2.王のルール
俺の掌から光の柱が立った時は驚いた。心底驚いたし、心底怖かった。
これが何を表すのかは知っていた。俺にその資格があるのも知っていた。
しかし、今これが、このタイミングで、しかも数ある資格持ちの中から自分を選んで現れるとは思っていなかった。
頬が緩むのがわかる。夢が、目的が叶ったのが、わかる。
今水面を覗き込めば、一体俺はどんな顔をしているだろうか。
光が立つその掌を覗き込んだ。伝承通りなのなら、きっと白い、翼の生えた、小さな馬がいるはずだ。
「やあ、今代の王。僕はディア。君を王にするための通行手形、『ペガサスの
やっぱり、という想いが湧く。歓喜と共に、どうしていきなりという、しょうもない感想が湧く。だが、それらの想いは脇に置いて、どうしようかと頭を捻った。
「しかし、この部屋はなんだか……あぁ……質素だねぇ。」
「いいぞ、別に貧乏って言っても。事実だからな。」
そう。王になる資格を有するとはいっても、もう没落した王家だ。
「おっかしいなあ。いくらなんでも前の遊戯の王の血筋がそこまで衰退するかい?」
家や家具のぼろさ具合が、王家としては考えられないのだろう。この家は王都ディアエドラの一般的な家庭と同じような家でしかないから、王城や王都の貴族の家と比べたら圧倒的に格が低いのだ。
「まあ、二百年経ったら王家の傍流の三つや四つ、衰退するからな。」
本当はそんな程度の数ではないのだが、ショックを受けているディアに気を使ってたまたま運が悪かったのだと言い切った。
「……なんだって?」
「え、何が?」
ディアが何を驚いたのかがわからず、ついつい適当に応じてしまう。
「今は
「995年だ、『ペガサスの王像』。前回から二百年経っている。」
「……まさか、そんなに遊戯が開かれることがなかったのか?神はこの遊戯に飽きていたのか?」
とんでもないことを、この世界の民衆の信仰を裏切りまくることを聞いた気がするが、無視することにした。今はそれよりも聞くべきことがある。
「まさか、全く知らないのか?」
「ああ、僕ら『王像』やその配下は『
驚きながら。スッと立ち上がる。スレイプニルの代から唯一受け継がれてきた宝剣を握って外へと飛び出す。そろそろ時間だと判断したからだ。
「ちょ、どうして外に出るんだい、……名前は?」
「アシャト。アシャト=エドラ=スレイプニル=ペガサシアだ。よろしく頼む。」
「あ、うん、よろしく……って、『スレイプニル』かい。13子
第65 代国王のことを、ディアは知っているらしい。そんなことはどうでもいいと、俺は屋敷の裏の森へと駆ける。
「そう、そうだ!ねえ、どうして外に逃げるんだい?」
流石に俺の慌て具合から、逃げているという判断はできる様だ。
「俺が『ペガサスの王像』を持っていると知れば、現王太子殿下が俺を狙う。資格さえあればお前を盗むことはできるんだろう?」
「できるけど、選ばれた『今代の王』ほど益はないよ?」
「選ばれなかった時点であいつに王の資格がなくなるだろう!」
「そりゃそうだよ。僕は王様の象徴だもの。」
それが聞けたら十分だった。さっき立った光の柱のおかげで、王太子殿下は自分が王に選ばれなかったことを知っている。
王の権威を望む、権力の亡者である彼ならば、俺を殺してディアを奪うという選択に何の
庭にある穴の蓋を外して体を滑り込ませる。ディアも続くように中に入り込んできた。何もない。食料と、衣類が少々。そして、どこまで続くかわからない長い穴があるだけだ。
「王様なのに、自分の国が敵?冗談じゃないよ!」
ディアがうめき声をあげながら、その背に生えた翼で空気を叩いて俺の横に並ぶ。
「王にふさわしくないといって決別するか?今なら間に合うんだろう?」
「それは、僕の
聞き知っていた伝説を言ってみると、思っていた通りの反応が返ってきた。謝罪をしつつ、その『王像』たちの王選伝承を思い返す。
