10.フィシオ砦で会談

 エルフィールの存在は、シャレにならない次元での結構な買いだった。彼女の名前は大々的に有名なものらしく、彼女が認めた俺という存在は、義勇軍の兵士たち誰もが信用できる将という立ち位置に変わったからだ。

 そうして調練を続けつつ、五日目の正午。俺率いる義勇軍第六隊は、フィシオ砦に到着した。

「開門を願う。我ら、アファール=ユニク義勇軍第六部隊!繰り返す……。」

舞台から探し出した声の大きい兵士に叫ばせる。受け入れてくれるだろうか、ととっくに見捨てられたはずの、立派な廃城を見ながら思った。

「棄てられたにしてはやけに豪華な造りだな、この砦。」

「ええ。有事の際に兵を詰められるよう、ある程度の整備だけはしていましたから。」

後方でエルフィとアメリアの会話が聞こえた。やはりか、とアファール=ユニク家の用意の良さに感嘆しつつも、それに気づいてすらいなかっただろう王家に呆れの色を浮かばせる。


 しかし、思った以上に威容のある砦だった。砦というよりは、城のような姿だった。もちろん、豪華なわけではない。しかし、砦という名称から想像するような籠城用の質素な造りでありながらも同時にそれなりに見栄えが気にされている。

 造るにあたって、相当な金額をつぎ込みました。その分、堅牢な砦です。外から見えるだけでもそう言っているのが伝わってくるほどには、装飾が多く。

 おそらくは、この砦だけで一年以上の防衛戦を想定しているとわかる。


 ゴゴゴという重低音とともに門が開いた。それを見て、ディールを脇に置きつつ前へと進む。

「義勇軍第六隊隊長、アシャト=スレイプニルです。」

「これはどうもご丁寧に。義勇軍第二隊隊長、ペディア=ディーノスです。」

門の前まで挨拶に来た、明らかに指揮官だとわかる男に声をかける。礼儀正しく、目もまっすぐ。部下から慕われる指揮官だろう。

 しかし、姓があるのか。騙っているのか、貴族か、あるいは、役人階級か。彼はいったい、どういう立場の人間だ?

 しかし、状況というものは思っている以上に無情である。俺に考える暇すら与えずに、彼は続けて言葉を紡ぐ。

「早速ですが、全隊がそろったので会議を行いたい、と。非常に、非常に申し訳ないんすけど……うちらの仮にも一番身分の高いクソ、ああいや、お貴族様のご達しです。参加していただけんすか?」

「もちろんです。案内していただけるでしょうか?」

社交儀礼的に、決められたかのような会話を続ける。いやちらりと本音は見えたが、それは見て見ぬふりをするとして。

 しかし、休ませずに会議とは、上の指揮官のレベルが知れる、というものだろう。


 アメリアを呼ぶ。隊列の指示やいくつかの物資の整理をしていたらしい。

「仕事の最中、悪いが。会議をするらしい。悪いが兵たちの宿舎の管理等、任せていいか。」

「承知……」

「アメリア、今は、傭兵だ。」

いくらなんでも、アメリアが俺に「承知致しました」はない。俺が王だとまではバレないだろうが、所作状況諸々含めればバレる可能性が高まる。


 辛うじて俺の意図が伝わったのだろう。一瞬だけ目を見開いたのち、慌てて言い直してくれた。

「わかったわ。でも、まさか荷物を置く暇すら与えてくれないのはひどいわね。」

「やめてください、お二人とも。一応、上官に値するお貴族様はあのアルス=ペガサス公爵家の方です。怒りを買えばすぐさま打ち首にされかねません。」

おっと、これはまた面倒な奴の名前が出てきた。俺が『王像の王』に選ばれたことを知れば、一体何と言われるか……。

「承知した。アメリア、ほどほどにうまくやってくれ。」

待たせるのも面倒なのだろう。勘だが、そんな気がする。


 一歩目を踏み出し、砦の門を潜り抜ける。

 さて。配下候補足る者は、どれだけいるのだろうか?




