5.王たる覚悟
俺は言葉もなく座っていた。ガチガチに緊張していた、と言ってもいい。
「アシャト。わかっていると思うけれど、君は王だ。それなりの貫録をもって相対しないといけない。」
「わかっている。しかし、どうやって?」
カラカラに乾いた喉。抑えようとしても動き出す足。ガクガクと震える拳。こんな男に貫録など、どうやって出せるというのか。
「何をそんなに緊張することがあるのさ。」
「そりゃ、子爵位の貴族との対面だぞ。俺が君主としてだぞ。考えてもみろ、俺は今とても立場が弱いんだ。」
味方はディールただ一人。国にはおそらく指名手配。何の準備もなく、手土産もなく、せいぜいが「こうなったらいいな」という妄想の上での自分の姿を想像したくらいしか、こういう場での対処法など持っていない。
想像よりも展開が早い。早すぎる。
あと三日、時間が欲しかったというのが本音である。……何より、衣服が、恰好が騎士爵時代のままだ。
どうしたって、これじゃ王様なんて言う風に見えやしない。
「ディールを『衛像』にしたのに?王が身内を『像』にしたのにかい?」
ディアのささやくような言葉に、ハッとする。言われるとそうか、と思う。『王像』が他者に与えられる『像』の数はわずか57。そのうちの一つを与えたのだ。
今に限れば大したことではないこれは、未来になればアファール=ユニク子爵にとって非常に美味しい権力の種になる。俺は、意図せずして、彼に前払いで褒美を与えたようなものである。
そう考えると、気持ちが随分と落ち着いてきた。焦っている間も「やべぇ焦ってる」くらいは思っていたが、落ち着けばどれほど気持ちの波が大きかったか、恥ずかしいくらいに押し寄せてくる。
深呼吸、一つ。それによって心を落ち着かせ切る。
「アシャト。君は、神に選ばれて、とっくに『王像の王』の権限を行使した。緊張する必要はないよ。君はもう、きちんと王様業を始められている。」
落ち着かせるように語るディアに、ほっとした。これじゃどっちが王かわからないな、と自嘲する。
ディアのおかげで、彼と……ゲイブと話す心構えが、曲がりなりにも整った。余裕をもって、待つこと数分。
「失礼します、アシャト様。」
この部屋もこの屋敷も。騎士爵家だったころには見たこともないような豪華な調度品がいっぱいある。しかし、あの服は……随分と綺麗に染められた衣装だが、子爵家相当のものなのだろうか。
そんなことをわずかに思考しつつ、ゲイブの顔を見て軽く頷く。
周りを見る余裕が生まれる。いい傾向だと判断できる。若干己の場違い感を堪えながらも、彼に前の椅子に座れと手で示す。
「単刀直入に聞きましょう。あなたは、『ペガサスの王像』であらせられますか?」
「違う。」
迷うことなくその間違いを切り捨てた。今になって、ディアに言われたことが頭によぎる。彼は、こうなることを見越したうえで忠告をしてきてくれていたのだ。
「紹介しよう。『ペガサスの王像』ディアだ。俺は彼に選ばれた、ペガシャール王国次期国王である。」
自分は王である。『王像』ではない。言い切ると、彼の頬が弧を描く。その意味は仮にも子爵、よくわかっているのだろう。こいつ、出会い頭に試してきやがった。
「では、再び問いましょう。国王を目指すものとして、あなたはわが家に何をお求めでしょうか?」
こちらが求めるもの。こちらが子爵に頭を下げて頼むもの。考える時間は瞬きほどしかない。だが、彼の真意はうっすら透けて見える。
俺が出来る対応は、おそらく、一つしかない。
「舐めるな。余が子爵ごときに下手に立って何かを要求するはずがなかろう。本気で言っているのなら恥を知るといい。」
余、と一人称を切り替える。王である以上、それなりの威厳を出して会話をしなければならない。
その上で、向こうからこちらに頭を下げさせる。それが、この交渉にとって大事である、ということは、重々承知している。
虚勢である。彼が何もしなくとも、己だけでやっていけると、『王像の王』としててめぇの方から頭を下げて支援させてくれと頼みこめと。
今から言うことは、神の力を笠に着た、あまりに上から目線が過ぎる乞食の所業である。
「余から問おう。ゲイブ=アファール=ユニク=ペガサシア子爵。孤立無援、裸のこの王に、何を求める?」
門前払いをせず、この場まで、この交渉のテーブルまで俺を呼び込んだ。これだけで、子爵には俺に求める何かがあるのはわかっている。
強気に彼に問いかける。いや、問いかけるというより、問い詰めるに近いだろう。
現状、どうやっても支援者が必要だ。だが、それを俺自身から要求することはできない。それは王にとって弱みであり、未来永劫、俺が生きる限り彼に握られる弱点になる。
たとえ自身が不利であろうとも堂々と、傲慢に。俺が王として今求められているのは、そういう方法である。そういう方法を取らなければ、俺は、王として認められることはないだろう。
「『ペガサスの妃像』あるいは『ペガサスの宰像』。このどちらか、あるいは両方をいただきたい。」
「断る。すでにアファール=ユニクの家には『ペガサスの衛像』を与えている。国家内で権力闘争が行われなくなる構図は困るのだ。」
『ペガサスの妃像』。『ペガサスの宰像』。ペガシャール王国における王妃の座と宰相の座を持つものに与える権能だ。ゲイブはそれを要求しているらしい。
