12.軍事演習

 正直に言おう。俺は自分の勝利を全く疑ってはいなかった。

 こちらには人材が豊富だ。“槍術八段階”“剣術七段階”“体術七段階”“馬術七段階。そんな圧倒的な実力を保持する、単体攻撃兵器、ディール。指揮官として、俺の代理としても非常に優秀な、俺とともに兵の指揮を執る、アメリア。そして、その実力が読めない優れた執事、アテリオ。

 エルフィールはあくまで見学であるとはいえ、これほどまでに人材が豊富で負けるはずもない。

「アメリア。200人の指揮を頼む。アテリオ、お前は彼女に付いていてくれ。」

剣の感触を確かめながら言った。ペディアやエリアスの能力はわからない。どれほどの実力を持っているのか、彼らに聞いた話と噂程度にしか知らない。

 情報の少なさは不安要素だった。しかし、あくまで不安要素だ。勝利を諦めるつもりはない。

「弓隊、まだ構えるな、矢を戻せ!」

逸る兵士たちを抑えつつ、その先端を見る。先端が鏃ではなく、小さな赤い木の実。ペディアの軍は青く、エリアスの軍は黄色い木の実とそこから採れる塗料を塗してある。

 殺しはなし。そう決めたただの実践訓練に向いた植物であり、名前をトットペズという。どこの軍事演習場でも栽培されている、軍にとって非常にありがたい植物だ。

 エルフィールが轟音の魔法陣に魔力を通した。ほとんど同時に轟音の魔法が発動し、そのタイムラグのなさに驚きを浮かべつつ。

 アシャトは自らの責務を為した。

「弓隊、構え、狙え!」

ギリギリと弦を引き絞る音。傭兵と狩人の中で、弓を使えるものを厳選し、お互いの力量を見たうえで、同じ距離を飛ばせるように調整させた部隊。

 急な命令であったにも関わらず、彼らはその必要性をくみ取って、一晩かけずにその調整をしてのけてくれていた。

「「はなてぇ!」」

俺とペディアの声が同時に響く。弓が放たれたと同時に盾を構えた部隊が頭上に盾を構え、飛んでくる矢を受け止めた。

「アメリア、任せた!」

「承知!騎馬隊、別行動よ、ついてきなさい!」

義勇軍の各部隊には、約四割に騎馬を貸し与えられている。ペガシャール王国の馬は高品質であると非常に有名で、馬の育成に手を抜く貴族はめったにいない。

 馬商人もそれをよくわかっているから、馬を育てるときは絶対にいい馬を育てる。それがこの国の風潮であり、同時に。

「早いな……さすがは我が国の民。」

馬の扱いにおいて、ペガシャール王国に勝る国家はない。別行動を開始したアメリアは、すぐさま後方に向けて駆け去っていった。

「さて、三百の兵士よ!今から我ら、持久戦に入る!」

彼らを配下にしたい。俺の望みがそれである。では、どうすればいいか。彼らに対して、俺という人物の有用性を認めさせなければならない。

 俺が王ということはまだ秘密である。いずれ公表しなければならないし、彼らに対しても話さなければならない。

 それまでに俺は、どれだけ彼らに心を許してもらえるのか。それが、俺が今すぐに王としてなさねばならない急務であった。

「弓隊、放て!」

敵の、ペディアの騎馬隊がこちらに近づいてくる。こちらはすでに柵による防衛陣地の完成を遂げている。この柵があれば、敵は容易にこちらに入ってくることはないだろう。

「隠蔽の魔法陣をかける。弓隊長。決して悟られるなよ。」

「承知。矢を雨のように降らせ続けましょうぞ。」

隊長と互いに頷き合い、俺を含む魔法部隊の力を借りて、百人に隠蔽の魔法をかける。

 これによって俺たちは敵から姿を隠すことができるようになった。あとは、攻め込むだけである。

「行くぞ。」

普通に考えて、ペディア、エリアス共に防衛戦の達人である彼らに勝つことはできない。勝つことはできても、守りに籠った状態で勝てはしない。

 そもそも彼らは防衛戦の専門家だ。俺よりも防衛戦に長けていて、同時に弱点についてもよく知っているだろう。

 だからこそ、その弱点を突かれる前に電撃戦で勝つ必要があった。幸い、魔法はあまり普及しているとは言い難く、だからこそペディアたちがそれに関する対策を立てていることはまず考えられないだろう。