 ペディアという男を先導に、ディールを後ろに連れて砦を進む。

 廃城とは?と言葉の意味を疑うほど整えられ、清掃されている廊下。ところどころに置かれた壺やら金やらは一体誰の趣味なのだろうかと疑うが。

「大変だったでしょう。すみません、遅れてしまって。」

ペディアは一瞬何のことを?という目をした。俺の目を追って、ようやく意味を察したらしい。

「アシャトさんたちがユニクを出られたころには、すでにすべて終えていましたよ。気に病むことではありません。」

まあ、そう言うだろな。しかし、ペディア、ペディアか……。


 どこかで聞いたような名だな?




 砦の中、上階は、外観に見合う豪華さだった。ここに住んでいるだけで金持ち気分を味わえるだろう。

 傭兵くずれの、金に弱いような将であれば、それで満足して動きたがらないかもしれない。

「第六隊隊長をお連れいたしました。」

「入れ。」

義勇軍の中で一番身分の高いであろう男は、俺以上にヒョロヒョロの男だった。

 かといって知的そうでもない。何かのポストでそこに入ったかのような……


 部屋に入った瞬間、全員の目が俺の後ろに向くのを感じた。

 そりゃ、身の丈200に届こうかというような巨漢だ。平均身長と比べれば、少なくとも30以上は開きがある。誰もが目を引くだろう。

 それに、見ればわかるほどの筋肉質な肉体である。強い、というのは見たらわかるだろう。


 だが、同時に、隊長の椅子に俺が座ったことで驚いたような視線を集めることにもなった。そりゃ、これほど存在感を放つ男を差し置いて俺が指揮官。こいつはどういうことだ、となるのはそこまで変な話でもない。

 ディールの圧があってこその、俺の得体の知れなさ。虎の威を借るなんとやら、だが……まあ何とでも言え。放つ勇気が、あるのなら。


 誰もが怯えて声をかけぬ中、それでも最初に声を上げたのは、公爵家の男だった。

「俺は義勇軍第一隊隊長にして総大将、ベルツ=アルス=ペガサスだ。頭が高いぞ、頭を垂れよ。」

貧乏公爵家の末っ子だった。これはゲイブも断れなかったはずである。いくら貧乏であるとはいえ、公爵は公爵、アファール=ユニク子爵家よりも……どころか、ペガシャール全土すべての貴族と並べても、遥かに格が高い。


