13.ペガサスの王像軍(仮)

 ありとあらゆる戦闘術において、段階ごとの実力差は非常に大きい。五段階格の槍使いと六段階格の剣士では、六段階格の剣士が四倍程度強い。

 もちろん、そうは言えども個人差はある。同格を三人までなら相手どれるが、四人目は倒せないがゆえに四段階格から五段階格まで昇格できない武術士、なんていうのはところどころに転がっているものだ。

 何が言いたいのかというと。ディールという槍術を八段階まで修めたような傑物が一人いると、それだけで戦場の天秤は一気に傾く、ということである。

 およそ六倍の戦力差を全くものともせずに平然と突っ込み敵を蹂躙していくディールを見ていると、その圧倒的な武力は兵士たちの興奮剤となり、さっきまでの緊張が嘘のように突撃の勢いが増していた。

「しかし、それでも強い……。」

まだ、義勇軍を徴収されてから一月は経っていないはずだ。だから地力の差は違わないと思いたかったが、しかし不利だ。

 俺たちは五日で作った急造軍。向こうは一月かけて作った急造軍だ。どちらも急造軍であることには変わりないが、それでも練度に差が出ている。

「傭兵団!あの大男を抑えろ!勝てなくなるぞ!」

ペディアが大声で指示を出す。そちらを見ると、優れた武器、恵まれた体躯を持った一団がディールの方へと向かっていくところであった。

 おそらく、全員が五段階の戦闘術の会得者。それが百名……ディールならば、蹴散らせる数だ。

「ディール!」

「大丈夫だ!」

言いたいことをお互いが理解しあって、役割分担で突撃する。ディールにかけた身体強化の魔法が、ディールを八段階格の槍術師の中でも非常に優れた力を持たせあれならば、ている。俺の師にも匹敵するだろう。

 木剣を軽く左右に振る。本当は、こんなことを俺がやっていいわけではないが。

「タアァァァ!」

すれ違いざまに三人。突き出された槍を伏して躱しつつ一人。四人を斬り捨て、倒したという証を残しつつ叫んだ。

「ディールだけではないぞ、俺の軍は!」

指揮官が前線に立ち、その力を見せつけて兵たちの士気を上げる。いずれは前線指揮官と大将の役割に分かれていくものの、数の少ない現状、俺がそれをするしかない。

「おおおおぉぉぉ!!」

部下たちが雄叫びを上げる。士気の向上には非常に役立った。同時に、俺たちのその士気の高さにペディアの軍がひるみを見せる。

「ひる……チィ!」

軍を立て直そうとするペディアに向けて、『水弾』の魔術を撃つ。この魔法陣のありがたいところは、魔法陣自体が単純で指先に描けるところだ。

 邪魔をされた怒りで単調な指揮になってくれることを望んだが……そう簡単にはいかなかった。

 何より、ディールに『衛像』の力を解放させることができないのが一番つらい。まだ俺が王であることは隠している。だから、ディールが王の配下であることを主張させるわけにはいかず、結果『ペガサスの衛像』の力の解放を許可できない。

 あれほどの武術に、『衛像』による基本性能……身体強化が合わされば、きっとディールはあの百名の傭兵団を打ち倒すのに五分はかからないだろう。

「……言っても詮無いことだ。」

指揮官を討てれば。そう思った兵士たちが何人か、俺の正面、背後から攻めてくる。剣で軌道を逸らし、魔法で赤い塗料を塗りつける。

「今の状況!」

隣で必死に槍を振るいながら戦っている兵士に聞いた。彼は今回、兵の全体の報告の把握という大任を任せている。

「被害は12。敵は残り300。現状、勝っています。」

勝ってはいない。そう言いだしそうな口をギュッとつぐんだ。そろそろ、包囲される頃だろう。

「包囲されました!アシャト様、指示を!」

「ええい、何もしなくていい!そろそろ彼女が来る!」

もうかれこれ十五分。ディールは傭兵団を50名まで打ち倒し、俺たちは500の内250を『死亡』させた。

「ペディア様、伝令!赤の陣営の矢です!こちらに向かう騎馬、おおよそ百。すべて敵騎兵かと思われます!」

やったか。その瞬間、俺は勝利を確信した。


 勢いの乗った騎馬隊は、二人乗りした一部が次々と矢を放ちながらもペディアの陣営まで駆け込んできていた。そこからはただの蹂躙劇だ。

 勢いの乗った騎馬隊は、強い。数倍の敵兵を、いとも容易く蹴散らしてしまう。

「勝った。」

俺は、天に向けて強く強く、拳を突き上げた。


 二時間の休憩を挟む。その間、俺は長々とアメリアに説教を受けていた。

「そもそも、演習を前提に戦ったからできた戦略を組んだうえで、殺しなしでは厳しい戦術をとる馬鹿がいますか!騎兵とはですね、武器で人を殺すより、その勢いと重量で人を押しつぶす方が歩兵との戦いには向いているんですよ!」

騎兵隊で突っ込んで誰かを殺さないという無茶を、練度の低い兵にやらせたことが不満らしい。

「慣れないことを最初からやらせて、しかも正しい方法ではないなんて、兵にどういう癖をつけさせるつもりですか。まさか戦争中に人を殺すななんて教えるつもりじゃないでしょうね!」

面目次第もない。正論を振りかざされ、しかもそれが自分より年下であることにいたたまれなさを覚えた。

 正座で組んでいる脚からはとっくに感覚が消えている。

「フ、」

気付けば、隣からわずかな笑い声が漏れた。おそるおそるそちらを向くと、エリアスが口元に手を持っていって震えている。

「い、いえ、申し訳ない、アメリア様。ところで、あなたが敬語を使うということは、彼は王様で?」

ピタと、俺の足の痛みからくるわずかな震えも、アメリアの怒り狂ったような荒い息も、ディールのどうでもよさそうな遠い目も、完全に止まってエリアスを見た。

「おかしいと思いました。ディール殿のようなふざけた武力の方がいて、アメリア様が部下として付き従っていて、アテリオ殿が実家にいない。極めつけには客将としてその名も高きエルフィール様ときました。これで王様でなければ、他に何だというのです?」

納得をできるセリフを言われた。理屈は正しい。

「確かに、人材としてはおかしすぎるか……。」

「あとですね。ベルツ様以外、ペガサスに乗っておられるのはあなたしかいません。」

ディアを指しながら言う。

(ああ、これはやられたよ、アシャト)

ディアの声は、呆れを含んでいるようにも聞こえた。

(隠すことを徹底しなかった、というよりも状況が早く動きすぎた弊害だね。アシャトは国家の計を考える必要があったわけだし)

すでに王族は知っている、という油断もあった。上が知っている以上、下に隠してもあまり意味がない、という想いが。

「……ディア。」

「はいな。」

俺の隣でじっとしていたディアが、その声を受けて小型に変わる。

「確かに、『ペガサスの王像』に選ばれたペガシャール王国の王だ。……で、どうする?」

想定していても信じたくなかった部分があるのだろう。たっぷり一分以上、エリアス、そして隣で聞いていたペディアが絶句していた。

「腐敗貴族の、排除は」

「約束する。俺は今、裸の王様だ。だからこそ、一から国興しをしているのと変わらない。一掃できるとも、腐敗貴族なら。」

俺はそう、王として選ばれたという宣言をするときに同時に喧伝するつもりでいた。腐敗貴族の一掃と、現王太子の廃嫡。そして、帝国樹立宣言。

「……なら、時が来たら、俺はあなたのもとに降りましょう。」

ペディアの言った言葉は、俺を大いに安堵させた。これで一人、将官が増える。

「俺はしがない農民ですので、王様にすべて任せますよ。」

皮肉っぽくエリアスが言う。おそらく、彼は最初から選択権などないと思っているのだろう。

「……エリアス。」

「何ですか、王様。」

何と言えばいいだろうか。少しだけ悩んでから、言った。

「俺は真の仲間が欲しい。命令だからでいやいや動かれるようでは、国の立て直しなど出来ない。」

言いながら、わずかに遠くを見るように目を挙げて。しばらく。これから数年間は、あまり派閥を作りたくはない。だからこそ、派閥を作ろうとした貴族にフラフラとついていく仲間は欲しくない。

「自分で決めてくれ……でも、あまり時間もない。」

あまりに事態が早く動きすぎた。ベルツの存在が、さらに事態を悪化させるだろう。王宮も、アダットが何もせずにいるとは到底思えない。

「ヒトカク山の賊の討伐が終わったら、また聞くぞ。」

それまでは保留する。そう、決めた。

「甘いですね。」

「甘いね、アシャト。」

アメリア、ディアともに甘いと言い切る。

「エリアス殿。もうひとつ。それまでに仮にも言いふらしたりすれば、我が兄ディール=アファール=ユニク=ペガサシア、『ペガサスの近衛兵像』があなたと噂を聞いた関係者の首を打ちます。わかりましたね?」

そこまでしてほしくはない。が、状況的には仕方がないのだろう。いや、してほしくないと思う辺りが甘いのだろうか。

「貴殿が余にそこまでさせぬことを祈るよ。」

言いながら、自軍を帰らせようと歩き始める。

 仲間割れみたいな状況だ。だから、今彼らと模擬戦をするわけにはいかなくなった。

 頼むから敵に回らないでくれよ。そう思いながら、ディアに跨がった。




「お前、もう決めてンだろ?」

ペディアの言葉に、俺は頷いた。

「面白い王ですね。そして、甘い。」

「だが、現王太子よりマシだ。」

「ええ。……多少形式は必要でしょうが、私は彼のもとにつきます。それに、貴族にもしっかりと唾をつけている。」

腰をおろして、笑った。

「ペディア、久しぶりに飲みましょう。」

「戦時中だぜ?」

「こんな愉快な日くらい、いいでしょう。」

実に、愉快だった。人々は思っている。アダット現王太子殿下、レッド公爵公子殿下、どちらであれ滅びると思っていた、ペガサスの王国。天馬を神からの授かり物と称え、馬を聖動物として扱うこの国。

「救われた。救える人が、ここにいた。」

これは、我々すべての農民にとっても吉となる、いい機会であると、私は笑った。

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