐには集まりません。しかし、すでに六人も集めている。それはとても素晴らしい。」

ペテロは俺の後方を眺める。ディールをはじめとして、オベール、クリス、エリアス、ペディアがそこに並ぶ。

 俺の隣では、エルフィが座って静かにその様子を眺めている。

「エルフィは俺の部下ではないけどな。同盟者だ、ただの。」

「ですが、味方でしょう。エルフィールが王として認める、なんていうのはとんでもない功績ですよ、アシャト様。」

エルフィール様は民たちの英雄です。そう彼は続けた。

「民の英雄が認めた王なら、その方も民たちの英雄に違いない。皆がきっと、そう思う。」

それは、重荷だな。俺は恐ろしいな、と感じた。

「で、今度の展望について定めているのですか?」

「ああ。マリア=ネストワの要請に従って、この一帯の賊徒を討伐する予定だ。」

「……賊徒の討伐。であれば、奴隷も大勢いますね。」

賊徒に利用されている奴隷を味方に引き抜く。そして、今いる賊徒を奴隷に落とす。そんなところだろう、ペテロが考えているのは。

「出来るのか?」

「命の保証をしましょう。同時に、あなたが現ペガシャール王国と敵対していることを伝えれば、大概の賊徒はあなたに降るはずです。」

祖そんな単純な話なのだろうか、と感じた。

「不思議そうですね、お二人とも。」

「賊徒は賊徒に落ちた時点でダメだろう。改心の余地などあるまい?」

エルフィも不思議そうにペトロに問いかける。しかし、ペトロはその問いには答えず、問いで返した。

「どうして賊徒になると思いますか?」

「それは、普通に働いていたら生活がままならないからだ。」

エルフィは問いを無視されたことには何も触れず、ただ淡々と答えを返す。

「では、どうして生活がままならなくなるのですか?」

「賊徒があらゆる食糧を持っていくからだ。」

「あなたにはそう見えるのですね、エルフィール様。しかし、それは直接的な原因ではありませんよ。」

エルフィは押し黙る。確かに、今自分が言った理屈ではいろいろなところに矛盾があると気がついたようだ。

「王国が、税として生活が出来なくなるほどの金を持っていくからだ。だから、賊とは減らない。」

「そうです、アシャト様。では、賊徒を減らすには?」

「税を減らし、農地を増やし、相場を見て税を増やす。国の運営とは、総じていえばそれに尽きる。」

「そうです、陛下。では、賊徒に命、生活の保障を与えれば、どうなると思いますか?」

「自分の生活のために働くな。働けば働くだけ、生活が安定する。」

まるで示し合わせたかのような会話に、エルフィが驚いて俺を見ていた。

「そうか。ペトロ、お前はマリアと面識があるのか?」

「ええ。この一帯で賊徒から身を守る策を、いくつか頂戴いたしました。」

なら自己紹介はいらないだろう。

「オベール、マリアとメリナを呼べ。」

「承知。」

俺の軍の庇護下にある彼女らと、ペテロ。彼らの軍略と政略を組み合わせれば、長期的に見て良い策が出来るはずだった。

「お呼びでしょうか、陛下。」

「堅くならなくていい。今は兵士たちはいない。」

オベールとディールが直接守ったこの陣営に、他の兵士の護りは邪魔なだけだ。だから彼らは、今は陣の外を守り、交互に交代しながら英気を養っている。

「賊徒を捕縛、降伏させ、俺の国で働かせたい。捕縛の方向に策の転換はできるか?」

「そもそも、敵は皆生け捕りの手はずにしています。それだけですか?」

「今後の方針についての相談だ。俺は皇帝になりたい。最短の道はないかと思ってな。」

皇帝。つまり、自国を含めて三国以上の併合。

 その壮大な目標を聞いて、マリアは少しだけ頭を悩ませてから、呟いた。

「まず、この近隣の賊徒を生け捕りにして、頭目を殺し、他は農民に落としてでも生き永らえさせます。」

それは、ペトロとも話した基本だ。その方針を骨子にして話しを進めていきたい。

「奴隷として働かされている農民、そして生け捕りにした賊徒。この近隣の農民。彼らと、この近隣の土地の開墾をさせます。」

それから、マリアの説明は1時間以上続く。その利点、欠点共に語りながら、徐々に徐々に、その方針は見えてきた。

 富国。強兵。まず、この近隣の村の開墾をして、賊徒たちにも生活基盤を与える。

 この近隣農民にも手伝わせ、代わりに今後3年は税を免除する。

 その後、俺達は旧王都ディマルスに入り、ここの機能を活性化させる。

 商人を使って、俺が賊徒にも生活基盤を与えているという噂を流させる。

 王国各地に巣くった賊徒、生活に困り果てた農民は再起をはかってこちらに向かってくるだろう。だが、今度は土地が足りない。