 だが、俺には関係なかった。そもそも、この場には関係なかった。

「義勇軍に身分を持ち込むものがいるとは思いませんでした。ここは戦地です。貴族扱いされたいのであれば帰ることですね。」

指揮官とは、ある意味において貴族である。が、義勇軍の隊長程度であれば貴族扱いは出来ない。なぜなら、各隊長は名目的に同格であるからだ。

 ……少なくとも、アファール=ユニク子爵が集めた義勇軍、という枠組みではそうなる。正規軍なら、話は別だが。

「この義勇軍において、貴族はただ一人。現アファール=ユニク子爵家当主、ゲイブ様のみです。決して威張り散らさぬようにしてください。」

目を見て、いや睨み付けるようにして言った。ベルツは、それから目を合わせないようにそっと顔を動かす。

「どこにどの隊を配置するか、だが。」

そして、逃げた。目をそらし、小さく口を開いて、囁くように議題を舌にのせる。


 俺はこの指揮官に無能の烙印をすぐさま押した。初代国王の弟の末裔として貴重な血族ではあるが、こいつは俺の国には必要なかった。

 だが、まあ……無用な会話で長々と引き留めなかったことは、良しとしよう。


 ……何だ、思考が王様じみている気がする。

「フィシオ砦の回りには、2つの山がある。右にヒトカク。左にソウカク。」

それぞれ、別の賊が拠点とする山の名だった。ヒトカク山の賊は練度は高いが、数が少ない。逆にソウカク山の賊は数は多いが、練度が低かった。

 この辺近隣の村ではソウカク山の賊の方が嫌われている。むしろ、ヒトカク山の賊は規律があり、ソウカク山の賊と敵対していることもあって好かれていた。


 ゲイブに与えられた資料を読み込んでおいてよかった。無知識で臨む会議と、最初からある程度知っている状況で始まる会議は、やはり理解度が違う。

 個人的には義勇軍の人の情報も欲しかったのだが……なんとなく、まとめる間もなくこのベルツという男が移動したような気がする。こういう時の勘は、大体外れない。

「第二、第六軍はヒトカク山、第一、第四、第五軍はソウカク山へ出陣する。第三軍は防衛戦をやってくれ。」

納得のいかない采配だった。自分達がヒトカク山の賊の討伐をするのは別にいい。共に戦うのが第二軍なのも別段構わない。


 だが、そういう配置になるだけの理由があるのか、全く理解できなかった。

「どう……」

「なお、出陣は両者とも三日後。それまでしかと英気を養い、国を荒らす賊どもを必ずや討ち滅ぼせ!」

話はおしまい。そう言うかのように叫んで、ベルツは強制的に流れを切ってしまう。しかも、そのまま回りの制止の声も聞かずにさっさと部屋から出ていってしまった。

「…………」

今度は第四、五隊隊長の非難の視線が俺にささる。どうやら、お貴族様に意見を申したのが気にくわないらしい。……いやまて、衣装的に、こいつらも貴族だな?

 ということは、己らの主の機嫌を損ねたから怒っているのか?


 逆に、第二隊長ペディアと、第三隊長からは称えるような視線が向けられていた。こいつらも苦労しているんだな。

 こういうところで、ゲイブの人材選びの腕が出ているのだろう。上にヘコヘコしていようというものの部隊の兵数が少ないのは、とても印象的だ。

 しかし、これでは少なくとも属たちの状況や砦の兵たちの状況など、何もわかっていないのと変わらない。あれで本気で総大将をやっているつもりなのだろうか?

 俺は軽く、それでも深々と溜め息を吐くと、彼らと話し合うべく机に向かった。

 これはまだ、旗揚げ前の準備にすぎないのだから。




 結果論的に言うと、完全にただの落ちぶれた貧乏貴族から口減らし的にやってきた貴族連合が、第一、第四、第五部隊の編成らしい。中には有能な人材もいそうだが、おそらくは心根の腐ったやつばかりだろう。

 理由などいらない。この上司の部下に甘んじていいやつばかりだから、こいつらは今ここで会議をしているのだから。


 逆に第二、第三部隊の隊長は傭兵の団長と、賊に滅ぼされた農村の村長の嫡子だった男。

 この二人は知り合いで、とある盗賊相手にほとんど柵しか防衛機構がない村で二年、戦い抜いた強者たちのようだ。

 その時防衛戦に優れた才能を見せたのが、農村の村長の息子、第三部隊の部隊長であるエリアスらしい。防衛戦が得意。これで人格も優れているなら、俺の部下になって欲しいところの男だった。

