28.マリアという脅威

 休憩を一週間とると言ったにもかかわらずすぐさま命令を変更した俺に、兵士たちは何ら文句を言わなかった。

 どころか、出兵理由が、幼い少女二人の願いを聞き届けるためだと聞いて、大いに盛り上がった。裏で行われたやり取りやそれに至ったお願いなどを無視すると、俺は少女の願いを聞き届ける理想の王、ということになるらしい。

「周辺の賊の武装は、非常に優れています。百年前にできた隣国ドワゼフが、奴隷に作らせた鎧を高額で売買しているためです。」

その鎧は並みの剣では傷一つつけられず、その盾は馬の突撃にすら耐え忍ぶという。

 そんな鎧は、見たことがない、と感じた。しかし、それが実用されているのなら、扱う部隊はとんでもない部隊になるだろう。

「打開法は?」

「同じ『超重装』を扱えるほどの筋力を持つ者が、打撃武器で攻撃すること。馬の突撃を、鎧にじかに当てること。魔術の熱で、中身を蒸発させること。」

次々とえげつない方略が出てきて、少し、いやかなり引いた。

「他には、そう。もうすでに用意しています。」

彼女の導きに従って、彼女が歩む道を進んでいく。すると、今までの開けた道から一転、草木の生い茂る道に変わった。それがどういう意味を持つのか、俺は彼女に視線で問う。

「姉に兵を百、与えてください。」

彼女の隣でむすっとしたまま動かないメリナを見ながら、マリアは言った。

「いいのか、こんな状態だけど。」

「構いません。……姉さん。恩返し、しよ?」

急に年相応の少女の声を聴いた気がして、俺は目をこすった。

「でもさぁ、次はこいつらが……。」

「ならないよ、姉さん。なれないの。だってこの人たちは、王様とその部下だから。」

その王を遠慮なく言葉で丸め込んできたのはどこの誰だ、という言葉は必死に飲み込んだ。

 彼女の弁舌にかかれば、俺なら一瞬で思考を誘導されそうな気がするな、と感じる。もちろん、そんなことになればエルフィと理屈の通じないディールが止めに来るはずだ。

 そう言えば、これほど頭のいい彼女だが、おそらくディールとの相性は悪いのではないだろうか、と思う。

 マリアは理論理屈で考える人間だが、ディールは直感で動く人間だ。二人が互いを補い合いでもしたら恐ろしいが、そうはならない。きっと、この二人は水と油だ。

 古今東西、感情で動く人間と合理性の鬼はそりが合わないというのは相場だ。

 まあ、だからこそ。ディールがいるから、俺はおそらく間違った方には歩まない。

「大丈夫だよ、お姉ちゃん。彼はね、盗賊の真似事は出来ないから。」

せっせと姉を奮い立たせる姉の言葉に、俺はとても怖いと感じた。

(いや、十やそこらの子供が言うセリフじゃないでしょ。そして言われるセリフでもないでしょ)

ディアが心の中に直接言ってきた。それはそうだが、と返す。

(どう乱入するんだよ。そして疑心暗鬼の子供なんてどうやって説得するんだ?)

(それはもっともだけれどねぇ!でもこれ、完全に悪人になっちゃうよ僕たち!)

