5.王たる覚悟

 俺は言葉もなく座っていた。ガチガチに緊張していた、と言ってもいい。

「アシャト。わかっていると思うけれど、君は王だ。それなりの貫録をもって相対しないといけない。」

「わかっている。しかし、どうやって?俺は今とても立場が弱いんだ。」

「ディールを『衛像』にしたのに?王が身内を『像』にしたのにかい?」

言われるとそうか、と思う。焦る気持ちが少し落ち着いて、彼と……ゲイブと話す心構えが、曲がりなりにも整った。

「失礼します、アシャト様。」

この部屋もこの屋敷も。騎士爵家だったころには見たこともないような豪華な調度品がいっぱいあるな、などと思いながらも、ゲイブの顔を見て軽く頷いた。


 周りを見る余裕が生まれる。いい傾向だと判断できる。

「単刀直入に聞きましょう。あなたは、『ペガサスの王像』であらせられますか?」

「違う。」

一刀のもとに切り捨てた。今になって、ディアに言われたことが頭によぎる。彼は、こうなることを見越したうえでずっと忠告をしてきてくれたのだな、といまさらになって思った。

「紹介しよう。『ペガサスの王像』ディアだ。俺は彼に選ばれた、ペガシャール王国次期国王である。」

隣で寝そべっているディアを『王像』として紹介し、自分は王であるという宣言を、堂々と行った。その意味は仮にも子爵、よくわかっているのだろう。

「では、再び問いましょう。国王を目指すものとして、あなたはわがに何をお求めでしょうか?」


こちらが求めるもの。こちらが子爵に頭を下げて頼むもの。

「ない。余が下手に立って何かを要求するのは愚かであると心得ている。」

余、と一人称を切り替える。王である以上、それなりの威厳を出して会話をしなければならない。

 その上で、向こうからこちらに頭を下げさせる。それが、この交渉にとって大事である、ということは、重々承知していた。

「余から問おう。ゲイブ=アファール=ユニク=ペガサシア子爵。孤立無援、裸のこの王に、何を求める?」

門前払いをせず、この場まで、この交渉のテーブルまで俺を呼び込んだ。これだけで、子爵には俺に求める何かがあるのはわかっている。


 俺は強気に彼に問いかけた。支援者が、俺には必要だ。だが、それを彼自身から要求することはできない。それは王にとって弱みであり、弱みを見せるわけにはいかない。

 たとえ自身が不利であろうとも堂々と、傲慢に。アシャトが王として求められているのは、そういう道である。それに、彼は応える必要があった。

「『ペガサスの妃像』あるいは『ペガサスの宰像』。このどちらか、あるいは両方をいただきたい。」

「断る。すでにアファール=ユニクの家には『ペガサスの衛像』を与えている。国家内で権力闘争が行われなくなる構図は困るのだ。」

『ペガサスの妃像』。『ペガサスの宰像』。ペガシャール王国における王妃の座と宰相の座を持つものに与える権能だ。ゲイブはそれを要求しているらしい。


 アシャトはそれを拒否した。まだ自分の王道は始まったばかりだ。こんな時から、権力闘争の機会を他から奪うわけにはいかない。

「それに、『ペガサスの王像は適材適所』だ。お前の能力を判定せぬ間に宰相に任命するわけにはいかない。」

「では、妃は?」

権力闘争の促進そくしんというだけでは納得しないのか、とアシャトはためいきを吐きかけた。

 試されているのはわかっているのだが、それでも理由が一つでは足りない。それに、ゲイブとしてはアシャトへの支援者が少ないうちに権力を掌握しょうあくしておきたいのだ。

「王妃だぞ。国土も国民も持たぬ余が、今、妃というか?早すぎるわ。」

ましてや、今まで王とは無縁の道を歩んできたのだ。恋愛沙汰とも縁がない生活を送ってきた。

 今すぐ妃を決めたいとは思っていなかった。だから、彼に、いや彼の娘に『ペガサスの妃像』を与えてやるわけにもいかない。王国にとっての妃とは、国王に準ずる権力を持つということだ。


 今その位をアファール=ユニク子爵家に譲り渡すということは、ほかの家との交渉のカードを最初から持たなくするということだ。第一、それ以前に……

「妃をとるのだ。実家か、本人か、どちらかがそれに見合うだけの実績を持ってもらわねば困る。」

『衛像』同様、『妃像』にも特殊能力はある。『王像』と『妃像』、『継像』の能力は、配下の能力の劣化コピー。ついでに、劣化のレベルは『王像』が一番低く、『継像』が一番高い。


「では、実績を持てば」

「政情を見て判断せねばならぬ。今確約は出来ん。が、それだけ実績を見せたいのであれば今代の『王像』最初の支援者という点から始めて見ればどうだ?」

ゲイブが笑った。どうやら、合格したらしい。

「よろしいでしょう。国王としてはまだ落第ですが、姿勢は評価できます。『ペガサスの王像』の助言も聞いておられる。ひとまずは、合格です。」

これからも何度も試されるのだろうな、という嫌な気持ちは置いておくことにした。

「ではまず、あなたには義勇軍第六軍を率いていただきましょう。アファール=ユニク子爵家の血縁として、ですが。」

さらりと言われた言葉に、隣で黙って聞いていたディアが目を見開いてゲイブを見つめた。俺は妥当なところだと思ったが、彼にとっては驚くべきことらしい。


「『ペガサスの王像』に選ばれた、ということも隠すのだな?」

「ええ。陛下が今、王として認知されるには、あまりにも知名度が足りません。私やディールはさておき、他の方はあなたが王であることに納得しません。納得させるに足るだけの功績を残してから王として立っていただきたい。」

当然である。自分はこの、『王像』の呼び出されなかった200年間で忘れ去られた王家の人間なのだから。

 いくら、ディアが俺の権威を保証すると言っても、すべてを納得させるには至らず、どころか陰口を封じることもできない。

 現在の貴族の大半は、おそらく反旗をひるがえすだろう。

「面倒くさいんだね、アシャトの立ち位置って。」

(そうでもない。なにせ、一から国を作るのと変わらないからな。面倒な風習とかは結構踏み倒せるぞ。)

ディアの呟きに、心の中で返事を返す。ゲイブがいる以上、このセリフを堂々と宣言するのは国にとっては問題になってしまう。


 ゲイブは俺を王と認めたのちに、俺の後援まで約束した。この会話は、その宣言に他ならない。

 俺は彼に感謝し、無事ペガシャール国王となったあかつきには彼を優遇しなければならないだろう。伯爵への昇格か、豊かな土地への転封てんぷうか、どちらかを命じなければならない。

「では、あと一つ。ディールはあなたの配下ということで構いませんが、お目付としてアテリオとアメリアを付けます。」

アファール=ユニクの血縁であるという説得力を持たせるには十分でしょう、という彼の言葉に、頷いて同意を示した。

 アメリアというのが手合わせをしたあの少女で、アテリオがあの執事ならば、力を解放したディールほどではないが、兵10人以上には軽く匹敵するだろう。

「受け取ろう。忠誠、大義である。」

俺へではなく、国への忠義である。

「ではアシャト様は、明日から義勇軍第六隊の隊長です。よろしくお願いします。」

今この瞬間から、国が2つに二分することが決まった。

 俺が王として立つ、『ペガサスの王像』派。

 そして、ペガシャール王国皇太子率いる、『正統血統』派。


 俺が軍を持ったこの瞬間からの5年間。後世の歴史家は、ペガシャール帝国の発展を5つに分けて、最初の一つとしてこう称した。

 『ペガシャール帝政の帝権樹立の5年間』と。

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