9.資格者たちの師
王城下の道場。そこで、ギュシアールは瞑想を続けていた。
『王像』が、再び大地に降臨した。神は再び使徒をこの大地に遣わされた。
この国は、今、滅びの危機に瀕している、とギュシアールは思う。
アダット=エドラ=アシール=ペガサシアは『ペガサスの王像』に選ばれず、最も王としてふさわしいエルフィールは女であるがゆえに王にはなれない。
あとは、アシャトかレッド。王に選ばれるとするならば、この二人のどちらか以外ではありえない。きっとアシャトだろう、と私は思う。アダットは血筋に
アシャトに惜しむらくは、王になれれば、という願いこそあり、その資格を有しているがゆえに努力を怠っていないとしても、それが極端な現実認識の高さからきている、というものだ。
この戦乱の時代。この平和とは程遠い時代は、現実的なだけではやっていけない。
「アシャトが、エルフィールと出会うことがあれば……。」
エルフィールのように、神の子と言われても信じられるような才能はない。あれは、平凡か、それよりほんの少し才能が高く、王族らしい魔力があるだけの凡人だ。
だが、王としての才はエルフィールに匹敵するほどあるだろう。だから、彼が王になれば、平和な世ならうまく世も治まるだろう。
だが、乱世において現実性はあまり役に立たない。そう、アシャトが王に選ばれたとして、惜しむらくは夢がないことだ。
「師匠、ししょう~!」
スティップの声が聞こえる。まるで覇気のない声ではあるが、あれでもアダットよりも優秀な、私の弟子だ。
「どうしましたか、スティップ?」
「ゲリュン様が、!」
声を喉に詰まらせてしまったらしい。咳き込む音が、叫び声を途切れさせた。よっぽど焦って私に言わなければならないことがあるのでしょう。
「落ち着きなさい。そんなに焦ることはありません。時間はいくらでもあるのですから。」
「いえ!まったく、時間が、ないのです!」
スティップの慌てように、さすがの私もただ事ではないのだ、とわかりました。そうでなくても、彼が慌てることはめったにありません。少なくともここ5年では、一度も見ていません。
常に冷静たれ、と言われ続けてきたのです。伊達に長年、私の生徒をしているわけではないのですから……動揺することは、基本ないはずです。
「アダット様の命だ、ギュシアール様含めすべてのアシャト様と関わったものを殺せ、と!」
それは、確かにスティップも慌てるだろう。しかし私は、来るべき時が来たか、という所感でした。
「スティップ、すみません。巻き込みます。」
私が指名手配されるのであれば、彼も指名手配されるでしょう。その前に、私はここを逃げることにしました。
私は、この乱世で、何もできなかった。一人の力では、世界に立ち向かうには小さすぎたのだ。それを悟った日の虚無感は、今でも日々、夢に見る。
しかし、『王像』が降臨した今なら、私は自分の為したかった天下の泰平、国家の繁栄が成し遂げられる。王とそのボンクラ息子のそばに居続ける必要はないのですから。
「もちろんです!お供します!」
奥の部屋に入り、青く塗られた槍を手に取る。この槍を手に取るとき、私は人の命を奪う、その重みを伝えてくると感じる。
みんながそんなものを感じているのならば、発狂者が何人出ているかわからない。この感覚は、私が私だから感じられるものなのだろう。
どさりという音と主に、右手の障子の先にいた何者かが倒れる。
「スティップ、これを使え。」
血にまみれた、私のかつての剣を彼に渡した。スティップは小柄であるがゆえに、私が二刀で用いていたそれを、両手で扱うのがいいだろう。
「囲まれましたね。50はいます。いけますか?」
「手練れは何人ほど?」
「あなたと同格はいませんが、六段格が10。そこそこに出してきましたが、7段格はいません。」
「……先生を殺そうとしているのに、です?」
全武術九段を納めた私に勝てるものなど、いない。八段格を四人相手して勝つことが必須の九段試験で、私は試験官だった八段格を三分で倒し切った男だ。
いま世界で最も世界最強に近いのは、私だろう……八段格の者が、『像』の力や魔術を駆使すれば、私と戦うことは叶うだろうが、そこまでして私と戦いたいものはもういない。