 それを理由に、2週間の食の安定を保証し、大軍をもって隣国マシャラを攻め落とし、貴族数名にそこの統治を任せる。

 農民たちの生活の安定と、貴族たちの職の安定を図りつつ、富国を達成しながらペガシャール王国を蝕んでいく。

「そうしている間に、アシャト様の名声は上がり、賢王として名高くなる。」

更に人が増え、その中には優れた人材もいる、と。

特に、国の安定を望む貴族たちからはその政策が支持されるだろうし、味方になってくれる、と彼女は言った。

「今から執り行えば、国の平定は三年程度で叶うでしょう。あとは、富国姿勢を見せながら、強兵を三年。それで、次に敵対するのは鉱山国エデレシアです。」

この二百年で、もともとあった六大国以外の国が増えている。それらを統合しつつ、機を見て併合を続けていくのだとマリアは語った。

「まずは、目の前の敵ですね。この近隣の賊徒は、変に手強いですから。」

そう言うと、彼女はまっすぐに先を見る。

「ペディアさん、先に伝えておきます。あなたが直接指揮する部隊には、今回略奪する『重鎧』をつけてもらいます。」

野戦防衛が得意なんですよね、ちょうどいいでしょう。そう言うと、少し悩むしぐさを見せる。

「クリスさん。騎馬隊を動かします。敵が罠に落ちたら……。」

この機に、自分が張った策について伝えておこうとでも思ったのだろう。マリアは口を開いて……。

「伝令、伝令!!敵賊徒が罠にかかったと報告がありました!!」

天幕の中に入ってきた兵士が言った。その瞬間、ペトロ以外の全員がすぐさま立ち上がる。

「マリア、何をしてほしい!」

「必要ありません!ペディアを先頭、エリアスが殿!罠に落ちた敵に攻撃する必要はありません、私が来るまで待機していてください!!」

すぐさまペディアが駆け出し、兵一千と共に出て行った。

「メリナ、『泥水』?『流砂』?」

「『流砂』の方。魔力が、持たない……。」

フラフラとメリナがおぼつかない足取りで付いてくる。

「エルフィール様、魔力は多いですよね。」

「ああ。この魔法陣か?」

「ええ。お願いします。オベールさん!」

エルフィールがメリナの首にかかった魔法陣をヒョイと奪い取り、彼女の後に続く形で魔力を流す。

 魔力を吸い取られる苦しみから解放されたメリナは、オベールに背負われた。

「ごめんなさい、背負わせたままついてきてもらっていいですか?」

「ああ。わかった。」

マリアはメリナをオベールに預けると、五百名の兵士を連れて俺と共に駆け始めた。マリアは馬には乗れないので、俺の鞍に乗っている。

 全軍が全力で駆けていた。後方のエリアスの軍は急ぐ必要はないが、この戦の士気を執っているのはマリアだ。彼女は急いで前線に出なければならない。

「どうだ、罠に落ちた者共の様子は?」

「は、相当に疲弊しております。これは……魔術ですか?」

一人の賊徒が、立ち上がって穴から這い出ようとした。すると、足場が安定せず。また鎧も重いため、ズルズルと穴の中にひきずり落とされていく。

「落とし穴に落ちた賊徒に告ぐ!我らは『ペガサスの王』アシャト様麾下の軍である。降伏するのであれば、許す。その剣、槍をその場に捨てよ!!」

落とし穴を兵士たちに囲まれ、鏃の先を向けられながら言われた賊徒の気持ちはどんなものだっただろうか。

 ペトロの話が正しいなら、賊徒は生き残るために賊徒になった。であれば、こうした命を懸けた脅迫には弱いはずだ。

 実際、兵士たちは次々と降伏した。おそらく、『流砂』を這い上がろうとしたために体力を使い切ってしまったのだろう。

 抗戦の意志は、全くなさそうであった。

「ペディアさん。あの一番華美な鎧をつけた賊徒を呼んでください。」

「そこの賊徒!上がって参れ!!」

指さされた男が、流砂の端に足をかけた。その次の瞬間、エルフィが『流砂』を解除する。

「クリスさん。彼を捕らえてきてください。」

そう言ってクリスを使いに出すと、マリアは少し悩ましそうな表情をしてから、言った。

「鎧を外し、上がって来い。そう兵士たちに告げてください、ペディアさん。……誰にも、矢は放たせないように。」

そう言うと彼女は俺の手を軽く引いた。

「あの重装兵、おそらく賊徒の機密を握っています。……それに、おそらく、強い。来てください。」

クリスでは役不足なのだろうか。一瞬そんなことを思いながら、俺はついていき……そこで、剣と棒で打ち合い、防戦一方になっているクリスを見た。  

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