12.軍事演習

 さて。翌日、俺は義勇軍第六隊を連れて砦の外に出た。

 昨日ペディア、エリアスという二人の男と約束した、軍事演習を行うためである。


 門の上で、ニヤニヤと笑みを溢している兵士たちの姿が煩い。俺たちが訓練することがそれほど醜く映るのか。映るのだろうな、彼らには。

 己が戦うことも、死ぬことも、何も考えていないのだろう。煌びやかなあの鎧は、彼らの足を引っ張りこそすれ決して守りはしないだろう。

 悪態をつくのこそ、我慢した。今は余計なことに時間を費やしたくはない。可能な限り、相対するあの二人や、それ以外の部隊の者たちの能力を把握しておきたい。


 俺たちと同じようなタイミングで、第二、第三部隊の部隊長たちが進んでくる。時間より、30分ほど早い。兵士たちの体を温める意味合いもあるのだろうが……。

 やはり、好ましい。配下に、欲しい。


 初戦はペディアである。

 両者距離を空けて対峙する。その距離は約一千。

 並以上の弓兵でなければその距離は飛ばすに至らず、即ち陣形を整え、策を敷くのに困らない程度の距離だ。

 もちろん、これが実戦なら近くに過ぎるが。これはあくまで模擬戦、交流のための演習である。


 正直に言おう。俺は自分の勝利を全く疑ってはいなかった。

 こちらには人材が豊富だ。“槍術八段階”“剣術七段階”“体術七段階”“馬術七段階。そんな圧倒的な実力を保持する、単体攻撃兵器、ディール。指揮官として、俺の代理としても非常に優秀な、俺とともに兵の指揮を執る、アメリア。そして、実力を見せない執事、アテリオ。

 エルフィールはあくまで見学である。ここでディールと並んで彼女が入ってきたら、もはや演習ではなくただの暴力だ。


 だとしても、これほどまでに人材が豊富で負けるはずもない。たとえ、今のように兵数差が倍あったとしても、である。

「アメリア。200人の指揮を頼む。アテリオ、お前は彼女に付いていてくれ。」

剣の感触を確かめながら言った。ペディアやエリアスの能力はわからない。どれほどの実力を持っているのか、彼らに聞いた話と噂程度にしか知らない。

 情報の少なさは不安要素だった。しかし、あくまで不安要素だ。勝利の確率が減るほどでもない。

「弓隊、まだ構えるな。まだ演習は始まってすらいないぞ。矢を戻せ!」

逸る兵士たちを抑える。焦るのも無理はない。ここにいる義勇兵たちは、そのほとんどが初陣。演習とはいえ、疑似的な戦争を体験するのだ。ずっと訓練尽くしだったことを考えれば、不安と興奮が抑えられぬのも無理はない。


 そっと戻されていく矢の先端を見る。先端が鏃ではなく、小さな緑の木の実。ペディアの軍は赤く、エリアスの軍は黄色い木の実とそこから採れる塗料を塗してある。

 殺しはなし。そう決めたただの実践訓練に向いた植物であり、名前をトットペズという。どこの軍事演習場でも栽培されている、軍にとって非常にありがたい植物だ。

 まあ、最近は軍事演習で使われることもなく、収穫も行われず……フィシオ砦の中には呆れかえるほどの数のトットペズが生えていた。使うものがおらず、そもそも刈り取る者もおらず。

 人の手が入っていない土では、植物は秩序のかけらもなく勝手に生える。土地の植物の手入れの程度を見れば、ある程度の貴族家の力がわかるというが……さすがに放棄された砦だ。整備するにも、限界があったのだろう。


 エルフィール曰く、エドラ=ケンタウロス家ではこれが食用に転用できないか考えている研究者がいるらしい。面白い話だと思う。いつかその面白い研究者を紹介してくれと言えば、エルフィールははにかんだ。

「どうした?」

「……いや、気にしなくていい。私の事情だ、アシャト。」

顔を上げたときの彼女の顔は、少し赤らんではいたがいつも通りだった。


 そんな彼女の方を見る。光を反射する黒髪を麻紐で軽く結わえ、笠で抑えて顔を隠した彼女は、立ち姿でさえ大いに目立つ。……人を惹く力が、俺などとは大違いだと思う。500も先にいるにもかかわらず、彼女の姿は鮮明なのだから。

