11.腐敗貴族と腐敗していない貴族

 腐っていやがる。そう言いたくなった俺の気持ちがわかるだろうか。

 ディアの言う『選定遊戯』は、こんな腐った貴族たちの排斥に大いに貢献していた。ディアたち『王像』が降臨したとき、すべての人間に対して出世の道が開ける。ただし、有能であればという条件付きで、だ。


 そして、『王像』に選ばれる王は原則として愚物はいない。そのうえ、『ヒュドラの王像』『ドラゴンの王像』『フェンリルの王像』に選ばれた王たちは、基本的に天下統一……皇帝を目指して戦争を起こすのだ。

 戦時という建前を使い、国にとって害悪となる貴族を次々と処断する。あるいは戦場に送り込み、名誉の戦死という名の厄介払いを済ませてしまう。


 しかし、200年にも渡って『選定遊戯』が行われなかったのだ。いかな理由をつけて腐敗貴族を追放しようと数が足りなくなり、理由もなくなり、挙句には王家が腐敗者になり果てた。

 もう、この大陸には『王像』に選ばれる6国よりも多くの国が存在している。いまだに『王像六国』が国土と財こそ誇ってはいるが、ペガサス、ヒュドラの王国は右肩下がり、グリフォンに至ってはその国土の大半はすでに義賊領と化していた。


 そんな貴族たちの寝泊まりする宿舎。第二、第三、第六軍の宿舎と比較してはるかに豪華なそこから、布で包まれた武器を持って外に出ていこうとする男がいた。

「ディール。」

「七段格か、八段格。スレスレのところだろうな、あの男……強いぜ、兄貴。」

貴族は己の身分に胡坐をかく。嗜み程度の武術は修めても、本気でそれに力を入れている貴族など、このペガシャール王国の中では三割に満ちるかどうかだ。


 遠目で見る限り、ディールより年の頃は上、30~35歳程度。筋骨隆々の逞しい男で、近くで見たら傭兵あたりと間違えそうながたいをしている。

 魔法陣に魔力を流し込み、隠蔽の魔術の使用時間を延ばしながら、こっそりと二人で後を追った。

「……練兵場か。」

ほんの数人、ここで訓練をしていた。支給されたものではない綺麗な鎧を着ているのはみな同じだが、しかしその鎧に見合うだけの実力を秘めているのがよく分かった。


「……来い。」

布の中に入っていたのは、ディールの槍よりも重そうな斧だった。おそらく、100キロ以上もあるそれを、まったく微動だにさせずに構える。

「お願いします!」

次々と襲い掛かってくる、先に訓練していた貴族……いや、兵士たちが、その男に遠慮なく切りかかった。

「……さすが、かな。」

いなし、回避し、斧の先で槍の軌道をそらす。ディールやエルフィールのおかげでその光景はいつでも見ることができるが、それでも彼が優れた技術を持っていることは間違いないだろう。


 しかし、彼に突きこんでいく兵士も兵士だ。俺たちの隊より、個人の実力ははるかに上……全員が、五段階以上の槍術を修めている兵士だった。

 ズン、という音が響いた。地面に斧が置かれ、少しだけ疲れた様子の男がそれを支えにして仁王立ちする。

「これまで!続いて、走る!」

静かな声だった。さっきの洗練された技術。それに裏打ちされる、決して揺らがぬ落ち着いた声音だった。

「戦場では、体力のないものから、死ぬぞ。」

倒れ伏し立ち上がろうとしない兵士たちを、彼はそう叱咤しながら、冷水の魔法陣に魔力を通して顔に浴びせていく。


 それによって立ち上がらされた兵士たちは、ノロノロと体を持ち上げて、無理矢理感あふれる姿勢、呼吸で走り始める。しかし、俺はそれを見て感激した。まっとうな貴族が、貴族軍の中にいたのだから。この国も、悲惨なだけで捨てたものではない。

 魔法陣の魔力を切って姿を現す。それと同時に、彼はこちらに気づいて低く斧を構えた。

「やめておけ。死ぬぞ?」

ディールが隣にいる。ディールは八段階の槍使いだ。目の前の男なら、四人は相手できる。

「……そうみたいだ。で、何のようだ?」

「そんな軍にいてもいいのか?」

単刀直入に、俺は尋ねた。こいつは強い。強いがゆえに、兵を簡単に死地に送り込みそうな将の下にいてもいいのか、という問いかけだった。


「俺は。すでに、任務に、ついている。」

この男は、髄から武人だ。彼は自分自身がそうであることを、その一言で伝えてきたのだ。

 面白い。そう思う。ペガシャール王国の腐敗貴族も、そう棄てたものではないらしい。

「名は?」

「オベール=ミノス。ミノス子爵家の、嫡子だ。」

反王太子派で有名な末端貴族の息子か。これはまた、そこそこの貴族だった。


 反王太子派は、オケニア=オロバス公爵家を中心に、エドラ=ケンタウロス公爵家、イグ=アピト侯爵家、アファール=ユニク子爵家、ミノス子爵家、などとたくさんの家がある。が、まとまりはない。

 各々が反王太子を掲げているが、旗頭にするべき人物がいないのだ。オケニア=オロバス公爵家には王位継承権はなく、エドラ=ケンタウロス家には男の子がなく、エドラ=ラビット家はそもそも旗幟を鮮明にしていない。


 それは、現王太子アダットの人望のなさとともに、ペガシャール王国の救いのなさを指し示しているのだ。

 だからこそ、アシャトのような後ろ盾のない王が成立する余地が生まれる。この国そのものを粛正し、帝国としての体裁を作るという考えは、エルフィールのものを譲り受けた。

「武人だな。しかし、その誇りで命は買えんぞ?」

「生き残ればいい。」


愚昧な指揮官の下でも、彼らだけであれば生き残れる自信があるのだろう。この男はそれを瞳で物語っていたし、それを実際になせるだけの実力も持ち合わせている。

「俺はアファール=ユニク義勇軍第六隊隊長、アシャト=スレイプニルだ。何かあったら俺の所に来い。」

「どうして。」

「俺はお前が気に入った。」

言うと、ディールとともに体を翻す。オベール=ミノスと名乗った男は一瞬あきれて立ち止まったのち、斧を横たえてゆっくりと練兵場を駆け始めた。何か、惹かれる部分のある男だったと思いながら。




「なぜだ……なぜ、『ペガサスの王像』は僕のもとに来なかった!」

レッド=エドラ=ラビット=ペガサシアは束ねられた資料を地面に叩きつけた。彼は、天才である。天才とは、80パーセントの才と20パーセントの傲慢でできている、というのが彼の持論で、実際彼はそのような人物であった。

 もしも王像がこの時代にくるなら、エルフィールが女である以上、必ず自分が選ばれると思っていた。しかし、選ばれたのは違う男。


 アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアという聞いたこともない男。

「神がそう来るならば、しかたがない。」

今まで仕事をしてこなかった神など、自分の敵ではない。そういうかのように、レッドは自分の政敵に向けて手紙を書く。共通の敵がいるのだ、決して相手は拒絶しないだろうという楽観と、もし何かされても生き延びられるという根拠のない自信をもとに。


 レッドと、アダットと、アシャト。三人の、『第65代国王エドラ=オロバス=フェニス=ペガサシア』の子孫たちの生存競争の幕開けは、傲慢と嫉妬にまみれてはじまったのだ。

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