『戦闘王』にして『英雄量産師』。それが、私、ギュシアール=ネプナスという名の怪物だった。
庭までゆうゆうと降りる。家の中で襲ったほうが狭い分戦いにくいのに、その中で襲ってこなかった。近づく前に殺されてしまった二人が尾を引いているのだろう。さすがはアダットの配下だ。甘さも下手さも底が知れない。
庭の敷き詰められた石に足を踏みいれたときに、爪先から降ろした足の指先を跳ね上げて石を飛ばす。そうして何人かの待ち構えていた刺客たちの目を潰すと、目の前にいた刺客の心臓を一刺しで貫く。
「この方が誰かを知っての
スティップの声が響き渡る。この家の周りには誰もいないがゆえに近所迷惑になることもないが、彼の欠点は声が大きく、野太すぎることであった。
「まあ、軍では非常に有用なのでしょうが。」
声が響くというのは、それだけ兵に自分の存在をアピールできると言うことだ。それは、自軍に指示をきちんと伝えるという点において非常に重要な能力だった。
道中、軍事についても教えようか。そう決心しつつ、目の前の戦場を見る。スティップの声など聞こえない。そう主張するかのように、刺客たちはジリジリと距離を詰めてきていた。
「スティップ、援軍が心配です。」
いくらスティップでも、ずっと戦闘ではいつか倒れる。私はそう思って彼に声をかけると、承知したというように彼は首を縦に振った。
私の後方、廊下の上でスティップが駆け、屋敷の中の刺客たちを相手どろうとする中、私は胸を貸すつもりで庭の刺客たちに無防備を曝す。
「早く来なさい。私はあなた達に負けるほど、老いてはいません。」
その言葉が耳に届くと同時に、三人がかりで斬りつけてくる。右手側の刺客の斬撃を石突で逸らし、槍の角度を調整して目の前から斬りかかろうとした刺客の道を阻み、左手側の刺客の槍を掴んで引っ張る。
引っ張った槍の穂先で右手の刺客の喉を突き、槍を跳ね上げて正面の刺客の股間を槍で強打させ、同時に引っ張った槍から手を放して左手で刺客の喉を握りつぶす。
息絶えた左手の刺客の襟首をつかんで正面で悶絶する刺客に投げつけ、足で死んだ刺客の槍を蹴り上げて左手に持つと、入れ替わるように正面に駆けてくる刺客に投げつけて地面に縫い付ける。
剣。槍。体術。斧。私に扱えない武器はなく、私に扱えない戦い方はなく、それがゆえにどんな動き、どんな姿勢からでも私は人を殺すことができ。
私とスティップで、50の兵士を5分で全滅させた。さすがの私といえども、逃げに入った刺客を瞬殺するのは少し厳しい。それがゆえに、予想よりも2分も多くかかってしまった。
「馬は無事ですか?」
「ええ。全く無傷です。……まさか、仕留められるつもりだったのでしょうか?」
「いえ、違うでしょう。指示を出したのがゲリュンなら、倒せないことだけはわかっていた、というところでしょうね。」
馬を潰さなかった。彼の意図は明白だ。王都で騒ぎが大きくなる前に、倒せないからとっとと出て行ってくれ。そう言ったところだろう。
「『ペガサスの王像』の軍と合流します。どこかわかりますか?」
「いえ……しかし、反王太子派の領に行けば何か情報が得られるか、と。」
そんな簡単にはいかないでしょう。しかし、現状それが最も簡単なのも事実です。
「ここから近くて力のある反王太子派は……オロバス公爵家ですね。」
ここから馬で五日かかる距離だ。休みなく駆けて。スティップなら大丈夫だろう。私はそう判断して、愛馬にヒラリと跨る。双角の馬、バイコーン。そして翼持つ黒駒、ペガサス。
彼らに乗って、私は数年暮らした屋敷を出る。そっと後ろを振り返った。もう二度と、帰ってくることはないだろう。懐から魔法陣を一つ取り出して魔力を流し込み、屋敷に火をかける。
「行きましょう。」
スティップは軽く頷くと、私に剣を返却し、馬に跨った。
「オロバス公爵領には一人、凄腕の鍛冶師がいます。知合いですから、あなたの剣ももう打ってもらいましょう。」
「で、では。」
「あなたを一人前であると、認めます。」
そんな会話をしながら、私とスティップは師弟として最後の旅に出た。
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