 彼女は俺の視線を感じたのか、振り返る。なんとなく、「頑張れよ」と聞こえた気がした。


 時間だ、と呟く。エルフィールが轟音の魔術陣に魔力を通した。魔術の形成とほとんど同時に轟音の魔法が発動し、そのタイムラグのなさに驚きを浮かべつつ。

 アシャトは自らの責務を為した。

「弓隊、構え、狙え!」

ギリギリと弦を引き絞る音。傭兵と狩人の中で、弓を使えるものを厳選し、お互いの力量を見たうえで、同じ距離を飛ばせるように調整させた部隊。

 急な命令であったにも関わらず、彼らはその必要性をくみ取って、一晩かけずにその調整をしてのけてくれていた。

「「はなてぇ!」」

俺とペディアの声が同時に響く。弓が放たれたと同時に盾を構えた部隊が頭上に盾を構えるが、矢が降ってくることはない。


 両者ともに、矢は敵に届くことなく落ちていく。相手の矢がどこまで届くのか、己らの矢がどこまで届くのか、わからないからなされた、様子見の一射。

 互いの射程距離を把握した。やはりというか、俺たちの方がやや射程距離が短い。それを見て、俺は動かず待つことを、あちらは進軍することを選んだ。

 こちらの射程距離が短いということは、一定距離のうちにあれば俺たちが一方的に射られる環境が出来るということだ。狙いを定めぬ雑な矢とはいえ、当たればアウトだ。


 なら、俺側は一方的に嬲られないように、接近戦を選ばなければならない。矢の間合いで戦えば、確実に負けだ。

「アメリア、任せた!」

「承知!騎馬隊、別行動よ、ついてきなさい!」

義勇軍の各部隊には、兵数の約四割数分、騎馬を貸し与えられている。ペガシャール王国の馬は高品質であると非常に有名で、馬の育成に手を抜く貴族はめったにいない。


 馬商人もそれをよくわかっているから、馬を売買ときは絶対にいい馬を選ぶ。馬飼いもまた、食料の質から育てる場所まで選び抜いて育て上げる。

 馬に携わる者全てが馬に対して一家言ある、それがこの国の風潮であり、同時に。

「速いな……さすがは我が国の民。」

騎馬の扱いにおいて、ペガシャール王国に勝る国家はない。別行動を開始したアメリアたちは、風がごとき身軽さで、後方に向けて駆け去っていった。

「さて、残りの兵士よ!今から我ら、持久戦に入る!」

相対しているあの二人を、王になる俺の配下にしたい。子の模擬戦から行き着くはずの最終目標が、それだ。


 だが……神の威を借りただけの臣下ではなく、友のような臣が欲しいと思う。ディールとエルフィはそれより近い距離になるわけだし。むしろなっているし。

 神の威に従う臣下など、皇帝を目指す中ではきっと扱いに困るだろうし……何より、そんな山ほどいる者たちだけでは、俺の息が詰まってしまう。

 では、どうすればいいか。彼らに対して、俺という人物の有用性を認めさせなければならない。


 俺が王ということはまだ秘密である。いずれ公表しなければならないし、公表以前に彼らに対しても話さなければならない。その時までに俺は、どれだけ彼らに心を許してもらえるのか。

 そのためにも、まずは……戦友と、思ってもらいたい。


 敵の、ペディアの部隊がこちらに近づいてくる。こちらはすでに魔術で作り出した小さな土の壁による防衛陣地の完成を遂げている。これがあれば、敵はこちらに入ってくるために、壁を上るというひと手間を加えなければならない。敵の弓を避けるには足りないが、時間稼ぎと……こちらの動きを見えにくくするには、十分だ。

「隠蔽の魔術陣をかける。弓隊長。悟られるなよ。」

「承知。矢を雨のように降らせ続けましょうぞ。」

隊長と互いに頷き合い、俺を含む魔法部隊の力を借りて、百人に隠蔽の魔法をかける。


 これによって俺たちは敵から姿を隠すことができるようになった。あとは、攻め込むだけである。

「行くぞ。」

普通に考えて、ペディア、エリアス共に防衛戦の達人である彼らに勝つことはできない。勝つことはできても、守りに籠った状態ではない。

 そもそも聞く限り、彼らは防衛戦の専門家だ。俺よりも防衛戦に長けていて、同時に弱点についてもよく知っているだろう。

 だからこそ、その弱点を突かれる前に電撃戦で勝つ必要があった。幸い、魔術はあまり普及しているとは言い難く、だからこそペディアたちがそれに関する対策を立てていることはまず考えられないだろう。