ディアが焦り、俺は動けず、エルフィは面白そうにニヤニヤ眺め。

「おい、ちょっと黙れよ、マリア。」

ディールが声をあげた。

「どうしましたか、ディール様?」

「お前、これ以上兄貴悪く言うなら斬るぞ。」

槍をソワソワと動かしながら言うディールに、マリアは本気を見て取った。反省したように少し黙り、そっと俺の方を見る。

「えっと、その……ごめんなさい。」

「よい。が、あまり余を悪く言うと、余以外から睨まれるぞ。」

「軍師の本来の仕事は、嫌われることでございましょう?」

彼女は彼女で、しっかりと考えたうえでの俺非難であったらしい。しかし、端的に言ってわかりづらい。その上。

「余を外道に落とすつもりか、そなたは。余は十やそこらの子供に何を望んでおるのだ。」

軍にいれた時点でかなり行動としては間違っている方であるが、それでも。十やそこらの少女に、そんな孤独な道を歩ませるほど、俺は鬼畜ではないつもりだった。

「あとな、メリナ。」

俺はまだ心を開こうとしていないから、という理由で話すのを避けていた少女に声をかける。

「姉だろう、そなた。妹に頼りすぎだぞ。」

その言葉に、彼女はハッとしたように顔をあげた。そして何度か目をこすると。

「ごめん、マリア。もう大丈夫。……それで、どういうパターンで?」

「蛇草原を抜けた先。多分、蛇たちを焼き払うつもりだから。」

彼女はその盗賊たちの動きを大隊予測できているらしかった。

「陛下。陛下でいいのよね?」

「構わん。どうした。」

「力仕事に優れた兵士を、二百……いいえ、三百貸してください。」

マリアは二百でいいと言った。しかし、彼女は三百くれと言う。

 こういう時は現場の意見を尊重すべきだ。それが戦略に大きく関わる者ではない以上、それくらいは必要だろう。

「良い。オベール、目付だ。ついていけ。メリナ、この者からは離れるな……何かあれば、必ずそなたを守ってくれよう。」

 マリアは彼女を、『ペガサスの工作兵像』に推した。それはきっと、身内びいき以外にも理由があるはずだ。

「オベール。この子達をしっかり救えば、我が国は未来の人材についての備えもしていると主張できる。……わかるな?」

「は。民草、貴族とも子供の将来を憂えない、というのは、人口増加、ひいては国の発展になります。」

「あぁ。つまり。……俺だと思って、守りきれ。」

「承知!!」

基本的に無言を貫く彼でも、俺の前ではしっかりと話す。

 その事実が、なんとなく権力の恐ろしさを感じさせながら、俺は彼らを見送った。

「厄介な姉妹だな。」

「姉の方は問題なかろう。泣きわめいて不安がっていないからな、マシだ。」

武装した兵士たちに囲まれていて、あの程度の不安定で済んでいるのだ。

 彼女はむしろ、将来が楽しみな少女、程度の評価に落ち着けられる。ただし、姉は、だ。

「妹は違うか。……俺も、あれには驚いた。」

その妹は、ディールに少し連れていかれた。ディアがついていったから、面倒ごとにはならないだろう。

「エルフィでも驚くか……やはり、異常か?」

「あぁ。ついでに、彼女が要求した職もな……。」

それは、俺も思った。あれほどの思考の早さ。王相手に堂々と利を話して見せる胆力。

 一介の軍師に置いておくと、あまりにも不遇が過ぎると叩かれる。

 しかし、貴族でない彼女を宰相にするわけにはいかない。そうすると、これから俺を支援してくれるだろう貴族たちが不満を覚える。

「その点、『ペガサスの智将像』なら完璧だ。軍師以上の待遇でありながら、貴族であるより実績を求められる。」

その計算をいつしたのか。もちろん、俺に賊徒を討つメリットを語っている最中に、だ。

「ただの本好きではない。そもそもあの二人、いつからあの図書館にいた……?」

「眠っていた妖精が気にかけるほどだ。1年や2年ではないな。」

が、まだ10の少女だ。

 つまり、字を読めるような環境で育ち、教えられ、しかし親が逃げ出さなければならない状況に陥った。

 その後、図書館に辿り着き、図書館で母を看とり、図書館で何年も本を読んで過ごした少女。

「俺は、彼女が怖い。……手綱は手放すなよ、アシャト。」

「まず俺は馬にならないように注意しないとな……。」

エルフィが警戒する少女。英雄に恐れられる少女。

 やはりマリアは、どう考えても化け物だ。




 その日のうちに、用意を終えたと言われた。貸し出したシャベルはいくつかが曲がっていた。

 物的被害だけではない。兵士たちは服も鎧も泥にまみれ、きれいな部分など一つとしてない。

 それだけの作業を行って来たのだ、と思うと、俺はメリナの工作に期待を持ってしまっていた。

「アシャト様。明日はここから撤退し、数人の細作だけを放っておいてください。賊徒が訪れた、という報があればすぐにでも動けるように。」

マリアのその発言は、何かを確信しているかのようだった。おそらく、その『重鎧』を装備した敵が工作に……落とし穴に、かかるのだろう。

 そう確信して、夜を過ごした。

 朝起きて、地図を見ながら、これから行く道について考えた。

 昼になる前から、夕方になるまで、小隊ごとに調練を行った。

「……マリア?何も報告が来ないのだが?」

「別に私、今日来るとは言っていません。」

そうだ、と思い出した。こいつは、日付をはっきり指定してこなかった。

「学のない賊徒ですから、予定が読みにくい。しかし、パターンはありますから。」

だいたい3日以内には罠にかかるでしょう。彼女はそう言うと、机に広げられた地図を見る。

「陛下。この村に向かっていただけませんか?」

この野営地から二~三時間程度で辿り着く村を指す。

「何かあるのか?」

「人が。……私は戦略に長けていますが、彼は政略に長けています。『宰相像』に適任な、元貴族です。」

元。つまり、現国王と敵対し、追放された貴族の一人。

 うちの軍では、俺だけがその中に入る。

「会おう。うちには今、政治屋が一人もいない。」

『ペガサスの宰相像』候補はすでに定めていた。数年前に、そういう話を彼としていた。

 だから、今マリアが会わせようとする『彼』を『ペガサスの宰相像』に定めるわけにはいかない。

 しかし、俺の国に囲いこむことは、大切だ。政治ができる人間は、多ければ多いだけいい。

 これからの将来へ投資する、と考えるなら、彼女の願いを聞き届けてもいいだろう。

「行こう。」

そう決意して、向かった彼女の指示した村。


「お久しぶりです、アシャト様。いえ、国王陛下。」

「……ペテロ?ペテロ=ノマニコ?」

俺が『ペガサスの宰相像』に任命したいと思っていた政治家が、そこにいた。

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