 第二部隊隊長、ペディア=ディーノス。そういえば、この男の噂ならたまに聞いたことがあった。

 『ペガサシア王国の四大傭兵部隊』として名高く、中でも堅実、汎用性の高い戦いを行う、前線型の傭兵隊長だ。

 いい。凄くいい。ベルツのせいでどうしようもない奴ばかりだと思いかけていたが。どうやら結構なあたりを引いたらしい。

 きちんと見れば、才覚は上々。人間性や戦場以外での使い物は、

 この二人がいれば、上手くいけば俺の国王軍としての体裁は整うかもしれなかった。


 一応自己紹介を済ませるとさっさと出ていった第四、第五部隊の隊長を視界の端に納めながら、残った三人は諦めて雑談に興じていた。

「しかし、ここで公爵が出てくるか。」

公爵とはいえ、俺達王位継承の資格のあるものたちとは縁が遠い。千年以上前の親族なので、あまりに身内感覚が薄すぎた。


 それを言うとディールは五百年近く前に分かたれた血筋であるし、エルフィですらも200年前の縁戚ではあるのだが、それでも親近感が持てるのはその人格ゆえだろう。

「公爵の息子、というだけですがね。身内で固めてくれたので助かりました。」

何かある度に口論になるのも、グッと我慢するのも嫌だったのだろう。エリアスが心底安堵したかのように言う。

「しかし、そうなるとお前が千人こっきりでこの砦の防衛だぞ?出来るのか?」

「厳しいですね。この規模の砦ですと、あと三倍は欲しい。ですが、来る敵もいないでしょう。待つだけ、である以上、そこまでの問題はないはずです。」

そうは言うが。ベルツがまともな指揮を執れるとは思えない。


 なので、彼が行く方面、ソウカク山の賊。数の多い方の敵は、おそらく公爵軍を打ち破ってこちらに攻めてくるだろう。攻撃されたら反撃してくるはずだ。

「わかっていますよ。早く終わらせて帰ってきてくださいね。」

エリアスが闊達にわらう。何とかなるなる、と言いたげな表情に、安心と不安が半分ずつ。エリアスは俺よりペディアを信用しているように見える。なるほど、二人の関係は、結構長いらしい。


 俺は二人のことを信用できてはいない。強い、出来る指揮官だとは思うが、それだけである。

 仮にも帰ってくる場所を預かってもらうのだ。きちんと任せる部隊のことは、理解しておくべきだろう。

「兵士の練度は?」

「皆四段格です。槍だけですが……剣も教えましょうか?」

「いや、籠城戦なら、弓だな。しかも、五段格は欲しいところだ。」

「それ、走りながら射てるくらいっていうことでしょう?結構な無茶ですよ。」

「いや、違う。100メートルは射てる者、という方だ。」

岩を投げ、下に向けて槍をつき出す。それだけでは足りない。なるべく多くの敵を、壁にとりつかれる前に葬り去ることができなければ、俺たちが帰ってくる前に負ける可能性な大いにある。

「わかった。今日から弓の訓練も行おう。」

エリアスが狩人たちなら出来るかな、などと呟きながら席を立った。ああ、でも、無茶を言い過ぎたかなと、反省する。


「今からじゃ付け焼刃にしかならないし、意味がなさそうならやめておいてくれていい。」

「わかっています。でも、原石を発見できるかもしれませんし、一日くらいそっちに使ってもいいかと思います。」

そう言ってくれるなら、助かるが。


 エリアスは随分とやる気にあふれているようだ。

 なぜか、の方はどうでもいいが……彼らのことを、勘と噂でしか知らないのは、不安になってきた。

「明日、合同訓練を組んでくれないか?」

俺が口を開く前に、振り向きざまにペディアは俺に言う。以心伝心とはこのことだろうか。いや、彼らも不安なのか。


 ちらりとその前で立ち止まっているエリアスを見ると、彼も亦追従するように、頭を下げながら頷いている。

「他の隊長は?」

「誰も訓練なんてしないな。一体何がしたくてここに来たのだか。」

二千人と同時に訓練。アリだろうな。

「実戦形式でやらないか?特にペディアは、俺と戦争のスタイルの擦り合わせが必要だろう?」

そういう名目で、俺が実戦経験を積みたい。部隊指揮など、俺は人生で片手で数えられる程度しか経験していない。

「承知した。明日、朝十時かでいいか?」

「わかった。腕が鳴るな。」

二人の優秀な指揮官は、うきうきしながら自分の宿舎に帰っていく。俺も自軍に与えられた場所へと向かいながら、ついてきているディールに言った。

「あとは、調略だな。」

「調略?」

「あぁ、今日から三日間で、少し貴族たちの部隊も見に行く……ディール、ついてこい。」

俺は、砦内を巡検するという理由を引っ提げて、学のある貴族を探しに散歩を始めた。

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