 俺の防衛戦は見せかけだ。だが、弓兵は百人もいる。そして、それを補佐すべく、残す兵士も百人はいる。

 たった百人の兵士が消えたくらいは、気付くとは思えない。殻にこもった俺たちと、別働で動いたアメリア。ペディアは、きっとそれがどういう意味を出すのか、頭をひねっていることだろうう。

「駆けろ。魔法部隊、消音魔法術だ。」

足音を消す。走る。魔法陣は、魔力さえ通せば魔術が使える魔術の基礎だ。ゲイブがよこした手紙には「お前の部隊だけ魔法が使える一般民を紛れ込ませた」と書いていた。

 貴族たちは自前の魔法陣を持っているし、傭兵たちも自前で持っていると判断されたのだろう。

「回り込むぞ!」

走りこむこと、20分。敵の陣地に辿り着いた俺は、後方を向いて自陣を見る。

 第二隊は総人千人である。数も立派な力であると、俺はペディアの兵数の調整の提案を突っぱねた。

 だから、騎馬隊も多い。おそらく、全400人のうち、ほとんどは外に出ているだろう。

 自軍の殻にこもって、弓だけで倍の騎馬隊を相手どる。言われれば簡単なことではないのだが、柵に近づいた騎馬は簡単に木製の槍でその腹を突かれて立ち止まらされているため、まだギリギリ均衡を保っていた。

 敵の本拠地に正面から乗り込む馬鹿はいない。しかし、わざわざ裏口まで回ってやる義理もない。

 正面から数十メートル。完全に柵に覆われたそこを、俺は火の魔術で燃やしにかかった。

 一瞬で火柱が上がる。とんでもない勢いで燃え上がったそれは、俺の目論見通りに柵の一部に穴をあけ

「「突撃ぃぃぃ!」」

後方に駆けていっていたアメリアと俺は、その火柱を合図に突撃命令をかけた。

 俺は自分の指揮する百人の歩兵部隊とディールとともに、総勢600人の敵本拠地に。

 アメリアは200の騎馬、100の弓兵、100の歩兵とともに、ペディアの四百名の騎馬隊に。

 俺たちは、勝利を確信しつつも突撃した。





 余談だが、勢いのある騎兵と立ち止まった騎兵ではどちらが強いか、ご存知だろうか?

 戦の基本とも言える問いではあるが、同時に基本であるからこそ破るのが難しい問い問いでもある。

 私は、15分間ほど後方へ馬を駆けさせると、反転して今度はある程度速度を落としつつ15分間、駆けた。

「そろそろ、合図ね。」

アシャトのの合図が私にきちんと伝わるかどうか。保証はない。しかし、アシャト様も織り込み済みであろうから、それなりに大きな火柱を上げるだろう。

 自軍陣地の後方が見えた。案の定というか誰もおらず、軽く溜め息をつく。

 アシャト様は、防御陣地の使い方を致命的に間違えていた。彼は後ろ楯がいないと聞いている以上、軍略についてはおそらく触りだけしか知らないのだろう。

 だからこそ、ともいえるが彼の戦略は無茶だった。

 もともと防御陣地とは、寡兵で組むものではない。兵が相手より多いとき、あるいは守りに適し、攻めるに適さない地形であるとき。

 防御陣地とは、そういうときに扱うのだ。後方の守りが手薄くなるようなら、防御陣地をする意味はない。

(まあ、今回としてはいいのですが)

それが、あくまで演習であり、試合であった。お遊びのようなものならば、これでも構わないのだ。

 演習であるという前提があってこそ成り立つ作戦。私はこの作戦をそう評しているし、アシャト様ご自身も自覚はあられる気がしている。

「アテリオ!」

「はい!間違いないかと。」

火柱が上がっていた。彼自身が放ったのだろう。非常に大きな火柱となって、誰の目にも……そう、フィシオ砦内にいるバカたちにも見えるように伸びている。

「突撃ぃぃぃ!」

(狙っているのでしょうか、これは……何のアピール?)

見掛けだおしの後方の柵を蹴飛ばしながら、兵たちが開けた道に飛び込んだ。

 弓兵、歩兵ともに同数に分かれて左右に開き、私たちの騎馬隊が通る道を開けるとともに柵の留め具もはずした。

 柵の前で足止めを食らっていた騎兵と、柵を蹴飛ばしながら勢いを殺さず突っ込んだ騎兵。

 私は、勝利を確信した。勝てる、と。


 指揮官とおぼしき男に向けて槍を突き出す。相手はそれを見て、驚きつつも槍でいなした。アメリアは槍術六段階を取得している。女であるためか、筋力不足か、それ以上の技術を得ることはかなわず、魔術をその身に受け入れた。

 その魔術は、今六段階。アシャトよりも一段低い。自身の強化に費やした時間が違うのだ。私が社交に出ている間に、アシャトは自分の能力の隠蔽と、もしものためのジブンミガキニ奔走し続けた。

 自分の才覚に限界は感じている。私は人間として優秀かもしれないが、アファール=ユニク家の貴族としては優秀ではない。

「はあぁぁぁ!」

それでも私は槍を振る。ペガシャール王国に生まれたものとして、久しぶりに現れた『王像』に選らばれし王を助けるために。

 十合目で、指揮官の槍を跳ね上げた。そして、返す刀で木槍でその胸を突く。

 赤い塗料が胸に付着し、敵指揮官の敗北が伝わる。他の騎兵たちは動揺し……その動揺を逃さぬと、一度駆け抜けて返ってきた騎兵たちが止めを刺していく。

 私たちは、勝った。あまりにも私に有利な状況で。

「私は、まだ、戦える……。」

騎兵を見る。馬の扱いに長けた、2人乗りが出来るものは歩兵、騎馬隊ともに30名ほどはいる。

「2人乗りが出来るものは乗れ!」

アシャトの軍は、戦力差があまりに大きすぎる。それでも、あちらには兄がいる。ペガシャール王国内ではおそらく両手の指には入るであろう、武術の天才である兄が。

 だから、その戦力差は呆れるほどは大きくない。だが、それでも。

「隊長を助けに行くぞ!騎馬隊、進め!」

歩兵たちと馬の2人乗りが出来ない弓兵たちは置いて、アメリアは駆ける。

 きっと、勝つ。そう願いを込めて。




 俺は目の前の光景に絶句していた。ディールは、強い。そんなこと、誰かに言われずとも知っているつもりであった。

「“身体強化フィジカルエンチャント”」

ディールに即座に魔法をかけて、彼の能力をあげる。別な魔方陣を左手に乗せて、赤い木の実を潰しながら、唱える。

「“水擊連射ウォーターボール・ショット”。」

本当の軍なら炎擊連射ファイアーボール・ショットを撃つところだが、これは演習。ただし、付着した水に溶けた塗料がそのまま死亡の証になるため、炎も水も変わらない。

 自分が魔法で五人倒している間に、ディールは槍で五人突き倒している。しかも、ご丁寧に敵からの攻撃を避けながら、だ。

 アシャトは納得いかない、という気分で剣を抜いた。こちらにあるのは奇襲の利のみ。兵の練度も、前線指揮官としての能力も、兵の数も、アシャトは間違いなく負けていた。

雷撃付与ライトニングエンチャント。」

木剣に刻印した雷の魔法陣を起動。一閃すれば大気中に残る雷が、兵士たちの体の自由を奪っていく。

「全軍、突撃!」

たった100人の軍に向けて叫ぶと、アシャトはペディアの600の軍の真ん中に、高々と剣を挙げて突っ込んだ。

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