 俺の防衛戦は見せかけだ。だが、弓兵は百人もいる。そして、それを補佐すべく、盾を翳す兵士も百人はいる。

 たった百人の兵士が消えたくらいは、気付くとは思えない。殻にこもった俺たちと、別働で動いたアメリア。ペディアは、きっとそれがどういう意味を出すのか、頭をひねっていることだろう。……騙されていてほしい。頼むから。

「駆けろ。魔術部隊、消音魔術からだ。」

足音を消す。走る。魔術陣は、魔力さえ通せば魔術が使える、魔術の基礎だ。出発前、ゲイブは俺に、「陛下の部隊だけ魔法が使える一般民を紛れ込ませた」と言っていた。

 まあ、義勇軍だ。正規軍ではない。人材発掘も込みだったろうし、どんな癒着があろうと問題はあるまい。


 貴族たちは自前の魔術部隊を持っているし、傭兵たちも対策くらいは自前で持っていると判断されたのだろう。

「回り込むぞ!」

走りこむこと、7分。大回りしたこともあって予想以上に敵の背後に辿り着いた俺は、後方を向いて自陣を見る。

 壁に取りつかれていた。その壁を狙って、弓兵が矢を放っていた。あれなら、当たる。というよりも、ペディアの兵たちが自ら矢に当たりに行っているに等しい。

「下がれ、お前たち!迂回する!」

ペディアが叫ぶ。良い声だ。周囲の兵士たちが伝言ゲームのように伝え合う。情報の伝達が早い、それだけの練度まで仕立て上げたということだ。なかなかどうして。


 第二隊は総人数千人である。

 ペディアは最初、人数もこちらに合わせようかと提案してきた。こちらにとってはありがたい提案だった。俺は、彼らと比べれば、どうやっても指揮能力は低いだろう。

 それでも。数も立派な力であると、俺はペディアの兵数の調整の提案を突っぱねた。

 だから、ペディアたちの騎馬は多い。その400が、すべて迂回のために動いた。ペディアは……いた。こいつは、正面で形だけの攻めを続けている歩兵たちのところに残っている。

 矢の雨が減ったら、即ち騎兵隊が俺たちの塁に攻め込んだら、きっと攻めてくるつもりだ。

 自軍の殻にこもって、弓だけで倍の騎馬隊を相手どる。言われれば出来ないこともないのだが……土塁も迂回がわにはない。柵もない。本当に迂回され切れば、どうやっても俺たちの弓矢部隊が「生存」するすべはない。


 早く決着をつけてやらないと不味かろう。ちょうど、いい位置に出たところだ。

 敵の本拠地に正面から乗り込む馬鹿はいない。しかし、わざわざ裏口まで回ってやる義理もない。

 俺たちの土塁の正面から十数メートル横。無防備、とも言わないがガチガチに警戒されているわけでもない脇腹に、火柱魔術を叩き込む。

 一瞬で火柱が上がる。とんでもない勢いで燃え上がったそれは、誰も殺しはしなかったものの、恐怖と熱への忌避で俺の目論見通りに陣形の一部に穴をあけ

「「とつげきぃぃぃ!」」

後方に駆けていっていたアメリアと俺は、その火柱を合図に突撃命令をかけた。

 俺は自分の指揮する百人とディールとともに、総勢600人の敵本拠地に。アメリアは200の騎馬、100の弓兵、100の歩兵とともに、ペディアの四百名の騎馬隊に。

 俺たちは、勝利を確信しつつも突撃した。





 余談だが、勢いのある騎兵と立ち止まった騎兵ではどちらが強いか、ご存知だろうか?

 戦の基本ともいえる問いではあるが、同時に基本であるからこそ破るのが難しい問い問いでもある。

 私は、6分間ほど後方へ馬を駆けさせると、反転して今度はある程度速度を落としつつ2分間、駆けさせた。

「そろそろ、合図ね。」

アシャト様の合図が私にきちんと伝わるかどうか。保証はない。しかし、アシャト様も織り込み済みであろうから、それなりに大きな火柱を上げるだろう。

 自軍陣地の後方が見えた。案の定というか誰もおらず、軽く溜め息をつく。

 アシャト様は、防御陣地の使い方を致命的に間違えていた。彼は後ろ楯がいないと聞いている以上、軍略についてはおそらく触りだけしか知らないのだろう。


 だからこそ、ともいえるが彼の戦術は無茶だった。

 もともと防御陣地とは、寡兵で組むものではない。兵が相手より多いとき、あるいは守りに適し、攻めるに適さない地形であるとき。

 防御陣地とは、そういうときに扱うのだ。後方の守りが手薄くなるようなら、防御陣地をする意味はない。

(まあ、今回としてはいいのですが)

それが、あくまで演習であり、試合であった。お遊びのようなものならば、これでも構わないのだ。


 演習であるという前提があってこそ成り立つ作戦。私はこの作戦をそう評しているし、アシャト様ご自身も自覚はあられる気がしている。

「アテリオ!」

「はい!間違いないかと。」

火柱が上がっていた。彼自身が放ったのだろう。非常に大きな火柱となって、誰の目にも……そう、フィシオ砦内にいるバカたちにも見えるように伸びている。

「突撃ぃぃぃ!」

(狙っているのでしょうか、これは……何のアピール?)

急激に速度を上げる。陛下の予想通り迂回していた騎兵たちの脇に向けて、全力で突っ込んでいく。


「転身!転身して迎撃!」

後方から矢の支援を受ける。味方に当たりそうなくらいなら撃つな、と叫びたい。意味がないから、やらないけれど。

 敵の判断が甘いのも幸いした。同じ状況なら、私は転身して迎撃ではなく直進して逃亡を選ぶ。あちらはまだ馬に鞭をいれていなかったから、どうやっても私たちの襲撃自体は受け入れるしかなかったかもしれないけれど。一部だけやられるくらいで、たぶん半分以上は逃げ切れると思う。その間に最高速に乗れば、自軍を救いに行くことすらできたはずだ。

 とにかく。私は倍の騎兵を抱える敵相手に確信した。勝てる、と。



 指揮官とおぼしき男に向けて槍を突き出す。相手はそれを見て、驚きつつも槍でいなした。アメリアは槍術七段階を取得している。女であるためか、筋力不足か、それ以上の技術を得ることはかなわず、魔術をその身に受け入れた。

 その魔術は、今六段階。アシャトと同格。しかし、熟練度の問題で、アシャトの方が巧みだ。自身の強化に費やした時間が違うのだ。私が社交に出ている間に、アシャトは自分の能力の隠蔽と、もしものための自分磨きに奔走し続けた。

 自分の才覚に限界は感じている。私は人間として優秀かもしれないが、アファール=ユニク家の貴族の武人としては優秀ではない。

「はあぁぁぁ!」

それでも私は槍を振る。ペガシャール王国に生まれたものとして、久しぶりに現れた『王像』に選ばれし王を助けるために。


 四合目で、指揮官の槍を跳ね上げた。そして、返す木槍でその胸を突く。

 緑の塗料が胸に付着し、敵指揮官の敗北が伝わる。他の騎兵たちは動揺し……その動揺を逃さぬと、一度駆け抜けて返ってきた騎兵たちが止めを刺していく。

 私たちは、勝った。あまりにも私に有利な状況で。

「私は、まだ、戦える……。」

騎兵を見る。馬の扱いに長けた、2人乗りが出来るものは歩兵、騎馬隊ともに30名ほどはいる。

「2人乗りが出来るものは乗れ!」

陛下の軍は、戦力差があまりに大きすぎる。それでも、あちらには兄がいる。ペガシャール王国内ではおそらく両手の指には入るであろう、武術の天才である兄が。

 だから、その戦力差は呆れるほどは大きくない。だが、それでも。

「隊長を助けに行くぞ!騎馬隊、進め!」

歩兵たちと馬の2人乗りが出来ない弓兵たちは置いて、アメリアは駆ける。

 きっと、勝つ。そう願いを込めて。




 俺は目の前の光景に絶句していた。ディールは、強い。そんなこと、誰かに言われずとも知っているつもりであった。

「“身体強化魔術”」

ディールに即座に魔法をかけて、彼の能力を上げる。別な魔方陣を左手に乗せて、赤い木の実を潰しながら、唱える。

「“水擊連射”。」

本当の軍なら“炎擊連射”を撃つところだが、これは演習。ただし、付着した水に溶けた塗料がそのまま死亡の証になるため、炎も水も変わらない。

 自分が魔法で五人倒している間に、ディールは槍で五人突き倒している。しかも、ご丁寧に敵からの攻撃を避けながら、だ。

 俺は納得いかない。剣を抜いた。こちらにあるのは奇襲の利のみ。兵の練度も、前線指揮官としての能力も、兵の数も、俺は間違いなく負けていた。

「“雷撃付与”。」

木剣に刻印した雷の魔法陣を起動。一閃すれば大気中に残る雷が、兵士たちの体の自由を奪っていく。

「全軍、突撃!」

たった100人の軍に向けて叫ぶと、俺はペディアの600の軍の真ん中に、高々と剣を挙げて突っ込んだ。


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