『ドラゴンの王像』は絶対唯一。王のもとに有能な家臣が集い、王の命令をただ待つのみ。
『フェニクスの王像』は
『フェンリルの王像』は信念踏襲。自らの力は、初代の王の遺志を継ぐ者のもの。
『ペガサスの王像』は適材適所。配下に役目を与え、正しき采配のもとで国を支える。
『グリフォンの王像』は
『ヒュドラの王像』は弱肉強食。力こそすべてであるという在り方。
自分は未だに配下すらいない。適材適所など、行いようがない。ゆえに、ディアは俺から離れない。
誇りだと言ってはいるし、確かにそれはあるのだろうが、単純に判断材料が足りないのだろう。いまここで「抜ける」といわれたら俺は詰む。それに比べれば、喜ばしいことこの上ない。
「で、どうするんだい、アシャト?」
「味方を集める。」
簡単だった。誰でもそうするし、『ペガサスの王像』に選ばれた俺の責務はそれだ。味方を集めて、王として君臨する。俺はそれをしなければならない。
「味方、どうやって集めるのさ?」
「もともと、そうなることを期待して数人、唾はつけている。」
王選に選ばれる資格はずっとあると知っていた。その証明のために、腰に結わえられた宝剣もあった。
男なら、王になりたいと一度は望む。そして、俺には可能性は低くても当たる可能性はある。だからこそ、この日のために温め続けた友情が、いくつかあるのだ。
しばらく歩いて、地上への扉を開けた。日暮れだった空は、もうとっくに暗くなって、星が空にちりばめられている。
「空は変わらず、暢気なものだ。」
ついついそんなことを呟いてしまう。
「どういうことだい?」
「今の世界には、救いがなくてな。」
俺はディアに世界事情について話し始めた。盗賊の横行、反乱組織の乱立。新興国家の勃興。この大陸は、かつてない危機に瀕しているということを。
だからこそ、俺は勝利の目があると思っていた。才能に関しては何も言えないが、愚かな先代の借金を抱え込んで臨む神定遊戯ではない。
「俺は、俺だけのやり方ができる。今までの損害が大きいわけではない。世界そのものが危機なのなら、ほかの『王像』たちとも対等だろう。」
もう一度穴の中に戻る。眠気が体を支配していた。当然だ、こんな時間なのに、まだ眠りに就いていない。
「ディア、そろそろ寝ることにするわ、俺。」
「だろうね。僕も付き合うよ。でも、明日の予定を聞いてもいい?」
まあ、それは話しておいてもいいだろう。そう思って、眠気に抗いながらも重たい口を開いた。
「一人、義兄弟がいてな……彼に、『衛像』を渡そうか、と……。」
「『衛像』?『
『武像』『将像』『衛像』。全て『王像』が任命する、王の部下へ超人のごとき力を与えるアイテムである。
「ああ。奴は護衛にする。俺の言うこと以外は、聞きそうにもないからな。」
誰の言うことも聞かない男を、鶴の一声でおとなしくさせる。俺が望むのは、それを俺がなすことで作り出される、安っぽい威厳だ。
それがうまく機能すれば、兵士たちは数百程度なら簡単に集められる。
「『衛像』の身体能力強化は、他の『像』より高いと聞く。あいつ自身の身体能力とその腕前なら、『武像』に迫る『衛像』になれる。」
「じゃあ、どうして『武像』にしないのさ?」
『武像』。武力において圧倒的で、その像一つ戦場に出るだけで勝敗がひっくり返るほどの存在。
「簡単だ。自分で考えられる『武像』の方が『ペガサス軍』のためになる。ただ言うことを聞くだけの最強じゃ、最強の意味がない。」
言い切って、今度はディアの質問が飛んでくる前に目をつぶる。
それがきっと、俺の気持ちをディアに伝えたのだろう。彼はもう、『王』に声をかけはしなかった。
話はまた明日。明日も変わらずディアがそこにいると信じて、俺は眠りについたのだ。
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