俺はそれを拒否した。まだ自分の王道は始まったばかりだ。こんな時から、権力闘争の機会を他から奪うわけにはいかない。
「それに、『ペガサスの王像は適材適所』だ。お前の能力を判定せぬ間に宰相に任命するわけにはいかない。」
「では、妃は?」
権力闘争の促進というだけでは納得しないのか、と俺はためいきを吐きそうになる。
試されているのはわかっているのだが、それでも理由が一つでは足りない。それに、ゲイブとしては俺への支援者が少ないうちに権力を掌握しておきたいのだろう。
「王妃だぞ。国土も国民も持たぬ余が、今、妃というか?早すぎるわ。」
ましてや、今まで王とは無縁の道を歩んできたのだ。恋愛沙汰とも縁がない生活を送ってきた。
今すぐ妃を決めたいとは思っていなかった。だから、彼に、いや彼の娘に『ペガサスの妃像』を与えてやるわけにもいかない。王国にとっての妃とは、国王に準ずる権力を持つということだ。
今その位をアファール=ユニク子爵家に譲り渡すということは、ほかの家との交渉のカードを最初から持たなくするということだ。第一、それ以前に……『妃』になるのは、あのアメリアという娘だろう?パッと見た感じ、政治に疎いように見えたし……国の経営を支えるには、将来性も怪しい気がしている。
まあ、さすがに父の前で娘の悪口を言うわけにもいかない。『像』を断る理由を、何とか必死に捻りだす。
「妃をとるのだ。実家か、本人か、どちらかがそれに見合うだけの実績を持ってもらわねば困る。」
『衛像』同様、『妃像』にも特殊能力はある。『王像』と『妃像』、『継像』の能力は、配下の能力の劣化コピー。ついでに、劣化のレベルは『王像』が一番低く、『継像』が一番高い。
「では、実績を持てば」
「政情を見て判断せねばならぬ。今確約は出来ん。が、それだけ実績を見せたいのであれば今代の『王像』最初の支援者という点から始めて見ればどうだ?」
ゲイブが笑った。どうやら、合格したらしい。
「よろしいでしょう。国王としてはまだ落第ですが、姿勢は評価できます。『ペガサスの王像』の助言も聞いておられる。ひとまずは、合格です。」
これからも何度も試されるのだろうな、という嫌な気持ちは置いておくことにした。
「ではまず、あなたには義勇軍第六軍を率いていただきましょう。アファール=ユニク子爵家の血縁として、ですが。」
さらりと言われた言葉に、隣で黙って聞いていたディアが目を見開いてゲイブを見つめた。俺は妥当なところだと思ったが、彼にとっては驚くべきことらしい。
「『ペガサスの王像』に選ばれた、ということも隠すのだな?」
「ええ。陛下が今、王として認知されるには、あまりにも知名度が足りません。私やディールはさておき、他の方はあなたが王であることに納得しません。納得させるに足るだけの功績を残してから王として立っていただきたい。」
さらりと陛下呼びに変えやがったなこいつ。まあ、呼称というのは何よりも互いの立場を理解しやすいものだ。合格、という言もそれなりに信じていいはずである。
それはさておき。彼の発言に答えなければならない。
「当然であろう。自分はこの、『王像』の呼び出されなかった200年間で忘れ去られた王家の人間なのだから。多少は知名度をつけなければ、余が集えと命じても皆が半信半疑になるはずだ。
いくら、ディアが俺の権威を保証すると言っても、すべてを納得させるには至らず、どころか陰口を封じることもできない。
現在の貴族の大半は、おそらく反旗を翻すだろう。
「面倒くさいんだね、アシャトの立ち位置って。」
(そうでもない。なにせ、一から国を作るのと変わらないからな。面倒な風習とかは結構踏み倒せるぞ。)
ディアの呟きに、心の中で返事をする。ゲイブがいる以上、このセリフを堂々と宣言するのは国にとっては問題になってしまう。
ゲイブは俺を王と認めたのちに、俺の後援まで約束した。この会話は、その宣言に他ならない。
俺は彼に感謝し、無事ペガシャール国王となった暁には彼を優遇しなければならないだろう。伯爵への昇格か、豊かな土地への転封か、どちらかを命じなければならない。
「では、あと一つ。ディールはあなたの配下ということで構いませんが、お目付としてアテリオとアメリアを付けます。」
アファール=ユニクの血縁であるという説得力を持たせるには十分でしょう、という彼の言葉に、頷いて同意を示した。
アメリアというのが手合わせをしたあの少女で、アテリオがあの執事ならば、力を解放したディールほどではないが、兵10人以上には軽く匹敵するだろう。
「受け取ろう。忠誠、大義である。」
俺への忠誠ではなく、国への忠義である。
「ではアシャト様は、明日から義勇軍第六隊の隊長です。よろしくお願いします。」
今この瞬間から、国が2つに二分することが決まった。
俺が王として立つ、『ペガサスの王像』派。
そして、ペガシャール王国王太子率いる、『正統血統』派。
俺が軍を持ったこの瞬間からの5年間。後世の歴史家は、ペガシャール帝国の発展を5つに分けて、最初の一つとしてこう称した。
『ペガシャール帝政の王権樹立の5年間』と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます